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    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    愛の通信

    2013.03.30 09:17|インスピレーション
     

    私は今、そちらで生活していた時よりも幸せを感じて生活しています。

    こちらに来た人は暫くすると不思議な事に残された家族が感じるような悲しみを感じなくなるのです。その理由は視野が格段に広がり物事の捉え方が変わってしまうからです。環境が変われば考え方も変わってくるのです。

     

    それまで小さな窓から外の景色を眺めていたのが屋根の上に上がって周囲を見渡せるようになったと言えばいいでしょうか。受け止め方が全く違ったものになるのです。説明するのは難しいですがそうなんです。


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    職業と人間性

    2013.03.25 10:45|インスピレーション
     

    この世の職業は必ずしもその道の適格者がその仕事に就いているわけではありません。そこから様々な問題が起きてきます。宗教家、政治家、医者、役人その他色々な職業がありますがその地位と人間性はまた別の問題です。真実の仮面を被っている者も多いのです。それを見抜く目を持ちましょう。人は自分の人間性の限界を超えた仕事は出来ないのです。

    彼岸の一日

    2013.03.21 10:49|親族、友人の霊界便り
     

    彼岸の中日の昨日、今にも雨が降りそうな天気の中を妻と恒例の墓参りに出かけた。仕事をしていないと曜日の感覚が無くなってくる。曜日を勘違いしていて携帯の日付を見て気が付くことがある。仕事をしていたら他に何か気になる事があったとしても、仕事に集中しなければいけないので分散してしまいあまり気にならない。つまり気にしている間がないというわけだがそれが無くなると何か一つの事が心に引っかかって容易に抜けなくなる。リタイヤした場合は何か打ち込むものがないと自分の心のバランスを取ることが難しくなるのではないだろうか。

     

    人は自分の心をコントロールするのに苦労する。他人の状態は推察しやすいが自分の事がわからない。正に「自分の心は御し難し」である。歳を取るとわがままになる人が多い。権力を持っていると一層その傾向が強くなるので周囲に疎まれるようになる。老害というものだがこれは自分で気づいていないので困ったことになる。そうならないようにしなければと思うが、考えてみたら私には何の権力も社会的地位もなく、そうなろうにもなれない。失うものも何もない。そんなことを考えながら妻の運転する車は妻の実家の墓のある墓地に到着した。案の定シルバーマークの張られたお年寄りの車が墓地の車道を塞いでいる。

     

    「何でこんなところに車を止めるんや、通れんやないか!」車に同乗中の妻の母の怒りの声が響きそれは車外にも届いただろう。そこで少し高い所にある墓から2,3人の人がこちらの様子を見下ろしているが車を動かそうとする様子はない。我々はサイドミラーをたたんでようやくそこをすり抜けた。やれやれ、最近の年寄は!近頃そういうものが目立つようになってきた。自分もそうならないようにしないといけない。長生きなんてするもんじゃない。このページを書いている者の言う言葉ではないかもしれないがついそう思ってしまう。

     

    その後3年前に他界した叔父の墓に行く。“旧いのちの波動”にも度々登場している人物である。

    そこでは次のようなメッセージを賜った。

    「周囲に気を取られることなく自分の信じる道を行きなさい」

    彼は生前から私たちに人の道を指し示してきた人物であり、こういうインスピレーションを通じて彼の独特の威厳が伝わってくる。うん、うん、本当にそうだね、ありがとう。

    煩悩が洗われたような気持でその場を後にした。

     

    次に妻の実家に寄り仏間に座って妻の父の写真を見ていたら彼が現れた。彼が大きな茶色のソファーに寄りかかっている様子が見える。彼は大柄でそういうポーズがとても良く似合う。そしてにこやかな表情を浮かべ私に話しかけてきた。

    「S(私の妻)は頑張り屋だからね(彼女は熱心に御詠歌の指導をしていてうるさい年寄りに足を引っ張られながらも負けずに頑張っている)。ひろっさん(彼は生前から私の事をそう呼んできた)はゆっくり、のんびりと暮らせばいいよ。体調の事もあるし。皆が仲良く暮らしてくれることがこちらから見て一番嬉しい事だ」。

    妻がいつものようにその場でご詠歌を奉納して私たちは降り出した雨の中を帰宅の途についた。

    “春に三日の晴れ無し”彼岸は季節の変わり目である。


    問題への取り組み方

    2013.03.17 15:40|インスピレーション
     

    人生では様々な問題が現れてくるでしょう。この世はそういう場なのです。目先の問題に全力で取り組んで、半分でも例え三分の一でも目的に向かって前進できれば、それで良しとしなければいけません。地上の事で自分の思い通りになる事はありません。一番大切な事はその問題に取り組むことによってあなたが何を学んだかということです。

     

    そこであなたは物事を見る目を養ったのです。いつまでもその問題にこだわる必要はありません。人生は時間が限られています。また新たな問題や課題が現れてきますからそれに対して全力を注げばいいのです。

     

    分からない人たちに自分と同じような理解を求めるのは途方もなく時間のかかることです。そういう人たちはそれが分かる所まで進化していないのです。あなたがそれに対して責任を持つことではないのです。


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    実践できて分かったと言える

    2013.03.14 10:43|インスピレーション
     

    実践できない事は分かっていることになりません。分かれば自然に実践するようになります。本などを読んで一つの事を理解できたような気になりがちです。しかし実際にある場面に遭遇して一瞬パニックになることはありませんか? 後で暫く経ってようやくああそうだったのかと気が付くことがあるはずです。でもそれは理解力が育っている証です。実際の場面において冷静に対応できるようになって初めて分かっていると言えるのです。

     

     

    追伸

    何が起きても沈着冷静に行動できる人はおそらくいないでしょう。何かが起きて慌てる、どうしよう。私はそういう時は暫く間をおいて一度リラックスしてみることにしています。そのうちに解決策が浮かんでくるものです。自分の知識や閃きが答えを見つけてくれるのでしょう。いつか読んだ本の内容がそこに生きてくるわけです。人生はそういうことの連続ですね。

     

    そんな時には決して指導霊や霊界の親族は答えを直接教えてくれません。教えることはその人間の為にならないからです。これには絶対的なルールがあるようです。あくまでも自分の力で答えを見出して問題を解決しなければいけません。但し閃きやその他の現象(夢など)の中でかすかに問題解決のヒントが送られていることはあると思います。ああしなさい、こうしなさいと人間にいちいち答えを教えていたら操り人形になってしまいます。

     

    別な話になるかもしれませんが私は性急な方で、昔から思い立ったら直ちに行動に移す事にしてきました。リアクションが早いのです。でも今までにそれで度々失敗してきました。もうこの年になったので以前よりワンテンポ遅らせてから行動するようにしようと思っていますが、簡単ではありません。人の生まれついての性格はおそらく一生治らないのでしょう。


    大空

    シルバーコード

    2013.03.09 16:41|真理を求めて
     

    急激に気温が上がり、花粉と黄砂と最近のPM2.5とかいう中国からの微粒子が飛び交う中、私は介護施設に入所中の実母を高松市に見舞いに行った。私は生後6か月で彼女の姉夫婦である今の家に養子に来たので、これまで実母を叔母と呼び養母を母と呼んできた。ここ数日気候の変わり目のせいかメニエールの状態は芳しくなく、その前夜は凄まじい耳鳴りが朝まで続いていた。目眩もあるがそれにはかなり慣れている。とはいうものの道中のフェリーのなかで目眩の特効薬を飲んだ。田舎では刺激が少ないが、都市部に出ると行きかう車や大勢の人の動きが一層目眩を誘発しやすいからである。

     

    東京から飛行機で来る姉とほぼ同じ時間に施設で合流した。そこで見た叔母(実母)はもうすでに霊が肉体から去りつつあるように感じられた。食欲は肉体をこの世で存続させる最も基本的な機能であり、最後は食欲も尽きてやがて肉体が枯れて霊は肉体を去り非物質の次元で生活するようになる。それが自然の生命の営みであろう。叔母はまだ食欲は持続しているがそれも身体状況の変化に応じて変動するものである。昔から食べなくなったら終わりとよく言われてきたがその通りだろう。食べられなくなった人を点滴で人工栄養で生かしたり、胃ろうを施して食べ物を流し込むようなことは自然の法則に逆らうことであり当人を苦しめるだけなのである。もう早くこの世を去って安楽なところに行きたいのに、それを無理に引き留めることになるからである。

     

    叔母の寝ている横で姉ともそういう話をして、終末医療は拒否しようということになった。叔母は意識はぼんやりしているけどその話を聞いて少し理解しているかもしれない。個人差はあると思うが裏では霊としての意識が少しずつ目覚めて来ているはずなので何も感知しないということはないと思う。クリアーではないがぼんやりと理解しているのではないかと思う。だから当人は認知症だから何もわかっていないと思って悪口などは言わない方がよい。私と姉は叔母の横で「もう本当はあちらの世に行きたいのに肉体に束縛されているから行けないんだね」という話もした。

     

    人が死期が近づくと霊体と肉体を繋いでいるシルバーコードが次第に切れかかってくる。大きなものが2本あり一つは額のところ(アジナチャクラと呼ばれる)、もう一つがみぞおち(太陽神経叢)のところである。いわゆる認知症は脳が機能低下を起こして額のところのシルバーコードが役に立たなくなった状態らしい。霊の指令を脳が正しく受信できなくなってくるのでシルバーコードが意味を為さなくなりやがて切れる。シルバーコードを通じて霊的エネルギーが流入するので肉体が生きていられるわけだが肉体(脳)が機能マヒになると霊的エネルギーがストップしてしまうから人間は本能的欲求以外の事を表現出来なくなってしまう。

     

    頭のシルバーコードが切れてもみぞおちのシルバーコードが繋がっていれば肉体はまだ生存に必要な最小限の機能を維持する。頭とみぞおちの2本が同時に切れれば理想的な死に方になるということだが、最近は必要以上に高カロリーの食べ物を与えてしまうので何時までたっても肉体が枯れて来ない。それが自然な死というものを妨げているのかもしれないし、認知症多発の原因になっているのかもしれない。だからいたずらに平均寿命が延びたなどと喜ぶことではないと思う。


    姉は最近3年前に他界した父(私にとっては叔父で今まで度々霊界通信に登場してきた人)がこの世とあちらの世の境界なしにいつでも身近にいるように感じるようになってきたらしい。また彼女は死ぬことは少しも怖くなく、いつ死んでもいいと言うがそれは私も同感である。兄弟で霊的真理を実践しているということなのかもしれない。

     

    彼女は旅行好きで彼女の父が危篤状態の時に海外に行っていて、親族の者は姉が葬儀に間に合うか心配していたらしいが彼が死ぬ数時間前に病院に現れちゃんと最期を看取っている。父は姉が来るのを待って息を引き取ったということになるが世間でよくある話である。事実そうであろう。


    これなどもやはり法則が働いているといってもいいかもしれない。霊界ではあらゆる要素を考慮に入れて迎え入れる準備をしていることだろうから。

     

    葬儀は身内だけで、坊主はいらない、静かなクラシックの音楽を流して子供や孫が(希望者のみ)一人ずつメッセージを朗読して最後に皆で「千の風になって」を歌う(これは今私が思いついた事)なんていうのはどうだろう。もし読経が必要と思うなら出来るし妻は御詠歌のエキスパートなので魂に訴える詠歌を唱えることが出来る。霊の世界に通じていない僧侶が来て儀式をして何十万円も布施料を払うなんて馬鹿げているよ。姉とそういう話をした。どういう形の葬儀になるかは長兄が一家の責任者なので彼の判断次第である。

     

    96歳の叔母がこの世にいるのも長くはないであろう。本人は叔父の待つあちらの世に行きたがっているようだ。4人の子供を産み(私も含めて)愛の心で育ててくれた叔母。この世の役割も全て果たして後はあちらへ引っ越すだけ、安らかに導かれて旅立ってくれるよう祈っています。




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    自分に出来ることをする

    2013.03.07 10:02|インスピレーション
     

    自分がその時出来る範囲の事をしていればいいのです。決して無理する必要はありません。どうしても出来ない時もあります。また歳を取れば若い時の様には出来なくなります。それが当たり前のことであり、嘆く必要はないのです。その人の周囲の状況というものは自然にそれに相応して整えられているはずです。一生を通じて自分のその時点での能力に応じた世界が開かれていきます。


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    物質へのこだわりを減らすこと

    2013.03.01 21:20|インスピレーション
    P1030339.jpg 

    年を取るたびに物質へのこだわりを減らしていきましょう。あまりに多くの物や金を持ちすぎると生命の自然の移り変わりの妨げになります。あなたは後何年この世にいるのでしょうか?物にこだわったところでそういうものとの付き合いはあと僅かです。何一つとしてあちらに持っては行けません。

     

    追伸

    60歳を過ぎた人向けのメッセージです。日本人の平均寿命の80歳まで生きるとしても60歳ならば後20年、65歳の人はあと15年です。それはあっという間です。不要なものを整理して来たるべき次の世に備えましょうということです。