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    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    心の財産

    2012.05.30 09:30|インスピレーション
    人間はこの世で様々な事を体験します。それは体験を通じて理解力や洞察力を養うためです。つまり悟るためです。すべての人は地上の生活で身に着けた理解力と洞察力を持って次の世に行きます。この世の人生でどんなにつらいことや悲しいことがあったとしてもそれは一時的なものであり、いつまでも続くものではありません。人は肉体に宿らない限り地上の体験を積むことが出来ません。そこで肉体をまとってこの世に現れてくるのです。

    家や財産、社会的名誉など自分のものと思っていたものは、肉体の滅びとともにそのつながりが切れます。ですから特に中年以降は物事への執着を捨てていくことです。人はこの世で味わったあらゆる体験を通じて学んだものを持ってあの世に行くのです。物的なものを持っていくのではありません。複雑な人間関係、経済的問題、病気、混沌を深める世界情勢など、この世は悩みや心配事の大海であったかもしれません。

    しかしそれも一時的なものに過ぎません。この世の人生が終わればそういうものとは縁が切れます。ですからそういうものに何時までも囚われていてはいけないのです。人は年齢とともに物的財産から心の財産へと心の目を移していかなければいけません。年齢に関係なく人は生まれた時から本当は霊界に行く準備をしているのです。

    愛が結ぶもの

    2012.05.28 10:11|インスピレーション
    霊界に行った人たちにとって目的もなくこの世に戻って、長い間滞在したいとは思わないものです。関心があるのは心の繋がりのある人のみになっていきます。例えば葬儀や法要などにおいて義理で出席している人たちには関心がありません。自分を愛してくれている人のところにはそういう行事には関係なくいつでも戻ってきます。それは自分もその人を愛しているからです。愛が両者を結んでいるのです。何の縁もない人や嫌いな人のところに近づきたいと思うでしょうか?それはこの世の人間関係と同じです。

    霊の世界に通じるには

    2012.05.25 14:35|インスピレーション
    前から述べているように霊の世界に通じるためには自分の我を出来るだけ引っ込める必要があります。自分に対する思い込みやこだわりを捨てるのです。今、自分として意識している自分というものはその多くの部分がこの世限りのものであり地上人としてこの世を生きていくためのものです。霊界人は肉体を持たないので肉体的煩悩から生まれてくる我というものが無くなっています(例外もある)。

    故に霊界に通じようと思うなら心の波動を出来るだけ彼らの状態に近づける必要があります。現在世の中には霊的世界を探求するための様々な方法論が溢れていて、それを実践すれば誰でも霊的交流が出来るかのように捉えられていますが、そういう知識を詰め込み過ぎると逆効果になる場合があります。

    あくまでも基本は心構えにあります。日頃から少しでも神に近づこうとする向上心、神の前では我を捨てて自分を無の状態にすること、そういうものが基本です。近道はありません。そういう心構えで日常生活を生きることが実は一番の近道なのです。方法論よりも神の子としての生き方を実践していくことが大切です。

    我々へ愛をこめて

    2012.05.21 17:45|親族、友人の霊界便り

    5月11日
    人間は健康であることが大切だ。体が健康でないと自分の思うことが出来ない。この世ではまず健康であることが基本だ。子供たちのそれぞれの長所を集めたら素晴らしい人間になることだろう。

    5月12日
    お前の今一番の仕事はMちゃんをしっかり支え、守ってやることだ。病人と苦しみを分かち合い、後ろ盾になってやることが大切だ。悟ったような顔をしているよりもいつも一緒にいてやるぞという態度が病人を安心させることになるから。

    5月17日
    Sさん(私の妻)は今の一家の状況の中(私と娘が病気で健康なのは妻のみ)でとてもよくやっている。お前は余計なことに気を取られることなく常に心を澄ませておくことが大切だ。少しでもこちらに通じる人間であるという自分の役割を忘れないように。

    こちらに来て旧知の人々を訪ねて何か伝えようにも皆少しも気が付いてくれない。わかってくれるものは殆どいないので空しくなる。こちらの世ではわしらは直接手を下すことが出来ない。通じる人間を通してしか意志を伝えることは出来ない。私は生前人を教える仕事をしていたが今は逆になっていて自分が教わる立場になっている。


    法要の前後に叔父からもらった全てのメッセージです。彼は私の娘の病気のことを気遣っているように感じました。

    二人の父

    2012.05.20 20:55|随筆集
    法要以後、叔父は常に私が手を伸ばすと届きそうな所にいるように感じられるようになった。去年は法要が済むと全く気配が感じられなくなっていてそれは一年間続いた。彼は今日の朝の祈りの時にも現れた。ここで叔父から私に伝わってきたものを全て公表するわけにはいかないが(プライベートなことなので)要約すればこういうことである。

    彼は私の実の父であるが私を生後6か月のときに親戚に養子に出した。その後は私に愛情をかけたくても出来なかった。それは彼が存命中には出来ないことであった。そして今は生前出来なかったことが出来るようになった。つまり霊界から私を愛するということである。瞑想中ずっと彼の愛を感じて私は何とも言えぬ幸せを感じた。その心境をここで言葉で言い表すのは難しいが、そういう心境を他の人にも味あわせてあげられたらどんなにいいだろうかと思う。一度でもそういう体験をすれば人は霊界を身近に感じることが出来、いたずらに死を恐れることはなくなるだろう。また離別の悲しみがどれ程軽減されることだろうか。

    つまり私は二人の父親から愛され見守られているのである。私はよく夢で父(養父)と会っている。その時は実際に会っているのだろうと思う。夢から覚めたとき、あれっ 父がいない、ああ、あれは夢だったのかと初めて気が付くのである。そして昼間は度々叔父(実父)の感触に触れる。もしかして私はそんなに長くはこの世にいないので彼らと接近しているのかなと考えたりもする。しかしこんなに幸せなことがあるだろうか。自分は何と恵まれているのだろうと思う。もし私が仕事を辞めていなかったらこういう体験は出来なかっただろう。

    あちらに行った人の愛というものはあきらかに地上の人の愛とは違う。崇高で清らかな感じがするのは地上の穢れを浄化しているからであろう。最後に叔父からのメッセージを記したい。

    「人間60も過ぎたら物事に対するこだわりを出来るだけ捨てることだ。不要なものを離していくことだ」

    叔父の回答 2

    2012.05.19 11:42|親族、友人の霊界便り
    そちらの者がこちらの事を思ってくれていることは日ごろからよく分かっている。その思いは常に通じ合っている。その事を知っている者にとっては法要などの儀式は必要性を感じないかもしれない。しかし家族や親族も一つの集団なのでその代表者やその他多数の者がそういう儀式が必要と感じているならばそれに従わざるを得ないだろう。本当に意味のあるものは人と人との心の絆でありそれは法要などの儀式や宗教行事に関係なく生死を超えて続いていくものだ。 5月18日

    法要の意義やあり方について前のメッセージに続くものです。去年は2回忌の法要が終わるとともに叔父の気配は消えてしまいましたが、今年は3回忌が終わった後もすぐ近くに存在しているように感じられ彼の意志が伝わってきます。それには理由があるのでしょう。

    病気の苦しみは魂の浄化

    2012.05.17 20:37|インスピレーション
    病気で苦痛を覚えている時、肉体は辛くても魂は実は浄化されているのです。また家族など周囲の者にとっては愛が試される時です。その愛が本物かどうかわかります。病気は当人にとっても周囲の者にとっても学びなのです。

    叔父の回答

    2012.05.15 14:34|親族、友人の霊界便り
    今日の法要はどうだったかという問いに対して   5月12日夜

    子や孫たちが大勢集まり賑やかにしていた事は皆が元気に暮らしているということを確認したということで意味がある。そういう場においてたとえ一人でも感受性の強い人間がいて、いくらかでもこちらの存在をわかってくれたら嬉しいことだ。それによってお互いの繋がりを確信することが出来るから。全く誰もわかってくれないとこちらも空しくなってしまう。そうなれば次第にそちらとの絆は薄くなり地上への関心は薄れていくだろう。お前は今、体が弱っているようだから気を付けたほうがいい。

    法要のあり方

    2012.05.14 21:31|随筆集
    叔父の葬儀から今年の3回忌まで兄弟親族が3年連続で集まることになった。5月にしては朝から肌寒く、去年は確か半袖で出席したのに今年は本当に気候が不順だ。私は葬儀以外はあの黒服、黒タイという格好が好きではなく、変わり者と思われているかもしれないが地味目のジャケットを着てノーネクタイで出席した。

    法要が行われる叔父の生家に着き仏間に入ってみるとすでに多くの人たちが集まっていた。叔父のひ孫たちも6人余りいるが私はその子たちの名前もろくに知らない。一度聞いてもすぐに忘れてしまうので聞くことにあまり興味が湧かない。去年までと違うところは仏壇の隣の床の間に豪華な5月人形一式が飾られていたことである。中央に大きな鎧兜の武者人形と武者の斜め前に巨大な張り子の虎が構えていてこちらを睨んでいる。思わずあれっと思ったが自分の家ではないので余計な口出しは無用である。

    型通りの僧侶の読経を中心とした儀式が進められていくが、私は病気のせいで目眩や気だるさがある上、目の前の五月人形の派手で物質的なエネルギーがその場を支配しているので霊妙な叔父の気配を感じたりすることは出来なかった。そこでついぼんやりと他の事を考えるようになってしまっていた。霊的なものを感じるにはやはりその場の環境がそれなりのものでないと無理である。

    その後、墓に行き線香や水を備えた後、我々はホテルに移動して会食が始まった。そこでは誰一人として叔父の思い出話をしたりする者はいない。主役は孫やひ孫たちでありその場は初節句のお祝いのような雰囲気になってきた。すでに3回忌ともなると故人の思い出は風化してしまうのだろうか。私は今まで法要の席には何度も出たがどこに行っても故人を偲んで思い出話に浸っているような風景を見たことがない。酒を飲みながらどうでもいいような世間話や中高年の間では特に健康の事が話題の中心になるようだ。

    私はメニエールのせいで今では缶ビール一本くらいしか飲めなくなった。また大量の料理が出されたが到底食べきれるものではない。このあたりの法要はそういうパターンが定着しており、静かに故人を偲んだりすることはしたくても出来ない。

    東京から来た姉と「今日は疲れたねー、法要って一体何なのだろうね。静かにお茶でも飲みながら故人の写真を見て思い出に浸れるような場に出来たらいいのにね」と話をしながら帰り道、車を走らせた。法要の主役は一体誰なのか?これからは何の感慨も湧かない型通りの儀式と飲んで食べてという宴席に疑問を持つ人が増えてくるだろう。しかし田舎では(全国的にも?)こういうものがまだ延々と続いていくのであろう。高知では葬儀の席でとことん酒を振る舞うらしく酒が少ないと後で陰口を叩かれるとか。

    ではそういうやり方を当の故人は一体どう思っているのだろうか?その夜神棚の前に行き瞑想してみるとようやく叔父からのインスピレーションを得ることが出来た。それは後程「親族の霊界便り」に掲載したい。

    法要に向けて

    2012.05.10 10:44|親族、友人の霊界便り
    時間は丁度夜の9時。私が夕食後、うたた寝をしていて目が覚めるとパッとスクリーンが目の前に広がっていた。それは目を開いていても閉じていても変わらない。背景はスカイブルーでその中心部に叔父の姿が見える。髪は黒々として去年現れた頃よりも一段と若々しく感じる。にこやかな表情で気分も良さそうである。そこで私は神棚を祀ってある部屋に移った。毎朝祈りをする部屋である。叔父はそこで意志を伝えてきた。週末(3日後)には叔父の三回忌があるので彼は地上世界に戻ってきているのだろう。去年の二回忌以来、約1年間全く音信不通(こういう言葉を使うのは変かもしれない)であり彼はあちらで忙しくしているのだろうと思っていた。こうして現れてくれるというのは感動的である。

    「お前もよくやったな。でも歳を取った。歯医者の仕事は神経を使うからそれが元で今の病気を引き起こしたのだろう。ゆっくり静養しなさい」。 

    そこで私は握手がしたくなって彼のほうへ手を差し伸べた。すると彼は私に近づき肩に手をまわして抱擁してくれたのである。こういう現象を言葉で説明するのは極めて難しく本人にしかわからない感覚だと思う。第三者には幻覚を見ていると感じられても仕方がないだろう。

    「Mちゃん(私の娘)も病気をしていて大変だがお前はちゃんと治るように助けてやれよ」。
    叔父の姿が消えると直ぐに今度は父の姿が現れ、意志を伝えてきた。

    「Mのことは心配ないからお前は親としてしっかり支えてやれよ。上から助けてくれているから大丈夫だ」。
    明日は娘の検査の日であり父はそれを知っているし、去年の娘の入院の時と検査の時には現れて見守ってくれていたし娘もそれを見ている。翌朝の祈りの時に神の間に入ると再び父と叔父の気配が感じられ、二人は私と一緒に神に祈りを捧げた。私一人ではなく3人で祈ったのである。

    それは去年の二回忌の時と全く同じパターンであり、やはり法要の時が近づくと彼らはこちらに帰ってくるのだろう。それは霊感のある人間にしか感じられないかもしれないが、一番大切なものは何と言っても遺族の他界した人への愛であろう。法要の真の意味とは単なる儀式をすることではなく本当は愛の交換の場であるべきだと思う。愛が両者を結ぶ絆となり、彼らは私たちに何か事ある時には必ず守ってくれているのである。

    人生の転機

    2012.05.08 13:17|随筆集
    2月の後半に私はメニエール病に罹ってしまいました。激しい眩暈と難聴、耳鳴り、吐き気などを主な症状とする難治性の疾患です。発症当時は一度眩暈の発作が起きると3時間くらいは全く動けなくなり発作が治まるまで寝ているしかないという状態でした。今ではきつい発作に襲われることは無くなりつつありますが、常に軽い眩暈があり足元がふらつくので行動が制限された生活を送っています。

    思えばここ1、2年視力の低下により歯科医の仕事が辛くなっていました。去年2度にわたり突発性難聴が発生し、それはメニエール病が発生する前触れでした。今回、ついに主役が現われたということでしょう。一点を凝視しなければならない歯科医の仕事は眩暈を誘発してしまいます。発病後何とか治療途中の患者さんを終わらせてあげようと頑張っていたら激しい眩暈が起きてその日は半日寝込んでしまいました。その時私は自分の仕事を断念する決心をしました。私が診ていた患者さんには申し訳ないことですが私には後継ぎもいないので島内の歯科医仲間に治療を引き継いでくれるようお願いをしました。それは今でも申し訳なく思っています。

    知り合いや妻はそんなに急いで引退しなくてももう少し様子を見たらということでしたが何時良くなるか分からないのに、治るまで待ってくれというのは患者さんにとっては迷惑な話です。それに私は自分の視力など以前から限界を感じていたのでこの病気に罹ることは天の声だなと感じていたのです。というのも2年前(61歳)の冬の夜、寝入り際に「64歳」という耳元で囁く声が聞こえました。それは今でも印象に残っていますがその時私はこれは自分の寿命のことかもしれないと感じました。ともあれ64歳になったら自分の人生に何か大きなことが起きるということを直感で感じました。私は64歳までにはあと4か月少々ですが考えてみると実際には人間は受胎の瞬間から胎児に宿ってこの世に現われる準備をするのですから、今の年齢に10か月を足せば霊的には正しい年齢ということになります。私の場合はすでに64歳になっているわけで、そういう意味では「数え年」のほうが真理を表していることになるでしょう。

    ”よくそんなに簡単に仕事を辞められるね”という人がいますが、私は結構直感に基づいて行動します。直感とか霊感が比較的効くほうなのでそれがこういうページを開くきっかけになっている訳ですが。去年霊界の父親から「もう仕事を辞めたほうがいい」というメッセージを受けていたことも今回の決断を後押しすることになりました。父は私が仕事で苦しんでいたのを知っていたわけですから。それから去年の秋にこのページでリンクさせて頂いているともしびの武本氏の奥様から「貴方は来年、自治会長になることはありません」というメッセージを頂きました。私は当時自治会の副会長をしていたので今年の役員改選の時には自治会長の役が回ってきそうだと感じていました。しかしこの4月、その予言通り私は病気という事で自治会の役員を外れました。

    そういうわけで私は今、人生の新たなステージに入ったところです。当分は静養して体調の管理をしながら、またこの病と戦うのではなく付き合いながら今後の人生を過ごしたいと考えています。実際、そうするしかありません。そうするうちに自分のやるべきことが見えてくるでしょう。

    旧ホームページのご案内

    2012.05.08 08:55|始めに
    旧ホームページ『いのちの波動』は4月10日をもってハードディスクの故障の為、
    更新.編集ができなくなりました。このブログは旧ホームページの続編です。

    旧ホームページには4年半に渡り積み上げたものが掲載されています。
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    いのちの波動