08 | 2017/09 | 10
    - - - - - 1 2
    3 4 5 6 7 8 9
    10 11 12 13 14 15 16
    17 18 19 20 21 22 23
    24 25 26 27 28 29 30
    最新記事

    カテゴリ

    プロフィール

    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

    リンク

    最新コメント

    メール宛先

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    検索フォーム

    カウンター

    自由への旅立ち

    2013.06.02 09:46|真理を求めて
     

    最近は家の特定の場所(神の間や仏間)にいなくても静かで清らかな場所に来たらすぐに瞑想に入れるようになってきた。そよ風の吹く景色のよい海岸、高台、山から海を見下せる場所、もちろん自分の気に入った神社もそうだ。日課となっているワンボックスでの愛犬の散歩中、海沿いの道で車を止めて休んでみたらすぐに体制が出来る。規則的に打ち寄せる波の音はとても良い。遠くに半島や瀬戸内海の対岸が見えるのもいい。そして誰も来ない。

     

    霊界にいる人達からのメッセージの受け方も変わらない。してみると人がどこにいようと常に霊的世界とつながっているわけで特定の場所は必要がないということになる。要は自分の意識の波長さえ整えることが出来たらいいわけである。あちらの世界から見れば元来、地理的条件には影響されないだろうから、こちらがどこにいようが関係がない。それは外国に行こうが地球の裏側に行こうが同じであろう。

     

    私にとっては神棚や仏間、寺や神社などは次第に必要がなくなりつつある。唯、意識の波長を変えるきっかけになるものがあれば十分だ。神は霊的エネルギーであり宇宙に普遍的に存在しているのだから神のいない場所はどこにもないわけで当然といえば当然であろう。私はこの世を去った後は自分の墓も仏壇も要らない(でも家の墓はあるが)。よく自分が死んだあとはどの墓に入ったらいいのか、配偶者と一緒は嫌だなどと話をしている人たちがいるが、人はこの世を去ったあとはそういう事を考えても意味がない。愛の無い配偶者とは同じ墓に入れても霊界ではバラバラになってしまうからである。

     

    最近自分の中の何かが自由を欲しているのを感じるようになってきた。もう仕事をしなくていいというだけで大きな束縛が取れているのだから、後は自分の出来る範囲内で余生を楽しみたい。暫くしたら海の向こうでこのブログを更新しているかもしれない。そういうことを感得するには海岸沿いの道に車を止めて瞑想するのはとてもいい。


    コメント

    No title

    大空さん、おはようございます。
    早や水無月ですが、今年の梅雨はなかなかスタートダッシュがきれないようですね。
    今日も穏やかな日和です。

    こちらでは主人が瞑想に励んでいます。まだうまくはいかないようですが、
    少しづつ感じがつかめているようです。
    その成果かどうかわかりませんが、日常、仕事で何か鬱陶しい出来事があっても
    ふと気持ちが安らぎ、あたたかいものに包まれるように感じて冷静になれる
    事があるそうです。
    私よりよほどセンスがあるようなので、みなみからのメッセージを受け取れるように
    頑張っています。

    私は家族の中では一番そういうことに疎い性質のようなので、できるだけ自分の波動を
    下げないように…と思っています。
    人と接する時は明るく…くらいのことですが。


    No title

    mm mama さん
    コメントありがとうございます。ご主人は潜在的に霊的感覚に優れたものをお持ちのようですからそのうちにミナミさんからのメッセージを受け取れるようになるでしょう。

    主婦の方は何かと家事などに追われるのでまとまった時間がとりにくいでしょうね。
    でもシルバーバーチの本を読んでいれば知識が深まり自然にそれに相応した感性も磨かれて
    いくことでしょう。読書は高級霊からの波動を間接的に受けることなので、そのうちに直接の指導が降りるようになると思います。今も来ているかもしれません。

    私が思うにはわが子を亡くされた人たちは最も真理を学ぶのに有利な条件におられると思います。分かったような理屈を言っている人たちよりも真理を深く学んでいるはずです。

    確かに今年の梅雨はもやもやした感じではっきりしませんね。私な以前は暑い夏が好きでしたが近頃はあのギラギラの紫外線が強すぎると感じるようになりました。曇りがちだと何だかホッとします。

    No title

    お返事有難うございます。

    そうですね。知識として知っているということと、実際にそういう経験をして
    体得することは違う…というようなことを読みました。
    この経験を「最も真理を学ぶのに有利な条件」として有り難く思うことができるには
    まだ遠いですが、きっとそう思える日がくるのでしょう。
    それは私があちらへ還ってからになるかもしれませんが…。

    読書は続けています。心にすとんと落ちる言葉によく出会います。

    明日からまた新しい週が始ります。
    頑張りますね。

    No title

    mm mama さん
    一時に比べてかなり気持ちも安定してこられているようで何よりです。
    ご主人が瞑想を実践されていることもそれを支える要因になっているのでしょう。
    みなみさんも喜んでおられる事でしょう。
    お互いにがんばりましょう!

    こんにちは(^^)
    あれからできるだけですが、波長を合わせるべく瞑想の練習をしています。なかなか難しく段々と自信を無くしかけている今日この頃です(^^;でも目標に向かって精進していきます。

    No title

    もっちゃんさん
    今日は爽やかな天気になりましたね。そうですね、それは簡単な事ではないと思います。
    地味な毎日の積み重ねが大切だと思います。「瞑想の話」というコラムで瞑想の事を取り上げてみました。朝の散歩で思いついたので書こうと思い、家に帰ってパソコンを見たら”もっちゃん”のコメントに気づきました。やはり偶然ではないですね。どこかでつながっているのでしょう。

    瞑想の事をすべて書き表すのは容易な事ではないので後で気が付いたことがあれば補足しようと思っています。

    ありがとうございます(^^)
    初めてのコメントの時といい、今日といい不思議です。
    絶対に偶然ではないですね(*^^*)
    瞑想のお話、いつもとってもわかりやすく教えてくださってありがとうございます。意識を高くもっていけるよう、何とか積み重ねてやってみます。

    大空さん、おはようございます。

    先日、実家の母に「○○(息子の名前)の三回忌をいついつまでにやらないと。」と言われたので、仕事で疲れていたこともあり、つい、「それはお母さんの考えることではないよ。」と言ってしまったら、ムッときたようで、怒られました。

    去年の夏も、母からは、「初盆なんだから、○○しないといけないよ。成仏できないよ。」など、言われ、困りました。


    形式だけのものに何の意味があるのだろう、と思ったとしても、結局はまわりに引っ張られたりしてしまいます。

    そうなんですよね。ゆきこさんの言われるように、自分はよくても周りに許されないことが多々ありますね。人並みに……ってなってしまいます。実際に思うようにやっていくことは難しいですね。

    No title

    ゆきこさん、もっちゃん
    年配の人達は一部の人を除いて霊的真理を理解するのは無理だろうと思います。
    長年の習慣がしみ込んでいますからね。どうしても形にこだわってしまうのです。
    そこは寛容の精神で切り抜けるしかないですね。でも自分がしっかり理解できていれば
    いいと思います。あちらの世界の人たちは分かってくれていますから。
    非公開コメント