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    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    置かれた条件の中で

    2016.05.31 08:44|インスピレーション

    弁天島

    各自が自分の置かれた条件の中で精いっぱいの事をすればそれでよい。人はそれ以上の事は出来ない。人生終盤において自分は出来るだけの事をしたという満足感を味わうことが出来たらそれでよい。一人ひとりの置かれた条件は皆違うので一つの物差しを当てはめることは出来ない。あなたはこれまで精一杯生きて来たでしょうか?

    人のために

    2016.05.28 08:36|インスピレーション
    潮と島

    この世で人を助ける、世の中のためになることをするのが最も価値のあることである。それが神の意志に叶う生き方である。この世でそれを実践することが自分の成長になり、次の世に持っていける財産となる。それ以外のものはこの世限りのものであり、肉体が滅ぶと共にはかなく消える運命にある。

    努力が無駄に終わることはない

    2016.05.25 09:33|インスピレーション
    四人衆

    事態を変えようとしても変えられないこともあります。その時自分がどれだけ誠意を持って最善を尽くしたかということが大切です。例え状況を変えられなかったとしても自分がそれに対して努力をしたことに意味があり、それが将来の自分の財産となるのです。霊的に見ると努力が無駄に終わることはありません。

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    公開ヒーリング体験記  その2

    2016.05.20 08:50|真理を求めて

    IMG_0006.jpg

    さて私は見学者として参加していたが直接ヒーリングの申込者が今回は少なかったという理由で直接ヒーリングを受けるべく指名を受けたのである。来る前から何となくそういうものを感じていたがそれが現実になった。優しいヒーラーが私の横に座り左腕に手を当ててヒーリングを施してくれた。それは羽が触れたような感触であり私が祈りの時によく感じるもの、霊が隣に来てくれていると感じるものと似ていた。手を当ててもらっているところがだんだん暖かくなってきた。誰かに手を当ててもらうと手のひらからエネルギーが出て暖かさを感じるがこの時のものはあきらかに質が違い、しかも次第に暖かさが増していく。
    暖かさは全身に波及して行き、同時に手のしびれを感じた。手がしびれるのは朝の祈りと瞑想の時によく感じる現象であり霊的エネルギーを受けて体が反応しているのだろう。

    そのうちに動悸が始まった。自分でもかなり心拍数が上がっていることが自覚できた。脈拍数をチェックしてみようと思ったが腕を動かなければならないのでヒーラーさんの邪魔をしてはいけないと考えて止めた。ちょっと苦しいと感じるくらい脈拍数が上がっていたようでドックンドックンという心臓の鼓動が聞こえてくる。

    ヒーリングの時間は約10分であり、その間は瞑想状態を保っていたが終わりに近いと思われる頃につい他の事を考えてしまった。それは後で感想を聞かれた時に何と答えようかと思ったのである。何故なら私の心は喜びに満たされていてその気持ちを表現せずにはいられなかったのである。ヒーラーさんの生き仏のような態度や霊界の愛を直に受けて幸せの極致を感じていた私であったから。後で考えるとちょっと喋りすぎたかなと反省した。後の人のスケジュールに影響しなかっただろうかと…..。普段の私は無口なほうで余計な事は喋らないつもり。後で娘から「お父さんは状況を解説していたね」と言われた。
    そして「こちらと波長を合わせなさい」というインスピレーションを感じたが私がつい余計な事を考えてしまったからだろう。

    というわけで公開ヒーリングは私にとって至福の時であった。これまで霊的真理普及において一人で頑張ってきて(実際には背後霊の守護を受けてきたから孤独ではない)世間からあいつは変わった奴と思われたり、宗教者から敵視されてきた事もあった。今回のヒーリングでそれを補って余りあるものを頂いたのである。私は終わって会場を離れるのを名残惜しく感じた。自分の魂の故郷はこの世界にあることを実感することが出来た。

    尚、何故私が直接ヒーリングを受けることになったのか?その理由は自分の心の中ではある程度わかっているつもりだが今はあえてこの場で公表しないほうがいいと感じている。確かに私は持病を持っている。後になってその結果が見えてくるのだろう。

    3年半前に私は娘の病気の事でこのヒーラーグループに遠隔ヒーリングを依頼したことがあった。その時電話で申し込んだが相手の人と話をしている時に受話器を持つ左手が脈打っているのがわかった。その時に私は彼らがやっていることは本物であると感じたのである。電話をした時から霊医との通路が開かれるというのは本当である。そして娘が遠隔ヒーリングを受ける時間になると私も別の部屋で横になって瞑想状態にしてみたが普段手足の冷える私だが、体が暖かくなり愛に包まれている感じがした。紹介者にも霊的パイプが繋がっているようである。人間が感じる以上に霊界では様々なことが行われていると考えて間違いないだろう。

    ヒーラーグループによればヒーリングの最終目標はヒーリングを受けるその人の霊的覚醒であり、病気をもたらすものは心と肉体の不調和が原因であるから不調和が是正されれば肉体の病気は自然に治癒に向かうということである。また肉体の変調が治ったとしてもその元である心(霊、霊体)があるべき姿に戻らなければ病気はぶり返すことになる。病気はカルマが原因となっている場合があるのでその場合はいくらヒーリングをしてもカルマが切れるまでは治らない。カルマは神の摂理への違反の結果であるから誰もそれに手を加えることは出来ない。

    霊的治療は霊界の人類の浄化運動の一つの柱になっているようであり、そこに大きな力が注がれているということである。そしてこれはあくまでも霊界主導の事業であること。たしかに今回の公開ヒーリングを体験してそういうものを感じることが出来た。ヒーリングを受けたい人は前もってその内容をよく理解しておいたほうがいいと思う。ヒーラーグループのサイトを読むことによってその趣旨を理解することが出来る。

    この霊界主導の事業に携わるヒーラーグループは全員がスピリチュアリズム普及会のメンバーであり長年に渡って霊的真理普及の為に高い志を持って活動されている人達である。普及会もヒーラーグループも他に類を見ない高度な霊的知識を持ち、他のスピリチュアリストと呼ばれる人たちの模範であり、霊的真理の普及の為に献身的な努力を続けているサークルである。
    終わり                 

    公開ヒーリング体験記  その1

    2016.05.16 09:15|真理を求めて
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    私は先月、日本スピリチュアルヒーラーグループ主催の長岡京市で開かれた第13回公開ヒーリングに参加する機会を得た。公開ヒーリングは年に一度定期的に開かれ今年で13回目になる。これまでは横浜など関東地区で開かれてきたが今年から年に2回開催され、そのうち一度は関西圏で行われることになった。なるべく日本各地の人達が参加できる機会を増やしたいとのことである。私と娘は参加申し込みをしたが申込者が多いので抽選になるとのこと、参加出来るも出来ないも霊界からの指名によるだろうと思っていたが二人とも抽選が当たり参加できることになった。後で聞くと定員30名のところを90名の申込みがあったらしい。

    我々は小豆島に住んでいるので京都方面に行くには早朝出発しなければならない。開始時刻に間に合わせる為に当日は朝暗いうちに起きて早朝のフェリーに乗った。島はどこかに行こうとすると必ず船に乗らなければならない。その不便さはあるが自然環境はとても良い。

    家を出てからは額のアジーナチャクラと呼ばれる場所が長岡京方面から引っ張られているように感じた。吸引力が働き吸い寄せられているようであった。ヒーリングの会場に到着してその部屋に入ってみるとすでにそこは次元の違う空間になっていた。ヒーラーや関係者の方々とは初対面にもかかわらず、以前から顔見知りであったように感じられ全く違和感がない。お互いが無意識のうちにこれまでにテレパシーで意志交換していたかのような気がした。

    ヒーラーの方々は白い服を着ているが、とても物腰柔らかで初対面の相手を優しく包み込んでくれる。
    そして聖なる雰囲気が滲み出ていてこれは本物であると感じさせるものがあった。一般の医療関係者も白衣を着る(私もかつてはそうだった)がその雰囲気はかなり違う。医療関係の人間はどうしてもある種の緊張感を漂わせていて患者さんもそれを感じて緊張してしまうものである。彼らには一切そういうものがない。

    医療関係者はどうしても自分の力で患者を治さなければならないという思い込みがあるから肩に力が入り、それが緊張を生む。一方、スピリチュアルヒーラーは自分は霊力の通路であり、患者を治すのは霊界のドクターであると割り切っているから力む必要が無い。力みや自分へのこだわりがあると霊力の流れを妨げる。極力自分の我を抑えなければならないだろう。

    ヒーリングが始まり私は見学者としてその様子を正面から見た。場内に霊的なパワーが一段と充満してくるのを感じた。少し指の先に痺れを感じるがこれは毎日の瞑想の時の感触と同じである。そこで人のオーラを見る時の状態にしてヒーリングが行われている場面を見てみた。人のオーラを見るには自分の目の焦点を少しずらすような感じにすると見える。そうすると自然に軽い瞑想状態になり日常意識を少し離れることが出来る。オーラを見ようとすると自動的にそういう状態になるというわけである。

    ヒーリングが行われている場所の後ろは白い壁になっていたのでオーラを見るには都合がいい。壁を見ると人の形をした白っぽい影のようなものが何個も現れたり消えたりしている。また同時に丸い形をしたものも。そしてそれらが上下左右に動いていく。それは只ならぬ光景でありこれほどの規模のものを私は見た事がなく感動と興奮を禁じ得なかった。
    何人もの(10人くらいか?)霊医や関係者がその場に来ていて全員が一つの調和のもとに忙しく働いているのではないかと感じた。私が感じる所では彼らはやはり地上時代は医者であったためか優しい中にもそれなりの威厳がある。ちょっぴり厳しいところもあるような気がした。霊を身近に感じる時はその霊の個性や独自のエネルギーを感じ取るものである。女性の霊は優しくて包み込まれるような感じであり男性の霊は威厳や強さを感じることが多い。

    ヒーリングの部屋は神聖で強力なエネルギーによって満たされ、まさに霊界がその場に顕現していると表現するのがふさわしい。地上にありながら参加者は霊界を実感し、そこからの深い愛によって癒されるのである。そこには大きな魂の感動があり、その為泣いている人も多かった。人は感動を覚えると泣けてくるのである。                   
                                                                              続く


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    問題が起きた時には

    2016.05.12 09:24|インスピレーション

    IMG_0020 (3)

    問題が起きた時には慌てずに霊的な自分を取り戻すことです。それが出来れば必ず道が開けます。目先のことだけ見ていては判断を誤ります。霊的な自分に戻ることが出来れば背後霊の協力を引き出すことができます。

    あなたは常に背後から守られていることを忘れないように。その力を引き出せるか否かはあなた次第です。自分の我を抑えて一時心静かな境遇に見を置くことです。そうすれば自然に解決方法が浮かんできます。その中に背後の力が現れるのです。

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    この世の雑事

    2016.05.08 13:21|インスピレーション

    神浦

    この世では様々な雑事に追われる。いたずらに追われるのではなくそれらのものを制御してもっと大きく高いものを見ていかなければならない。雑事に振り回されて肝心なものに気づかなければ霊的な向上は得られない。

    自分でそれらのものを選り分けることが大切である。努力次第で雑事にまみれたとしても自然に本当の自分に戻れるようになる。

    鎧を着た人達  父より

    2016.05.04 09:20|親族、友人の霊界便り
    岩

    こちらに来れば色々と楽しい事が待っている。最初は戸惑いがあるが時を忘れて楽しむことが出来るだろう。重いものを脱ぎ捨てたような感じがするだろう。肉体を脱ぎ捨てたこともあるが体が軽くなり、地上時代より自由になったと感じられるだろう。

     

    まず気を使う事が減る。地上時代には無意識のうちに自分の身を守ろうとしていたがこちらではその必要はない。自分を害する者がいないからだ。目にするもの、触れるものは全て優しく心が和み幸せな気分になれる。

     

    地上では人々が自分を装っていて本心を悟られないようにしている。いつ騙されるかわからないからだ。互いに警戒していて心休まる時が無い。人が信用できない。世界の外交を見れば騙し合いが行われているので良い見本になるだろう。日本の戦国時代と同じことが行われている。

     

    地上では相手が何を考えているかわからないから油断がならない。相手の本心を読み取ろうとして大きな労力を使う。一人一人が鎧を着ているようなものだから。初対面の時、この人間は何を考えているのだろうと先ずは腹の探り合いから始まるだろう。こういうことは大変な無駄であり効率が悪い。地上の人間は重いものを引き摺っていて余計な事に神経を擦り減らしている。その根底にあるものはエゴであり自分のエゴを通すために人々は様々な駆け引きをしている。

     

    霊界ではそういうことから解放されて伸び伸びと暮らしていける。地上では10年付き合ってやっとその人間がわかるというがこちらでは一瞬でわかってしまう。こちらでは正直な人間が価値があり、自分を装ってきた者はみじめな思いをすることになるだろう。

    回想  父より

    2016.05.02 09:59|親族、友人の霊界便り
    白浜海岸

    お前には生前ハラハラさせられ通しだった。私や久子(私の母)が考えもつかないようなことを一杯してきた。お前は一人っ子だったが親にとっては物心共に何人分かの内容があった。でもそれがお前の生き方、個性というものだ。人にはそれぞれの道があり一人ひとり違う。

     

    世間の型にはまらないのがお前の生き方、それはある時には長所となり、ある時には短所となってきた。ここまで来ることが出来たがこれからも今の道を進むことだ。そうすることによって人生を成就できるだろう。

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