04 | 2017/05 | 06
    - 1 2 3 4 5 6
    7 8 9 10 11 12 13
    14 15 16 17 18 19 20
    21 22 23 24 25 26 27
    28 29 30 31 - - -
    最新記事

    カテゴリ

    プロフィール

    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

    リンク

    最新コメント

    メール宛先

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    検索フォーム

    カウンター

    霊と肉体、審判

    2013.05.26 17:34|人間は永遠に生きる
    P1030638.jpg 

    6.霊と肉体
    人間の体は実は何重もの構造になっているのです。我々は肉眼で人の体を見ますが肉体の部分しか見えないのです。時々オーラが見える人がいますがそれは何重かに重なり合ったものの一部が見えているのです。肉体とそっくりのもう一つの体があってそれが肉体に生命力を与えているのですがそれが霊体というものです。死ねば肉体から離れて自由に活動するようになるのです。今までに蓄積してきたものは全部霊体のなかに収められています。学んだことは全て記憶されています。実は脳は霊の指令を受ける受信機であり人体も脳も霊によって操られる機械なのです。

    我々は実は眠っている時、霊体は肉体から離れて方々へ旅行しているのです。生きている時から死後に暮らす場所を何度も訪れているのですが覚えていないのです。その時指導霊に指導を受けたりあちこち案内されているのです。殆どの人はすでに受け入れ先は決まっているので葬儀の時に良い所に行けるようにと儀式をしても関係がないのです。夢の場合はシルバーコードが繋がっているので目が覚めれば肉体に戻ってきますが、死ねばシルバーコードが切れるので二度と肉体には戻ってきません。

    霊体はとにかく肉体にそっくりです。というのも霊体に合わせて肉体が作られていくからです。私たちの本体は肉体ではなく霊体なのです。今までに病気であったり身体的ハンディがあった人も霊体になるときれいに元通りの体になります。高齢者の人も若かった頃のはつらつとした容姿に戻ります。重苦しかった肉体を離れて霊体になるととにかく軽やかで爽快な気分になってきます。もはや今まで自分に制限を課していたものが取れて自由な世界に誕生したのです。
    こういう状態になる事を人々は不幸な事と嘆き、極端に恐れているのですがそれは逆です。それは人がこの地上生活を終え一段高い所へ向けて飛び立とうとしている姿なのです。

    これまで地上の世界と自分を繋いでいた肉体を捨てて霊体になったらいくら家族を呼んでも肩を叩いても誰も気が付いてくれません。その場に霊感のある人がいれば少しは分かってくれますが、最早、自分は次元の違う世界にいるので地上の人達とは正常なコミュニケーションは取れません。結局そういうところでうろうろしても仕方がないことが分かるようになります。そうなった時に指導霊が現れてその人の落ち着き先へ案内します。そこで新たな生活が始まるというわけです。しいて言えばその状態が昔から言われてきた「成仏する」という状態と考えていいでしょう。それは49日とか決まった期間ではなく人によってまちまちです。数日で成仏状態になる人も結構いると思います。

    死後にどうなるのか知っていたら早く新しい環境に馴染めるし、何も知らなかったら戸惑うので慣れるまでに時間がかかります。知らなかったら迷信に振り回されるだけになり知っていたらすぐに状況を理解できます。そこで生前から霊的真理を正しく理解しておくことが極めて重要になります。

    7.霊界の審判
    人にもよりますが大体死後数日以内に自分が人生でした行いを指導霊の元で見せられます。次々とスクリーンに現れる自分の行いが果たしてどういう事だったのかが分かります。肉体と離れたら人は煩悩が自然に取れていきます。誰でもこの世ではわがままを押し通したり、良くない事もしているものです。その時点では見えなかったものがはっきりと見えるようになります。そして自分がした事を悔やむようになります。どうしてあんなことをしてしまったのだろう、あの人に謝らなければ気が済まないと思うようになるのです。

    極端な例として人を苦しめた独裁者はそれを見た途端、自分がやったことの重大さに驚愕して発狂してしまうことがあります。その苦しみは終わるという事がありません。苦しみから逃れる方法はもう一度この世に戻るしかないことが分かってきます。そこでこの世にもう一度生まれ変わって償いをすることを決心し、あまり間をおかずにこの世に生まれ変わってきます。そして精神に異常を来したまま生まれてくることになり、自分が人に与えた苦しみを自分が味わうことによって償いをすることになるのです。そういう例は極めて稀ですがそのようにこの世でひどい事をすると必ず死後の世界ではその罰として償いをしなければならないのです。この世だけ見ていたらわからないわけです。世間はその人はひどい事を一杯したのに一生何もなかったではないか、悪い事はやり得だなと思うかもしれませんが、神は絶対に見過ごしてはくれません。悪い事をすれば必ず懲罰が下ります。

    生前に良い事をした人は良い所に行き、悪い事をした人は悪い所へ行きます。自分のしたことの結果が正確に死後の世界の落ち着き先を決めるというわけです。結局自分の人生は自分が作っているのです。それはこの世においても同様ですがこの世は嘘やごまかしが効きます。ところがあちらに行くと一切嘘やごまかしは効きません。自分の本質が誰の目からも丸見えになってしまうのでどうしようもないのです。この世での社会的地位や権力は何の意味も持ちません。どれだけ心が成長しているか、人や世の中のために尽くしてきたかということがあちらでは意味を持ってくるのです。それは心の財産であり、お金、名誉、権力その他のものはあちらでは無力なのです。俺は偉い人間だったと威張ってみても誰も相手にしてくれないのです。

    コメント

    大空さん、おはようございます。

    以前、宮沢賢治が、最愛の妹を亡くして、妹が死後、どういうところへいこうと、それが、妹にとって一番いいところであり、ふさわしいところなのだ、というようなことを書かれていたのを、読んだことがあります。

    あちらの世界のことは、あちらの世界と、息子自身にまかせるしかないのかな、と思います。


    ただ息子の場合、若くてピンピンしてて、死なんて考えたこともなかっただろうから、亡くなった直後は、何が自分の身に起こったのか解らず、戸惑ったのではないかな、とは思うのですが・・・。

    No title

    ゆきこさん
    おはようございます。直後は戸惑いがあったことでしょう。
    息子さんのようなケースも多い事でしょう。
    しかし時間の経過とともに自分の現状を理解してしかるべき場所に
    落ち着くようになっているので心配はありません。

    宮沢賢治の言う通りあちらの事はあちらにお任せする以外ありません。
    彼は悟りを得ていたのでしょう。詩人というのは人生を深い所で観察している
    のでそういうことが言えたのでしょうね。
    非公開コメント