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    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    思念は生き物

    2017.02.28 09:43|真理を求めて
    一反木綿

    あちらからのメッセージはテレパシーで飛んでくるのでそれを受信できる人間は少数かもしれない。守護霊からは頻繁に指導の為のテレパシーを受けている筈だが殆どの人は気が付かない。反面テレパシーの送信は誰でもが出来ていて自分の出した思念は地上界、霊界の隔てなしに飛んで行き誰かがそれをキャッチしているのである。思念による意志交換は物質の影響を受けないので自由自在である。時間の制約も受けない。

     

    私たちが他の誰かに対し辛抱強く思念を送り続ければ相手は顕在意識で気付いていなくても潜在意識に蓄積され何らかの形で出てくる可能性があるのではないだろうか。守護霊がテレパシー(思念の照射)によって付いている人間を導こうとしていることを考えると理解しやすい。

     

    それには回路が存在することが必要になるが今回のケースでは私の知らない間に回路が出来ていたということだろう。高峰さんの顔が浮かんできたけど私は高峰秀子さんという人をこれまでに映画や写真で見ていてそれは潜在意識に記憶されていたからすぐに誰かわかったのであり、全く知らない人の場合はわかりにくいと思う。しかし何らかのエネルギーは感知しているだろう。

     

    犬の散歩コースに墓地があり犬の散歩の時にそこの道を歩くと必ず胸が重苦しくなりしばらく続く。何回通っても必ずそういう状態になるがつい忘れて通る事があり、ああまたやってしまったと思う。誰か地縛霊がいることは間違いないと思うがイメージは浮かんでこないので相手は知らない者なのだろう。相手にしないと離れていくが私のオーラが目立つから近づいてくるのかもしれない。長い間さ迷っているようであるが私は相手にしないことにしている。その重い感触が気味悪いが救済をしたほうがいいのかもしれない。

     

    前に私が歯科医をしていた時に朝の瞑想の時にある人の顔が浮かんできたことがあった。仕事場に赴くとその人が治療に来ていてなるほどと思ったことを思い出す。その人の歯医者に行かなければという思念がテレパシーで私のところに届いていたということになる。私はその人を良く知っていたのですぐにイメージが浮かんで来たのであろう。

     

    とにかく思念は生き物であり我々が考える以上に身の回りを無数の思念が飛び交っていると考えるべきであろう。遠隔ヒーリングの場合もヒーラーの思念を回路としてエネルギーの伝搬が行われる。ヒーラーが受ける人に意識を集中したら距離に関係なく思念の回路が出来るというわけである。受ける側が知らなくてもヒーリングのエネルギーは到達する。

     

    近年、イスラム過激派や極右など過激な思想に染まる人間が増えているのもインターネットを通じて感化されていることが取り上げられているが、それ以前に誰かが(顕幽の別なく)意図的に思念を流す事によって知らない間に親和性を持つ者の潜在意識にその思想が蓄積されているということも考えられる。思念はエネルギーを持っているからであり、強い思念を照射すれば必ず目に見えないところで何らかの反応が起きていると思う。

     

    シルバーバーチの霊訓に「一人一人の人間の思想には自分オリジナルなものは殆ど無く自分の思想と思っているものも実際は外部から入ってきたものである。人間は思念の受信機であり送信機である」という一節があるがその通りであろう。その中でも守護霊の思想が最も反映されているのだろう

     

    高級霊の通信によると地上の生物創造の任務に当たっている高級霊は強い思念の照射によって地球上の生物を創造するという。日本神話には素戔嗚の尊など創造の神の話が出てくるが、まんざら作り話ではないということになる。とにかく思念は強い力を持っていて死後の世界ではそれを使って生活するようになる。集中力や意志の力を地上生活中に十分に養っておくことが大切だろう。

     

    23日に犬を連れて(どこでも愛犬がお供する)城山という桜の名所に行ってみた。二十四の瞳のロケが行われた場所である。そこには高峰さんと生徒たちが電車ごっこをしているシーンの石碑が置かれている。その場所で瞑想してみると高峰さんからのテレパシーを感じ取ることが出来た。その人が実際にその場所で活躍した場所はその人のエネルギーが残っているので通じやすい。


    nijyuusi.jpg 
     二十四の瞳電車ごっこのシーン


    高峰さんより

    「その頃は私の人生の中で夢中で駆け抜けた時代でした。二十四の瞳は生涯を通して最も思い出に残る映画でした」。

     

    上記のメッセージからわかるように要点だけが伝わることになる。あちらからのメッセージは地上の者同士の会話のようにはならない。理由は一つのイメージがエネルギーとしてある人物に投射された場合、それは言葉ではない。その内容が受信した者によって自動翻訳された形で出てくるので流暢さを欠くことになる。今のところ翻訳者が持つ霊的エネルギーが翻訳の原動力ではないかと感じている。

     

    始めまして私は何々です。突然お電話を差し上げて云々などという表現は出てこないのである。文章として表すとぎこちない感じになるのは仕方がない。また細かい事は伝えようにも伝えられないということになる。伝えたいことの核心だけということになる。また翻訳者の思想も多少は紛れ込んでくるので100パーセント伝えるなどということは不可能なことである。またあちらも地上への意志の伝え方を練習する必要があるようである。全く関心がなければそういう気も起きないだろうし、伝え方など知らないということになる。妻の父は生前技術関係の仕事をしていてそういう事に関心が強かったようで通信の仕方は上手なようである。


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    高峰秀子さんと壺井栄さん

    2017.02.24 12:43|体験集

    二十四の瞳
              映画二十四の瞳

    私は妻と二人で2月22日「二十四の瞳映画村」を訪れた。ひな祭りの展示をしていると聞き一度見に行こうということになったのである。映画村の古い家屋の中に昭和初期の雛壇が展示されていたが私自身が戦後生まれで子供の頃に見慣れたものであったので特別なものは感じなかった。

     

    土産物店で妻が封筒を買って外に出ると「あちらにもお雛様が展示されていますよ」と声をかけてくれた人がいたので見るとそこは「壺井栄文学館」であった。私はこれまでに何度かそこに足を運んだことがあり栄さんからのメッセージを受け取ったことがあった。それをこのページでも紹介したことがある。

     

    館内に入ると壺井さんが実際に住んでいた家の内部を再現し展示している場所がある。そこに行くと壺井栄さんが大切にしていたひな人形が展示されていた。それは普段は展示されていないが男雛と女雛ペアーの極めて素朴なものであった。私がそれを見ていると霊的エネルギーに包まれてきた。いつもの手のひらや額がジンジンする感触であったがそれはかなり強いものであった。これまでに壺井栄さんからはそういう強いエネルギーが伝わってきたことはなくその雛人形からよほど強いものが出ているのだろうと思っていた。妻も強いエネルギーを感じていたようである。

     

    そのうちに以下のメッセージが感得されたがそれは壺井さんからのものではなかったのである。この種の事は言葉で表現するのが極めて難しい。眼前にパッとある人のイメージが浮かび上がり、それは視野一杯に広がった。それは何と二十四の瞳の大石先生を演じた高峰秀子さんであった。ちなみに高峰さんは2010年に他界されているがその時の姿は若々しく大石先生を演じた頃のようであった。


    高峰秀子さんのメッセージ

    「栄さんは私の恩人、栄さんのお蔭で私は女優として成長することが出来ました。あの二十四の瞳の映画のお蔭です。私は栄さんに大変感謝しています」。

     

    次に壺井栄さんのメッセージ

    「私の書いた二十四の瞳は高峰秀子さんという優れた女優さんに巡り合えたことによって全国的に知られるようになりました。彼女は私の恩人、大切な人なのです」。

     

    壺井栄 
       壺井栄さん

    その場の強いエネルギーは壺井栄さんのものではなく主に高峰秀子さんのものであったようである。壺井さんから感じるエネルギーは静かで控えめであり強いものが無いのでかなり集中していないと感得するのが難しい。一方で高峰さんは鮮明で華やか、強い波動を持っているようで、とにかくはっきりしている。さすがに昭和の大女優だけのことはあると感じさせられるものがあった。今回はお二人でその場に現れたというか私と壺井栄さんの間には回路が出来ていたのでそこから高峰秀子さんに繋がったのかもしれない。

     

    そして夕方帰宅して瞑想の間に入ると再び高峰さんのイメージが目の前に浮かんできた。あたかもその場に一緒にいると表現するのがふさわしいかもしれない。正直に言うとその時は別の目的で瞑想の間に入ったのだが目の前が高峰さんのイメージで一杯になった。高峰さんの霊的エネルギーには強いものがあり、こちらを引き付けるようなところがある。そして次のメッセージが伝わって来た。

     

    「私は今もこちらで演劇の仕事をしています。地上時代の延長ということです。俳優は人々に感動を与える事の出来る仕事です。私と栄さんには似たところがありますがそれは一途なところです。俳優でも作家でも一途なところのない人は成功しません」。


    高峰秀子さん 
             高峰秀子さん

    翌朝私はこの日の出来事を書き留めた用紙を取りに瞑想の間に入った。普段瞑想をする場所であり、このブログのインスピレーションは殆どそこで感得したものを書き表したものである。部屋に入るとすぐに昨日の続きが入ってきた。その時は当人が眼前にいるという感じはなく自分の潜在意識に残っていた彼女のメッセージが流れ出たのかもしれない。テレパシーでメッセージを受けてそれを一度に言語化するのは難しいので溜まっていた残りの部分が翌朝出てきたということかもしれない。瞑想の間に入るということが自分の潜在意識を刺激して溜めていたものが流出した。あるいは寝ている間に再度受けたものが朝出てきた可能性もあるだろう。

     

    「一途な人間は時には人とぶつかることがあります。しかしそれを恐れていては結局何もできません。あなた方は人の為になることをしていますね。それは立派なことです。私とあなたは似た波動を持っています。それで通じ合えるのです」。

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    霊と精神と肉体の調和

    2017.02.22 09:07|インスピレーション
    209.jpg

    どうでもよいことばかり頭に浮かんでくる時は霊と精神と肉体とがバラバラな動きになっているから。調和が取れていないから。

     

    肉体が精神のコントロール下に置かれ、精神が霊の支配下に置かれている状態が理想である。それらの調和が取れている時には雑念は湧いてこない。

     

    調和を乱す動きは肉体から始まる。肉体の欲求が精神の不安定を招き霊にまで及んでいく。五感を通して気分のいいものや不快なものが入ってくる。実に様々なものが肉体を通して入ってくる。そして心(精神)が動揺することになるがそれは肉体が心よりも上位にあることを示す。

     

    悟りが進めば心が肉体より上位に来て統制が取れた状態となる。それが理想であるが容易な事ではない。肉体が無くなれば五感を通して不快なものは入って来ない。故に平穏な気持ちでいられるようになる。

     

    地上生活においては常に肉体を通して入ってくるものに影響を受ける。それらに負けない強さを養うことがこの地上生活の大きな目的である。

    導きの糸

    2017.02.18 09:31|インスピレーション
    247.jpg

    この世の悩み事は自分を磨く磨き粉。

    怖れるものは何もない。不安に思えるものも何もない。

    唯導きに従って生きればよいだけ。

    導きの糸が見えるか見えないかそれはあなた次第。

    重いもの

    2017.02.14 09:48|真理を求めて
    地獄界  


    自分の中に何か重苦しい塊のようなものがあると感じることはないだろうか?理由もなく常に何か重いものが存在しているように感じる。祈りや瞑想に入ると次第にそれが消えていき爽やかさに満たされる。

     

    重く感じるもの、それは地上世界の波動である。それが肉体を通して入ってくる。肉体が活動を停止すればそのエネルギーは弱まり清浄な気分になる。人間は肉体を通じて地上世界とつながっているので地上世界の重さや暗さが肉体を通して伝わって来る。つまり重く感じるものとは肉体を通して感じる地上世界のエネルギーなのであろう。

     

    朝、テレビやインターネットを付けた途端に地上世界の重苦しいものがこれでもかというくらい入ってくる。何という事だろうと暗い気持ちにさせられるが祈りを始めるとそういうものはどこかに行っている。自分が祈りや瞑想によって次元の違う世界に移動するからだろう。




    夢の暗示

    2017.02.10 10:02|夢の話
    妖怪も泣いている
               妖怪も泣いている

    先月末、私は意味ありげな夢を見た。それは次のような内容であった。

    私は以前乗っていた車で旅をしている。ホテルの中のような場所を道路が走っていて進行方向左側が川になっていた。走行中、突然前方に金属製の大きなシャッターが降りてきて進路を塞がれてしまった。これは困ったと思い仕方なくバックし始めた。すると今度は後ろ側もシャッターが降ろされてしまった。閉じ込められて、にっちもさっちもいかなくなってしまったのである。丁度小旅行に行く数日前だったので今回は気を付けないといけないなと思っていた。しかしその後の旅行は何の問題もなく無事に終わった。結局その夢は自分の事ではなかったようである。

     

    そして昨夜は鮮明な夢を見た。私は幽界を旅しているようであったがかなりリアルな内容であった。どこかはわからないが、ある道を歩いていると左側に急な崖があり良く見ると斜面が大きくえぐれている。どうやら土石流が起きているらしくそれも大規模なもののようだ。地面の深くえぐれた場所は気味の悪い様相を呈している。その近辺に住んでいる住民が外に出ていて私は話をした。こんなになっているけどあなたの家は大丈夫?と私が尋ねるとそのおばさんは、こんな状態になってしまったけど私は他に住む場所もないからねとあきらめ顔で言う。

     

    大変だなと同情しながら私はその場を離れた。次に気が付くと私は海岸沿いにある美しいリゾートにいた。どうやって移動したのかはわからないが瞬時に移動している。幽界や霊界では移動の手段は必要が無く行きたいと思っただけで直ちに移動が出来るようである。そのリゾートは海がきれいで透明度も高くそこで泳ぐのはとても気持ちがよく水も冷たさを感じないし、第一海に入っても体が濡れることが無く水着も必要が無い。

     

    次に場面が変わり私はそのリゾートのカフェにいた。カフェは建物の二階にあり窓が無くて全部吹き抜けになっており周囲が見渡せる。私はテーブル席にゆったりと腰かけテーブルには注文したものが置かれている。そこはすべて無料であり注文するとすぐにウエイターが料理を出してくれる。あっという間であり待ち時間というものがない。実に快適、第一金を払う必要がない。他にも何人かの客がいてゆったりと料理や景色を楽しんでいる。何と気持ちがいいのだろう、ここは極楽か? 私は存分に羽を伸ばしていた。

     

    すると向こうからこちらに向かって大きくて角ばった頑丈そうな車が猛スピードで走ってきた。30年くらい前に流行ったアメリカの大型のオフロード仕様の車、フォードブロンコのような外観であり色は黒であった。とにかくあたり構わずガンガン走ってくるが、その車の進路前方にはコンクリートの塊か大きな岩のような障害物がありそのまま進めば激突してしまう。「あっ、危ないぞ!」というその様子を見ていた他の客の叫び声が終わらぬうちに車は障害物に激突して大破した。何と馬鹿なことをする奴がいるのだろう、こんな場所で.....。私は呆れてしまった。そこでその夢は終わったのである。


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    本当の幸せとは

    2017.02.06 09:27|インスピレーション
    013 バス停で、お月さん現る

    人間は神(大霊)の意志に調和して生きることによってのみ本当の幸せを感じることが出来る。それ以外のものはもろくも崩れる。永続性のあるものはそれ以外に何一つ無い。

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    何事にも摂理が働く

    2017.02.02 09:47|インスピレーション

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    何か問題が起きた時には何事にも摂理が働くことを思い出すべき。自分の努力と摂理の働きという相互作用によって物事は動いていく。自分の力だけで動くのではない。そこにはそういう機構が働いている。人の出来る事は摂理の働きによって制限を受けるので何事も精一杯のことをして後は摂理の働き(神の働き)に身を委ねれば良い。そうするしかないのである。