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    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    母のこと

    2013.11.29 10:17|親族、友人の霊界便り
     

    これまでに母から私に伝わってきた事をまとめてみた。最初のころは祭壇のある部屋に入ると母の懐に抱かれているような感触がしていた。それはかすかに肉体的な感触を伴い子供の頃に母に抱かれていた事を思い出させるものであった。ある種の肌の温もりのようなものを感じることがあった。

     

    今は母の他界後4週間になろうとしているがここ数日の間感じる事は母の感触が最初の頃とは違ってきていることである。肉体的な感触が殆ど無くなってより霊という感じがしてきた。それはこれまでに感じてきた父の霊としての感触、イメージに近づいてきている。こういう感触が世間で言われる成仏している状態といっていいのかもしれない。

     

    死後の進展はそれこそ千差万別であろう。母の場合はほぼ100年この世に生きてきてもうこの世に執着するものが何もないという状態であったのだろう。認知症になって8年半の間施設で過ごしたが家族とのコミュニケーションは限定されたものであった。認知症になった場合、この世の出来事との関係は急速に薄れていくだろう。何があってもそれまでのような影響を受けなくなるであろう。それは脳が機能不全に陥っただけであり霊としての自分は何の影響も受けているわけではない。

     

    この世との関係が希薄になった分、霊界との交流が静かに進んでいたのだろうと思う。それは表面上わからないのでその人物は本当にぼけてしまったと思われているだろうが実際はそうではない。おそらく他の認知症の人達もそういう経過を辿っているのではないだろうか。俗世との縁が疎遠になってくるので楽しい事も入って来ないかわりに嫌な事も入って来なくなるであろう。

     

    今認知症の人が急激に増えているが現代の文明生活によって人の一生も影響を受けているのかもしれない。自然に生まれて自然に死んでいくというパターンにひずみが生じているのかもしれない。昔は今の様に認知症は多くなかったがそうなる前に死んでいたのではないだろうか。肉体が進化して長寿が当たり前になってきたが各臓器ごとに使用期限というものがあるだろう。脳は全体の臓器の中では使用期限が短いのかもしれない。将来的には自然に修正されるのかもしれない。これはあくまでも私の想像である。

     

    ともあれ今日の朝、いつものように祈りをしていると父と母が一緒に現れて私と一緒に神に祈りを捧げた。そのビジョンが見えたがこれは肉眼で見えるものとは違い、目を開けていても閉じていても見える。母は色々と父から指導を受けているようである。

     

    次回からは母から伝わってきたものを言葉として表現していきたいと思います。

    背後霊の働き

    2013.11.27 10:04|インスピレーション
     


    背後霊の仕事はその指導している人間が課題を成し遂げ易い環境を作る事でありその人間に代わってそれを行うのではありません。

    課題はあくまでもその人自身がやらねばならないことであり誰かに代わってもらうことは出来ません。

     

    自分の力を引出して努力をする時、一層の背後霊の援助を得る事が出来るのです。


    自分の心を浄化し自然の法則をよく学び、それと一つになるように努めることです。


    そうすることによって背後霊の働きとより調和できるようになります。

    人の寿命

    2013.11.22 16:51|インスピレーション
     

    人間は長く生きればいいというものではありません。寿命で人生を判断するのは正しくありません。定められた目的を成就するために必要な年限というものがあります。

    目的を達成すればいたずらにこの世に長く留まる必要はないのです。

    寿命は人それぞれであり一つの物差しで測れるものではありません。寿命の長短で判断するのは間違いです。


    葬儀で大切な事 (父から)

    2013.11.18 14:54|インスピレーション
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    葬儀で大切な事はこちら側から見て双方の心のつながりが確認できることだ。それがわかればこちらも安心できる。こちらの人間は基本的に繋がりを確信したいと思っている。

     

    別れ別れになってしまったのではない事をしっかり表現してくれたら嬉しい。我々は残された家族のことは決して忘れることはないから。葬儀の後も時々はこちらに目を向けてくれたら嬉しい。

     

    そちらから生きたメッセージが来ないと寂しいものだ。実際には一方通行になっているケースが多い。こちらから気持ちを向けても反応がないと空しくなる。

     

    とにかくお互いが生前と変わらず、つながっていることを知って欲しい。家族の側が心のつながりを表現することが葬儀においては最も大切なことだろう。

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    母を送って

    2013.11.14 16:03|体験集
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    晩秋の雨の夜に母は旅立った。99歳と7か月、あと少しで100歳になるところであった。
    私がカナダにいた8月の終わり頃、母は夢に現われたり昼間もフワーッとイメージが現われたりしていた。
    これは少し予定を早めて帰ったほうがいいのかなと思ったが私は予定通り9月に帰国した。

    私が帰国した翌日、母は介護施設で転んで大腿骨を骨折した。そのままにしておくと寝たきりになってしまう可能性が高いので高齢ではあるけど後の事を考えて手術を受けさせることにした。母はそれまでは施設の中を自力で歩いていたし大正琴を弾いて老人たちの歌の伴奏をしたりしていたのである。

    手術自体の経過は順調であったが食欲が無くなり目に見えて衰弱が進んできた。病院ではそれ以上治療をすることが無くなってきたので介護施設に戻り2週間待たずに母は静かに旅立った。

    通夜や葬儀の内容は予め考えていたのでその通りに行う事が出来た。家族葬にして参列者は親族のみ、儀式を執り行ったのは私と妻の二人で寺など宗教関係者の介入はない。通夜は二人で読経(母が読経が必要と思っていた場合を考えて)と妻のご詠歌を奉納した。

    翌日の告別式は妻の詠歌で始まった。詠歌の中には故人を送り出すにふさわしい内容のものがあり、意味のよくわからない読経より旅立とうとしている人と残った人双方に対してはるかに心に訴えるものがある。

    次に孫や私の姉からのメッセージをナレーターに朗読してもらった。メッセージの内容がとても感動的で参列の人たちの涙を誘う。最後に私が自分でメッセージを朗読した。当事者が自分で読み上げるというのはどうしても感情がこみ上げてきてサラッとはいかない。一度練習していればよかったかもしれないと後で思った。しかしこういうものは自分をありのままに出したほうがいいだろう。後で子供たちは、お父さんはよく泣かずにあんなのが読めるねと言っていたらしい。
    棺を皆で生花で一杯にして最後に全員で「ふるさと」を斉唱して告別式を終えた。葬儀に「ふるさと」を斉唱するのもなかなか良いものである。母は小学校教師をしていたので自分も子供たちと一緒に「ふるさと」を歌ったことだろう。

    母を送るにあたって私たちは世間でやっていることに左右されず自分のやり方を通した。都会では形式にとらわれない葬儀も増えているらしいが田舎では自分流のやり方は少しばかり勇気が必要かもしれない。葬儀は何より遺族の愛を表現できるものでないと意味がないと私は訴えてきたがそれを実行することが出来た。

    中陰の供養も特にやっていない。毎日のように家族が母の祭壇の前に行って心の交流をしているのであえてそういうものをやる必要はない。白木の位牌を一応作っているがそこには俗名が書かれている。生前戒名もあるけどあえて俗名にした。そのほうが個人を偲ぶ時に親しみがこもりイメージしやすくこちらの思念が伝わりやすい。そして何よりこちらの思念を個人に送るには遺影を見るのが良いと思う。

    他界した人に対して遺影を見て呼びかけるのが最も効果的であろう。必ず何らかの反応を感じるはずである。

    今私は母がこれまでになく身近になってきた。朝の犬の散歩、祭壇のある部屋、それ以外のどこにおいても母がすぐそばにいることを感じる。母の懐に抱かれているように感じられるのである。それはまるで自分の幼少時代に戻ったような感じがする。その安心感と心地よさは言葉で表現するのが難しい。

    すでにここ数十年の老いた母の姿はどこにもない。それは仮の姿だったのである。認知症などで老いた姿の裏には霊としての本体がちゃんと控えていて死後肉体を離れると本来の姿に戻るのである。
    母はここしばらくの間は私の傍にいたいようである。母が年老いてからは長い間心の交流が疎かになっていたことを私は反省している。それが今出来るようになった。生前よりもはるかに深い所で触れ合うことが出来るようになったのである。

    最後に母からのメッセージを載せたい。

    「ヒロシ、ヒロシがいたから私はここまで頑張る事が出来た。ありがとう」

    私は若いころさんざん母を悩ませた。私が何をやっても許してくれた母、いつも味方になってくれた母。
    母は偉大なり。私は今になってそう思う。

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    守護霊 2

    2013.11.10 17:56|インスピレーション
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    守護霊はその付いている人間が自分の資質を存分に発揮して生きることを望んでいます。


    逆境は人間を強くします。何の邪魔も入らないような生活では人間は強くなれません。

     

    守護霊はその人間が問題をどう乗り越えて行くか、どう対応していくかを見守っています。直接手を下す事はしません。それは許されていないのです。さりげなくヒントを与え自分で気づいたように感じさせます。

    守護霊が自分の名前を名乗ったりすることはありません。決して表面に出てくることはありません。

     

    あなた方は自分が想像する以上に守られているのです。守護霊の導きと守護がなければここまで来られませんでした。今のあなたはなかったのです。



    守護霊 1

    2013.11.07 18:20|インスピレーション
     

    あなたはどんな時にも一人ぽっちにされている事はありません。いつも守護霊の霊力によって導かれ、守られていることを忘れないようにしましょう。静かな瞑想によって守護霊の霊力が周囲に満ちていることを感じ取ってみてください。霊力によって暖かく包み込まれていることを感じるはずです。


    回路を開く

    2013.11.03 10:26|インスピレーション
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    一旦霊界との回路が開かれると自分の向上のレベルに応じたものが流入するようになります。それはあなたが自分で閉ざさない限り閉ざされることはありません。

     

    自分が向上するか退化するかによって流入の量と質が変わります。すべてはあなた次第なのです。あなたの生き方次第ということです。

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