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    夢の暗示

    2017.02.10 10:02|夢の話
    妖怪も泣いている
               妖怪も泣いている

    先月末、私は意味ありげな夢を見た。それは次のような内容であった。

    私は以前乗っていた車で旅をしている。ホテルの中のような場所を道路が走っていて進行方向左側が川になっていた。走行中、突然前方に金属製の大きなシャッターが降りてきて進路を塞がれてしまった。これは困ったと思い仕方なくバックし始めた。すると今度は後ろ側もシャッターが降ろされてしまった。閉じ込められて、にっちもさっちもいかなくなってしまったのである。丁度小旅行に行く数日前だったので今回は気を付けないといけないなと思っていた。しかしその後の旅行は何の問題もなく無事に終わった。結局その夢は自分の事ではなかったようである。

     

    そして昨夜は鮮明な夢を見た。私は幽界を旅しているようであったがかなりリアルな内容であった。どこかはわからないが、ある道を歩いていると左側に急な崖があり良く見ると斜面が大きくえぐれている。どうやら土石流が起きているらしくそれも大規模なもののようだ。地面の深くえぐれた場所は気味の悪い様相を呈している。その近辺に住んでいる住民が外に出ていて私は話をした。こんなになっているけどあなたの家は大丈夫?と私が尋ねるとそのおばさんは、こんな状態になってしまったけど私は他に住む場所もないからねとあきらめ顔で言う。

     

    大変だなと同情しながら私はその場を離れた。次に気が付くと私は海岸沿いにある美しいリゾートにいた。どうやって移動したのかはわからないが瞬時に移動している。幽界や霊界では移動の手段は必要が無く行きたいと思っただけで直ちに移動が出来るようである。そのリゾートは海がきれいで透明度も高くそこで泳ぐのはとても気持ちがよく水も冷たさを感じないし、第一海に入っても体が濡れることが無く水着も必要が無い。

     

    次に場面が変わり私はそのリゾートのカフェにいた。カフェは建物の二階にあり窓が無くて全部吹き抜けになっており周囲が見渡せる。私はテーブル席にゆったりと腰かけテーブルには注文したものが置かれている。そこはすべて無料であり注文するとすぐにウエイターが料理を出してくれる。あっという間であり待ち時間というものがない。実に快適、第一金を払う必要がない。他にも何人かの客がいてゆったりと料理や景色を楽しんでいる。何と気持ちがいいのだろう、ここは極楽か? 私は存分に羽を伸ばしていた。

     

    すると向こうからこちらに向かって大きくて角ばった頑丈そうな車が猛スピードで走ってきた。30年くらい前に流行ったアメリカの大型のオフロード仕様の車、フォードブロンコのような外観であり色は黒であった。とにかくあたり構わずガンガン走ってくるが、その車の進路前方にはコンクリートの塊か大きな岩のような障害物がありそのまま進めば激突してしまう。「あっ、危ないぞ!」というその様子を見ていた他の客の叫び声が終わらぬうちに車は障害物に激突して大破した。何と馬鹿なことをする奴がいるのだろう、こんな場所で.....。私は呆れてしまった。そこでその夢は終わったのである。


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    霊界の発表会

    2016.09.30 10:00|夢の話
    田ノ浦半島 

    この間私は夢で父と祖父に会いました。父とは昼間でもよく交流していますが、他界後50年以上になる祖父と会うのは初めての事でした。これは何かの区切りに違いないと感じました。思えば東京オリンピックの開会式をテレビで祖父と見たことが印象に残っています。私が高校一年生の時でした。そしてその模様をテープレコーダーに録音してあります。その中に時々祖父の声が入っているので今でもテープレコーダーが動けば聞けるでしょう。その年の年末に祖父は他界しました。

    子供の頃は私はいたずらをして祖父にはよく叱られたものでした。死んだらお前に取り憑いてやる(滅茶苦茶なことで祖父は死後後悔したでしょう)と言われたこともあります。もうそういうことはきれいに忘れて(そんな事考えていては上に行けません)3人でどこかの集まりに出席していました。それは発表会のようでもあり、パーティのようでもありましたがテーブルの上には地上世界のような食べ物などは一切ありませんでした。飲み物があったかどうかは覚えていません。

    その場で家族として何かを発表するのです。丸いテーブルを囲んで3人でその場で発表することをまとめようとしていました。お前がここで発表しなさいと言われていて私が何かを発表しましたが内容ははっきり覚えていません。大勢の出席者がその場にいましたが知らない人ばかりでした。

    このように人間は五感で認識できないところで自由に活動しているのです。覚醒時に感じている世界は全てではなく一部に過ぎないのです。そういうところから自分の本体は何かということの理解が進むと思うのです。誰でもが理解出来たらどんなにいいでしょう。

    翌日、そういう夢を見るという事は私があちらに引っ越しする時が近いのかなと家族に言いました。すると「まだ困るよ」と言われました。

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    幽界での移動

    2016.07.02 17:15|夢の話
    吉田ダム遠景

    久しぶりに夢で竹馬の友と会った。彼は何人かのグループであちこちを旅行しているようであった。もちろんこの世ではなく幽界を旅していることになる。私は一人で旅していたようで旅先で彼に出会ったようである。色々と会話をしたがその内容は今では多くの事は忘れている。

    今も覚えているのはあちらでの移動の手段について色々とやりとりをした事である。彼らは空中を飛んで移動するとのことである。その時彼は仰向けになって寝て移動が出来るという話をしてデモンストレーションをして見せてくれた。私は夢ではよく空中を飛ぶので「うん、それなら僕にも出来るぞ」と言って自分も空中を浮遊して見せた。それで海の上を一緒に飛んでみた。苦も無く移動が出来るのは楽しい。
    この地上界では歩くか乗り物を利用するしかない。空を飛びたいなら飛行機に乗らなければならない。

    あちらではそういう労力を一切必要としないしお金も要らない。思念の力で色んなことが出来るのであろう。但しそれが出来るようになるのは少しばかりトレーニングが必要ではないかと思う。死後にあちらに行ったばかりでは難しいことだろう。

    その後私は彼らと共にテーブルを囲む。アウトドアで食事をしている感じだがテーブルというよりも昔の夕涼みの時に使うものに腰かけていたように思う。そしてそこで何かを飲食した?ように思う(実際に飲み食いしたのではないが地上の言葉ではそう表現する以外にない)。

    その後私の大学時代の友人で8年前に他界した人物にも会った。彼は同じレベルにいるようである。
    彼と何かを話したが今では内容が思い出せない。でも懐かしさで一杯になった。
    夢であちらの人物に会うと目覚めた後もしばらくその相手が自分の中に溶け込んでいるように感じるものである。オーラが接するというか相手の一部が自分の中にいると表現すればいいだろうか。その感触も目覚めて体を動かせばすぐに消えていく。

    人は睡眠中は霊体が離脱して幽界や霊界に行くことを誰もが身を持って体験することが出来れば霊の世界を実感出来、我々はその肉体だけではなく霊的存在であることがわかるはずである。

    裸足で歩く

    2015.12.27 11:19|夢の話


    私は昔から裸足で歩きまわっている夢をよく見る。この間の夢は自分の出身校である大学の附属病院の中を裸足で歩き回っているものであった。

     

    久しぶりに大学病院を訪れてみた。中に入ると学生時代とは全く様子が違っていたが大学病院は私の卒業後に建て替えられているので違って当然であろう。誰か知っている人間はいないか一生懸命探すが知らない人間ばかりである。忙しそうに行ったり来たりして誰一人私の事を相手にしてくれない。相手にしてくれないどころか私がそこにいることに気が付いていない様子である。

     

    そして気が付くと私は自分が裸足であることに唖然とする。そこで履物を探すがいくら探しても見つからない。いくらなんでも病院内を裸足でうろうろするのは格好悪すぎる。人が見たら何と思うだろうか、困ったなと思うがどうしようもない。しかし実際は誰も私がいることに気が付かないのだからどういう格好をしていようが関係がない

     

    それから渋谷駅のあたりの雑踏を歩いている夢も何度か見たことがある。中国かどこか外国の街中を歩いている夢も見たことがあるがいずれも裸足であり、まずいなと思っているけど誰も私がいることに気が付かないのである。どこかの駅の裏にある商店街の通りを飲食店を探して歩いたこともある。あちこちの店を覗いてみるが気に入ったところがなかなか見つからない。やはり裸足であった。普通裸足で外を歩くと色んなものが落ちていて怪我をするし、第一痛いはずだがそういうことは一切ない。冷たさを感じることもない。考えて見ればこの物質世界から離れると靴は必要が無いのかもしれない。しかし必要と思えば靴を履いた状態になるのではないかと思う。

     

    それから最近私は目の前の水の入ったグラスを掴もうとしてもどうしても掴めない夢をみたことがある。グラスが動かせないのである。これは死後に肉体を離れると物質世界のものは動かせなくなるということの体験であろう。夢で体験しておけば実際の場面であわてる必要が無いからである。その夢はあちらに行くのが近いからだろうという話を家族にしてみると、その前にきちんと身辺整理しといてねと言われてしまった。

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    空を飛ぶ

    2015.11.26 10:06|夢の話
    得帽子岩


    私は前から時々空を飛んでいる夢を見る。空を飛ぶ夢は自分の願望の表れであるとする夢の解説本があるがこの間の夢はリアルで爽快なものであった。両手を挙げて空を見る。次に上昇することをイメージすると体が地上から浮上していった。上には電線のようなものがあり、浮き上がる時にそこに当たらないように避けて通ったが、そのあたりは民家が並んでいたので一つの集落なのだろう。


    思い切って高く上がることをイメージするとかなりの高度まで上昇していく。下を見ると青々とした公園のようなところがあり人々が散歩している。傍には湖があり広々とした景色が見える。さらに高度を増していくと一層雄大な景色が広がり大きな湖の向こうに陸地がある。飛行機に乗って下を眺めているような感じである。その高度で水平飛行に移ったがどこまでも飛んで行けそうな感じがした。夢はそこで終わる。

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    霊界(幽界)の仲間とヨットに乗る

    2015.11.22 16:44|夢の話
    護国寺の秋

    一月ほど前になるが、私は友人とヨットに乗っている夢を見た。私以外の3人はかつてのヨット仲間である。すべて他界している3人であるがそのうちの一人は竹馬の友である。波のない海面ではあるが沖の方は風によってさざ波が立っているのが見える。あたりは昼間にしては薄暗く黄昏のような感じであり、暑くも寒くもない。風が体に当たっているのを感じる。岸壁のようなところで出航の準備をしているがこれからレースに向かうことになっている。夢はそこで終わる。その他に色々なことをやっていたのだがこれ以上は思い出せない。

    お知らせ
    「夢の話」というカテゴリーを追加しました。過去の夢の話もそこにまとめました。

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    夢の話

    2014.10.06 13:05|夢の話
    P1030728.jpg

    もう10年くらい前になるが私は登山中に火山が爆発して大きな火山弾が降り注ぐ中を避難場所を探して逃げまわっている夢を見た。場所は登山用のロープウエイの駅のようなものがあり、自分ではそこを富士山と思っていた。

    上を見上げると雨のように大きな岩が降ってくる。必死で山小屋のようなところへ駆け込んだがそれは恐ろしい光景であり、後で夢と分かってほっと胸をなでおろしたことを覚えている。

    その夢と今回の御嶽山噴火の関連性は定かでない。夢の場所は富士山であり、御嶽山ではない。また被災者やその遺族の方々の心中を考えると安易な発言はすべきでない。

    東北大震災の数年前に私は大きな津波が海岸の道路や産業施設を襲い、人々が逃げ惑っている夢を見た。自分も必死に山に向かって走っていた。これは自分の旧ホームページにも掲載してある。
    それまでに私は何度も津波に襲われる夢を見ていたが、この時を境に津波の夢を見ることはなくなった。

    大きな自然災害が起きる前には物質と非物質の世界において何らかの前兆現象が起きているのではないかと思う。それを何らかの形で感得している人もいるであろう。予知は人に本来備わっているサイキックな能力がモノを言うが現代人においてはそれは衰退してしまっているようだ。自然災害が起きることを予知したとしても正確な日時や場所を当てる事は不可能に近く、ノストラダムスの予言のようにいたずらに人の恐怖心を煽るようなものになってしまってはかえってマイナスである。

    2012.12.17 15:40|夢の話
     

    最近私は一段と夢をみるようになってきた。昨夜の夢は興味深く心に残った。私は一人で両側に木の塀が立ち並んだ道を歩いている。東京の神楽坂や京都の祇園に行くと芸者置屋が並んでいる所があるが、丁度そういう感じのところである。ふと見ると見知らぬおばあさんが立っていて私に話しかけてきたのである。「あなたに会いたがっている人がいますよ」と言う。

     

    するとそこに年齢は定かでないが若い女性が立っていた。そこで彼女と色々会話を交わしたがその内容は一部しか思い出せないがその人は私の来るのをずっと待っていたらしい。彼女は長い間とても悲しい事があってそれを理解してくれる人を探していたように思えた。そこで私は彼女の手を引いてそのあたりを一緒に歩いたり乗り物に乗ったりして楽しい一時を過ごしたのである。その乗り物は自転車のようでもありオートバイのようでもありどこにでも自由に行ける。私は後ろに彼女を乗せて方々を走り回り二人は時を忘れて楽しんだのである。しかし彼女の手がやけに冷たかったことが印象に残っていて明らかにこの世の人ではないなとその時自分ながらに確信していた。

     

    それは最近の寒さで自分の手が冷たくなっていることを常に意識しているのでその影響かもしれない。そうするうちに彼女は私の傍からいなくなっていて夢もそこで終わっていたようであった。これは自分が勝手に思っているだけかもしれないが、私は幽界にいるその女性と会って慰める役を与えられたのかもしれない。色々と楽しく遊ぶことは若い時から得意だったから。これは遊ぶことが得意だったお前にふさわしい役だから行きなさいという事だったのか。今は仕事もしていないしこういう楽しい役ならいくらでも引き受けますよと言いたいところだが、あまり調子に乗ると叱られそうである。

     

    こういう夢ではなく寝入り際や、朝布団の中でまどろんでいる時に人々の姿や顔が非常に鮮明に見えることがよくある。彼らは今までに全く見たことのない人達であり、その場も非常に明るくて輝いている。そこは光線の種類が違っているようで、その光景を言葉で言い表わすことは難しい。そしてそれに焦点を合わせようとすると見えなくなってしまう。とにかくそこに意識を集中しようとするとピントが合わなくなってしまう。そういう操作をするということは五感を発動してしまうようである。五感で捉えられないものは無理に見ようとすると見えなくなってしまうのである。多分霊界がちょっと見えているのだろうと思う。一般的に霊界といえばぼんやりと薄暗い所をイメージする人が多いだろうが実際はこの世よりもはるかに明るく清々しい所のようである。しかし一瞬でもそういうものが見られるのは幸せなことである。自分が次に行くところが実感出来、死は恐怖ではなくむしろ希望として感じられるからである。

     

    あまりこういう話を公表すると医学界はもとより識者とされる人達から精神病者扱いをされかねないので注意を要する。私は理解してくれそうと感じる人以外にこういう話はしない