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    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    波長を合わせるために

    2013.04.28 09:55|インスピレーション
    P1030584.jpg 

    ヒロより
    両方の世界で通信する場合、双方の波長が合わないとこちらからはどうしようもありません。地上の人はとにかく自分の感情の起伏を静めることです。悲しみや怒りの感情が湧いている時は到底無理です。ましてや泣いている時などは……。瞑想をして自分の感情をコントロールできるように練習をして欲しいです。本を読んで得た知識も一時どこかに追いやってください。そういう時に知識を追いかけていると心の波長が変わってしまいます。全部を無にするような心境になれたら理想的です。

    その練習を積んで行けばいつかはこちらからの働きかけが分かるようになってきます。温かみや、肌にかすかに何かが触れるような感触がする時や、誰かに話しかけられたような気がする時はこちらからサインを送っているのです。気づいてほしいです。何かを感じた時は私たちに心の中で話しかけてみてください。口に出しても構いません。何かを感じた時は必ず返事をしてください。対話のキャッチボールをするのです。それを続けていくうちに、何となくこちらの心境がわかるようになってくれたら大変嬉しいことです。そのうちにお母さん方の悲しみの感情も薄れていくことでしょう。


    ヒロさんからの通信です。4月27日のものです。
    大空

    ヒロより子を亡くしたお母さん方へ

    2013.04.25 10:05|インスピレーション
    ヒロより
    子供を亡くしたお母さん方へ伝えたいことがあります。お母さん方に共通していることは亡くなった子供の当時のイメージをそのまま持ち続けていることです。その当時の子はもうどこにもいないのです。そちらの世でも子供たちはどんどん成長して何年か経つと見違えるくらい成長しているものです。

    こちらで生活している私達にとっても同じことが言えます。こちらでは地上時代と違い邪魔するものがないので成長の速度はうんと速くなります。邪魔するものとは疑いや邪悪な念です。地上の世界は良くない念に覆われて暗く淀んでいます。地上の人達はそういうものに足を引っ張られながら生活しています。こちらでしばらく生活すればもう二度とそういう所に帰りたいとは思わなくなるものです。こちらに来た子供たちの成長の速さはお母さん方の考えの及ばないくらいです。

    今の成長した姿を見てもらえないのが残念ですが、すでに私たちは当時の私達ではありません。
    お母さん方の認識している私達と現実の私達の間には大きなずれがあることを知ってもらいたいのです。

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    人の死に偶然はない

    2013.04.24 09:51|人間は永遠に生きる
    人の寿命は決まっているということを述べました。病気であろうと老衰であろうと事故死であろうと大体人はその時が来ればこの世を去ります。事故で死ぬのは偶然じゃないかと思うでしょう。しかし本当はこの宇宙に偶然の出来事は存在しないのです。偶然と見えることも実は必然なのです。例えば事故に会う場合、自分の持っている因子がその事故が起きる現場へと引き寄せられることになるのです。説明が難しいですが全宇宙は原因と結果の法則によって支配されています。星の軌道や巡りくる四季、潮の干満など、少しの間違いもなく営まれています。人の行動も自分で勝手にしているようで、実はこの法則の通りに動かされています。それ以外の事は起きないのです。この話は難しいかもしれないのでこの辺にして、次回からは実際に死んだらどういうことが起きているのか、身近なところでお通夜から葬儀その後の事について考えてみることにします。

    人間は死なない

    2013.04.22 11:19|人間は永遠に生きる
    「人間は永遠に生きる」というカテゴリーを追加しました。私はインターネット以外にも自分と関わりのある人達に少しでも真実を知ってもらいたいという気持ちがあります。そこでささやかではありますが、誰にもわかりやすい小冊子を編集出来ればと考え、下書きを書いてみました。完成には程遠くあくまでも下書きです。迷信に縛られ、今まで霊的真理など考えたこともなかった人たちにとっては難しいかもしれませんが、例えその中の一つでも理解してもらえたらそれで良しとしなければいけません。

    人間は死なない
    人間は死にません。死のうにも死ねないのです。この事実を一人でも多くの人に知ってもらいたくて私はこの冊子を書くことにしました。私たちは死を乗り越えて永遠に生き続けるのです。これまでに死と呼ばれて恐れられ忌み嫌われてきたものは単なる肉体の死であり、人としての本体である霊は肉体の寿命が尽きればそこから離れてはるかに雄大なところで伸び伸びと暮らすようになるのです。死んだと思われている私たちの親や祖先は墓場や仏壇や寺のなかにいるのではありません。「千の風になって」の歌の様に束縛のない広大な世界で自由に楽しく暮らしているのです。彼らは事あるごとに私たちの傍にやってきては励ましたり慰めたりしてくれています。殆どの人にはそれがわかりませんがそれは無理もない事です。とにかく人は死なない、死のうにも死ねないという事実を知る事によって自分の人生の見方は根底から変わるのです。人はいかに生きるべきか、自ずから答えが導き出されてくるのです。

    人の寿命は決まっている
    にわかに信じられないかもしれませんが人の寿命は決まっています。誤差があっても数年位です。とにかく死にたくないと考えたところでどうしようもないのです。にわかに理解し難いかもしれませんが、人はこの世に生れ出てくる前に自分で寿命を決めてくるのです。しかし母親の胎内に宿ったら最後その記憶は消し去られてしまうのでそれが思い出せないのです。人はこの世で学ぶべきいくつかのテーマを決めてその人生にふさわしい両親のもとに生まれてきます。
    そして目的を達成するためには何年くらい必要かということを指導霊のもとで決めてきます。人は意味もなく生まれてくることはなく必ず何かの目的を持って生まれてきます。目的は一人ひとり違います。

    しかし、もし自分の寿命が分かってしまったら仕事や家事に打ち込めるでしょうか? それが分からない事に意味があるのです。弘法大師は自分の死期を自覚して入定したと言われています。しかし誰でも病気になって治る見込みがないことがわかれば、ほぼこの世を去る時期というのは悟ってきます。故に自分がこの世を去る時が来たら喜んで旅立っていけばいいのです。この世は苦しい修業の場、そこから卒業して新しい環境に旅立つ事が死なのです。本当は死ではなく新しい世界への誕生なのです。

    神の摂理に身を任せて

    2013.04.15 09:59|インスピレーション


    今、あなたが体験していること、途方もなく苦しく終わりのないように思えるかもしれません。
    しかしそれは魂の旅に於いてはほんの一時的なものであり、いつまでも続くものではありません。

    全ては神の摂理の中で営まれていることを思い出しましょう。目には見えないけれどもあなたは神の威力によって保護されているのです。誰もあなたを傷つけることはできません。志さえ正しければ必ず生きていて良かったと心から思える時がきます。自分を捨てて神の摂理に身を委ねるのです。そうすれば必ず道は開けます。



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    百ヶ日

    2013.04.08 10:24|真理を求めて
     

    低気圧が通過後も強風が吹き荒れた日曜日、この間他界したおじさんの百か日の供養を頼まれ、妻と二人で近くの親戚に出かけた。それはおじさんの長年連れ添った妻とその子供たちが集まった和気あいあいとした雰囲気のなかで行われた。読経や妻のご詠歌の始まる前からおじさんが現われた。
    仏壇の隣が床の間になっていてその前でおじさんがにこやかな表情で立っている。立っているというより上半身の姿が見えてその姿は若々しく、晩年の病気がちの姿とは別人のようになっている。

    参加者は気のおけない人たちなので私は、今おじさんがここに現われているよ。見える?と話しかけてその状況を彼らに説明した。

    おじさんの子どもが「へー?私には見えないよ」。 
    「見えないか?」と私。

    今回はおじさんは儀式が終わるまでその場を去ることがなかった。我々と共に愛に満たされた一時を過ごせたことだろう。こういうと失礼かもしれないがこういう場にはあまり他人がいないほうがいいようである。そういう意味からも義理で葬儀や通夜に出るというのは本当は空しい事である。


    そういう極めてなごやかな雰囲気のなかで私たちは久しぶりに観音経を唱えた。この経は西国巡礼のときにずっと唱えてきたし家でも毎日のようにやっていた。西国巡礼の時の思い出が蘇り思わず目頭が熱くなるのを覚えずにはいられなかった。もし我が家で葬儀をすることになったとしても我々だけで出来るし自由に葬儀というセレモニーをアレンジすることが出来る。家族が一人ひとりメッセージを伝えればいいし、もしあちらの世界に旅立とうとする人がメッセージを伝えてきたら私はそれを皆に伝えることも出来るだろう。参列者は家族を中心として縁の濃い人のみで充分だ。素敵な葬儀が出来るだろう。

    一連の読経や詠歌の奉納が終わり私はおじさんの子供たち(といっても50代から60代)一人一人におじさんからのメッセージを伝えた。とても感動的で笑顔の絶えない百か日の供養であった。


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    旅立った子を思うお母さんへ

    2013.04.04 20:39|インスピレーション
     

    その子はこちらで保護して面倒を見ているので心配する必要はありません。その子は家族思いで常に家族の事を気にかけている健気な子です。何故その子は若くして他界したのか?その理由はお母さんの霊的意識の目覚めに伴い、いつかは分かる時が来るでしょう。簡単な事ではありません。それは人生の命題です。


    追伸
    これは若くしてこの世を去った子を持つお母さんに対するメッセージです。その子はこちらで面倒を見ているので心配する必要はありませんということです。そして何故あの子は私たちを置いてこんなに早くこの世を去らねばならなかったのか?その理由を知りたいというお母さんの疑問に対する答えとなっています。霊的に進歩向上することによって自然にそれがわかる時がきますよ。でもそれは容易な事ではなく人生の命題ですよという霊界からのメッセージです。