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    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    導きの糸

    2017.02.18 09:31|インスピレーション
    247.jpg

    この世の悩み事は自分を磨く磨き粉。

    怖れるものは何もない。不安に思えるものも何もない。

    唯導きに従って生きればよいだけ。

    導きの糸が見えるか見えないかそれはあなた次第。

    重いもの

    2017.02.14 09:48|真理を求めて
    地獄界  


    自分の中に何か重苦しい塊のようなものがあると感じることはないだろうか?理由もなく常に何か重いものが存在しているように感じる。祈りや瞑想に入ると次第にそれが消えていき爽やかさに満たされる。

     

    重く感じるもの、それは地上世界の波動である。それが肉体を通して入ってくる。肉体が活動を停止すればそのエネルギーは弱まり清浄な気分になる。人間は肉体を通じて地上世界とつながっているので地上世界の重さや暗さが肉体を通して伝わって来る。つまり重く感じるものとは肉体を通して感じる地上世界のエネルギーなのであろう。

     

    朝、テレビやインターネットを付けた途端に地上世界の重苦しいものがこれでもかというくらい入ってくる。何という事だろうと暗い気持ちにさせられるが祈りを始めるとそういうものはどこかに行っている。自分が祈りや瞑想によって次元の違う世界に移動するからだろう。




    夢の暗示

    2017.02.10 10:02|夢の話
    妖怪も泣いている
               妖怪も泣いている

    先月末、私は意味ありげな夢を見た。それは次のような内容であった。

    私は以前乗っていた車で旅をしている。ホテルの中のような場所を道路が走っていて進行方向左側が川になっていた。走行中、突然前方に金属製の大きなシャッターが降りてきて進路を塞がれてしまった。これは困ったと思い仕方なくバックし始めた。すると今度は後ろ側もシャッターが降ろされてしまった。閉じ込められて、にっちもさっちもいかなくなってしまったのである。丁度小旅行に行く数日前だったので今回は気を付けないといけないなと思っていた。しかしその後の旅行は何の問題もなく無事に終わった。結局その夢は自分の事ではなかったようである。

     

    そして昨夜は鮮明な夢を見た。私は幽界を旅しているようであったがかなりリアルな内容であった。どこかはわからないが、ある道を歩いていると左側に急な崖があり良く見ると斜面が大きくえぐれている。どうやら土石流が起きているらしくそれも大規模なもののようだ。地面の深くえぐれた場所は気味の悪い様相を呈している。その近辺に住んでいる住民が外に出ていて私は話をした。こんなになっているけどあなたの家は大丈夫?と私が尋ねるとそのおばさんは、こんな状態になってしまったけど私は他に住む場所もないからねとあきらめ顔で言う。

     

    大変だなと同情しながら私はその場を離れた。次に気が付くと私は海岸沿いにある美しいリゾートにいた。どうやって移動したのかはわからないが瞬時に移動している。幽界や霊界では移動の手段は必要が無く行きたいと思っただけで直ちに移動が出来るようである。そのリゾートは海がきれいで透明度も高くそこで泳ぐのはとても気持ちがよく水も冷たさを感じないし、第一海に入っても体が濡れることが無く水着も必要が無い。

     

    次に場面が変わり私はそのリゾートのカフェにいた。カフェは建物の二階にあり窓が無くて全部吹き抜けになっており周囲が見渡せる。私はテーブル席にゆったりと腰かけテーブルには注文したものが置かれている。そこはすべて無料であり注文するとすぐにウエイターが料理を出してくれる。あっという間であり待ち時間というものがない。実に快適、第一金を払う必要がない。他にも何人かの客がいてゆったりと料理や景色を楽しんでいる。何と気持ちがいいのだろう、ここは極楽か? 私は存分に羽を伸ばしていた。

     

    すると向こうからこちらに向かって大きくて角ばった頑丈そうな車が猛スピードで走ってきた。30年くらい前に流行ったアメリカの大型のオフロード仕様の車、フォードブロンコのような外観であり色は黒であった。とにかくあたり構わずガンガン走ってくるが、その車の進路前方にはコンクリートの塊か大きな岩のような障害物がありそのまま進めば激突してしまう。「あっ、危ないぞ!」というその様子を見ていた他の客の叫び声が終わらぬうちに車は障害物に激突して大破した。何と馬鹿なことをする奴がいるのだろう、こんな場所で.....。私は呆れてしまった。そこでその夢は終わったのである。


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    本当の幸せとは

    2017.02.06 09:27|インスピレーション
    013 バス停で、お月さん現る

    人間は神(大霊)の意志に調和して生きることによってのみ本当の幸せを感じることが出来る。それ以外のものはもろくも崩れる。永続性のあるものはそれ以外に何一つ無い。

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    何事にも摂理が働く

    2017.02.02 09:47|インスピレーション

    281.jpg

    何か問題が起きた時には何事にも摂理が働くことを思い出すべき。自分の努力と摂理の働きという相互作用によって物事は動いていく。自分の力だけで動くのではない。そこにはそういう機構が働いている。人の出来る事は摂理の働きによって制限を受けるので何事も精一杯のことをして後は摂理の働き(神の働き)に身を委ねれば良い。そうするしかないのである。

    真理に目覚める時

    2017.01.28 10:48|インスピレーション
    P1010684.jpg

    一生のどこかで人は真理に目覚める時が来る。霊的自我は表面に出てくる機会を窺っていてその時期は一人ひとり違う。肉体の活動を鎮め精神活動も鎮めて日頃の雑事から自分を疎開させると自然に霊的意識が表に出てくる。何一つ形式的なものは必要としない。形式や儀式は地上の人間が考えたものである。

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    境界線を越えて

    2017.01.24 09:12|インスピレーション
    高妻山  

    心を静かにすると物質と時間の影響を受けない世界が存在することがわかる。人間はその境界線を行ったり来たりしている。境界線を越えればそこは平穏な世界、戻ると騒がしい物質の世界。

    両方の世界は背中合わせになっていて人は両界を行ったり来たりしているが殆どの者は気が付かない。人はやがては物質界での勤めが終わり平穏の世界に戻っていく。

    地上は故郷ではなく一時の生活の場、本当の故郷は平穏の世界、すなわち霊界にある。

    井の中の蛙大海を知らず

    2017.01.20 14:34|インスピレーション
    アマゾンの野鳥

    肉体に宿り物質世界という環境で生活するとどうしても意識がその中に限定される。見えないところでは大きな霊としての意識が働いているがそれは自覚されることはない。為に物質界で体験する事が限定された意識で捉えるとことさら重大な事として捉えられる。一人一人の人間は霊界という大きなものに包まれているがそれがわからない。自分の姿がわからない。「井の中の蛙大海を知らず」なのである。



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    真理は静かに浸透していく

    2017.01.16 09:36|インスピレーション
    アマゾンの花

    真理の普及においては社会の中で目立たないほうが良い。目立つと必ず反対勢力が抵抗して来てそういう者との対応に追われることになる。無駄な労力を使う事のないようにしなければならない。

     

    真理の一片を聞いた者はその時に受け入れられなくても必ずいつかはその事を実際に思い知るようになる。その時にあなたの渡した真理の一かけらが生きてくる。心のどこかに残っているからである。

     

    真理とはそういうものであり、その人にとって様々な条件が整った時に初めて受け入れられる。社会の中で目立つような事はしないこと。真理は人目に触れずに静かに少しずつ浸透していくものであるから。


    この世の人生は抵抗帯の中を進むこと

    2017.01.12 09:32|インスピレーション
    田園風景

    この世の人生は抵抗帯の中を進んで行くようなものであり、通過するのに大きなエネルギーを必要とする。邪魔が入り事が進まなくなる。進んだり引いたりきわめてゆっくりしか前進できないがそれでも少しずつ前進していく。

     

    一方、霊界では邪魔する者がいない。異論を唱える者もいない。調和のとれた世界なので事が迅速にスムースに進む。

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    自分にとって真に価値あるもの

    2017.01.08 09:20|インスピレーション
     白い鳥2 



    世間を気にしての行動は自分にとって真に価値あるものではない。本当に意味のあるものは自分の真心から出た行動である。それが後々自分の財産になるものであり、次の世に持っていけるもの。本心を隠して表面を繕うような生き方は結局何も残らない、空しいものである。

     

    世間に迎合するような生き方は楽、しかしそれは自分の為にはならないごまかしの生き方である。

    本当の自分自身は不動

    2017.01.04 11:53|インスピレーション
    くれ

    つまらぬ事で心が動揺するようではまだ修行が足りないということ。常にこの世の騒ぎを高い所から見なければならない。そうでないと次のステージは務まらない。地上はそれに備えて自分を鍛える場である。

     

    本当の自分自身、霊としての自分は不動のものであり、地上環境に害されるようなことはない。この信念が根付けば何事も克服することが出来る。


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    価値観の違う世界

    2016.12.31 09:10|親族、友人の霊界便り
    国民宿舎の夕日

    叔父より

    家族はお互いに尽くす事が大切だ。この世では何でも自分の思うようにならないものだ。人間はそういう環境の中で精一杯のことをしたらそれでいい。私が長年教師をしてきて一番嬉しかったことは何だと思うか?それは教え子が自分を慕ってくれたことだ。それが教師として一番の喜びであり後々まで残る事だ。

     

    お前はこちらの人間に近い所があるが、そちらの世で生きる上で大切な事は物事を見る目を養うことだ。見抜く力をつける事だ。私はこちらで良い人達に囲まれて生活している。心から分かり合える人達だ。そちらでは逆で色々と苦労も多かった。無理を言う者が多かった。

     

    私は今地上時代の家族とは少し距離を置いているが互いに価値観の違う世界に住んでいるから自然にそうなってくるのだ。今はこちらで子供たちに音楽を教えるのが一番の楽しみになっている。音楽はこちらでは地上より盛んで方々で音楽会が開かれている。剣道や居合など刀を振り回すようなことは精神統一に役立てる以外こちらでは一般的ではない。自然にそういうものからは遠ざかっていくものだ。

     

    妻との関係は地上時代とは違う。地上時代は夫婦二人が共同して子供を育てたり家を守ったりしていたが、こちらに来るとそういう必要がないから夫婦と言っても全く質の違うものになる。必要な時には会って心の交流をするが常に一緒に暮らすような事はない。こちらの世界では地上の縛りから解放されるのだ。何事も本心で行動するようになるということだ。

     

    より真実に近い世界だから地上時代の宗教的行事などは意味がないわけだ。地上の者は事実を知らないからそうやって宗教的行事を続けているわけで、事実を知ったらそういうものに意味を感じなくなるだろう。お前みたいに......


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    一時の姿

    2016.12.27 18:28|インスピレーション
    夕日と海

    この世は一時の場、仮の場所。色々と不自由な事がある。理不尽な事に遭遇するでしょう。しかしそれは一時の事、ずっと続くものではないので今の事を引き摺ってはいけないのです。

     

    時が来ればあなたは水を得た魚のように自由に生き生きと生活するようになります。重苦しいものは肉体と共に消えます。

     

    自分で自分を閉じ込めないように。多くの人がそうしています。本来の人間としての姿を知らない人が多過ぎます。人間はあなたが考えるよりはるかに大きな存在です。今のあなたは仮の姿、この世で生活するための一時の姿なのです。


    侵入者

    2016.12.23 09:05|真理を求めて
    まつたけ岩

    神の子として生きようと決意してもすぐにこの世の雑多なものが入り込んできて邪魔をする。それらのものは容赦なく侵入してくる。そういうものだとわかっているので自分の心を立て直す。すると元の清浄な状態に戻ることが出来る。

     

    常にその繰り返しが行われるのがこの世の生活の特徴であろう。真理への理解が進むほど(悟る程)立て直しに時間がかからなくなる。侵入者はどこかに行っている。この地上界の環境は自分の心を鍛えるのに最適なのかもしれない。

     

    雑多なものに捉われる時は視界が狭くなっている。そこから自分を解放すると視界が開けてくる。自分自身をしっかり確立しておけば侵入者の存在は小さくなる。自分がグラついていたりすれば大きくなる。

    注釈
    これはいつものインスピレーションではなく私自身の思いです。

    心安らかに生きる

    2016.12.19 09:24|インスピレーション


    先の事をあれこれ心配するのは魂が未熟な証拠です。悟った魂は取り越し苦労をするということがありません。それは全ての事に法則が働いていることを知っているからです。世の中の事も自分自身の事にも法則が働き最後には必ずその中に収まるようになっているのです。

     

    故に自分の出来る精一杯の事をして後は法則の働きに身を委ねることです。人間は事実そうするしかないのです。法則の働きこそが神の働きです。そこに調和して行けば心安らかに生きていくことが出来ます。人間はそれを知る為にこの世に生まれてくるのです。

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    悟りとは

    2016.12.15 10:23|インスピレーション
    フェリーと冬の海

    日頃の自分を引っ込めることが出来れば深い所にある霊的自我の声を聞くことが出来る。すると霊界からの声も聞けるようになる。霊界にはこの地上界にメッセージを送りたい者が一杯いる。自分のこの世の我を一時無くする、抑えてしまうことが大切であり我が強く出ている人間には難しい。

     

    昔から人々が悟りと称して求めてきたものがそれである。悟りとは自分の霊的自我に到達し、それがこの世で表現出来る場を作ることである。



    祈りは波長を合わす為のもの

    2016.12.11 09:56|インスピレーション
    男木島と夕日 


    地上の係りの人たちへ

    祈りや瞑想はこちら側(霊界側)と波長を合わす為のものです。あなた方は一人で真理の伝導をしているのではなくチームの一員なので我々と共同歩調を取ることが大切です。特に霊界ではチームワークが重要視されています。

     

    こちらで立案されたものを地上世界に降ろすのがあなた方の役目です。それに向けてこちら側は地上環境を整える作業をします。

     

    この世の人達は自分の本質を知りません。自分は一体何者かということを少しも知らないし考えた事すらないでしょう。本当はそれを基盤にして人生を生きなければならないのですがそれが無いために色々と間違ったことをしています。それをこの世の人達に伝えるのが我々の仕事であり、あなた方は地上の係りなのです。


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    飛ぶ鳥跡を濁さず

    2016.12.07 10:12|親族、友人の霊界便り


    足摺3 

    母より
    人は自分の務めを果たすことが一番大切だ。人間には各々の役割というものがあるのでそれを全うすれば良い。怠けたりいい加減にしていたら後で気分が良くないはずで、それはこちらの世界に来てから一段と強く感じる様になる。後味の悪い事をすると必ず後で後悔する事になるから。後味をさわやかに、飛ぶ鳥跡を濁さず。

     

    私は幸せにしている。こちらの人達、おじいさんや妹も皆笑顔で暮らしているよ。

    肉体という衣服

    2016.12.03 10:39|インスピレーション
    亀

    この世の人間は肉体という重い衣服を着て生活していてそれが自分の本体と思っている。常にそれを基準にして考え行動しているから真実に気が付かない。肉体と共にもっと高度なものが生活しており、それが人の本体の霊である。

    真実に目覚めるとそれが活動を始め次第に肉体の殻を破って出てこようとする。そして時期が来たら肉体という外套を脱ぎ捨てて身軽になって自由な世界に羽ばたいていく。それが死というものであるが殆どの者はそれをいたずらに恐れ、忌み嫌っているがそれは間違いである。

    肉体は人間を地上世界に縛り付け嫌でも様々なものを味わわなくてはならない。死はそれからの解放、牢獄からの脱出であり本当は祝福すべきものである。

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    霊的真理普及に携わる人たちへ

    2016.11.29 09:38|インスピレーション
    ジョン万次郎

    時期の来た人たちを導くのがあなた方の仕事です。それはいわゆる布教活動ではなく霊的な活動です。それはこの世の人の目につかないところで行われます。既存の宗教とは質の違うものであり霊界主導で進められるものです。

    働きかける次元と対象が違うので霊の世界に通じている者でなければ出来ないものです。この事業は肉体としての人間を相手にするのではなくその人物に宿る霊を対象としています。それは次元の違うものであり、深さが違うのです。物質世界に形として現れることはありません。霊に働きかける仕事である故に人間の五感で捉えることは出来ません。霊的にあるところまで成長していないと霊的真理は理解することが出来ないのです。

    あなた方はこ の世で何の名誉も名声も求めてはなりませんが霊の世界では目的を同じくする同胞として認められ神の使いの一人としての地位が確かなものになっています。あなた方は後で大きな喜びを味わうことが出来るでしょう。

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    人生は大いなる旅

    2016.11.25 09:41|インスピレーション
    足摺の朝日 


    あなたはこれまで旅をしてきました。それは大いなる人生の旅路でした。

    楽しかったこと、悲しかったこと、苦しかったこと、様々なものを体験してきましたね。

    それらは充実したものであったでしょうか?

    全ては旅だったのです。それがあなたという人格を作ったのです。

    人生は旅なのです。

    あなたは人生を旅する旅人、旅はこの世で終わるのではなく時空を超えて永遠に続きます。




    二つのパターン

    2016.11.23 09:05|インスピレーション
    福田港
             

    人間は元々神に通じる存在である。しかし多くの者は地上生活によって不純なものが蓄積して目が曇らされている。地上生活が長くなる程、蓄積物が多くなる。家系等というものも地上生活だけのものであり霊界に行くと魂の純度によって居場所が決まる。この世のしがらみは全て消える。しかし愛する者との繋がりは切れることはない。

     

    長く生きる者には大きく分けて次の二つのパターンがある。

     

    一つは地上生活によってそこから教訓を学び霊的に成長する者。

     

    もう一つは地上生活から正しく学ぶことが出来ず堕落していく者、つまり長年の地上生活によって汚れを溜め魂が濁っていく者。

     

    両者の分岐点は気付きであり気付いた者は幸せである。



    問題と取り越し苦労

    2016.11.19 09:54|インスピレーション
    子安観音

    後で振り返るとその時大きな問題に思えた事も実は大したことではなかったと感じるでしょう。何れの問題も人生の一つのエピソードに過ぎないのです。人間は取り越し苦労をするので一つ一つの問題をことさら大きなものとして感じてしまいます。過大に捉えてしまうのです。後で振り返った時には取り越し苦労の部分が消えているためにそう感じるのです。


    自分を映す鏡

    2016.11.15 08:52|インスピレーション
    不動さん

    現在アメリカで起こっている事はこれまでにアメリカという国がしてきた事の結果であり、溜まっていたものがカルマとして現れていると言って良いであろう。歴史上破天荒なリーダーが現れて人心を動揺させることがある。人々は揺さぶられる結果、それまでの間違いに気付き、生き方を正すことが出来る。今回の混乱は国民に気付きを促しているのである。

     

    それまでの路線を続けていても国民は目覚めない。時に劇薬が必要な事がある。新しいリーダーの姿はこれまでのアメリカの負の遺産を表現したものであり、アメリカが溜め込んできたものである。彼はアメリカにとって自分を映す鏡であり、アメリカは彼を通してこれまでの自分の姿を見ているのである。それをどう受け止めるか、如何に処理していくかということが問われている。それを乗り越える事によって人間は成長することが出来る。今回の事はアメリカのみならず人類全体の成長のための踏み台なのである。

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    向上の道

    2016.11.12 09:24|インスピレーション
    いづみ公園

    霊的真理に導かれた人は幸せです。真理に到達するにはそれが一番の近道だからです。今は世間の無理解にじっと耐えなければならないけれど、何時の日か他の人が到達できない所にいる自分を発見するでしょう。その時に本当の喜びと幸せを味わう事が出来るでしょう。それは神に近づく道です。


    悟りが進むほど霊界の人間に近くなります。地上世界の様々な出来事を達観できるようになります。地上に居ながらにして霊的視野で物事を観察する事が可能になるでしょう。
    霊界の志を同じくする者の協力を得て一層向上していきます。


    母の旅路

    2016.11.08 08:55|真理を求めて
    青い海と岩

    数日前に我が家で妻と長女と共に3年前に旅立った母を偲ぶささやかな催しを行った。世間で言う3回忌は去年子供や孫達全員が揃ったところで済ませている。それも我が家のダイニングルームでロウソクの灯りの元で静かなクラシック音楽を流しながら行った。去年も今年も宗教色は殆んどない。

    今回も同じように始めに私が母に語りかけ、その後各々が口に出さずに母に思念を送ろうということにした。始める前に適当な母の写真がないか探していたら両手のひらがしびれてきた。これは常に私が感じているもので霊的エネルギーを受けている時のサインである。そうなれば写真も必要が無い。通常、故人の写真を見る事によって自分の思念を集中出来る結果、霊界にいる相手に届き易くなる。

    その時には母はすでに我々がそういう催しをしようとしていることを察していたようである。このように縁ある霊界の人とは常につながっているので心配をかけたりするのは良くない。逆にこちらが喜びや幸せを感じている時にはそれを共有してくれる。大体において他界した人はしばらく経つと残してきた家族や財産への執着は無くなっている。彼らが望むことは残された家族が「元気に毎日を過ごす事、そして自分の人生を全うして欲しい」その一点に尽きるようである。

    地上時間で3年も経てば旅立った人はかなり進歩していて、それは地上の人間の成長よりも早いスピードで進んで行くようだ。母はその場に来てくれたが母の本質は変わっていない。しかし生前や他界当初の頃とは別人のように感じられるものがある。肉体から解放されると本来の霊性である自分の“大きな意識(霊的意識)”に戻っていくのだろう。意識の変容と言ってもいいかもしれない。地上人生においてはその“大きな意識”の一部しか表現されていないのでそれはその人物の全体像ではないのである。

    この世で表現している人物像は一時の姿、あるいは仮の姿ということになるだろう。私たちの本体はもっと大きなものなのだが肉体に宿ってこの世で生活している時には多くの制限を受けてその一部しか表に出てくることはない。

    我々はこの世では肉体を通して地上世界に繋がり、物質の波動の中でがんじがらめにされているということ、しかしその状況は自分の大きな意識が望んだ事である。このように人の意識には二つのステージがあり、日常、地上の人間は小さな意識(顕在意識)で生活している。大きな意識(潜在意識、真我)の片鱗をたまに感じることはあっても、それには気が付かない人が大半であろう。

    ともあれ霊的交流の場で感じる旅立った人達はおしなべて清々しく羽のように軽くて気持ちが良い。煩悩を生む肉体から離れるとこうも違ってくるのかと思う。この世の人達は地上世界を中心として見ているから感得出来ない霊界の事は夢、幻のように感じてしまうのである。そして異常なまでに死を恐れ、悲しむ。本当は逆であったことが分かるのは大半の人にとって死後になるのだろう。

    追伸
    感受性豊かな娘が自分のブログで母へのセレモニーについての感想を載せているので一読頂けたらと思います。人がそういうものを感じ取ることが出来た時、死生観は一変するはずです。

    「旅立った人はどんどん進んで行く」11月4日
     http://springcherry.blogspot.jp/

    雑事を処理するのも仕事 

    2016.11.04 09:17|インスピレーション
    いのしし


    この世に身を置いている間はこの世の雑事があちこちから侵入してくるのを避けることは出来ません。あなたはそれらを処理するためにこの世に来ているのですからそれも仕事なのです。


    瞑想していても不意に雑事が侵入してくることでしょう。それを精神統一のための訓練と捉えたらいいでしょう。この世を卒業したらそういうものから解放されます。澄んだ環境の中で存分に精神を広げ喜びに浸ることができるようになります。

    隣接している世界

    2016.10.31 11:52|インスピレーション
    島の家 

    あなたのすぐ傍には不安や怖れや迷いとは無縁の幸せな世界があります。それは遠い所にあるのではなく隣接しているのです。あなたの心が成長し霊的感性が育ってくればその世界を感じ取ることが出来るようになります。そしてそこから愛と支援を受けられるようになります。そこの人達は常に協力を惜しみません。無償であなたに豊かなものを提供してくれるのです。それを受けられるか否かはあなたの心の成長次第です。

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    霊を感じる為の器官 

    2016.10.27 09:33|インスピレーション
    波の音を聞く

    霊的真理のわからぬ人間は霊を感じるための感覚器官を持っていないのです。聞く耳を持っていないのと同じですからいくら真理を説いて聞かせても徒労に終わります。そういう人たちは気の毒と思ってあげるべきなのです。自分は霊であるというその本態がわからないのですから可哀想なのです。真理は人の肉体ではなく霊の部分で理解します。従って人間を構成する霊の部分が発達してこないと受け入れることが出来ないのです。

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