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    ある朝の出来事

    2017.09.02 09:16|日々の暮らしの中で
    遠望2

    四月11日朝の瞑想で次のような出来事があった。最初から順番に私の祖母、祖父、そして叔父、母、叔母、それから繋がりは薄いが知り合いであり何年か前に他界した人(普段彼の事は意識した事もなく何故現れたのかわからない)、そして最後に父が現れた。

     

    そのビジョンは他界した人たちの人達のオンパレードの様相を呈していた。最初は小さな画像で現れ、次第にその姿が大きくなって行った。一人に要する時間はほんの数秒であったが、入れ替わり立ち代わり現れるのは初めての事であり、思わず見とれてしまったがメッセージなどはなく顔見世という感じがした。霊界で何かの集まりがあったのかもしれないが、それ以後はこのような事は起きていない。今から四か月以上前の出来事である。


    精一杯生きること

    2015.12.31 07:23|日々の暮らしの中で
    映画村風景

    壺井栄さんの言葉 (壺井栄文学館にて)  11月2日

    私のことをこういうふうに偉人のごとく扱われるのは気恥ずかしい思いがします。私は唯、自分の思いを小説の中で素直に表現しただけです。昔はものは乏しかったけど心は今の人より豊かだったと思います。今の人はものは豊かになっているけど心は貧しくなっています。


    あの頃は食べるものさえ不自由していた時代です。今はものが溢れていて人はそれに埋もれ惑わされて人としての道を外している人間が多いようです。大切なものを見失っています。心が物に占領されてしまっています。人間本来の姿に戻って欲しいです。

     

    何時の時代も人間は何か足りないものを抱えて生きるものですね。自分の遺品をこうして展示しているのは何だか照れくさい気がします。私はあの時代を精一杯生きました。あなたもこの時代を精一杯生きてください。


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    盆に寄せて

    2014.08.15 09:40|日々の暮らしの中で
    今日のNHKの朝ドラを見てみた。NHKのドラマなどでも少しずつ霊的真理の一かけらが表現されるようになってきたようだ。最近は一段と末世のような現象が目に付くこの世の中でも少しずつ真理の光が差し込んできているように感じられる。

    昨日の朝、家の裏で怒鳴り声が聞こえてきた。年老いた母親を息子が怒鳴りつけている声であった。すると間髪を入れずそこの家の20年以上前に他界した主人の姿が私の前に現われたのである。彼は家族の事が心配で見に来たのだろう。

    このように家族のうちで大喧嘩などをしているとあちらに行っている人は気になって様子を見に来るのであろう。荒々しい心の波動は当事者間だけでなく見えない世界にも響き渡っていると考えていい。亡くなった人は何も知らない等と考えたら大間違いなのである。良い事ならあちらも喜んでくれるだろうが喧嘩などは心配させることになるだろう。

    盆には先祖が家に帰ってくるということを子供のころから聞かされそれは日本の風習になっている。実際にはそういうことに関係なく必要があれば帰って来ている(見に来ている、会いに来る)と思うが世間一般の人にそれはわかってもらえない。私などは年中、盆なのだろうか? 今日の朝もこの間旅立った実母がにこやかな表情で現われた。

    今は日本中が盆休み(休みでない人もいるが)である、墓参り、線香の匂い、こういうものがワンセットで我々日本人の心に根差しているのだろう。

    七夕の夕べ

    2014.07.07 20:57|日々の暮らしの中で
     今日も片付けの作業から抜けられない。ひと通りの作業を終えて私は愛犬を連れて海岸に散歩に出た。最近は疲れていることもあり、お決まりのコースしか行かないがそのいつものルートで墓地の横を通った。この墓地は向かいに屋島が見えて夕焼けの時はとても美しいところである。我が家の墓もそこにある。今日は思えば七夕、昔は子どもたちが短冊に色々書いたものを笹につけて翌朝海に流していたものである。近頃は海の汚染につながるのでそういうことはしなくなった。

    ふと半年前に他界した竹馬の友の墓の近くを通った。距離にして20mくらいある。 私の瞼の裏に彼が手を降っている姿が浮かび上がってくる。半袖、半ズボンで完全に真夏の出で立ちをしている。色はベージュ色である。
    そして彼の思念が伝わってきた。
    「おーい、来たのか? 君は体調があまりよくなさそうやな。大丈夫か?」 

    「うん確かに疲れているし、眩暈もしているよ。」と心のなかで彼に伝える。

    「最近は殆どこっちには帰らないよ。帰ったところで誰も気がつかないし話もできないからつまらない。君以外にわかってくれる奴がいないからな。 死んだ者が墓なんかにいるわけないだろう。今日はたまたま君が通りかかって僕のことを思い出してくれたから出てきたんだ。
    こっちは昼も夜もない世界だ。最近はもう酒を飲まなくなったよ。酒はもう必要がない。君はまだ飲んでいるようだな。」

    「うん、少しは飲んでいるけどな。缶ビール一本と焼酎のオンザロックを少しだけやけどな。最近疲れているからちょっとは飲まないとな。」

    という具合のテレパシー交換が行われる。半年経つとかなり進んで行っているようだ。彼は夢にはよく現れてくるので実際には生前同様に会っているわけである。 もう物質の世話をしなくていい奴が羨ましいと思う。

    今日の夕方の散歩はかなり眩暈があり道路を渡るのにストレスを感じた。田舎とはいえ朝夕の通勤時間は車が数珠つなぎになるので押しボタン信号を押さないと危険である。 今日の七夕はあいにく台風接近で雨のち曇で星空は見られそうもない。



    局面と全体像

    2014.07.06 10:27|日々の暮らしの中で
    私は今、34年間にわたって歯科医業を営んできた診療所の後片付けをようやく終わりつつある。2年以上前に廃業した当時に廃棄処分にしたものもあったが体調の事もあり、多くはまだ整理が進んでいなかったのである。

    殆どの器具や備品類を運び出し処分をした。細かい器具類が無数といっていいくらいあり、それらの仕分けには苦労した。細かいものを見ていると持病の目まいが起きるので休み休みしか出来ない。全部を一緒にして捨てるならさほど苦労はしないがそういうわけにはいかない。今は医療廃棄物を下手に捨てると大変なことになる。

    それにしても開業当初に買い込んだもので開封していないものが一杯あるのには驚いた。毎日の診療に追われているうちにそれらがあることさえ忘れていたのである。金属製のものは見た感じは包装されたままで新品同様であった。特にステンレス製のものは変化がない。でも同業者でそういうものを欲しがる者はいないし、販売の会社でもそんなものを今更引き取ったりはしないので捨てるしかない。他に使い道がないが床の間に飾っておくわけにもいかない。

    しかし廃棄の時に廃棄現場の人や廃棄業者がそれらを見て「こんなきれいなもの捨てるのもったいない」と言っていくつかを持って帰ってくれた。こちらも「役に立つなものがあったら持って帰ってよ」と持ちかける。でも日常生活で役に立つものは極めて少ない。歯科医療器具は特殊なものなので転用が効かない。

    私は器具や備品の消えた診療室で愛犬と共にしばしの時間を過ごした。彼は整理作業を続けている期間の殆どを私にお供してきたのである。窓は全開にしているのでそよ風が入って心地よい。すると自然に瞑想状態に入っていた。

    今振り返るとここでの出来事はまとめて一つのものとして感じられる。34回の春夏秋冬を過ごしてきた場所、様々な感情の体験があった場所。慌てたりイライラしたり、嬉しかったり、腹が立ったり............。またいっぱしの歯科医として人や世の中のためにお役に立ってこられたのだろうか?これはいささか自信がない。

    一通りの感情体験をここでしてきたがそれらが今は一つのものとして感じられる。やっている当時は長く感じたが終わった今はとても短く感じられる。その体験は年数の長さに関係なく自分の魂の歴史に刻まれていくのであろう。そしてそれは永遠の人生という尺度から見た時、点のようなものかもしれない。

    人が死後自分のこの世の人生を振り返った時、自分の人生はあっという間だったと感じるのかもしれない。長い人生苦しい等と考えながら生きている人も多いかもしれないが終わってみれば早かったと感じるのではないだろうか。とにかく後で振り返ると時間は凝縮されて短く感じるようである。自分の子供時代は一年がとても長く感じたものだが、今子供の頃を振り返るとそれらは一瞬の出来事のように思える。人生は長いようで短い。近頃は時間の経過が2倍くらい早く感じるようになった。

    様々な出来事もその局面だけを見ればさも重大な事のように感じる。局面しか見えないから慌てることになる。ところがしばらく後になると全体像が見えるようになっているので理解の仕方が違ってくる。人間はそのようにして自分の視野を広げながら成長していくのだろう。そして死後は肉体の束縛から解かれると一層視野が広がってくるのであろう。




    しがらみと自由

    2013.07.20 11:39|日々の暮らしの中で
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    私は今バンクーバーに来ている。時々こうして強度の田舎の村社会から自分を開放しなければいけない。
    夕方ダウンタウンの海辺の公園に来てみるととても気持ちがいい。北国なので日本のような蒸し暑さは全くなく夜は9時になってもまだ明るいので人々は自由にそれぞれの時間を楽しんでいる。

    カナダの人達は全く他人のことは構わない。日本の田舎の人間はまず他人が自分のことをどう思うかということが価値判断の基準になっている。自分をその規範で縛り点けているので殆ど精神的自由がない。物事の善悪よりもそちらのほうが優先するので、時々自分では間違いではないかと感じつつも右へ倣えをしてしまうことがある。金魚のフン式になってしまうのである。

    それは昔、権力の支配を受けて何一つ自分の意見を言えなかったような時代から続いてきているのではないかと思う。
    そういう精神構造は私には理解し難く何かの折には苛立ちを感じてしまう。

    この地域を良くしたいなら自分が正しいと思うことをきちんと言いましょう。黙っていては何も問題は解決しませんよ。陰で愚痴っているだけじゃダメですよ。

    こういう感じで言うと一段とそういう人達は黙り込んでしまう。極度の村社会ではこういうことを言っていたら異端児扱いを受けてしまうのである。私は正義感が強いほうなので人々が理不尽な扱いを受けているのを黙って見ていられなくなるのだが、皆のためにと思ってやったことも正しく理解されない。情けないという状況を通り越している。

    高齢者が多いこともありもう環境を改革しようなどという気力も発想も浮かんでこないだろう。
    この先も沈滞していくしかないだろう。悲しいことだがそれは自らが招いていることである。

    昨日素晴らしい夕焼けを眺めていると次のことが閃いてきた。

    人は死後もそれまでに抱いていた心の状態が続くことは間違いない。
    長きにわたって自分の心を抑圧してきた人達は死後もずっとそのような状態が続くであろう。

    指導霊からもっと心を開放して今までのしがらみから解き放たれましょうと言われても出来ないと思う。
    この世で他の者からそういうことを言われても理解できないのと同じであろう。
    人はあちらに行ったからといって急に変われるものではない。
    人々がそういう環境のなかで生活しそれに相応した思考性を持つようになるということも摂理の働いた結果であろう。









    絵日記

    2013.06.29 16:16|日々の暮らしの中で
     

    私が小学校の2.3年生のころの絵日記を引き出してみました。ピンコという可愛がっていた猫が
    死んでしまった悲しみを書き記しています。あちらの世界に行ってしまった猫を連想しているところが 描かれています。 子供心にあちらの様子をイメージしていたのでしょうね。

    私は子供のころから常に犬や猫に囲まれて 育ってきたので動物が好きです。でも必ず別れは来ますが特別に愛情をかけていた動物は飼い主 が他界するまであちらで待っていてくれるそうです。そして飼い主が来たら誰よりも真っ先に飛びついて迎えてくれるのだそうです。ほかの人達が寄り付けないほどに。

    その後は飼い主と共に幸せに霊界で暮らしますが人間の成長のスピードは動物に比べて早いので
    ついていけなくなりやがては別れるのだそうです。その後は彼らはそれぞれの類魂のなかに戻って行くらしいです。
    動物は人間に愛情をかけてもらうことによって進化していくので人間には責任があるのです。
    やはり愛こそが宇宙最強のエネルギーなのでしょう。


    この日記は順序が逆になっていて下のものが最初にきます。


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    朝の散歩で

    2013.05.13 11:08|日々の暮らしの中で

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    朝は時々この場所に愛犬を連れて散歩に来る。知った顔ばかりの小さなコミュニティーの中を散歩していると何かとうっとうしいこともあるが、ここを早朝散歩しているのは殆ど観光客なので気楽である。このように潮が十分引いていないときは向こうには渡れない。ここに来ると必ず昔、ヨットに乗った友人が現われる。と言っても彼は2年前に他界しているのだが。彼とはヨットで大阪に行ったり岡山県の牛窓に行ったり、とにかく海で一緒に遊んだ。

    ヨットを売ってボートに乗り換えた後にも彼はよく乗りに来た。彼は生前から海が好きで特にこの場所を好んでいた。彼は元来わずらわしい世の中を嫌って一人の時間を過ごすのが好きな男だった。
    彼の面影が眼前に現われたと思うと私に話しかけてきた。

    以前に乗っていたピオンというヨットが一番好きで思い出深かったらしい。今は生前に自分が好きだった場所に来て時間を忘れてのんびりするのを日課にしているらしい。しかしこれからは生前の反省もこめて何か自分の為すべきことを見つけなければいけないと思っている。

    彼は2年前に自分で人生の終止符を打ってしまったので、しばらくの間は私の前に現われることはなかったが、去年あたりからこの場所やその他彼がよく通っていた海辺に行くと気配を感じるようになっていた。しかしぼんやりした感じで今一つ自分の意志というものを表現できないようであった。今年になってからは相当クリアーに彼の意志が伝わるようになってきている。
    2年経って反省の期間もほぼ終わりこれからは前に向かって進もうとしているようである。

    チョコ 

    散歩中の愛犬

    私は家に帰りいつものように祈りの間に入った。するとそこでも彼は現われた(私について来ていたのだろう)。彼は今私がそういうことをしているのに驚いたようであった。昔の私は祈りなど考えられなかったのである。するとそこににこやかな表情で父が現われた。彼は終生、父が乗っていたヤマハメイトを譲り受け、乗り続けたので縁があるというわけである。私は両者が会話している様子を感じたので父に頼んだ。
    彼の今後の事お願いしますよ。

     

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    小さな冒険

    2013.01.20 15:43|日々の暮らしの中で
     

    今年も寒い冬、全国のスキー場はどこも雪が一杯らしい。
    そんな折、私は果たしてスキーがもう一度できるかどうか試してみる機会を
    待っていた。本格的に寒くなってからはメニエールの症状が治まってきていたので
    思い切って先週半ばに一人で車を運転して山陰への一泊旅行に出かけた。
    温泉とスキーを求めて。

    写真は蒜山高原の風の家という道の駅。朝の岡山市内の混雑を苦労しながら
    通過してついにここまで来た。高速で眩暈が起きたら危ないことになるがついに
    運転中眩暈は起きなかった。ここまでくればもう大丈夫だ。



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    昼前についにスキー場にたどり着いた。
    上は大山スキー場のスロープ。平日なのでガラガラだ。
    ここはリフトの接続が悪くやたらと歩かなければいけない。登行リフトの乗り場の横が
    墓になっていて雪に埋もれた墓石がこちらを見ている。登行リフトを降りると次のリフト乗り場
    までまたスキーを担いで歩かなければいけないがそれもエキササイズと思って黙って歩く。

    向こうに見えるコースが大山国際で中上級者向きのコースが3本ほどあり国体もここで
    行われる。しかしここまでリフトを乗り継いで行くことが出来ない。テクテク歩いたおかげで
    体が暖まった。私はそのコースを滑ってみることにした。

    最初は慎重にそろそろと滑ってみたが目まいが起こる様子はない。次第に板はスピードアップしていつしか以前のペースで滑っている自分に気が付く。出来るじゃないか!
    嬉しさがこみあげてきた。もう無理かと思っていたスキーが出来たぞ!
    そう何回もコースを攻める必要はない。今回はスキーが出来るかどうかの試しだから。
    私はそのコースを5本だけ滑って早めに山を下りて予約してあった麓の皆生温泉の宿に向かった。麓へと向かうここの道は快適で心も弾む。



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    ホテルの部屋の窓から日本海を。
    冬型の気圧配置で西風がまともに吹き付ける。じっと見つめていると波に
    飲み込まれそう。この景色を眺めながら入るここのホテルの露天風呂は快適だ。
    3年ほど前にチョコを連れて泊まったことがあるがここはペット同伴で泊まれる。
    皆生温泉は塩水の温泉である。


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    このスキー板が私を甦らせてくれた。
    長女は道中の私の無事を霊界の父と神に祈ってくれていたらしい。ありがとう!
    最初は無謀かと思われたがそれをやってみようと考えるようになる事自体
    すでに願望実現への道筋がついているということなのだろう。
    久しぶりに爽快な気分に浸ることが出来て幸せだった。



    南国土佐

    2012.11.29 17:25|日々の暮らしの中で
     

    10月も残り少なくなった頃、長女の運転で高知まで日帰り旅行をした。
    高速を運転中に眩暈が起きたら危険なので私はハンドルに一切触れなかった。

    ここは高知市から西へ数十キロの横浪半島である。四国遍路をしていた当時
    オートバイで2度この半島に沿う道を走ったことがある。横浪黒潮ラインと呼ばれる
    ワインディング路で眺めもよくバイク好きには絶好のところである。



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    よさこい鳴子踊りの歌詞と鯨と海の看板が立っていた。
    よっちょれよ、よっちょれよ、よっちょれ、よっちょれの文句で始まるよさこい鳴子踊りの歌だ。
    よっちょれとは、高知の方言でどいてろ、という意味である。

    歌は”よっちょれ”の後に、高知の城下へ来てみいや じんばもばんばもよう踊る よう踊る 鳴子両手によう踊る よう踊る。
    と続いていく。

    高知の城下へいらっしゃい。おじいさんもおばあさんもよく踊る。という意味だ。
    徳島の阿波踊りに比べると全国的な知名度は及ばないが、エネルギッシュな祭りである。
    今年のよさこい祭りは残念ながら大雨に見舞われたらしい。




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    横浪半島を西に走り須崎市に出ると「かわうその里」という道の駅がある。




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    そこでは目の前でわらに火をつけて焼いた鰹のタタキが食べられる。
    安くて美味しい。高知の鰹のタタキはいける!
    本当はタタキを肴にビールでも飲みたところだが。



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    横浪半島の先端部に青龍寺という四国88か所の札所があり、その近くに「国民宿舎土佐」
    がある。バイクで遍路したときに泊まった宿である。今回寄ってみたら地中海風の別館が建てられて
    いた。向こうは太平洋の海原、この宿にはこの大海原を眺めて入れる露天風呂があり、海に沈む
    夕日を眺めながら入る露天風呂は良かった。

    歩き遍路に人気がある宿で前に行ったときは露天風呂で歩き遍路同志、話がはずんでいた。
    こちらはバイクなので会話の輪には入りずらかった。


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    駐車場の隅に行くと猪が悠然と寝ていたので驚いた。

    ぐっすり寝ていて近づいても起きようとしない。


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    話を聞くと宿の支配人が猪が子供のころに水害で親と離れて流されてきたのを助けて育てたらしい。
    1年後の今は体重が60kgほどあり時々山に散歩に連れて行くのだそうだ。

    山で離しておいてもちゃんと帰ってくるらしい。
    その人が猪を撫でている様子を見ると大層可愛がっているようで猪も彼になついている。
    猪もこうして見ると可愛いものだ。

    土佐の国はやはり南国。四国山脈を南に抜けると太陽の光が違う。
    西南端の足摺岬まで足を延ばせば亜熱帯植物が見られる。
    私は足摺にある金剛福寺に2度行ったがここが四国88か所の中では
    一番好きなところだ。広大な太平洋と亜熱帯植物の林、自然環境が何と言っても
    素晴らしい。また遍路では高知が一番良かった。札所の間隔が適度に距離があり
    バイクで回るとツーリングをしているような感じになれる。

    旧ページの「遍路の話」で四国遍路体験記を載せていますので興味がありましたらご覧ください。

    マウス右クリックで「新しいタブで開く」という操作をして頂いたほうがいいかもしれません。

    http://ww81.tiki.ne.jp/~okwhiro/CI15.htm


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    夕方高松港まで帰ると港に飛鳥が停泊していた。日本郵船の長距離クルージング用の
    豪華客船である。こうして見ると巨大だ。こういう客船の旅では衣装が何着も必要だろう。
    フォーマルなディナーには正装で臨まなければならない。

    私は夏はTシャツ短パン、冬はフリースのジャケットに楽な防寒ズボンという出で立ちが好きなので
    堅苦しいのは苦手だ。大体ネクタイも肩がこるので好きではない。職業柄ネクタイをする必要がなかったので
    スーツなども殆ど持っていない。

    もしこういう船でクルージングに行くなら気楽に行ける南の島がいい。






    病気と付き合いながら

    2012.11.23 14:55|日々の暮らしの中で
     

    ここⅠ週間ほど午前中はよく目まいが起きる。おそらく季節の変わり目だからだろう。
    一般的にも11月下旬は体調を崩しやすくこの時期に亡くなる人も多い。

    昼前に目まいが治まってから亀山神社に来てみた。
    樹齢400年のこの神木はとても良い。
    穏やかな癒しのエネルギーが出ていて手をかざすと温もりを感じる。

    今までに時々この場所でインスピレーションも受けてきた。
    この木はメニエール病のような自律神経の変調を調整してくれそうである。
    私はその前でしばしの間そのエネルギーを受けてみた。



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    昔からこの木によく雷が落ちていたそうだ。そのせいか上部は枯れていて
    鳥のとまる場所になっていた。2年前に神社庁の指導で上の枯れた部分が
    切り取られた。枯れ枝が参拝者の上に落ちてはいけないということらしい。          



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    神木本来の姿。先端には鳥がとまって周囲を観察している姿を
    よく見かけたものだが。ここから見渡すのは気持ちが良かった
    だろう。昔から私は鳥のように空が飛べたらどんなにいいだろうと
    思っていた。そのせいか昔からよく空を飛んでいる夢を見てきた。


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    自分の体調の良い時を狙って蒔いた大根が成長して収穫できるようになってきた。
    もちろん家族の協力がなければ一人では無理だ。皆の努力の結果である。



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    蕪もこんなに成長した。蕪の種はとても小さいので蒔くのに苦労する。
    蒔きすぎると無数の苗が密生して出てくるので間引きが大変だ。



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    収穫した野菜たち。向こうから蕪、大根、小松菜。



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    あまり気が進まなかったが、というのはブロッコリーやキャベツには蝶が飛んできて
    卵を産み付ける。それが青虫に成長して葉っぱをかじってしまう。それを防ぐために
    網をかぶせて守らなければいけない。しかし近所の親切なお婆さんが毎年苗をくれるので
    断るわけにはいかない。2日ほど前に網を外したところだ。こうしてみるとやっぱりやってよかった
    と思う。人間って勝手なものだ。




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    これは2年前に自分で付け替えたテレビアンテナ。テレビが地デジ放送に変わるのでそのままだと
    テレビが見られなくなる。近所のホームセンターでセールになっていたのを買ってきて自分で屋根に
    上がって取り付け作業をした。そして電波に合わせ位置を調節してテレビが見られるようにした。
    今では屋根に上がっての作業は危険だ。

    去年の夏は川べりの壁の修理、一昨年はこのアンテナ付け替えと、気が付けば今では出来ないことを済ませている。
    自然の摂理の流れはうまくできていると実感させられる。私は今メニエール病でいろいろと制限された生活
    を送っているがあまりストレスは感じない。若い時に思い切り自分のやりたいことをしてきたので特にこれが
    やりたいというものがない。

    定年まで仕事一本で過ごし、仕事を辞めてから好きなことをしたいという話をよく聞く。しかし定年後は体がいうことを
    効かなくなっているので出来ることは限られてくるだろう。つくづく自分は恵まれていると思う。

    こういうブログを更新する作業も根を詰めてやろうとすれば目まいを起こすので少しずつしかできない。
    長い文章を書くよりこうして写真を載せるほうが楽だ。片方の耳の聴力が落ちて音がどちらから聞こえてくるのか
    わかりにくい。人との会話も少し不自由でジェット機の轟音のような耳鳴りも度々だがそれにも慣れた。

    何事もゆっくり、少しずつ、その時できることをしていけばいい。

    2月の発病以来島外に出たのは3回きりだが、今の望みは今シーズンのスキーに行けるかということである。
    もう信州のスキー場では一部がオープンしているようだ。





    紅葉の季節

    2012.11.14 14:22|日々の暮らしの中で
     

    今年の紅葉はほぼ平年並みでここ数日の朝の冷え込みで一気に色づいてきた。
    ここ石門は裏寒霞渓と呼ばれ、日蔭なので少し紅葉が遅くて赤、黄色、緑色のコンビネーションが
    美しい。



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    岩ともみじのコントラストがここの特徴で観光客が少なく静かである。
    時々岩の中の洞窟から読経の声が響いてくる。この場所は島88か所
    の札所の一つで石門洞と呼ばれている。



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    岩に彫られた不動明王。なかなか迫力がありここのシンボル的な存在である。ちなみに石門洞の
    本尊は勝軍地蔵菩薩と呼ばれる極めてユニークなものである。小豆島には山岳霊場が多く、
    弘法大師が洞窟にこもって修業をしたことがあるという伝説を売り物にしている。




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    石門洞から少し登ったところにある岩のアーチ、独特な景観が楽しめる。
    以前ここに来た時は何十匹という野生の猿の群れが私の横を走って通過して行っ た。





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    岩のアーチから眺めた幟岩ともみじ。このあたりの地質は火山性であり大昔は海底であったらしい。

    隆起したのちに浸食されてこういう形になったという。その奇岩と紅葉がここ寒霞渓の特徴である。






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    静かにたたずむお地蔵様。ちょっと幽玄な雰囲気がある。ここに勤めて寺院の世話をしている人物がいるが
    自分でヒノキの棺桶を作って出たり入ったりして来たるべき時の準備をしているそうだ。

    彼は少しばかりここの不動明王 に似た風貌をした好人物である。
    ここの住職も彼に勧められて棺桶の中に入ってみたとか。私も勧められたがまだ入ったことはない。




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    岩のアーチから45分くらい石の階段を上ると三笠山というロープウエイの山頂駅に着く。
    シーズンは観光客で混雑しているので静かに紅葉など自然を満喫するには石門のほうが良い。
    我が家では殆どどこに行くにも愛犬がお供をする。大切な家族の一員であり皆の愛を一身に受けている。


    秋祭り

    2012.10.17 15:27|日々の暮らしの中で
      

    秋祭りのシーズンが来た。今年は私は体調不良のため太鼓台奉納には加われなかった。
    これはわが地区の太鼓台。今から30年前にほかの地区から譲り受けてきたものだ。
    それまでは長いブランクがあった。

    それより以前にはこの2倍くらいのサイズの太鼓台があったが老朽化して使えなくなった。
    私は小学校6年生のときに乗り子(太鼓台に乗って太鼓を叩く。打子ともいう)を務めたが
    翌年を最後に古い太鼓台はお役御免となった。
    あれから早や40年以上の月日が流れた。

    小豆島は急激な人口減少に見舞われていて現在はどの地区でも担ぎ手が減り大きな太鼓台は持て余す。
    今の人は昔に比べて体格は立派になったが物を担いだりすることがないので肩が弱くなっているから
    大きな荷重には耐えられない。これくらいのサイズで十分だ。

    また少子化で乗り子がいない。乗り子は男の子と決まっていたが最近は女の子も載せるようになってきた。
    どこやらの年寄りが文句を言っていたらしいがそんなことを言っている場合ではない。





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    神社の参道をこうして左右に倒しながら登っていく。写真で見るとわからないがここは上り坂である。
    今年は週末ではなかったのでギャラリーが少ない。茂みの奥には護国神社がある。




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    反対側に倒したところ。上に二人立っている者が横棒の係りで花形である。
    若くて身軽な者でないと落ちて怪我をする。太鼓台を起こした時には素早く
    着地しないといけない。以前に倒した勢いで前に吹っ飛んだ者がいた。

    この太鼓台は小さくて軽く動きが急なので油断できない。

    年配者数名が宰領人となり太鼓台の指揮をしている。





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    参道のスロープを登り切り神社の境内に来た。担ぎ手の気分も高揚している。
    青空に赤い布団が映える。秋祭りはこれで6年連続の快晴に恵まれた。

    皆酒が入っていて気が大きくなっているので興奮しやすい。
    他の地区との対抗意識があり、昔は祭りというと必ず他の地区の人間同士の間で喧嘩があり
    その止め役の者が用意されていた。

    しかし最近は滅多にそういうものは目にしない。少し霊的に進化してきたのか?
    神様が聞いたら喜ぶかもしれない。 元来小豆島の人は温和だ。





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    祭りの朝、竹藪で生笹を切ってきて前に刺す。それに御花と書かれた短冊を付け地区の皆から貰った
    寄付を表している。祭りは元来五穀豊穣を神に感謝するお祝いだ。
    そういう雰囲気が出ているだろうか?


    誰もいない海

    2012.09.28 12:58|日々の暮らしの中で

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    無人のビーチ

    学生時代に流行った「誰もいない海」を思わず口ずさみたくなってくるような風景だ。
    この浜辺(鹿島海水浴場)では昔からよく遊んだ。子供たちもここでよく泳いだものだ。

    9月も後半になったのにいまだに日中は30度近くまで気温が上がる。でも真夏のような湿気がないので
    木陰に入ると涼しい。本当は真夏よりも今の季節のほうが快適なのだが誰も寄り付かない。

    ビーチは人影がなくなり今ではここに来るのは犬の散歩に来る人くらいだ。
    私も夕方チョコさんを連れてここに来ることがある。




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    引き潮になると島と島が繫がる。ここはエンジェルロードと名付けられ週末は若いカップルが多い。
    満潮になると水深1m以上になり、その上を水上バイクやシーカヤックで通過できる。

    ここは意外に潮が速くて水泳達者なものでないと流される。奥の大きな島は余島でYMCAの
    野外施設などがあるが昔は民家もあった。




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    ここは島の西南端でこの岩から沖に真っ直ぐに水面下の岩が100mくらい伸びている。

    この辺りは潮の流れが速く岩は走っている漁船の内側にあり先端には目印の浮標が置かれている。
    漁船のはるか向こうには瀬戸大橋があり空気の乾燥する冬場はよく見える。
    ここは今は廃校になった小学校があったところで校庭の一部が写っている。

    右手の大きな島は豊島で高齢化と過疎化が進み今は人口が1000人くらいである。
    産廃問題で全国的に名が知られることになったが小豆島より一層素朴で静かな島である。

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    我が家の荷役

    2012.08.11 18:35|日々の暮らしの中で

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    長年家族の下支えをしてきた日産キャラバンもついに終焉の時がきた。今から18年前、行きつけの車屋さんで廃車にしてあるキャラバンを見つけた。ディーゼルエンジンの商用車でありその時点で年齢は7歳、走行距離18万kmであった。当時私は子供たちのモトクロス用のバイクを積むのに適当な車はないか探していたのである。それ以後この車は幅広く活躍してくれた。モトクロス、トライアル、マリンジェット、大きな2匹のコリー犬、果ては粗大ごみの運搬、そして物置と万能的な働きをしてくれた。タヒチ旅行の時これで大阪空港まで高速道路を走ったこともあった。空港の駐車場に1週間ほど置いていても何の心配もない。少々ボディーを傷つけられても痛くも痒くもない。




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    海で遊んで海水を垂らしながら平気で乗り降りしてきたので方々が錆だらけ、最近は夕方に愛犬を散歩に連れて行くのがこの車の仕事になっていたが、この間異音がするので見てもらったらラジエーターから水漏れしていて殆ど空に近い状態になっていた。よく焼け付かなかったなとびっくり!代わりのワンボックスを見つけたが納車までの期間、乗るたびに水を入れて何とか走り続けた。ディーゼル車は単純でタフ、壊れるところが少ない。 一度このキャラバンに乗って検診に行ったら物売りと間違われてしまった。


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    長い間彼の動く別荘になってきたキャラバンも


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    ついにお役御免の時が来た。 もうお別れだね!
    チョコさん何思う?


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    代わりにこのコンパクトなのが来た。マリンジェットを20万円で売り、これを20万円で買った。
    かかりつけの車屋さんの社長に話をしたら丁度これが18年前にキャラバンが置かれていたのと
    同じ場所にあった。私は納車と引き換えにマリンジェットを売った代金の20万円を即金で払った。
    翌日フロントガラスに小さな傷があるのに気づき社長に言うと「交換させて頂きます」とのこと。
    相手を信頼して取引すれば相手も誠意で応えてくれる。

    マリンジェットとこの車の価格は全く同じ、まるで待っていたかのようにこの車が家に来た。
    キャラバンの最後の大きな仕事はマリンジェットを売りに高松へ運んだこと。
    私はマリンジェットをかなり安い価格で売ったが程度が良かったので相手も気に入ってその場で買ってくれた。
    高い値段をつけていると なかなか売れないしそうしているうちに夏が終わってしまう。
    いろんなことがスムースに運んだ。自然の法則に逆らわずに出来たのかなと思う。










    真夏の作業

    2012.08.03 09:59|日々の暮らしの中で
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    今から丁度一年前の8月、私は急に思い立って家を直すことにした。離れの川沿いの壁の外板が腐ってボロボロになっていたのを今まで放置していたのだ。台風が来る度に横殴りの雨が壁の内部まで浸透するようになり放っておく訳にはいかなくなっていた。普通は業者を頼むところだがこのときは何故か自分で出来るような気がして毎日夕方になると少しずつ修理を始めた。全体の一割くらいをやってみてこれなら全部出来そうだという自信がわいてきた。ホームセンターでトタン板を買ってきては毎日出来る範囲で修理をした。



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    何しろ足場が狭く幅が数十センチしかないので、うっかり後ずさりをすれば川に落ちる。低いところは危険はないが高いところは梯子をかけて作業をしなければならない。トタンを釘で打ち込む時バランスを崩すとあっという間に川に転落してしまうので緊張した。命綱をかけて金槌のふり幅を小さくし手首だけで釘を打ち込んだ。 プロなら足場を組むがそこまでは出来ない。

    蚊が来るので足元には蚊取り線香を付けて、真夏だというのに長袖の作業ズボンにシャツという出で立ち、自分は歯医者だったのかな?人の口の中の修理をするのが本業じゃないの? いくら本業が暇とはいえ。思わず自分に問いかけてみた。 隣のお婆さんも不思議そうに眺めていた。牛歩の歩みでも毎日積み重ねていけば何時かは完成する。盆も過ぎて8月も終わりに近づく頃、ついにここまで出来た。
    総費用は材料費3万円也。



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    実はこの物置から先に修理してみた。ここも痛みが激しく板が破れてそこから野良猫が出入りしていた。トタンの波板を買ってきて傷んだ箇所を直してみたら意外とうまくいったので、それならということで上の写真にある離れを修理した。細い横木が走っているところに釘を打たないといけないのでこれがポイントだ。外すとトタンに穴を開けただけになってしまう。

    とにかくこの時自力で家の修理をしたが今では到底無理だ。今年から出来なくなるので去年やったのだろう。よく観察すると無意味にやっていることは一つもない。きちんと自然の法則の通りに物事は進んでいるようだ。うまくできていると思う。日頃の生活すべてにおいて自然の法則が働いているのだから人間はそこに調和することだけ考えていればいいと思う。一言でいえば法則があるだけ。他のものは人間が想像のもとに作り上げた人工的な世界なのだから。

    島の夏

    2012.07.31 11:40|日々の暮らしの中で
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    若いころから夏は海と決めていて梅雨が明けるとじっとしていられなかった。
    ヨット、ボート、水上バイクなど海のスポーツは何でもやった。家族で水上スキーや
    ウェークボードを楽しんだものだ。

    ダイビングも少しばかりやったが島の海は透明度がもうひとつなので国内では高知あたりまで
    行かないと無理だ。沖縄、サイパン、ハワイ、フィリピンなどへも潜りに行ったが今ではどれも
    いい思い出になっている。

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    終焉

    2012.07.22 14:36|日々の暮らしの中で
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    梅雨が明け本格的な暑さが来た。やはり体調がもう一つだと畑に出る回数が減る。畑に出るには長袖、長ズボンに蚊よけのネットつきの帽子で武装しなければいけない。そして蚊取り線香をぶら下げて長靴履いてとなると決心が必要だ。昼間は熱中症の恐れがあるので出られない。この草の下はカボチャの弦が伸びていたが今はもう取り払った。カボチャは今年は例年の半分も収穫できなかった。向こうのネットに登っているのはキュウリ、もう枝や葉が枯れてきて終わりが来た。右のほうにはミニトマトがあるが草に隠れて全く見えない。
     

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    家庭菜園(とうもろこし)

    2012.06.09 09:59|日々の暮らしの中で
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    とうもろこしも育てやすい。この場所は土地が痩せていてあまりいい場所とはいえないがちゃんと成長してくれた。 主枝がどんどん伸びて成長が止まった頃にてっぺんの雄穂が開き、次に下にある雌穂がモヤモヤとした絹糸を出す。 それを待っていたかのように雄穂から霧のような花粉が雌穂の上に落ちて受粉をする。それは絶妙のタイミングで起こり間違うことがなく、自然界のものは完璧な摂理のもとに営まれているということを実感できる。

    とうもろこしも実が食べられるようになった頃に鳥が狙ってくるので防護の網が必要だ。網を被せていたら気分が悪くなってきた。網は細かくて見づらく、見にくいものを凝視しなければならない(この間までの自分の職業のよう)ので眩暈を誘発しやすい。支柱を立てるのに一日、骨組みの竹を組むのに一日、そして網を張るのに一日かかった。 今までのように一度に済ますことができないので日数がかかる。なんという遅さだろうか   

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    家庭菜園(つる科の野菜たち)

    2012.06.08 16:02|日々の暮らしの中で
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    今年はもう家庭菜園はやるまいと決めていたが季節が進むとともに体調の許す範囲で少しずつやり始めた。スイカは手がかかるので当初、気が進まなかったが真夏になるとスイカが懐かしくなるだろうと思いホームセンターに行って小玉の苗を二株だけ買って植えた。それが知らない間に受粉していて小さな実をつけた。順調なら7月中旬には食べられるだろう。でもその前にカラス避けのネットを張ってやらないと。

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