07 | 2017/08 | 09
    - - 1 2 3 4 5
    6 7 8 9 10 11 12
    13 14 15 16 17 18 19
    20 21 22 23 24 25 26
    27 28 29 30 31 - -
    最新記事

    カテゴリ

    プロフィール

    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

    リンク

    最新コメント

    メール宛先

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    検索フォーム

    カウンター

    葬儀から49日

    2013.05.18 16:38|人間は永遠に生きる
    P1030618.jpg  

    5.葬儀の時には何が起きているのか

    当人が眠っている場合は盛大に葬儀をしても何も知らないということになります。そういう事も全て天地自然の法則(神の摂理)によって導かれ、自然にそういう状態になります。人がどんな状態であろうとそこには必ずこの天地自然の法則が働いているのです。

     

    葬儀の時には私の体験では半数くらいは当人が先に他界している自分の親や祖父や祖母に付き添われて葬儀を見に来ているようです。大抵の人が祭壇の前で参列者にお礼の挨拶をしています。その場で私は当人からのメッセージを受け取ることもあります。当人(死者)が最も関心のある事は自分を愛し、愛していた人です。それ以外の人にはあまり関心がないようです。義理で葬儀に来ている人には失礼ながらあまり興味がないのです。今までに見た範囲ではどうも彼らは葬儀に来てもしばらくするといなくなるようです。葬儀を見学し、親しい人に対面して一定時間過ごしたらさっさとどこかへ行ってしまうようです。斎場にも行かないのかそこで何らかの反応があった事はありません。それから最近は火葬が殆どですが死後最低2日間は置いた方がいいのです。あまり急いで火葬にすると霊体の一部が残っていることがありダメージを与えることがあるのです。

     

    世間では葬儀にかなりのお金を使います。その費用は半端なものではありません。世間では宗教的な儀式をすることは死者を導きより良い所へ連れて行ってもらえるというような認識があるのでしょうか? それともそれをやらなかったら死者は成仏できないのでしょうか?真実を言えばそうではないのです。人は次の世でどのレベルに進むかということはすでにその時点で決まってしまっているからです。それまでの人生でその人の積み上げたものが行き着く場所を自動的に決めるのです。死は唯、肉体が無くなっただけの状態でありその人間の本質は何一つ変わっていないのです。急に仏様のようになるのではありません。人は死後長い年月をかけて成長していくのです。人生は永遠に続くのです。

     

    ですから自分が進んで行く死後の世界はこの世で積み上げた世界の延長であり、それ以上でもそれ以下でもないのです。その辺のところは法則によって不公平なく決まってしまうのです。それは絶対に間違えることはありません。その法則の働きこそが神なのです。神は法則で宇宙のすべてのものを支配しているのです。

     

    その神の働きに対して何らかの影響を及ぼす力を持ったものは全宇宙に存在しないのです。この辺のところを正しく理解することが大切です。僧侶が何十人集まってお経を唱えようが、豪勢な儀式をしようが神の働きには指一本ふれることは出来ません。

     

    またお経自体が特別な力を持っているわけではないのです。もしお経が特別な力を持っていたとしたらそれを唱えれば自分の犯した罪が消えるかもしれません。またお経を唱えれば問題が解決するかもしれません。しかしそういうことは実際にはありません。魔法の言葉のようなものがありそれを唱えたら自分の望みが叶うというようなものは存在しません。もしそういうことが許されるならば全宇宙をコントロールしている秩序が根底から崩れてしまいます。人間もその他のものも神の法則を超えては何事も成し得ないのです。

    お経やその他の祈りの言葉はその言葉自体が霊界に届くのではなくその人の心そのものが届くのです。ですから人の心の内容をそれに乗せて届けると考えたほうがいいと思います。霊界では言葉は必要なく心の内容が一瞬に伝達されるのです。この世とは意思伝達の方法が違うのです。この世と霊界とでは相当に違いがあるのです

    戒名というものがあり院号を付ければ高額なものになっているようです。それは意味があるのでしょうか? もし院号付きの高額な戒名を付ければ死者は導かれてあちらの世でいい所へ行けるのでしょうか?これも先ほどの例から自ずと結論が見えると思います。本来仏教にはそういうものはありませんでした。仏教が中国、韓国をわたって日本に伝来する間に儒教やその他の思想の影響を受けた結果生まれたのです。戒名はこの世の人間の価値観から出来たものであり、あくまでも物質的なものです。物質的なものはあちらの世界に対して何一つ働きかける力はないのです。どれほど立派な墓を建てようが高価な仏壇を作ろうがあちらの世に対して働きかける力はないのです。あちらに通じるものは心だけです。心があちらの世界では実体があり、物質は影に過ぎないのです。この世とは逆になっているので価値観が違うのです。

     

    死後の世界に進んで行った人達が一番嬉しいものは何でしょうか? それは愛です。家族や親しかった人達が自分に向けてくれる“愛”なのです。第三者である宗教者が儀式をしてもそれはあくまでも儀式に過ぎません。遺族や親友の愛に勝るものはないのです。葬儀とはこの世の卒業式であり本当は祝福すべきものなのです。苦しいこの世の修業から解放されたのですから。稀に自分が死んだことがわからない人がいます。そういう人にとって自分の葬儀を見ることは状況を正しく理解させるということで意味があるでしょう。きちんと理解が出来ていれば葬儀すら必要がないのです。葬儀は殆どがこの世の人達に向けたものです。

     

    5.死者は49日の間は家にいるのか

    彼らは自由にどこにでも行けます。外国にだってすぐに行けます。肉体から離れたら束縛がなくなるのです。肉体に宿っていたら移動の手段が必要になるし交通費もかかります。肉体を離れて霊になると一切そういうものは必要がありません。思っただけで行きたい場所に移動が出来るのです。我々が夢の中でどこか遠い所に行っているのと同じ原理が働きます。

     

    ずっと家にいても誰も自分の存在を分かってくれないし家族の心も丸見えなので本心が分かってしまいます。自分に好意的でなかったり悪口を言っているのを見ると居たたまれなくなってしまいます。ずっと家にいるという人は稀でしょう。誰も話し相手になってくれないし空しさが募るだけです。彼らは49日という期間に関係なく何時でも家に来られるし自由にどこにでも行けるのです。中陰の供養の時は殆ど来て様子を見ています。中には一緒に座って儀式に参加している人もいます。家族だけの小さな催しで嫌いな人もいないしリラックスしているようです。知らない人が大勢来る大掛かりな葬儀より家族の愛のこもった催しは嬉しいようです。死後は肉体が無くなり霊感が鋭くなるので物を言わなくても人間が何を考えているかすぐにわかってしまうのです。誰もが霊能力者になるというわけです。例えば少し精神統一をして亡くなった人(愛でつながっていた人)の写真を見ながら心の中で呼びかけてみてください。それは必ず届いています。

    コメント

    こんにちは

    大空さん、いつもありがとうございます。

    家族を亡くして、途方に暮れているものには、
    あの世のことを教えてくださる方に、
    どれだけ助けていただいているか・・。
    ほんとうにありがとうございます。

    私ももう、2年半以上、息子と逢えていませんが、
    早いころのような「苦しみ」はまったく無くなったような感じです。

    悲しみはやはり、どうしても捨て去ることはできません。
    けれど、息子に透けて見える自分の心を、いつも意識しています。

    そうすると、いつの間にか息子と心で会話をし、
    なんだか息子がいつもそばにいるような錯覚がおこります。
    (錯覚ではなく、ほんとうにいるのでしょうね)


    >死後の世界に進んで行った人達が一番嬉しいものは何でしょうか? それは愛です。家族や親しかった人達が自分に向けてくれる“愛”なのです

    大空さんの、このお言葉で、自分の考え方生き方に「〇」を頂いたような気持ちです。
    ありがとうございます^^

    No title

    ねこうさぎさん
    そう言ってくださるととても嬉しいです!
    離別の悲しみを実際に体験していない私には偉そうなことは言えません。
    私は唯、自分が見ている世界を表現しているだけです。

    ねこうさぎさんの息子さんはよく傍に来られていると思います。あちらの世界に行った人たちは日に何回も来ていることがあります。最近は私は仕事をしていないこともありそれをよく感じます。この間の記事に紹介した友人、大学時代の友人など一杯います。

    昨日の昼間、ヨガのCDをウォークマンで聞きながらうたた寝していると突然父の声がしてびっくりして目が覚めました。家族には「お父さんが今、話題にしている人はこの世の人?それともあの世の人どちらなの?境界線がわからないよ」と言われます。「もうそろそろこの世を去るからその境界線にいるんじゃないか?」と私。

    我が家ではそんな会話が日常的になっています。
    苦しみを乗り越えられたとのこと、何よりです。
    ねこうさぎさんもこれからは人を救済する仕事が回ってくるでしょう。
    お互い精進に努めましょう。





    No title

    大空さん、いつもお世話になっています。
    みなみの母です。
    ねこうさぎさんのコメントを読んで、私もコメントさせて頂きたくなりました。

    大空さんにお世話になったり、霊的真理を学んでいくうちに、
    私も少しづつ「苦しみの底なし沼」のようなところから、
    浮上するポイントが高くなってきたように思います。

    一日に何度もぐーんと沈んでしまいそうになる時、
    みなみが、「私は大丈夫よ!悲しむことではないよ!」と
    言っているような気がします。
    以前のように落ち切ってしまわずに、そうだ…みなみは大丈夫、
    元気に頑張ってるんだ!と思えるようになりました。

    毎日笑って暮らせています。
    あちらからも、みなみからも、まわりの人たちからも…
    たくさんの人に支えられて生きていることを実感しています。

    人はそれぞれ取り巻く環境、事情は異なりますが、
    この大空さんのブログでつながっている間は、真理に沿って
    前向きに考えることが出来たらいいなと思います。

    ありがとうございます

    こんばんは(*^^*)
    ねこうさぎさんのおっしゃる通り、子供たちのいる世界の様子を教えて頂けることで私達は救われ少しずつでも前に進むことができます。
    いつも感謝の思いでいっぱいです。ありがとうございます。
    一番喜んでくれるのは愛……
    それだけは、たくさんたくさん届けれます。そして向こうの世界で幸せでありますようにと祈ること、そんなことしかできないのは悲しいですが、息子が喜ぶ事、嬉しい事をしてあげたいと思います。

    No title

    mm mama さん
    苦しみの底なし沼から少しずつ浮上しておられるとのこと、良かったですね!
    今後色々あったとしてもきっと乗り越えることが出来ます。みなみさんがいつも見守り助けてくれているから大丈夫ですよ! この後みなみさんから少し通信が来るかもしれません。
    もし来たら載せますので。

    No title

    もっちゃん
    どうか一杯愛を送ってください。
    私がしていることは実にささやかな事です。それで一人でも多くの人が癒され元気になってくれたら嬉しい事です。前向きに人生を進んでください。それが一番ヒロさんにとって喜ばしいことだと思います。

    はじめまして

    死後の世界を調べていくうちに辿り着きました

    主人を突然死で亡くして、来週でちょうどひと月になります

    私は自分を責めて、私のせいで死んだのではないかと思うほど辛くて…

    私がアルコール依存性で酒乱で主人はストレスを感じていたと思います

    主人を亡くしてから昨日まであまりの悲しみにずっとお酒を飲んでいました
    酷い日は朝から昼からと…

    それでも精神的に安定している日で、飲んでいない時は主人を感じることもあります

    私を心配しているようで、主人はお前のせいじゃないよ、もう飲むな、とも…

    主人が亡くなるひと月前、不思議な香り、匂いがリビングに漂ってきました

    主人はその香りの間、私には3分とも5分とも長く感じたのですが、主人は目を開いてテレビを見ている様子でしたが、意識がなく、何度話しかけても無反応でした

    その香り、匂いはお迎えだったのでしょうか?

    それに気付いた私が病院を強くすすめたなら…

    ただ、救われるのは顔が眠ったままで苦しんだ表情ではなかったことです

    先程、こにらの記事を知ったのでもっと読ませて頂きます

    もうひとつ

    何度も連投してごめんなさい

    初七日に不思議なことがありました

    インターホンを娘と何気に見ていましたら、インターホンの音が押されてもいないのにモニターが表示され、勿論誰もおらず、しかし主人かなと思い、えっ!帰って来たの?と直様、玄関を開けに行きました

    主人はここに居るよと伝えたかったのかもしれません

    そういったこともあるのでしょうか?

    No title

    あきさん

    死後の存続について知識のなかった人の場合、死後1週間くらいでは自分の状況が把握できていないと思います。波動が地上の人と殆ど変らないので唯、肉体が無いだけの状態と考えていいでしょう。
    ですからインターホンのセンサーが反応したりすることはあると思います。
    あきさんがお考えの通り、ご主人は自分はここにいるんだけどと言いたかったのではないでしょうか。

    とりあえずその件でお答えします。
    後の事は後ほど。

    No title

    あきさん

    昨夜の続きです。
    ご主人が亡くなられる一月ほど前の出来事ですが。
    おそらくご主人は幽体離脱をしていたのではないかと想像します。
    この世を去る時期はほぼわかっていたと思われるのでそのための準備がなされていたのかもしれません。

    不思議な香りのことはよくわかりませんが私自身のことを振り返って見ると瞑想の最中にとてもいい香りがしてくることがありました。霊界側の工夫によってそういう物質次元の現象を起こすことは出来ない事ではないと思います。

    現在の一番の問題点は亡くなられたご主人の身の上ではなく、あきさんご自身の事でしょう。今のようにアルコール依存状態が続くことはあちらのご主人を心配させることになります。後ろ髪を引かれるように地上に残してきた妻の事が気になるようではその後の霊的成長の妨げになってしまいます。


    アルコール依存症は心の弱さの表れです。ここは何としてもそこから脱出するべきです。その状態が続けば心身ともに蝕まれてしまいます。そしてあまり知られていないことですが依存症の背後には地縛霊が暗躍していることがあります。自分が死んだことがわからず霊界と地上界の境界をウロウロしている者が一杯いるのです。そこで自分に似た者を探して影響力を及ぼしてきます。この世の酒好きな人を利用して自分も一緒に酒を飲むのです。そうすれば酒に酔った感じを共有することが出来るからです。


    にわかに理解しがたいかもしれませんがオーラの共有状態が起きると肉体のないあちらの世界の者も地上時代と同じ感触を味わう事が出来るのです。地上の者は利用されていることに気が付いていません。お話を聞いているとあきさんは霊的に敏感な方のような気がします。自分の内部から誰か他の者の声が聞こえてきたりすることはありませんか?

    憑かれた者が酒を飲まなくなれば彼らは退散します。

    これを機会に霊的真理を学ばれたらいかがでしょうか。
    シルバーバーチの霊訓は特にお勧めです。








    大空さん
    返信ありがとうございます

    今日から再び苦手な瞑想を始めてみようと思い、昨日からお酒をやめています
    今朝、娘のお弁当を作りお見送りを終え、早速瞑想を始めました
    雑念を捨て無になったのか、なっていないのか、まぁるいぼんやりな光が射し、誰かがずっとお辞儀をしている姿が見え、着物のようでしたので、お葬式の私かなと思いました
    怖くなって一旦やめ、ずっと寝ていなかったこともあり、二度寝してしまいました
    やはり、瞑想は難しいです

    霊障は経験にありますが、最近では怖い思いをしたとかはありませんでした
    声も今は主人の心の声、想いが伝わるくらいです

    唯ひとつ引っかかるのは、これまた主人の亡くなる香りの三日前のこと
    サイキックのセミナーを受けました
    その先生が私を見て、私の生首を持って、これは俺のお気に入りの子だ〜と言っている、と言うのです
    上にあげてくれたそうですが…
    成仏させたとは違うような…

    先生には言いませんでしたが、身に覚えがありました
    いつも晩酌の深酒になっていく頃、首が自然に動くのです
    特に後ろの方へ…
    そのセミナーの時も、急に首が後ろへ…
    またか、と気にしていなかったのですが、その後その先生からの指摘で内心驚きました

    本当に先生が上にあげてくれたのかは分かり兼ねますが、昨日妹から電話がきて言うのです
    変な夢見た、姉のことが好きだ好きだ、と言う人が出てきたと…
    主人じゃないの?と返すと全然違うおじさんだったと言われました
    その前後の日に笑い声がハッキリ聞こえてきたとも
    唯、妹はオカルト好きということもあり、多々ある話全部を鵜呑みにはしておりません

    シルバーバーチ学んでみます
    大空さんのブログ大変勉強になります

    No title

    あきさん

    コメント拝見した範囲ではあきさんは心霊現象を追いかけている人たちに囲まれているように感じます。好奇心から心霊現象を追いかけると真っ先に低級霊が反応してきます。生首を持って云々などという話を聞くと低級霊の関与を疑ってしまいます。彼らは様々な演出をして人間をからかいます。視覚でそういうものを作って見せることも出来ます。彼らに弄ばれていても地上の人間は気が付きません。霊媒体質の人はターゲットになりやすいので注意が必要です。


    最も大切なことは心霊現象に遭遇する事ではなく自身の霊的成長です。

    この度の事は本物の正しい霊的知識に触れる機会ではないかと思います。私のブログに「スピリチュアリズム普及会」のサイトがリンクされています。現在の日本で最もレベルの高いもので高度な霊的知識の宝庫です。その第3公式サイトで心霊現象論について述べられています。ご一読をお勧めします。http://sp-phenomena.in.coocan.jp/

    その他ほとんどの霊的真理の知識を普及会のサイトから学ぶことが出来ます。
    非公開コメント