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    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    愛犬のその後 2

    2020.06.28 06:53|体験集
    病気 3 (2)
    食欲が落ちて弱ってきたチョコに何とか食べさせようとしている所。
    この世を去る10日ほど前のことである。その少し前にはもう臨終かと
    思わせる状態になったが家族の手当ヒーリングなど懸命の努力で生き返った。
    もう見納めと思ったので早朝ではあったが次男を呼んだ。チョコは大好きな
    次男が家に入る前にその事に気づき、瀕死の状態で起き上がろうとした。
    やはり愛は生命エネルギーと言ってもいいだろう。


    前回からの続き
    こういう事を繰り返し体験すると愛するペットは唯肉体が無くなっただけであり、その本体である霊はそのまま存続していることを実感することになり、別離の悲しみというものを殆ど感じなくなりそうである。別離の悲しみの大半はその人(ペット)の行く末を悲しんでいるのではなく、会えなくなった自分自身を嘆き悲しんでいるという言葉があるが正にその通りであろう。人も犬も大体は死ぬ前は体調に異変が起きて苦しむことも多く家族はその世話に追われることになる。死は本人も世話をする家族も苦しみから解放されるのであるから神の摂理に従ってそれを受け入れ、その新たな門出を静かに見守ってあげることが望ましいと思う。それは多くの人にとってその時点では容易な事でないとは思うが。

     

    昨今はペットロスに悩む人が多いと聞くがペットは死後もそれまでと変わらず飼い主のすぐそばにいて愛の念を送ってくれていることを知ることが出来たらと思う。人間は死後しばらくの間自分の家にいるケースが多いようだが犬も同様で至る所で愛犬の気配を感じることが出来る。チョコの場合、今の所は朝の瞑想の時によく現れる。それまでと変わることなく私に寄って来るので抱き上げて撫でてやると喜ぶ。それは五感で感得出来る世界ではないので一般の人にとっては理解し難く、私が幻覚を見ていると思われるかもしれない事を承知の上で書いている。


    IMG_0027.jpg  

    以下は信じがたいことかもしれないがチョコから伝わってきたメッセージである。

    6/25の朝

    「これまで僕を大切にしてくれてありがとう。とても感謝しています」。

     

    6/26の朝 

    「家族の皆からしてもらった事を僕は決して忘れない」。

     

    二日間のチョコから伝わってきたものを書いてみた。犬が人間のように思念を伝えてくるとは思いもよらなかった事であり、その時は私もにわかに信じられなかった。しかしかなり高度な思考力を持った犬や馬の話が「ペットが死ぬとき」という「シルビア・バーバネル」著の本に出てくる。そしてもともと動物のほうがテレパシーの能力は人間より優れていて人間は文明の進化と共にその能力が衰退してしまったのである。人間と一緒に暮らしているペットは人間が思う以上に精神が進歩していて思考力を持っているようである。犬だから分かるまいと思っていても犬はちゃんと飼い主の心を読んでいるのである。

     

    補足

    シルビア・バーバネルはシルバーバーチの地上の霊媒として知られたモーリス・バーバネルの妻であり、二人は同じ類魂に所属していて霊的真理普及の仕事の為に地上に生まれて来たということである。「ペットが死ぬとき」は彼女の著作であり、犬や猫、馬などの死後の事や彼らの知られざる能力について多くの事例が載せられているので動物好きの人にはご一読をお勧めしたい。


    愛犬のその後 1

    2020.06.24 14:12|体験集
    P1020856_convert_20120919144222.jpg
                     2012年の夏 今から8年前のチョコ


    チョコが息を引き取ろうとしている夜中の一時頃に父と祖母が現れてじっと様子を見ていた。家族に何かが起きる時はやはり見に来てくれることを再確認した。それから時間をおいて再び父が現れて「犬の事はこちらで面倒見るから心配するな」とのメッセージがあった。こういう時には霊界からの通信はとても心強いものである。前に私は父と当時飼っていたコリー犬が畑にいてコリーが走り回っている夢を見たことがあり、家で飼っていたペットが死ぬと先祖は面倒を見てくれることを確信していた。そのコリー犬は父がよく散歩に連れて行っていたものである。

     

    チョコの死後処理を済ませた日の夕食時に部屋の何時もの場所に彼がいることを感じたのでそっと手を差し伸べてみた。これまでしてきたように彼の頭や背中に相当する場所を優しく撫でてみた。すると手のひらに暖かみとピリピリしたものを感じ、ある質感が伝わってきた。唯の空気ではなく明らかにそこには何かのエネルギー体が存在していることがわかった。薔薇など花の上に手のひらをかざすとピリピリしたエネルギーが放出されていることがわかるがそれと似たような感覚である。あらゆるものはそれぞれにエネルギーを放出しているからである。

     

    そこで家族皆がその場に来てチョコの名前を呼びながら肉眼の視覚に映らない対象物を優しく撫でてみた。頭、背中、尻尾とこれまでにしてきたように愛撫を続けた。相手は人間の視覚や聴覚など五感で認識出来るものではないので知らない人が見たら、「あの家族は一体何をしているの?犬が死んで悲しみのあまり気がおかしくなったんじゃないの」と思うかもしれない。

     

    また彼は食後にヨーグルトを食べるのが好きだったのでこれまでのように皿にヨーグルトを入れて目の前に置いてみた。勿論ヨーグルトが減っていったりすることはないが彼が精神的に満たされている様子を感じ取ることが出来た。チョコは家族の夕食の時には自分は先に食事を済ませていつもの場所からこちらを見て横になっていてヨーグルトが出てくるのを待っていたものである。そこでこれまでのパターンを再現してみたわけである。

     

    生前は毎日散歩に連れ出していたが死後にも「散歩に行くぞ」と声をかけると付いてきていることがわかる。リード(散歩用の紐)も要らないし排泄物の世話をする必要もない。眼離しをしてどこか危険なところに行ってしまわないか気にする必要もない。こちらが意識を向けていないと彼の存在は消えるが気持ちを向けたら現れる。要するに一切それまでの手間がかからなくなったということになる。唯、五感を通して入ってくるものではないので肉体があった時に比べると一種の物足りなさがあるのは否めない。あくまでもこの世の感覚を基準にするとフワフワして心もとない感じになる。だが死後に肉体を離れてしまうとそちらの方の感覚が主体となり、そうなるとこの世の事は重くて鈍重に感じるのではないだろうか。感覚が逆転すると言えばいいのかもしれないが夢を見ている時にそれが夢とは気付かないのと同じ原理が働くのであろう。


    チョコ
      2階のベランダから外の様子を見るチョコ
      ここは彼の好きな場所であった。

    地上生活の限界

    2020.06.23 06:00|インスピレーション
    滿汐  
           潮が満ちて来たエンジェルロード


    肉体を動かして楽しめる期間は限られている。やがては肉体の衰えと共に重荷と感じられるようになる。肉体を持て余すようになってくる。それを見ただけで地上生活の限界がわかろうというもの。肉体の衰えは地上生活の終着駅が近づいているということを意味するものである。地上の生活は限りあるものであり、その期間は前もって定められているので伸ばそうとしても無意味な事である。



    追伸
    浅瀬は潮の満ち引きと共に現れたり消えたりを繰り返します。人も動物も自然界の生き物はこの写真のように自然界のリズムに従って生命の営みを続けて行きます。誰一人として例外はありません。我が家の愛犬も一週間前に務めを終えてこの世を去りました。この写真はエンジェルロード、ほんの数分前には浅瀬を渡れたのですが潮が満ちてきて道は閉ざされました。私は以前、愛犬を連れてよくここに散歩に来ていました。引き潮の時は彼と向こうの島によく渡ったもので、早朝は向かいの半島から朝日が昇り美しい瀬戸内海を満喫することが出来ます。

    人間も犬も肉体の寿命が尽きると居場所を変えて新たな生活が始まるのですがそれを実感出来る人は多くないかもしれません。今回の事で犬も人間のように死後はそれまでと変わらず家族のすぐ近くにいて、心が通じ合っていることがわかりました。また改めて記述したいと思います。

    紆余曲折を経て

    2020.06.19 06:00|インスピレーション
    コロンビアアイス  

    霊的真理はまだ新しい知識なので世の中に浸透していくには時間がかかる。これまでの他の宗教を見ればよくわかるだろう。すぐに浸透するものではなく紆余曲折を経て浸透していくものであり、今は種蒔きの時期である。

     

    将来は全く普通の暮らしをして普通の格好をした者が真理の伝道者となるだろう。見かけや社会的地位などは意味を成さなくなる。そうなった時には霊的真理は広く普及していることになる。その時あなたは霊界から地上の様子を眺めて自分も真理の普及に貢献出来た事に喜びと満足を感じることになるだろう。


    二重生活

    2020.06.15 06:00|インスピレーション
    IMG_0017.jpg 

    人間は一人残らず二重の生活をしている。昼間は肉体に入って地上の生活を、夜は肉体を離れて故郷の霊界に帰っている。毎日これを繰り返しているが昼間、肉体に入っている時にはわからない。肉体を離れている時の霊的感覚が活動を停止してしまうからである。逆に夜は肉体が眠ってしまう。両方が覚醒している時は殆ど無く、どちらか一方は活動を停止している。




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    大きな意識で見れば

    2020.06.11 06:00|インスピレーション
    IMG_0110.jpg


    何事も後で振り返ってみれば大した事ではなかったとわかる。その時には一大事に思えた事も小さな出来事に過ぎなかったと思えるようになる。その訳は後になって見れば小さな意識(顕在意識)が消えて大きな意識(潜在意識、霊的意識)で見られるようになっているからである。その渦中にある時は肉体が生むエネルギーに占領されて視野が小さくなっていたのである。人間は動物時代からの名残で外敵が来ると身を縮める習性がある。後になって大きな意識で見られるようになると人間が人生で体験するものは何れも大事ではなく騒ぐほどのものではなかったとわかる。

    本当の自分に目覚めるとは

    2020.06.07 06:00|インスピレーション
    IMG_0063.jpg 

    霊としての自分は元来、地上の変動には左右されない。肉体が地上の動きに連動しているのである。霊としての意識になれたら様々な知恵が自分に降りてくる。霊としての自分は地上にも繋がっているが同時に霊界にも繋がっている。その状態が本当の自分に目覚めるということになる。

    人生のコース

    2020.06.03 06:00|インスピレーション
    ペイtpレイク

    人間は幼少の頃はまだ霊界にいた時の名残が残っている。思春期から壮年期にかけてはほぼその影響は消えている。人生後半になると再び霊的なものが戻ってきて人生の総まとめに入り霊界に戻る準備が始まる。




    補足

    肉体の活動が活発な若い頃には霊的意識は表面には出て来にくいでしょう。壮年期を過ぎてそれまで肉体に注がれていたエネルギーが減少して来るとそれに代わって自然に霊的エネルギーが活動するようになり、次の世での生活に備えて準備が始まるという事です。