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    嫌なことは学びの材料

    2017.04.30 14:12|インスピレーション
    五十鈴川
           伊勢内宮五十鈴川      

    何一つ悩み事や心配事、嫌な事の無い世界を考えたことがあるだろうか?もしそういう状況に置かれるとしたら人間は何も学ぶ材料が無いということになる。考えるという事がなくなるだろう。色々と自分にとって嫌な事は必ず学びの材料となっている。

    肉体の目で眺めれば嫌な事も霊の目で見れば一つ一つが教訓となっているのである。それらは向上のための材料であり人間はそれを学ぶためにこの世に来ているのである。誰でも幸せな時や楽しい時には考える事がないし、その必要が無いが苦しい時には考えるものである。


    シルバーバーチの霊訓より
    あなたはこちらの世界に来て地上時代の数々の嫌な事を振り返った時、それらの事が自分の成長のための糧になっていた事がわかりそれに感謝せずにはいられないでしょう。

    コメント

    初めまして~

    全く同感です
    生物の進化は 嫌なことの連続でしか有り得ません
    環境の変化に対応することは とへも大変で嫌なことの連続の結果だと思います

    過酷な現代社会に対応できる人類の脳は 新しい回路を見いだせるでしょうか

    No title

    大空さん いつもありがとうございます。

    地上界的には悩み事、嫌なことですが、霊的真理に目覚めた以上、悩み事、嫌なことは霊的成長のための30センチぐらいの小さなハードルです。と思うようにしています。

    飛び越えられないハードルは決して現れないと信じています。

    霊的楽天性をしっかり身につけたいですね。

    No title

    風 蘭 さん

    現代社会の大きなストレスの原因は人類の心の進歩が物質的な進歩に取り残されつつあることではないかと思っています。その歪みが一層嫌なことを増やしているのかもしれません。
    それでも自然にバランスの修正が行われるでしょう。

    自分の過去を振り返るとその時に嫌だと感じたことは自分がそれに立ち向かって行くとその存在が小さくなっています。逃げるとそれが一層大きなものに感じます。自分の心が作っているのですね。



    No title

    コバチャン本舗 さん

    同感ですね。
    地上世界に顕現している自分は大我としての自分の一部に過ぎないのですから。
    瞑想してみるとそのことがよくわかります。

    一人でも多くの人にそれを知って欲しいです。
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