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    前進と後退

    2017.08.13 06:25|真理を求めて
    くれ

    人間は常に前進と後退を繰り返す。わかったと思っていたら再びわからない状態に戻ってしまう。しつこいくらいこれを繰り返す。この状態は人間がこの世では霊と肉体という二重構造になっている事に起因する。霊としての自分はわかっているのに肉体としての自分がすぐに引き摺り下ろそうとする。一日のうちにも行ったり来たりしている。

    やがては肉体を捨てて霊だけになってしまえばこのややこしい構図から解放されてすっきりする時が来るであろう。この世で人生を過ごすには肉体という乗り物が必要だが、それは様々な悩みを引き起こす。誰にも思い当たることがあるはずである。

    霊としての自分が本来の姿なのであるが人々はそれを知らず、また知ろうとせず、無知のままこの世の人生を過ごしている。そして肉体の重荷から解放された人をいたずらに嘆き悲しんでいる。



    追記
    人は霊の心と肉体の心の間を一日に何度も行ったり来たりを繰り返すが、肉体を持って地上にいる間は完全に霊の心で暮らすことは不可能なので基本的にこのことを理解していれば良いのではないだろうか。その事を知らないと煩悩にまみれた今の自分の心が全てと思ってしまうだろう。

    コメント

    残暑お見舞い申し上げます。

    まだまだ暑い毎日ですが、肉体が無い世界では、こんなことも無いのでしょうね。
    でも最近疑問に思うことがあり、質問させて頂きました。
    暑さ、寒さ、騒音等、確かに感じたく無いですが、そよ風を感じたり、温泉のお湯の温かさを感じたり、そういう心地いい感情も無くなってしまうのでしょうか?
    あと、以前絵本で読んだのですが、寂しくて泣いてる子供のそばに、天使が舞い降りて来て言うのです。寂しさってどんな気持ちなの?って。
    自分がそういう感情を感じられないのだということでした。
    天使の存在はいいとして、肉体が無い場合、五感の感情だけでなく、心で感じる感情も無くなってしまうのでしょうか?
    感動が無くなる?ってこととも言えます。
    これは寂しいです。
    意識だけの世界には、感情が無い?
    意識と感情の違い?
    なんて言葉が堂々巡りしており、増す増す暑苦しいです。

    No title

    guremiさん

    自分が死んだことに気が付かない者が一杯いるようです。
    理由は自分の体(霊体)は生前と変わらずにあること、しかもフワフワした幽霊のようなものではなく質感がありそれまでとの違いが認識できないのです。

    死後に赴く世界は殆どの人が幽界ですがそこの環境は極めて地上世界と似ているので尚更自分が死んだことに気が付かないということになります。

    感情は良いも悪いもそのまま残りますが時間の経過と共に肉体的本能から来る低級な感情は消えていくでしょう。

    幽界はこの世の垢を落とす場所でこの世とそっくりですから思う存分その環境を楽しむことが出来ます。趣味や芸術など心ゆくまで満喫することが出来ます。しかもこの世と違ってお金も必要がありません。時間の制約もありません。

    ここでは書ききれませんがご心配は杞憂だと思います。
    以下の書籍を読まれたことはありますか?
    色々と参考になると思います。

    http://www5e.biglobe.ne.jp/~spbook/life-after-death/index.htm


    No title

    ありがとうございます。
    以前紹介されてから度々読んでおりましたが、これは未読でした。
    早速読んでみます。

    残暑お見舞い申し上げます。

    大空さま、お久しぶりです。
    と言っても記事は毎回拝見してますが…。

    解ったと思ってもまた解らなくなり、しつこい位に
    繰り返す…ホント、その通りですよね。霊的な時はホントに
    素の自分になれるのに、生きて生活の中で色々な局面があり
    慌てたり見失ったりしてしまう。ホント繰り返します。

    霊的真理を全然知らなかった頃はその都度一喜一憂していましたが、
    最近はひと呼吸おいて一つ上から物事を見れる様になりました。
    とは言ってもまだ慌ててしまう事はありますけどね~。

    日々が勉強で修行ですね。またまだ気温上昇な日々が続きますが
    お体に気を付けて下さいね。毎回楽しみにしています。。

    No title

    ひでおじさん

    一日のうちでも意識のバイブレーションが上がったり下がったりというわけですね。
    今年の夏のように酷暑で蒸し暑い環境では尚の事、煩悩的思考が出て来やすいと思います。肉体の不快感が大きな影響を与えます。

    霊と肉体が相互に影響しあうのが地上生活の特徴でしょう。
    今日はお盆ですが、早朝墓参りに行く前にちょっと瞑想の間に入ると両親が現れました。
    肉体を捨てて霊体だけで生活している人たちは感触が爽やかで重苦しいものがありません。地縛霊は別ですが。

    対してこの世で肉体に宿って生活している人を見るとずっしりと重いものを感じます。それは肉体のエネルギーかなと思います。

    この世の人生は本当に僅かの間です。
    後で後悔のないようにしたいものですね。

    いつもありがとうございます(^-^)

    大空さん、こんばんは。
    朝晩は、涼しくなりましたね。
    このころは体調を崩しやすいです、いかがお過ごしですか(^-^)


    記事とあまり関係ないのですが、一つお聞かせください。

    お盆やお彼岸になると、
    「亡くなった人が帰ってくるから」と、お仏壇やお墓にお参りしてます。
    周りは、13日まではお墓、それを過ぎたら仏壇に居るといいます。
    だから、14日にお墓に行くのは意味がないとか。

    私としては、帰ってくるというのに違和感があるのですが、
    お墓にももともといないし、日にちにこだわり、
    義務感でみなさん動いてるみたいにみえます。
    いえ、故人を思いやる気持ちからでしょうけど。

    大空さんにお聞きしたいのは、
    お盆やお彼岸にどのようにするのが一番よいのか、ということです。

    この度、坐骨神経痛になってしまって、霊供膳を作るのがしんどかったです。
    ほんとは、体面を気にしてのお供え物なんか意味がないんじゃないか、
    と思う自分がいます。
    普段毎日、亡き人を想い、ごはんを食べてもらっているから、
    この日とばかり、無理しなくてもいいんじゃないか、とか。

    私は冷たいですよね。
    うまく書けませんが、なんとか読み取っていただき、
    お返事をいただけたら嬉しいです。

    お忙しいところ、長々と申し訳ありません。
    よろしくお願いいたします(o^^o)

    No title

    ご紹介の本、サイトで読みました。
    幽界と霊界にいる人達のことが随分わかりました。
    今こうして勉強しておくといいという事も理解できました。

    今、特別杞憂な思いでいたわけではありませんが、2年前に亡くなった主人を思い出す時、趣味のマラソンしながらいつも笑っている姿なので、苦しくないんかい?と思っていたのですが、納得しました。
    余談ですが、重力で思い出しました。
    築40年の古いマンションで、エレベーターが無い5階に住んでいます。
    それ程若くもないですが、2段づつ駆け上がっています。
    暑いさなか、辛いと思えば辛いですが、霊体になったツモリで、意識で登るようにしてます。
    (失礼しました)

    No title

    ねこうさぎさん

    お久しぶりです。私がカナダで息子さんがキャッチボールをされているビジョンを見たのは4年前の今頃でしたね。あの時の映像は今も印象に残っています。広大なモンゴルの草原のような場所でした。

    旅立った人が風がなびく草原に立っている姿で現れるケースはこれまでに何回か見てきました。「風にふるえる夕日の草原、辿る瞳やさしい若き旅人よ」この歌をご存知ですよね。加山雄三さんの「旅人よ」の歌詞です。
    この間旅立たれた方もこの歌が好きでベッドでよく聞いていたようです。
    そして私が瞑想するとその方がそよ風の吹く草原に立っている姿が見えました。
    その方はそれから間もなく旅立たれました。

    私の父もそよ風の吹く草原に立っている姿が見えたことがありますがその風景は幽界では方々にあるのかもしれないと思っています。

    話が飛びましたけどあちらに旅立った人たちは墓がどうのとかお供え物は?などという小さな世界に住んでいるのではありません。この世の人たちが小さな世界に自分を閉じ込めているのです。

    ご自分の心のままにされたらいいのではないでしょうか。
    他人がどう思おうと関係ありません。




    No title

    guremi さん

    読まれましたか。あの本は楽しみながら読めるのがいいですね。
    でも大変貴重な内容です。

    五階のマンションをエレベーターなしで二段ずつ駆け上がるのですか?
    体力がおありなのですね。着いた時には汗だくになっていませんか?
    私も若い頃は体力があったのでそれくらいのことは出来ましたけど
    今はとてもとても......。

    私はよく夢を見る方ですがあちらの海で泳いでも全く体が濡れることがありません。
    水も少しも冷たくありません。空を飛んで地上の景色を見ている夢も何回か見ました。
    走っている人もいるようですよ。
    あちらにはレストランやカフェもあり、すべて無料ですからお金は必要ありません。

    いずれはそういう環境に行けるのですから楽しみにしていればいいのだと思います。

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