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    プロフィール

    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    課題は続く

    2021.02.27 05:00|インスピレーション
    帆船が来た 

    人生においては常に課題が現れる。日々の課題、人生全体の課題など大小様々なものがあり、それらに対応することによって自分が磨かれる。何の課題もないとしたら人間は堕落してしまう。この世、次の世と課題は続く。

    法則の働き

    2021.02.23 05:00|インスピレーション
    富岡古墳 2
       富岡八幡宮と古墳のある場所で散歩にも良い

    その時出来る事をすれば良い。人には出来る時と出来ない時があり、出来ない時にはどうしても出来ない。すべての事には時期というものがあり、時期が来たら出来るようになる。そこにも法則が働いている。

     

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    心の振幅

    2021.02.19 06:00|インスピレーション
    行場
             西の滝の行場


    人の心には振幅がある。上がったり下がったりしながら進んで行く。下がった時には様々な雑念が入って心がかき乱され、次々と不安や心配の念が沸き起こる。気持ちが不安に傾きネガティブになっている時は心の振幅が下がっているからである。そういう時には一旦歩みを止めて大きな方向性と流れを見ると良い。時が来れば小さなものは全部本流の中に収束される。それ故、色々と細工をしたり余計な事を考える必要はない。


    何か好きなものを持って

    2021.02.15 06:00|親族、友人の霊界便り
    梅が満開
      家の梅も満開

    最近家の裏道を歩いて竹馬の友の家の方にいくとよく彼の気配を感じる。
    時期によって近くなったり遠くなったりしているようだ。
    双方の意識の周波数が置かれた状況によって合ったり合わなくなったりしているのだろう。

    この間の彼のメッセージ
    「人間は何か好きなものを持っていないと人生がつまらなくなってしまうよ。僕は今花を育てることを楽しんでいる。こちらでは花もこの世の人がするように手がかからないからね。振り返ってみて僕がそちらの世で一番楽しかったことは君と一緒にヨットに乗ったことだ。「ピオン」に乗っていた頃が最高だったな。人生後半には自治会長をしたけどあれは義務からしていたことで楽しいわけではなかった。人間は長くこの世にいると色んなものを背負い込む。だんだんそれが重くなってくるから僕はあれくらいで人生を切り上げることが出来て良かったと思う」。


    補足
    ピオンというのは30フィートのセーリングクルーザーで昔、小豆島の岡崎造船で製造していた。しっかりした造りのクルージングボートでゆっくりとセーリングするには良いヨットであった。今から40年前に中古のピオンを西宮から小豆島に乗って帰ったことを思い出す。早朝の4時ごろに出発して明石海峡を通過したあたりから強風が吹き始めた。11月の初めの頃には西高東低の冬型の気圧配置になることがあり、瀬戸内海も強風が吹く。真向いの風でかなりの波高がありこのままでは明るいうちには島には帰れないと判断して東播磨港に避難した。

    漁師が来たので訳を話して一晩そこの桟橋にヨットを繋ぐことができた。一升瓶を渡して頼み込んだのである。知らない所に船を繋ぐのは色々と気を遣うことが多い。夜は歩いてあたりの食堂を探し、訳を話してそこで夕食を食べた後で風呂に入らせてもらったが店の人が親切にしてくれて嬉しかった。波しぶきを浴びて濡れた体を温めることが出来、夜はヨットに戻って安心して寝ることが出来たのである。

    ピオンのあとで後発のヨットに乗り継いだがピオンは最も思い出に残っている。彼との思い出がワンセットになっている。

    また彼が花を育てるという話は生前彼はランに凝っていて家のベランダに蘭を一杯並べていたものである。霊界の蘭は地上のように手間もかからずさぞかし鮮やかなのだろう。

    霊犬と散歩

    2021.02.11 16:38|親族、友人の霊界便り
    チョコと歩いた道3 (2)

    最近私は一人で散歩をするようになり、ここに来てみた。
    実際には一人ではなくいつも傍にはチョコが付き添っていてくれることがわかる。
    この場所はエンジェルロード、夏の早朝にはチョコとよく来たところである。
    対岸の右端には母が晩年を過ごした介護施設が見える。



    チョコと眺めた景色 
    エンジェルロードの付け根のところに小さな丘があり、ここからの眺めも素晴らしい。
    鐘があって「約束の丘」?という名前がついていたと思う。
    ここに登ってチョコと一緒にこの景色を眺めた。
    観光客が来てチョコの相手をしてくれた事を思い出す。



    chocoと歩いた道 2 (2) 

    富岡八幡宮下の道。フェンスの向こうには小学校のグランドがある。
    ここも馴染みの場所で距離は短いが手軽に犬を連れて歩ける。
    たまに犬を放して散歩している人がいて困った事もあった。




    二子浦風景 
    砂浜に下りるとこういう風景になっている。向こうに香川県本土が見える。

    ペットが亡くなっても実際には可愛がっていた犬や猫は飼い主の愛を忘れる事なく
    健気にもそれまでと変わらずに寄り添ってくれている。
    僕はいつも一緒にいるよ!

    人の心は移ろう。
    犬は決して裏切らない。







    小我と大我

    2021.02.07 09:04|インスピレーション
    kousokutei twsima

    人間は日常生活において様々な事を体験するがその殆どは重大な事ではない。ところが小我(肉体を中心とした自我)で感じ取れば感情の相乗作用も加わって、さも重大な事のように感じてしまう。

     

    一方、自分の奥に控えている大我(霊的自我)が発動すれば一時的に人間的煩悩が消え、それらの出来事の全容が把握出来て小さなことに過ぎないと思えるようになる。

     

    人間は日頃小我の目で物事を見ているので判断を誤りやすい。小さな窓を通して外を眺めているから事の全容がわからない。


    守護霊の示唆

    2021.02.03 06:00|インスピレーション
    大麻山の奇岩

    守護霊の示唆をどの程度受け取れるかはその人間の霊的成長の度合いによる。進化するほど多く受け取ることが出来る。あたかも守護霊と自分が一つになったかのように感じるであろう。今後の人生に自信と確信を持って臨めるようになるだろう。

    この世の事には深く関わらない

    2021.01.30 06:00|インスピレーション
    kasaneiwa.jpg

    年を取ったらこの世の事には深く関わらない。一定の距離を置くのが良い。それが老後の生き方であり、意識しなくても自然にそうなってくるはずである。それはこの世を去る準備を少しずつ進めていることになる。

     


    補足

    今、流行りの終活、エンディングノートはその表れの一つでしょう。

    感性の変換

    2021.01.26 09:12|インスピレーション
    田ノ浦の奇岩2  

    年齢を重ねるにつれて若い頃の肉体を主に発生源としていた感性に代わって霊的なものを発生源とする感性が目を覚ましてくる。人はそうなるように出来ている。肉体を中心に置けば老いや衰えしか感じ取ることが出来ないが、霊的な視点から見れば老いはこの世の人生を成就しようとしている自分を感じて喜びを持って受け入れられるようになる。

    煩悩的思考を捨て去る

    2021.01.22 06:00|インスピレーション
    蠟梅 

    この世に居ながらにして霊界と交流することは可能である。その空気を感じることが出来る。特別な事をする必要はなく自分のすべてを背後の霊に預けたら良い。言葉を変えると日常のこの世の生活における煩悩的思考をすべて捨て去ることによって可能となる。一時的にではあっても元来繋がっているのだから交流を邪魔しているものを排除すれば良いだけの話である。

    近づいては離れていく

    2021.01.18 06:00|インスピレーション
    蒲生の浜2

    人がこの世で遭遇する出来事は殆どが静観していればいつの間にか自分から遠ざかるものが多い。自分が騒ぐとそれは引き寄せられる。一つ一つの出来事は摂理によって近づいては離れていくことを繰り返す。いつまでも居座ることはない。


    思念のコントロール

    2021.01.14 06:00|インスピレーション
    miya  銚子渓  
              ここ数日の寒さで凍った銚子の滝

    地上生活においては自分の思念をコントロール下に置くのはとても難しい。人の思念は片時もジッとしている事はなく常にあちこちに飛ぶ。今わかったと思った次には再び元に戻ってしまうものである。何か気がかりな事が吹っ切れたと思う間もなく元に戻ってしまう事がよくある。

     

    このように如何に努力してもこの世で肉体を伴っている以上、完全に思念を統制するのは至難の業である。自分の思念を肉体の支配下から霊の支配下に置く為の戦いは一生続く。肉体を捨てて霊界に帰還すると肉体の影響を受けなくなるので思念が安定してきて地上時代のように自分が自分に振り回されることは無くなってくる。


    自分 
       山の霊気


    問題解決の糸口

    2021.01.10 06:00|インスピレーション
     高見山から 余島を 

    人は問題に直面すると一瞬視界が閉ざされ、周囲を壁に囲まれたような感じになるのは何故か?
    人間の五感で受け止めるとそう感じることになる。少し間を置いて自分に備わっている霊的資質が働き始めると視界が広がり、見通せるようになって問題解決の糸口が見つかる。霊的な自分が始動するようになる。

    霊的な自分が作動し始めると霊界からの援助を呼び寄せることが出来る。人間は五感の世界に閉じ込められているから何か事が起きると慌てる。その事から見ても肉体に閉じ込められている事が実感出来るだろう。

    終着駅がわからない

    2021.01.06 10:00|インスピレーション
    夕焼け

    この世の様々なイベントはいつまでも続かない。その内に終わる。あなたは重荷から解放される時が来る。人間は今の状況がずっと続くように感じるがそうではない。小さな窓を通して見ると一部しか見えない。全体の様子がわからない。終着駅がどこか分からないだろう。


    家族はお互いに助け合って

    2021.01.02 11:33|親族、友人の霊界便り
    初日の出
           ベランダから見た初日の出






    父からのメッセージ 

    元旦の朝、雑煮を食べ終わると父が現れて上のようなメッセージをくれたので書き留めて仏間に飾った。
    父の姿は若々しく40歳くらいに見えた。晩年の老人の姿とは別人のようになっている。

    年末に母が叔母(私の実母)と共に現れたがその姿も若々しく晩年の年老いた姿はどこにもない。
    画像はカラーで小さく鮮明であったが輝いているように感じた。
    残った家族は他界した人の昔の年老いた面影を抱いていると思うが他界した本人たちは全く違っている。
    昔の彼らの面影は遺族の心の中だけに残っていて実際にはどこにも存在しないのである。

    ともあれ他界した家族は時々戻ってきて家族の様子を見ていてこちらの心の中身は彼らには筒抜けになっている。しかしながら彼らの多くは再びこの世に戻ってきて地上人生をやり直したいとは思わないだろう。




    チョコとハク

    2020.12.31 05:00|日々の暮らしの中で

    フェリー公園でチョコと
     
      去年の10月 フェリー公園で

    このところ半年前にこの世を去った愛犬チョコがよく現れるようになってきました。生前と少しも変わらぬエネルギーを持っていてとても癒されます。言葉で表現するのは難しいですがこちらと犬のオーラが互いに触れ合っているような感触です。肉体を持っている犬に比べて一切の世話は必要がありません。こちらが気を向けると現れて思いが離れると居なくなります。五感の目や耳で感じ取るのとはその辺が違いますが羽のように軽くて爽やかです。ペットロスで悩んでいる人にその辺を理解して頂けたらと思うのです。それが容易ではないことはよくわかりますが。

    チョコは私があちらに行った暁には間違いなく来てくれて一緒に暮らすようになるでしょう。私にとっては将来の楽しみでもあります。



    可愛いハク 2 
     やんちゃ坊主のハク

    夕食後にソファーに横になって約3か月前に我が家に来た子犬のハクを右横に侍らせていると左からチョコが寄ってきます。そして生前のように私の左手を舐めてくれている感触がします。ヤンチャ坊主のハクは静かに寝ています。私にとっては至福の時です。

    物質のはかなさを知る

    2020.12.30 14:19|インスピレーション
    IMG_0013.jpg

    物質の世界(この世)においては変わらないものは何一つない。絶対的に信頼できるものも何一つない。すべてのものははかない運命であること。それを自分の人生で学び取ることが出来たらそれで良い。人はそれを通じて物質よりも大切なものがあることを知る事になる。物質世界のはかなさは霊的実在を知る為の教材である。


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    寿命を決める要因

    2020.12.26 08:56|インスピレーション
    大杉 

    人間は長く生きる程この世の様々な濁りを吸収する事になる。見たくないもの、聞きたくないものが嫌でも入ってくる。寿命の長短があるのは何故か?どのようにして決まるのか?

     

    それは今生の人生のテーマによる。その課題をこなす為の必要な期間というものがあり、それに応じた肉体が選定される。時期が来れば肉体への霊的エネルギーの供給が切れる。この世の課題をやり遂げたら自然に寿命が尽きるようになってくるのが理想であり、その長さは一人ひとり違う。その上に様々な要因が絡んでくるが惜しまれてこの世を去るくらいで丁度良い。

     

    寿命は大体が生まれる前の計画に沿ったものになり、大きくずれることはない。年老いても元気に色々な事をやっている者はまだやるべき課題が残っているからである。つまりその時が来ていないからである。

    実践出来ているか否か

    2020.12.21 09:38|インスピレーション
    向かずら夕日

    知識を一杯詰め込んでもそれが生きたものになっていなければ意味がない。唯の飾りになっていないだろうか。それが実際に日常生活の場で実践できているか否かが問われる事になる

     

    地上人は時間の制約もあり、それだけでも大変な事だ。しかし先に不安を感じる必要はない。常に霊の仲間(守護霊を意味する)と共に歩んでいるのだから。地上の人間は本当は理解がない。わかったふりをしているだけで本物の理解力に乏しい。


    生命の自然な姿

    2020.12.17 06:00|インスピレーション
    登山道から

    人間の心は常に上下左右にうねりながら進んで行く。何故そうなるのか?理由は成長を目指しているから。落ち込んだり高揚したりするのは自然の事であり、それが生命の自然な姿であるから。何時も少しも変わらないならそれは機械と同じである。

    霊界からの通信 

    2020.12.13 08:50|インスピレーション
    1西の滝山門の紅葉

    霊界側と通信するためには地上的思考で固まった歯車の回転を一旦止める必要があり、そのままでは波長は合わない。ギアの切り替えが必要になる。その上で向こうに身を任せるような気持になれば良い。するとあたかも自分の考えのように霊界からの通信が入ってくる。初めは果たしてこれは実際のあちらからのものか自分の考えなのかわからないような感じがするだろう。テレパシーはそういう風に入ってくる。構えると緊張してしまうので波長は合わない。



    旅立った友より 2

    2020.12.09 09:24|親族、友人の霊界便り
    山岳霊場

    朝、仏壇の鈴(リン)を鳴らすと5月に他界した大学時代の友人Hの姿が浮かび上がり、彼の話すときの雰囲気と口調に包み込まれた(相手のオーラが目の前に現れたという感じ)。彼は今年の7月に現れて以来、音沙汰がなかったが5ヶ月後に出現した。    


    参照:7月14日付の記事「旅立った友より」 http://susanoo1948.blog.fc2.com/blog-entry-765.html

     

    彼の言葉

    僕は今、この世への関心は次第に消えて来つつある。どうこうしようにもこの世のことには何も手出しすることが出来ないから。今は生前関わった人たちに感謝の気持ちで一杯だ。7年前に君に会いに行ったけどあの時会えて良かったよ。あの時は友人が生きているうちに会っておきたいとせき立てられるような気持ちだったけど、今になって自分の寿命のあるうちにという事だった事がわかった。君も元気で暮らせよ。

     

    この世は本当に大変な所だ。今、こっちから見ればつくづくそう思う。この世の人は「金と自分の体」、この2つの為に毎日朝から晩までこき使われているようなものだ。僕はもうそういう所に居なくていいのだから。この世は本当に修羅場だよ。

     

    僕は今、のんびりしているよ。N(大学時代の友人、私にとっても)には時々会う。あいつは顎髭生やして偉そうになっているよ。


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    奥儀

    2020.12.07 14:12|インスピレーション
    kannkake 3 

    背後霊と呼吸を合わすのは一つの奥儀であり理屈ではない。理屈が前面に出てくると波長が合わなくなる。理屈を言う時は顕在意識の働きが強くなっているので一旦それを捨てなければならない。赤子のように素直になれるなら相互の意思の疎通はやり易くなる。

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    守護霊の導きから外れないように

    2020.12.02 05:00|インスピレーション
    彩雲

    守護霊は思念の力で地上の付いている人間を導く。守護霊と波長が合っている時は清々しく、前途が明るくなったような感じがするだろう。逆に陰鬱な気分の時は波長が外れていると考えて良い。そういう時は大体においてつまらない事を考えているものである。それに気づいたならば大きな視野から物事を眺めるようにする事によって自分の気持ちを立て直すことが出来る。すると自然に心の波長が調整されて守護霊と波長が合うようになる。


    つまらない事を考えないように

    2020.11.28 05:00|インスピレーション
    池田町の朝焼け

    大半の人はつまらない思考の連続を繰り返しているが、それは殆どが取るに足りないことばかりであり、そこから取り越し苦労が始まる。その通りに物事は進まない。的外れなことを考えて時間を無駄にしないように。小さなものを見ずに大きなものを見ていくべきである。小さなものに照準を合わせていると全体が見えなくなる。つまらぬ事を考えて毎日を過ごすことのないように。


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    この世のしがらみ

    2020.11.25 05:00|インスピレーション
    ご来迎の滝   
      山奥にある御来迎の滝


    人は老齢になるとこの世のしがらみを少しずつ外していくのが望ましい。自然にそういう摂理が働くようになっている。人やモノとの関係も同じである。少しずつそれらのものから離れていく。この世の人間やモノとのつながりはこの世だけのものが殆どであり、何一つ永続性のあるものはない。地上を去れば新たな関係が現れてくる。肉体を脱ぎ捨てるとそういうものも一緒に離れて行く。


    目覚めるとは

    2020.11.21 05:00|インスピレーション
    やまかん 

    人生は闇の中を手探りで歩くようなものと思っている者が多いだろう。しかし真理を知り、自分の人生も法則の下で展開していることを理解できるようになったら、そして常に自分を導いてくれている先達(守護霊、指導霊)の存在がわかるようになれば、それまでの不安は消える。

     

    また自分も霊であり一時的に地上人生を過ごす為に肉体に宿っている事を知るならば180度考え方が変わるだろう。そこでようやく目が開ける。そうなる事を目覚めるという。


    一時の借り物

    2020.11.17 05:30|インスピレーション
    層雲壇  

    現在あなたが所有しているものは地上人生が終われば全て離れていきます。物的なものは何一つ持っていくことは出来ません。唯、この地上世界で学び身に着けたものだけを持って霊界に行く事になります。一方で愛で繋がれた者同士の絆はずっと切れる事無く続いていきます。物的なものとの繋がりが切れるだけです。それもあなたが自分のものと思っているに過ぎません。

     

    本当はこの世に自分のものと言えるものは何一つ無く、全てはこの世で生活する為の一時の借り物なのです。そういうものにいつまでも執着してはなりません。

     

    あなたを取り巻くあらゆるこの世特有の揉め事や悩み事も物質と共に離れていきます。もうそういうものと付き合う必要はなくなるのです。

    霊界から見た地上人生

    2020.11.13 09:05|インスピレーション
    晩秋の雲 


    霊界から見た地上人生は特訓を受けに来ているような状態であり、それは短く、あっという間に終わる。地上にいる内は長く感じるが実際は短い期間である。地上の人生は幻のようなものであり、その時実体があると感じていたものは実は実在ではなく、人間の思念が投影されて出来た影のようなものであったことがわかる。地上人の五感で捉えるとそれらは堅くて実感がある。

     

    家も車も人間の思念が物質を通して地上に現れたものであり、霊界のものとの違いはそれが物質で出来ているか否かである。地上人は物質を実感し、実在と感じているが霊界の者にとっては物質は影のようなものであり双方の位置はコインの表と裏のような関係になる。故に霊界から地上人生を振り返ってみれば地上時代に感じていた実感は次第に薄れて夢幻のように感じる事になる。

     

    地上の人間は肉体を纏っているのでその本質が見えない。相手の正体が分かりにくいからお互いに腹を探り合っている。

    霊界のチョコ 3

    2020.11.10 07:17|親族、友人の霊界便り
    夕方の海 

    夕方、山岳寺院で知られた「西の滝」に歩いて登ってみた。ここは以前よくチョコを連れてきたので一杯思い出が詰まっている。参道は登るほどに急坂が続き結構きつい。チョコの晩年は衰えの為、きびしい道は歩かなくなっていたので所々を抱いて登ったものだ。

    西の滝は讃岐百景の一つでここからの眺めは素晴らしく、東は鳴門大橋、西は瀬戸大橋を見渡せるので多少苦しくても登り甲斐がある。山門の所で妻がご詠歌を唱え、しばしの時間を過ごし、山を下り始めた。ゆっくりしていると最近は日の暮れが早いし暗くなると猪に遭遇する可能性があるので長居は無用だ。

    参道を下っていると右側にチョコが来ているのを感じた。その感触は以前と全く同じであり、変わったところと言えばリードが必要ない事であり、彼は時々私の方を見上げて歩き、今では松かさには関心が無いようである。放っておいても何かを追いかけていく心配もない。私はチョコの生前と同じように散歩を楽しんだ。むしろ周囲に気を払う必要が無く心が満たされるのを覚えた。

    チョコは帰りの車にもかつてのように後部座席に乗って一緒に家に帰った。その後数時間は気配が感じられなかったが私が寝床に入るとすぐ傍に来たのを感じた。それは霊界からのプレゼントであり私は至福の時を過ごすことが出来た。このように他界したペットも人間と同じで、こちらが思いを寄せると思念のエネルギーが届いて向こうに愛がある限り応えてくれる。

    写真は瀬戸大橋方面に沈んでいく夕日、家に帰り着く頃にはすっかり暗くなっていた。