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    島の夏

    2012.07.31 11:40|日々の暮らしの中で
     P1020743.jpg 
    若いころから夏は海と決めていて梅雨が明けるとじっとしていられなかった。
    ヨット、ボート、水上バイクなど海のスポーツは何でもやった。家族で水上スキーや
    ウェークボードを楽しんだものだ。

    ダイビングも少しばかりやったが島の海は透明度がもうひとつなので国内では高知あたりまで
    行かないと無理だ。沖縄、サイパン、ハワイ、フィリピンなどへも潜りに行ったが今ではどれも
    いい思い出になっている。

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    分かるということ

    2012.07.25 14:04|真理を求めて
    人々の理解能力は皆違い受け止め方も違う。ある出来事がある人には容易に理解できてもある人には理解できない。それがこの世の厄介なところであり、また様々な軋轢やこじれた問題を生む原因になっているのだろう。皆が同じレベルなら何も苦労することはなく、すぐに分かり合えるということになるのだろう。同じ地球上に住んでいても一人ひとりが違う精神世界に住んでいるのである。

    分かるという事は言葉で言えば簡単だがそう簡単ではない。本を読んでわかったと思っていてもそれは本当に分かっているという事にはならないのである。それが本当に理解できているかどうか試しの場面が人生のうちには何度も来る。その時本当に分かっていないものは脆くも崩れ去ってしまう。メッキは簡単に剥がれてしまうのである。

    本当に分かったら試しの場面は来ないだろう。試しの場面は本当に分かるまで何度も来るのだろうと思う。私が子供のころから両親や祖父母からよく聞かされた言葉がある。「これで少しは性根に入ったか」。痛い思いや苦い経験をして初めてわかるということである。思い知る、性懲りもなく、懲りない面々、等々と言う言葉が使われるがそれは物事を本当に理解するのは容易ではないことを表したものであろう。人間がこの世に生まれてくる大きな目的の一つは“迷いの坩堝”のような人間社会のなかで真理を見る目を養うためなのだろう。分かるまでは目が塞がれているということなのかもしれない。

    父から貰ったメッセージに「目を開くこと」というものがあったが正にその通りだろう。
    父からは“性根に入ったか”という言葉をよく聞かされたものだ。

    体験は自分を構成する一部品

    2012.07.24 10:30|インスピレーション
    あなたの今ある姿はこれまでの人生での様々な体験から得たもので構成されています。全部が何かの意味を持っていてそれはあたかも一つの機械を構成する一つ一つの部品のようになっています。それぞれが欠かせない要素なのです。

    終焉

    2012.07.22 14:36|日々の暮らしの中で
    P1020722.jpg


    梅雨が明け本格的な暑さが来た。やはり体調がもう一つだと畑に出る回数が減る。畑に出るには長袖、長ズボンに蚊よけのネットつきの帽子で武装しなければいけない。そして蚊取り線香をぶら下げて長靴履いてとなると決心が必要だ。昼間は熱中症の恐れがあるので出られない。この草の下はカボチャの弦が伸びていたが今はもう取り払った。カボチャは今年は例年の半分も収穫できなかった。向こうのネットに登っているのはキュウリ、もう枝や葉が枯れてきて終わりが来た。右のほうにはミニトマトがあるが草に隠れて全く見えない。
     

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    霊的進化の階梯

    2012.07.17 09:16|インスピレーション
    人間にはその時点での霊的進歩のレベルに応じたものが見えます。自分に合ったものを取り入れています。理解度に応じて大体次のように自分の住む次元が変わっていきます。はっきり区分けされているわけではありません。

    1. 風習や迷信の世界に住んでいる状態で墓や位牌その他シンボルを守ったり維持すること、また宗教的行事を習慣的かつ機械的に繰り返している。そういうものと先祖を同じレベルで考えている。霊的意識は眠っている状態でそういう宗教的慣習に疑問を抱いたりすることはない。

    2. 次には特定の宗教を信仰し教祖やその宗教の世界の神を崇拝している状態でその教義が真理であると思っている。盲信すると新たな知識を取り入れる事を拒み自然な霊的成長が阻害される。

    3. 次には霊的な世界が実際に存在しそれは手を伸ばせば届くところにあることを認識するようになる。そして霊的回路が開かれそこから霊的エネルギーが流入するようになる。架空のものと実在のものとの判別が出来るようになり、どこで祈ろうとどの神を祈ろうとも通じるところは同じであることを知るようになる。

    4. さらに視野が広がり全宇宙を支配する神の法則の存在を身を以て知り、神とは何かということを理解する段階に至る。

    その後も無限の霊的進化の道を進んだり退いたりしながら進み、その道に終わりはありません。

    人生の出来事の本当の意味

    2012.07.11 14:24|インスピレーション
    霊の目で物事を見ることが出来れば今までの人生の出来事の本当の意味がわかるでしょう。それぞれの出来事は大切な学びであったはずです。中には生まれる前から計画されていたものもあったでしょう。あなたはもう十分に学び終えたでしょうか? 仕事をする事によって我慢と忍耐を養うことが出来たでしょうか? 真理を知りたくて追求した地上の宗教がどういうものか理解出来たでしょうか?