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    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    霊能者の義務

    2020.08.07 06:00|インスピレーション
    シャツの顔 2

    霊能力を持って生まれた者はそれを世の為、人の為に生かさねばならない。悲しみに暮れる人を慰め、自分より無知な者に真実を伝えなければならない。霊界の者に代わってその役を果たすこと。何故なら霊界の者は地上の人間に直接関与することが出来ないから。また決して自惚れるような事があってはならない。


    愛犬のその後 5

    2020.08.03 06:00|体験集
    DSC_0206.jpg
               甘えん坊


    7/6~8 母より 夜、神の間で 
    「チョコはこちらの環境にどんどん慣れて行っているよ。愛嬌があるのでこちらの皆に可愛がられているよ。チョコがこちらに来てから潤いが出来て生活が楽しくなった。チョコは孫みたいなもので愛情を注ぐ対象が増えた。賢い犬でこちらの言うことをよく聞いてくれる。言わなくてもこちらの考えている事を分かっているようだ。今までそういう犬には会ったことがなかったからね。何処へ行くにも付き歩いて人間と同じように扱っている。チョコと一緒に暮らせて嬉しいよ。でも時々はそっちの皆に会いたいようだ」。

    母に抱かれたチョコがこちらに向かってワンワンワンと鳴いていた。

    7/7 父より 神の間で 午前7時前
    父が現れ横にチョコがいてこちらを見て尻尾を振っている。
    父のメッセージ
    「お互いに愛情で繋がった者同士は人間も犬も関係は死を超えて続いている。切れることはない。この犬は両方の世界を結ぶ使節のようになっている」。

    思えば我が家の親族は動物好きが多かった。叔父や叔母を含めて昔から常に犬や猫を絶やした事が無い。人懐っこいチョコはあちらの皆から可愛がられているのだろう。

    ベランダのチョコ 
             大好きなベランダで


    7月29日
    最近は瞑想するとチョコの感じ方が違ってきた。最初の頃はこちらに向かって床の上を歩いてくる感じがしていたが父や母のようにフッと目の前に現れる感じになってきている。犬の場合は人間のようにややこしいものが纏わりついていないので、順調に、シンプルに死後の過程を歩んでいるように感じるのである。霊界の父母がチョコに親近感を持っている理由としては私がこれまでに度々チョコを傍に置いて瞑想をしてきた事が挙げられるだろう。父母、私、チョコが交霊会の固定メンバーのように一つの輪のなかに居たという事になるのかもしれない。


    DSC_0647.jpg   
        崖の上から下界を眺めて

    示唆を待つ

    2020.07.30 06:00|インスピレーション

     
    IMG_0014.jpg

    霊の力の通路となる者は霊界からの示唆を待っておれば良い。世の中の様々な出来事は自分に関わりのあることだけを相手にすれば良い。何にでも関心を持たないように。人間は一度に多くのものを相手にすることは出来ないのだから。それによって何も得ることは出来ない。

    霊媒は反射鏡

    2020.07.26 07:00|インスピレーション
    IMG_0039.jpg

    霊媒は反射鏡であり、霊界からの光をそのまま映すことが大切である。心に曇りがあると正しく映すことが出来ないから偏見が生じないように常に澄んだ状態にしておく必要がある。世の中の混乱に巻き込まれないように陽気で楽しい気分でいることが望ましい。

    人間的感情の行方

    2020.07.22 06:00|インスピレーション
    楠風台  

    今、この世において現れている人間的感情は死後に肉体を離れると次第に消えていきます。一時の感情によって起きる人間関係の軋轢はこの世だけのものです。なので一時の感情によって人間関係を壊すのは愚かな事です。相手がもし貴方を裏切るようなことをしてもそれによって貴方が傷つくことはなく、やり返す必要はありません。相手の方は何れその償いをしなければならないからです。貴方は静観していれば良いのです。

    霊的自我と守護霊

    2020.07.18 06:00|インスピレーション
    海ヨット 

    守護霊は付いている人間の霊的自我を通して意思の伝達や指導をする。肉体を通さないので霊的自我が機能していないとそれを感知することが出来ない。守護霊の意思がわかる人間は霊的自我がある程度成長しているということが言える。守護霊は人間の日常的営みに対しては関知しない。人間は元々霊なのだから肉体の活動を一時的に休止、排除すれば霊と霊との触れ合いが出来る。

    旅立った友より

    2020.07.14 05:00|親族、友人の霊界便り
    帆船2 


    友人が現れる 7月10日昼下がり

    5月中旬に他界した大学時代の友人が2か月近く経って現れた。インスピレーションとして伝わってきたのではなく普通に地上の人間の言葉に近い形で伝わってきた。この間の昼下がりにふと神の間に入ると彼のイメージが浮かんできて以下の言葉が後に続いたが聴覚を通して伝わってきたのではなく説明が難しい。自分の内部から勝手に言葉が湧いてくるとでも表現すれば良いだろうか。

    「自分はまだ仕事を続けていたかった。この年で死ぬとは夢にも思わなかったよ。仲間は皆仕事を続けているというのに残念だ。でも今まで自分なりに一所懸命やってきたと思う。

    仕事は自分に合っていたと思う。でももう出来なくなった。今思えば学生の頃が一番思い出に残っているよ。部活動の練習はきつかったけど良い奴ばかりでとても懐かしいよ。君とは色々無茶な事もやってきたな。

    これまでの人生を振り返ると波乱万丈で自分の思い通りにはならないことばかりだった。でも自分は挫けなかったつもりだ。今は休んでいるけどこれからどうしようかな。暫くは自分の人生を反省しながらじっとしているよ」。

    7/11日 夕方
    「こっちの人たちは誰も僕のことに気づいてくれない。近づいて肩を叩いても全く気が付かない。昔の友達も全部ダメだ。君に話しかけてみたらとある人から言われた。これまでと同じように話しかけたら良いと言われたのでその通りにしたら通じたのでびっくりした。君がそういう事が分かるとは全く知らなかった。

    面白いことに誰か会いたい人の事を思うとその相手の所に行っている。これは不思議な事だ。自分の人生は色々あって波乱の一生だった。もうそういうのは疲れた。ゆっくりしたいよ。食べなくても腹も減らないし、これまでは金が大切だったけど今はもう金のことを考える必要はないことがわかった」。


    彼は死後の眠りの期間が2か月近く続いたのかもしれない。死を覚悟していたような場合は死後の覚醒は早いが突然死に近い状態だったようで、ある程度の時間を必要としたのだろう。これまでの例では長くかかったほうかもしれない。

    観念と実証は車の両輪

    2020.07.10 06:00|インスピレーション
    IMG_0015.jpg 
      家の近くの海岸にある奇岩で引き潮の時しか近づけない。
    こうして見ると犬の顔によく似ている。丁度愛犬が危篤状態になっていた頃に撮影した。


    書物を読んだだけでは人間は観念としてしか受け取ることが出来ない。実証が伴って初めて全体を理解出来るのである。観念だけでは限界がある。観念と実証は両輪なのである。


    愛犬のその後 4

    2020.07.06 06:00|体験集

    私は普段から構える事無くふと思い付いた時に神の間に入る。そうすると父母が現れたりインスピレーションが降りて来たりする。唯その部屋に入るだけ、格好も関係なく横になることもある。多分呼ばれてそうなるのだろうと思う。霊界はすぐ傍にあり、自分も霊(肉体を携えた)なのであるから、ちょっと意識のチャンネルを変えればあちらと通じるはずである。構えて緊張したりするとそれが邪魔してうまくいかないと思うし、そんなことがあるはずがないと思っていたりすると自分から壁を作ってしまうことになる。私の場合は自然体が一番である。



    ひまわり、チョコ 母2

    7月3日の夜、風呂上がりに神の間に入るとチョコの気配を感じ、続いて母に抱かれたチョコが見え、母はチョコの前足を持ってこちらに向かって手を振るしぐさをさせている(肉眼で見たのではない)。母はこの犬は可愛いねと喜んでいる。チョコも幸せそうにしている。今では自由に家と霊界を行ったり来たりしているようでこうして霊界の母から可愛がられているのだろう。父からチョコの死後間もなく伝言があって「犬はこちらで面倒を見るから心配するな」という言葉通りのことが起きているようだ。

     

    母が言うには
    「この犬は皆から大切にされて幸せな一生を過ごせたね。言う事のない一生だった。チョコは常に誰かに可愛がられていないといけないようだね。こちらでは好きなようにさせているよ」。

     

    正にその通りでチョコは常に誰かに可愛がられて来て一人にされたことがない。霊界に行ってもそうなのだろう。むしろ今は両方の世界から面倒を見てもらえて一層幸せになっているようだ。尚、母はこれまでにもチョコのことを可愛い犬だねと言っていた(何回忌かの時)。


    今も散歩の時には意識を向けるとチョコがすぐ傍に来ていることが感じられるし、他の事を考えると居なくなる。その意味で人間もほぼ似ているけど犬に比べて個別意識が強く重みがあるので犬のような訳にはいかない。犬など大切にされたペットは人間に依存しているので人間(霊界の人)とは違って当然であろう。その辺の所はこれから新たな発見があるかもしれない。ともあれチョコは今頃、母に連れられて霊界の景色を堪能しているのかもしれない。

    白浜4

    あちらでもこの写真のように生き生きとあちこちを探索しているのだろう。

    愛犬のその後 3

    2020.07.02 05:00|体験集
     
    松かさ遊び 
     五月の陽光溢れる海岸でチョコと松かさで遊ぶ幸せな時間。
     すぐ傍を漁船が走る。

    飼い主に愛があるか否かによって犬のその後の進路は大きく影響を受けるのではないだろうか。飼い主に愛が乏しかったり、身寄りのない場合は動物は死後には動物愛護の霊界のグループに引き取られて保護されるようである。地上時代に動物愛護の活動をしていた人たちは霊界に進んでからは恵まれない動物たちの世話をしているようである。また私の父のように縁ある霊界の人(親など)が世話してくれる事もあるだろう。





    松かさ遊び3 
      松かさを投げるとチョコが追いかける。
      この頃は3歳くらいか。元気一杯だった。

    ペットは飼い主の愛情がある限り自分の地上時代の形態を維持し続けて飼い主が霊界に来るのを待つ。霊界通信によればペットは飼い主が霊界に来るとその場に迎えに来た親族や縁ある人(どちらも霊)と共に迎えに来るようで真っ先に飛びついてくるので他の人が寄りつけないほどだそうである。そして霊界で共に暮らすが人間の霊的成長のスピードが早いのでいずれは別れて自分の種族の類魂のグループに帰っていくようである。類魂に帰ると人間から受けた愛が自分の属する種族の霊的成長を促していずれはその類魂の中から人間として地上に生まれてくるものが現れる(以上はシルバーバーチの霊訓による)。初めて人間として生まれてくる場合はそういう経過を辿るようである。私たちも最初はそのようにして人間としてこの世に誕生してきたのであろう。人間は何度か再生を繰り返すことが多いが最初はそういう経過を辿るので人間には動物時代の名残が少し残っていることになるのだろう。





    白浜海岸 チョコと 
    チョコと一緒に海を眺めて。 向こうに香川県の本土が見える。
    この辺りは潮の流れが速い。愛犬と共に過ごした11年間は
    人生の良き思い出として記憶に残るだろう。霊界で再会した時は
    この写真のような感じになるかもしれない。

    一般的に動物の中では犬が最も霊性が高いようでかつては2番目は猿であったが人間と離れて生活するうちに猫に抜かれて今は3番目だそうだ。人間と一緒に暮らしているか否かは動物の霊的成長に大きな影響を及ぼすことになるようである。人間は地球上の他の生き物の成長に対して責任を負わされていることになる。

    今も会っているけど私が霊界に行った暁にはチョコが真っ先に迎えに来てくれることだろう。家族の中で真っ先に会えるのは老齢期になった私ということになりそうでその時を楽しみにしている。

    愛犬のその後 2

    2020.06.28 06:53|体験集
    病気 3 (2)
    食欲が落ちて弱ってきたチョコに何とか食べさせようとしている所。
    この世を去る10日ほど前のことである。その少し前にはもう臨終かと
    思わせる状態になったが家族の手当ヒーリングなど懸命の努力で生き返った。
    もう見納めと思ったので早朝ではあったが次男を呼んだ。チョコは大好きな
    次男が家に入る前にその事に気づき、瀕死の状態で起き上がろうとした。
    やはり愛は生命エネルギーと言ってもいいだろう。


    前回からの続き
    こういう事を繰り返し体験すると愛するペットは唯肉体が無くなっただけであり、その本体である霊はそのまま存続していることを実感することになり、別離の悲しみというものを殆ど感じなくなりそうである。別離の悲しみの大半はその人(ペット)の行く末を悲しんでいるのではなく、会えなくなった自分自身を嘆き悲しんでいるという言葉があるが正にその通りであろう。人も犬も大体は死ぬ前は体調に異変が起きて苦しむことも多く家族はその世話に追われることになる。死は本人も世話をする家族も苦しみから解放されるのであるから神の摂理に従ってそれを受け入れ、その新たな門出を静かに見守ってあげることが望ましいと思う。それは多くの人にとってその時点では容易な事でないとは思うが。

     

    昨今はペットロスに悩む人が多いと聞くがペットは死後もそれまでと変わらず飼い主のすぐそばにいて愛の念を送ってくれていることを知ることが出来たらと思う。人間は死後しばらくの間自分の家にいるケースが多いようだが犬も同様で至る所で愛犬の気配を感じることが出来る。チョコの場合、今の所は朝の瞑想の時によく現れる。それまでと変わることなく私に寄って来るので抱き上げて撫でてやると喜ぶ。それは五感で感得出来る世界ではないので一般の人にとっては理解し難く、私が幻覚を見ていると思われるかもしれない事を承知の上で書いている。


    IMG_0027.jpg  

    以下は信じがたいことかもしれないがチョコから伝わってきたメッセージである。

    6/25の朝

    「これまで僕を大切にしてくれてありがとう。とても感謝しています」。

     

    6/26の朝 

    「家族の皆からしてもらった事を僕は決して忘れない」。

     

    二日間のチョコから伝わってきたものを書いてみた。犬が人間のように思念を伝えてくるとは思いもよらなかった事であり、その時は私もにわかに信じられなかった。しかしかなり高度な思考力を持った犬や馬の話が「ペットが死ぬとき」という「シルビア・バーバネル」著の本に出てくる。そしてもともと動物のほうがテレパシーの能力は人間より優れていて人間は文明の進化と共にその能力が衰退してしまったのである。人間と一緒に暮らしているペットは人間が思う以上に精神が進歩していて思考力を持っているようである。犬だから分かるまいと思っていても犬はちゃんと飼い主の心を読んでいるのである。

     

    補足

    シルビア・バーバネルはシルバーバーチの地上の霊媒として知られたモーリス・バーバネルの妻であり、二人は同じ類魂に所属していて霊的真理普及の仕事の為に地上に生まれて来たということである。「ペットが死ぬとき」は彼女の著作であり、犬や猫、馬などの死後の事や彼らの知られざる能力について多くの事例が載せられているので動物好きの人にはご一読をお勧めしたい。


    愛犬のその後 1

    2020.06.24 14:12|体験集
    P1020856_convert_20120919144222.jpg
                     2012年の夏 今から8年前のチョコ


    チョコが息を引き取ろうとしている夜中の一時頃に父と祖母が現れてじっと様子を見ていた。家族に何かが起きる時はやはり見に来てくれることを再確認した。それから時間をおいて再び父が現れて「犬の事はこちらで面倒見るから心配するな」とのメッセージがあった。こういう時には霊界からの通信はとても心強いものである。前に私は父と当時飼っていたコリー犬が畑にいてコリーが走り回っている夢を見たことがあり、家で飼っていたペットが死ぬと先祖は面倒を見てくれることを確信していた。そのコリー犬は父がよく散歩に連れて行っていたものである。

     

    チョコの死後処理を済ませた日の夕食時に部屋の何時もの場所に彼がいることを感じたのでそっと手を差し伸べてみた。これまでしてきたように彼の頭や背中に相当する場所を優しく撫でてみた。すると手のひらに暖かみとピリピリしたものを感じ、ある質感が伝わってきた。唯の空気ではなく明らかにそこには何かのエネルギー体が存在していることがわかった。薔薇など花の上に手のひらをかざすとピリピリしたエネルギーが放出されていることがわかるがそれと似たような感覚である。あらゆるものはそれぞれにエネルギーを放出しているからである。

     

    そこで家族皆がその場に来てチョコの名前を呼びながら肉眼の視覚に映らない対象物を優しく撫でてみた。頭、背中、尻尾とこれまでにしてきたように愛撫を続けた。相手は人間の視覚や聴覚など五感で認識出来るものではないので知らない人が見たら、「あの家族は一体何をしているの?犬が死んで悲しみのあまり気がおかしくなったんじゃないの」と思うかもしれない。

     

    また彼は食後にヨーグルトを食べるのが好きだったのでこれまでのように皿にヨーグルトを入れて目の前に置いてみた。勿論ヨーグルトが減っていったりすることはないが彼が精神的に満たされている様子を感じ取ることが出来た。チョコは家族の夕食の時には自分は先に食事を済ませていつもの場所からこちらを見て横になっていてヨーグルトが出てくるのを待っていたものである。そこでこれまでのパターンを再現してみたわけである。

     

    生前は毎日散歩に連れ出していたが死後にも「散歩に行くぞ」と声をかけると付いてきていることがわかる。リード(散歩用の紐)も要らないし排泄物の世話をする必要もない。眼離しをしてどこか危険なところに行ってしまわないか気にする必要もない。こちらが意識を向けていないと彼の存在は消えるが気持ちを向けたら現れる。要するに一切それまでの手間がかからなくなったということになる。唯、五感を通して入ってくるものではないので肉体があった時に比べると一種の物足りなさがあるのは否めない。あくまでもこの世の感覚を基準にするとフワフワして心もとない感じになる。だが死後に肉体を離れてしまうとそちらの方の感覚が主体となり、そうなるとこの世の事は重くて鈍重に感じるのではないだろうか。感覚が逆転すると言えばいいのかもしれないが夢を見ている時にそれが夢とは気付かないのと同じ原理が働くのであろう。


    チョコ
      2階のベランダから外の様子を見るチョコ
      ここは彼の好きな場所であった。

    地上生活の限界

    2020.06.23 06:00|インスピレーション
    滿汐  
           潮が満ちて来たエンジェルロード


    肉体を動かして楽しめる期間は限られている。やがては肉体の衰えと共に重荷と感じられるようになる。肉体を持て余すようになってくる。それを見ただけで地上生活の限界がわかろうというもの。肉体の衰えは地上生活の終着駅が近づいているということを意味するものである。地上の生活は限りあるものであり、その期間は前もって定められているので伸ばそうとしても無意味な事である。



    追伸
    浅瀬は潮の満ち引きと共に現れたり消えたりを繰り返します。人も動物も自然界の生き物はこの写真のように自然界のリズムに従って生命の営みを続けて行きます。誰一人として例外はありません。我が家の愛犬も一週間前に務めを終えてこの世を去りました。この写真はエンジェルロード、ほんの数分前には浅瀬を渡れたのですが潮が満ちてきて道は閉ざされました。私は以前、愛犬を連れてよくここに散歩に来ていました。引き潮の時は彼と向こうの島によく渡ったもので、早朝は向かいの半島から朝日が昇り美しい瀬戸内海を満喫することが出来ます。

    人間も犬も肉体の寿命が尽きると居場所を変えて新たな生活が始まるのですがそれを実感出来る人は多くないかもしれません。今回の事で犬も人間のように死後はそれまでと変わらず家族のすぐ近くにいて、心が通じ合っていることがわかりました。また改めて記述したいと思います。

    紆余曲折を経て

    2020.06.19 06:00|インスピレーション
    コロンビアアイス  

    霊的真理はまだ新しい知識なので世の中に浸透していくには時間がかかる。これまでの他の宗教を見ればよくわかるだろう。すぐに浸透するものではなく紆余曲折を経て浸透していくものであり、今は種蒔きの時期である。

     

    将来は全く普通の暮らしをして普通の格好をした者が真理の伝道者となるだろう。見かけや社会的地位などは意味を成さなくなる。そうなった時には霊的真理は広く普及していることになる。その時あなたは霊界から地上の様子を眺めて自分も真理の普及に貢献出来た事に喜びと満足を感じることになるだろう。


    二重生活

    2020.06.15 06:00|インスピレーション
    IMG_0017.jpg 

    人間は一人残らず二重の生活をしている。昼間は肉体に入って地上の生活を、夜は肉体を離れて故郷の霊界に帰っている。毎日これを繰り返しているが昼間、肉体に入っている時にはわからない。肉体を離れている時の霊的感覚が活動を停止してしまうからである。逆に夜は肉体が眠ってしまう。両方が覚醒している時は殆ど無く、どちらか一方は活動を停止している。




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    大きな意識で見れば

    2020.06.11 06:00|インスピレーション
    IMG_0110.jpg


    何事も後で振り返ってみれば大した事ではなかったとわかる。その時には一大事に思えた事も小さな出来事に過ぎなかったと思えるようになる。その訳は後になって見れば小さな意識(顕在意識)が消えて大きな意識(潜在意識、霊的意識)で見られるようになっているからである。その渦中にある時は肉体が生むエネルギーに占領されて視野が小さくなっていたのである。人間は動物時代からの名残で外敵が来ると身を縮める習性がある。後になって大きな意識で見られるようになると人間が人生で体験するものは何れも大事ではなく騒ぐほどのものではなかったとわかる。

    本当の自分に目覚めるとは

    2020.06.07 06:00|インスピレーション
    IMG_0063.jpg 

    霊としての自分は元来、地上の変動には左右されない。肉体が地上の動きに連動しているのである。霊としての意識になれたら様々な知恵が自分に降りてくる。霊としての自分は地上にも繋がっているが同時に霊界にも繋がっている。その状態が本当の自分に目覚めるということになる。

    人生のコース

    2020.06.03 06:00|インスピレーション
    ペイtpレイク

    人間は幼少の頃はまだ霊界にいた時の名残が残っている。思春期から壮年期にかけてはほぼその影響は消えている。人生後半になると再び霊的なものが戻ってきて人生の総まとめに入り霊界に戻る準備が始まる。




    補足

    肉体の活動が活発な若い頃には霊的意識は表面には出て来にくいでしょう。壮年期を過ぎてそれまで肉体に注がれていたエネルギーが減少して来るとそれに代わって自然に霊的エネルギーが活動するようになり、次の世での生活に備えて準備が始まるという事です。

    捉えどころのない自分の心

    2020.05.30 06:00|インスピレーション
    富岡八幡宮で

    人間はその時の自分の心がどこを向いているか、どういう状態にあるのかが分からない。自分を客観的に見ることが出来ない。毎日のように自分の心はあちこちに飛んで捉えどころがない。


    そういう時は肉体を源とした小さな意識、顕在意識優位になっているからである。大きな意識(霊的意識、潜在意識)を引き出すことが出来るようになれば大きな視野から物事を観察できるようになり迷いが減って心が安定する。人間にはその訓練が必要である。


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    森羅万象を感じて

    2020.05.26 06:00|インスピレーション
    IMG_0064.jpg 
        双子浦から見る余島とエンジェルロード。


    人間が一つの事に固執して変わりゆく環境に順応できないのはひとえに霊として未熟であるから。天地自然のリズムと調和することが出来ていないから様々な問題を起こすのである。森羅万象が神の顕現でありそれを感じることが神を感じることである。この点で人間は他の生き物を見習うべきである。他の人工的に作られた宗教の教義などは人間の想像力が働いたもの。人間は古代より大自然の営みの中に神を感じてきた。神は全てを包摂するのである。

    天地自然の法則

    2020.05.22 06:00|インスピレーション
    バンフ 1  

    天地自然の法則こそが神の顕現であり、人も他の生き物もそこに調和して生きることによって幸せになることが出来る。逆らうと苦しみの代償を支払わねばならない。それ以外の事はあり得ない。すべての分野においてこの法則が働き何物もそこから離れて生きることは出来ない。

     

    思い通りにならない世界

    2020.05.18 06:00|インスピレーション
    身代わり不動


    この世は自分の思い通りにならない世界。強い抵抗を感じる所。自分と合わない者のほうが圧倒的に多い所である。あなたは自分を鍛えるために地上に来ている。強くなるために自分が望んで来ている。今の悲哀や不条理はほんの一時的なものであり、この世を去れば霧が晴れるように消え去ってしまう。



    追記
    一昨日の朝(5/16)私の大学時代の友人が亡くなったという知らせを受けた。彼とは学生時代に部活動を通じて苦楽を共にした仲であった。卒業後も彼はよくこの世の不条理を嘆いていたものだ。そんな彼もそういう世界から解放されることになった。そのうちに彼から何らかのサインがあるかもしれない。

    神と霊を拠り所にして

    2020.05.14 06:00|インスピレーション
    春霞の島

    人間を当てにしてはいけない。人間は状況次第でコロコロ変わるものであるから。神と守護霊を拠り所にして生きることだ。そうすれば迷いも消える。外はどんなに嵐が吹いていても霊界の守護の中に入れば幸せにいられる。愛を受けて喜びの中で生きられる。

    旅立った友人のその後(夢と瞑想)

    2020.05.12 14:49|親族、友人の霊界便り
    半島 

    友人のその後
    一月中旬にこの世を旅立った知り合いはその3週間後になって夢に現れた。彼は時間を置かずに火葬にされてしまったようなのでそのくらいの期間で地上世界に自分の思いを届けたりすることは難しいかもしれないと思っていた。

    以下は一回目の夢(1月14日)の内容
    http://susanoo1948.blog.fc2.com/blog-entry-722.html

    2月6日の夢の内容
    場所は公園のジェットコースターのような道、彼は日産のフェアレディーのような車に乗って現れた。彼の生前の車と同じである。そこで動物愛護の組織の会合があって彼は何かの役をしているようであった。最初、彼が何かの説明をした。机の上には何かの資料が置かれていた。不思議なことに私の妻と従兄もそこに同席している。その場で私は何か話をするよう求められたが何も話す事がないので困った。そこにいる人たちは知らない顔ばかり。その後で私たち(妻と従兄)は何故か高野山の方面に行こうとしていた。夢はそこで終わる。

    それから50日近く経った3月25日の朝の瞑想に彼は現れた。
    彼は病気の時の姿や顔ではなく笑顔が見られ爽やかな感じになっている。
    以下は彼からの思念を言葉で表したものである。

    自分はもうあれで人生を切り上げることが出来て良かった。
    あれ以上生きていてもろくな事はなかっただろう。
    今はもう仕事をしなくて良い。借金の事を心配する必要もない。
    以前の自分の建物(仕事場)は誰かが有効に使ってくれたらいい。
    今は重荷が取れて清々している。生前の仕事には何の未練もない。

    前の仕事仲間の人たちは毎日仕事をしなくてはいけない。本当に大変だ。
    皆本当は苦しいのだ。

    僕は今、リラックスしている。会いたい人にも会えた。
    こちらは金の心配をしなくていい。
    それが何といっても一番。周りの景色が明るい。
    そっちは暗いところだ。


    以上

    電光石火

    2020.05.10 06:00|インスピレーション

    池田湾 

    霊同士のコミュニケーションはいちいち思いを言葉に置き換える必要がないので電光石火で伝わる。人間同士の意思交換は言葉を使うので効率が悪く誤解を生みやすい。言葉に変えるだけで時間と労力を使うし、言語が異なると意思交換が出来なくなる。霊界の者は地上の人間が言葉に出さなくても直ちに意思を読み取ることが出来る。

     

    地上世界では他の人間の考えていることがわからないので色々と詮索をすることになる。ああでもない、こうでもないと余計なことを考えてしまう。それは大きなエネルギーの浪費であり、心を曇らせてしまう。地上世界を去ればそういうものから解放されることになる。

        

    霊的意識と顕在意識

    2020.05.06 06:00|インスピレーション
    MOA.png

    今の人間は霊的意識(潜在意識)と顕在意識が遮断されていて、その事が霊的真理の理解を妨げている。霊的意識と顕在意識の間の壁を一時的に取り去る、又は風穴を開けると霊的意識が表面に出て来易くなる。祈りや瞑想はその意味で効果がある。また肉親との離別など極限の体験は霊的意識の窓を開き霊的真理の理解を深めることになる。


    続きを読む >>

    この世でのひと時を大切に

    2020.05.02 07:22|インスピレーション
    彩雲

    瞑想してみればそこにはこの世の混乱とは無縁の世界が存在している。そこが将来貴方が赴く世界、今は肉体を通じてこの世と密につながっているからこの世の騒ぎがまともに伝わってくるがそれはやがては切れる時が来る。あなたは何時までもこの世に住み続けるのではない。そう考えればこの世の事を愛おしく感じるであろう。今、この世でのひと時を大切にすることだ。

    執着の心

    2020.04.28 06:00|インスピレーション
    池田港 

    この世の出来事一つ一つに動揺してはいられない。自分の霊的意識で見ればそれらは些細な事、全てはエピソードの一つになっていく。自然に離れて行き忘れ去られることになる。小さな意識で見ている限り何時まで経っても離れない。つまり執着が起きることになる。執着するのは霊的意識が目覚めていないことの証である。

    慌てず急がず

    2020.04.24 09:34|インスピレーション
    志村けん? 

    置かれた状況の中で自分なりに精一杯やればそれで良い。見えないものを無理に見ようとする必要はない。肉体を持った地上の人間には限界があるから。

     

    やがては見える時が来る。視野に入らないことは守護霊がちゃんと把握していてその折々に指示を出してくれる。自分の判断の中に自然にそれが現れてくる。見えないからと言って慌てず急がず、それが肝要だ。

    幼少時代の写真

    2020.04.21 10:52|お知らせ
    旧ページに私の幼少のころの写真を掲載しました。70年くらい前のものもあり白黒で今とは雲泥の差です。当時はまだ戦後であり、世の中の様子は今の若い人には想像も出来ないことでしょう。

    思い出として残しておきたいという思いから今後何回かに分けて旧ページ上で編集してみることにしました。時代は常にうねりを伴って進んで行くものです。私たちの人生もその中で上下左右に揺さぶられながら進んでいきます。

     幼少時代(写真集)
    https://7as22ieev1q5.blog.fc2.com/blog-category-4.html