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    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    大きな自分と小さな自分

    2013.07.26 11:01|インスピレーション


    あなたが嫌だと思う出来事、苦しいと思う事、それは本当はあなたにとって価値あることなのです。
    初めからそれを体験するためにこの世に生まれてくる場合もあるのです。しかしそれはいつまでも
    続くものではありません。時期が来れば自然にあなたから遠ざかっていきます。

    あなたは本当は自分が考えているよりはるかに大きな存在なのです。地上で生活している時には
    それはわからないでしょう。不可解な出来事、理不尽と感じる出来事の裏には大きな自分が望んで
    そうなっているものがあります。

    地上の小さな自分と本来の大きな自分の間にはギャップがあり、その為に多くの葛藤が生まれるのです。
    瞑想や霊的な体験などによって少しずつ大きな自分の片鱗を感じるようになるでしょう。

    故郷からの声

    2013.07.24 00:16|インスピレーション


    あなた達がどこにいようと何をしていようとこちら(霊界)との繋がりが切れることはありません。
    何故ならこちらがあなた達の故郷であり、今は一時的に地上の世界に旅に出ているのです。

    こちらが親元でありそちらの家や土地やその他の財産は借り物なのです。
    それらはあなた方がこちらに帰るときには全部返さなくてはいけません。
    地上世界での持ち物というのは実際には無いのです。

    そういうものや体験を通じて学んだエッセンスを持ってこちらに帰ってくるのです。
    何か行き詰まったような時は心を静かにして故郷からの声を聞いてみましょう。
    きっと何かのヒントが得られるでしょう。

    しがらみと自由

    2013.07.20 11:39|日々の暮らしの中で
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    私は今バンクーバーに来ている。時々こうして強度の田舎の村社会から自分を開放しなければいけない。
    夕方ダウンタウンの海辺の公園に来てみるととても気持ちがいい。北国なので日本のような蒸し暑さは全くなく夜は9時になってもまだ明るいので人々は自由にそれぞれの時間を楽しんでいる。

    カナダの人達は全く他人のことは構わない。日本の田舎の人間はまず他人が自分のことをどう思うかということが価値判断の基準になっている。自分をその規範で縛り点けているので殆ど精神的自由がない。物事の善悪よりもそちらのほうが優先するので、時々自分では間違いではないかと感じつつも右へ倣えをしてしまうことがある。金魚のフン式になってしまうのである。

    それは昔、権力の支配を受けて何一つ自分の意見を言えなかったような時代から続いてきているのではないかと思う。
    そういう精神構造は私には理解し難く何かの折には苛立ちを感じてしまう。

    この地域を良くしたいなら自分が正しいと思うことをきちんと言いましょう。黙っていては何も問題は解決しませんよ。陰で愚痴っているだけじゃダメですよ。

    こういう感じで言うと一段とそういう人達は黙り込んでしまう。極度の村社会ではこういうことを言っていたら異端児扱いを受けてしまうのである。私は正義感が強いほうなので人々が理不尽な扱いを受けているのを黙って見ていられなくなるのだが、皆のためにと思ってやったことも正しく理解されない。情けないという状況を通り越している。

    高齢者が多いこともありもう環境を改革しようなどという気力も発想も浮かんでこないだろう。
    この先も沈滞していくしかないだろう。悲しいことだがそれは自らが招いていることである。

    昨日素晴らしい夕焼けを眺めていると次のことが閃いてきた。

    人は死後もそれまでに抱いていた心の状態が続くことは間違いない。
    長きにわたって自分の心を抑圧してきた人達は死後もずっとそのような状態が続くであろう。

    指導霊からもっと心を開放して今までのしがらみから解き放たれましょうと言われても出来ないと思う。
    この世で他の者からそういうことを言われても理解できないのと同じであろう。
    人はあちらに行ったからといって急に変われるものではない。
    人々がそういう環境のなかで生活しそれに相応した思考性を持つようになるということも摂理の働いた結果であろう。









    個性を大切に

    2013.07.15 10:21|インスピレーション
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    人はそれぞれ生まれ持ったものが違うのです。それが個性であり一人ひとりが自分独自のものを持っているはずです。それを大切にしなければいけません。

    それぞれが十分にその個性を発揮していくことが神の御心に沿った生き方です。周囲に迎合して自分を失うことのないようにしなければいけません。それには常に自分の内なる心と対話していくことです。内なる心が指し示す道を進みましょう。

    原因と結果の法則

    2013.07.04 15:15|人間は永遠に生きる
     

    私達が日常する行為や心に思う事、すべてに原因と結果の法則が絡んできます。文字通り良い事をすればよい結果を招き、悪い事をすれば悪い結果を招きます。

    これは実はこの世に生きている間だけでなく死後の世界も永遠に続きます。この原因と結果の法則は我々がした事を何一つ見逃してはくれないのです。

     

    その働きは電子計算機のように正確で絶対に間違う事はありません。人間の目はごまかせても神は絶対に見逃してはくれません。ある人の犯した過ちの清算が生きている内に来なかったとしたら、必ず死後清算しなくてはならなくなります。逆に善行を積めば必ずそのご褒美を授かります。この世にいる間になければ死後に授かります。このように人生の全てにわたって神の法則が支配していることを知るならば悪い事は出来るものではありません。悪い事をすれば必ず罰せられることが分かるからです。

     

    自分が今体験していることは何と理不尽なことだろうと思う事が誰でもあるはずです。世の中不公平じゃないかと文句を言いたくなるものです。しかし物事を長期で見れば完璧な公平が保たれているのです。私たちはごく短期的な視野からしか物事を見ることができません。現在苦しみの真っただ中にいるなら必ずいつか幸せに浸れる時が来ます。長期で見れば完璧にバランスが取れているのです。

     

    私は聖書はあまり読みませんが確か次のようなイエスの言葉があったと思います。

     

    「悲しむものたちは幸いです。その人たちは慰められるから」

     

    この言葉は法則の働きを表現したものではないかと思います。

     

    神は人間だけではなく宇宙の全てのものをこの原因と結果の法則で支配、統制しているのです。原因があればその結果が生まれ、それが新たな原因となって次の結果が生まれるという営みが永遠に続いていきます。法則の働きが神の働きなのです。私たちはどうあがいてもこの法則に逆らうことは出来ないのです。

    この原因と結果の法則を根底にして私たちの人生は展開していきます。家族や団体や国家にもこの法則が働きます。

     

    そしてそれは機械的かつ自動的に作動するので昔から「結局この世には神も仏もいないではないか」という嘆きが繰り返されてきたと思います。それは当たっていると思います。人間が考えるような神様や仏様は実際にはいないのです。実際にあるのはこの正確無比で、すべてに渡って公平が保たれた法則であり、ある時はそれを無慈悲に感じるかもしれません。しかしそれが無限の叡智によって考えられた宇宙発展のためのルールであり、人間の理解をはるかに超えたものです。神とは何かと表現するならばそのルール(法則)を創造した無限の叡智ということになるでしょう。


    追伸
    この原因と結果の法則をもって「人間は永遠に生きる」というテーマを終わりにしたいと思います。後で見れば色々重複した箇所もあり、満足出来るレベルのものに出来たかどうか全く自信がありません。

    大空

    動物の進化

    2013.07.03 14:52|真理を求めて
     
        あっ、ネコがいたぞ!  思わずチョコの目が輝く。


    P1030690.jpg 
       
    しかしネコは悠然として慌てる様子はない。(この犬は何回か見たことがあるし、つながれているから少しも怖くないよ。それに強そうじゃないしな)と言いたげ。

    人間に最も飼われている動物はやはり犬と猫でしょう。最近は一段とペットを飼う人が増えているようです。動物はやはり野生でいるより人間に飼われて一緒に生活して愛情を受けて育つと霊的に進化するようです。

    シルバーバーチの本によると現在最も霊的にレベルの高い動物は犬だそうです。その次が猿、その次が猫だそうで猫の追い上げが急らしいです。猿は昔は最もレベルが高かったようですが人から離れて野生の生活を続けてきた結果、犬に抜かれて二位に転落したそうです。また怠け者であることも原因しているようです。ネコに追い上げられているとは面白いですね。

    犬も猫も人間のそばで生活し、家族同然に可愛がられているのでどんどん霊的に成長しているとのことです。猿も人と生活するようになれば霊的成長が進むのでしょうが性格的にもちょっと犬や猫とは違うようです。

    いずれにせよ動物は将来的には自分の種族の類魂に帰還していくそうですが、その中から人間としてこの世に誕生してくるものが現われるとのことです。また人間であったものが動物として転生してくることはあり得ないとのことです。逆はないのです。この辺が仏教の六道の輪廻の思想とは違います。

    例えば家で飼っている犬や猫に愛情を注ぐことはその類魂全体の進化にプラスになるので神の造りたもうた宇宙生命の進化、成長に貢献することになるのです。