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    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    背後霊とこの世の人間関係

    2014.07.29 08:59|インスピレーション
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    自分をしっかり定めてグラつかないようにしておかなくてはいけません。背後霊との繋がりが薄くなると自分の心が不安定になりがちです。人はその時の心の状態によって背後霊とのつながりが強まったり弱まったりしています。

     

    この世の人間関係は一時的なものが多く不安定なものですが、霊的な繋がりは永続性があります。そして将来はそちらの方の関係が重要になってきます。

    苦難は成長のための肥やし

    2014.07.26 16:37|インスピレーション
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    人間には苦難を乗り越える力が秘められています。人生においてはそれぞれの能力に見合った試練を体験するようになっています。それが神の創造した宇宙の生命の姿なのです。それは人間だけでなくすべての生き物に共通するものです。

    二つの声

    2014.07.20 09:24|インスピレーション
    ここと言う時に自然に自分の言葉や行動として現れてくるものがその時点での自分の神性の表現です。それは良心の声でもあり、どれだけ霊的に磨かれているかを表すものです。

    一方心の中に取りとめもなく湧いてくるようなものは自分の雑念ですからそれに従うと迷いの道に入ってしまいます。人の心の中には常に相対する思考が存在します。一つは霊的意識が生むもの(良心の声)、もう一つが主に肉体を起源とするもので煩悩の元になるものです。そのどちらの声に従うかによって将来の結果が変わってきます。

    煩悩と取り越し苦労

    2014.07.15 12:06|インスピレーション
    何故煩悩が生まれるのか。多くは取り越し苦労から生まれてくるものです。ありもしないことを勝手に想像して悩む人が多過ぎます。それが猜疑心を生み、一層迷いが深まる事になります。そういう状態はまだ世の道理の理解が十分でないことを意味します。

    神とは何か、世の全ての事に神の摂理が働いていることを知り、それに身をゆだねる事が出来るようになれば次第に煩悩や取り越し苦労は減ってきます。

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    七夕の夕べ

    2014.07.07 20:57|日々の暮らしの中で
     今日も片付けの作業から抜けられない。ひと通りの作業を終えて私は愛犬を連れて海岸に散歩に出た。最近は疲れていることもあり、お決まりのコースしか行かないがそのいつものルートで墓地の横を通った。この墓地は向かいに屋島が見えて夕焼けの時はとても美しいところである。我が家の墓もそこにある。今日は思えば七夕、昔は子どもたちが短冊に色々書いたものを笹につけて翌朝海に流していたものである。近頃は海の汚染につながるのでそういうことはしなくなった。

    ふと半年前に他界した竹馬の友の墓の近くを通った。距離にして20mくらいある。 私の瞼の裏に彼が手を降っている姿が浮かび上がってくる。半袖、半ズボンで完全に真夏の出で立ちをしている。色はベージュ色である。
    そして彼の思念が伝わってきた。
    「おーい、来たのか? 君は体調があまりよくなさそうやな。大丈夫か?」 

    「うん確かに疲れているし、眩暈もしているよ。」と心のなかで彼に伝える。

    「最近は殆どこっちには帰らないよ。帰ったところで誰も気がつかないし話もできないからつまらない。君以外にわかってくれる奴がいないからな。 死んだ者が墓なんかにいるわけないだろう。今日はたまたま君が通りかかって僕のことを思い出してくれたから出てきたんだ。
    こっちは昼も夜もない世界だ。最近はもう酒を飲まなくなったよ。酒はもう必要がない。君はまだ飲んでいるようだな。」

    「うん、少しは飲んでいるけどな。缶ビール一本と焼酎のオンザロックを少しだけやけどな。最近疲れているからちょっとは飲まないとな。」

    という具合のテレパシー交換が行われる。半年経つとかなり進んで行っているようだ。彼は夢にはよく現れてくるので実際には生前同様に会っているわけである。 もう物質の世話をしなくていい奴が羨ましいと思う。

    今日の夕方の散歩はかなり眩暈があり道路を渡るのにストレスを感じた。田舎とはいえ朝夕の通勤時間は車が数珠つなぎになるので押しボタン信号を押さないと危険である。 今日の七夕はあいにく台風接近で雨のち曇で星空は見られそうもない。



    局面と全体像

    2014.07.06 10:27|日々の暮らしの中で
    私は今、34年間にわたって歯科医業を営んできた診療所の後片付けをようやく終わりつつある。2年以上前に廃業した当時に廃棄処分にしたものもあったが体調の事もあり、多くはまだ整理が進んでいなかったのである。

    殆どの器具や備品類を運び出し処分をした。細かい器具類が無数といっていいくらいあり、それらの仕分けには苦労した。細かいものを見ていると持病の目まいが起きるので休み休みしか出来ない。全部を一緒にして捨てるならさほど苦労はしないがそういうわけにはいかない。今は医療廃棄物を下手に捨てると大変なことになる。

    それにしても開業当初に買い込んだもので開封していないものが一杯あるのには驚いた。毎日の診療に追われているうちにそれらがあることさえ忘れていたのである。金属製のものは見た感じは包装されたままで新品同様であった。特にステンレス製のものは変化がない。でも同業者でそういうものを欲しがる者はいないし、販売の会社でもそんなものを今更引き取ったりはしないので捨てるしかない。他に使い道がないが床の間に飾っておくわけにもいかない。

    しかし廃棄の時に廃棄現場の人や廃棄業者がそれらを見て「こんなきれいなもの捨てるのもったいない」と言っていくつかを持って帰ってくれた。こちらも「役に立つなものがあったら持って帰ってよ」と持ちかける。でも日常生活で役に立つものは極めて少ない。歯科医療器具は特殊なものなので転用が効かない。

    私は器具や備品の消えた診療室で愛犬と共にしばしの時間を過ごした。彼は整理作業を続けている期間の殆どを私にお供してきたのである。窓は全開にしているのでそよ風が入って心地よい。すると自然に瞑想状態に入っていた。

    今振り返るとここでの出来事はまとめて一つのものとして感じられる。34回の春夏秋冬を過ごしてきた場所、様々な感情の体験があった場所。慌てたりイライラしたり、嬉しかったり、腹が立ったり............。またいっぱしの歯科医として人や世の中のためにお役に立ってこられたのだろうか?これはいささか自信がない。

    一通りの感情体験をここでしてきたがそれらが今は一つのものとして感じられる。やっている当時は長く感じたが終わった今はとても短く感じられる。その体験は年数の長さに関係なく自分の魂の歴史に刻まれていくのであろう。そしてそれは永遠の人生という尺度から見た時、点のようなものかもしれない。

    人が死後自分のこの世の人生を振り返った時、自分の人生はあっという間だったと感じるのかもしれない。長い人生苦しい等と考えながら生きている人も多いかもしれないが終わってみれば早かったと感じるのではないだろうか。とにかく後で振り返ると時間は凝縮されて短く感じるようである。自分の子供時代は一年がとても長く感じたものだが、今子供の頃を振り返るとそれらは一瞬の出来事のように思える。人生は長いようで短い。近頃は時間の経過が2倍くらい早く感じるようになった。

    様々な出来事もその局面だけを見ればさも重大な事のように感じる。局面しか見えないから慌てることになる。ところがしばらく後になると全体像が見えるようになっているので理解の仕方が違ってくる。人間はそのようにして自分の視野を広げながら成長していくのだろう。そして死後は肉体の束縛から解かれると一層視野が広がってくるのであろう。




    思念の現実化

    2014.07.02 09:07|インスピレーション
     心に強く願うことはいずれ実現します。それだけ人の思念は強い力を持っています。物的に何の変化もなくても非物質の世界では思念の波動が脈打っているのです。諸々の条件をクリアーして物質界で現実化するにはそれだけの時間がかかります。

    多くの人は事が成る前に諦めてしまいます。諦めるのが早過ぎるのですが、それは目に見えない世界において事が進展しているのを知らないからです。

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