04 | 2017/05 | 06
    - 1 2 3 4 5 6
    7 8 9 10 11 12 13
    14 15 16 17 18 19 20
    21 22 23 24 25 26 27
    28 29 30 31 - - -
    最新記事

    カテゴリ

    プロフィール

    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

    リンク

    最新コメント

    メール宛先

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    検索フォーム

    カウンター

    霊界への旅立ち

    2013.06.07 09:08|人間は永遠に生きる
    P1020943_convert_20121128161704.jpg

    8.霊界への旅立ち
    恐れられている死というものは実際は新しい世界への誕生である事を述べました。新しい世界とは一体どういう世界でしょうか?霊界と言う言葉はすでに知られていると思いますがいきなり霊界に進んで行く人は稀です。何故なら霊界はある程度以上悟った人でなければその環境に順応することが出来ないのです。この世の煩悩を卒業し霊的に成長した人でないとそこで生活することは苦痛になってくるのです。そこでその一つ下の段階の幽界というところに行きます。

    幽界は何から何までこの世とそっくり、この世にあるものは殆ど何でもあります。幽界はこの世の垢を落とすところです。ですから中には自分が死んだことを自覚できない人たちがいるのです。食べ物や飲み物も揃っていてあまりにこの世とそっくりなので自分が死んだことに気が付かない人も多いのです。仕事をしなくていい、お金も要らない、自分の好みの家もありそこでゆっくり過ごす事が出来ます。

    確かに幽界での生活は快適ですが努力しなくても何でも手に入るような環境にいると人は退屈になってしまうのです。人は誰にも向上心があり現状に満足できなくなってくるのです。あたかも極楽のように思えた場所もしだいにつまらなくなってきます。そうなると次の上のレベル、つまり霊界に自動的に入っていくようになります。霊界には無数のレベルがあり、それがお互いに重なり合っています。人は向上するたびに上のレベルに上がっていきます。

    霊界の上の方は人間の想像を超えた世界であり、住民は互いに助け合い、愛と豊かさと喜びのなかで暮らすようになります。あるいは私たちの祖先のなかにはそういうところで暮らしている人もいるかもしれません。通常そういうところにいけるレベルに達するには長い年月を要します。観音様とかその他の仏様と言われるものはそういうところの住民を意味するのかもしれませんが、仏様は人間の想像の産物であり実際にいるわけではありません。それからも進歩というものは際限なく続き、もうこれで終わりという終着駅はありません。全宇宙のものは常に進化向上を目指して成長するように方向付けされているのです。

    9.要注意の幽界の最下層
    一般の善良な人は普通に幽界に進んで行きますが、中には幽界の最下層でうろうろする人がいます。それがいわゆる不成仏霊、又の名を地縛霊といいます。彼らはこの世に未練を残し過ぎたためにすんなり上の世界に行けないのです。日ごろから意地悪、欲深、わがままで人の迷惑を考えなかったような人間はそこで引っかかってしまうのです。金の亡者であったような人は自分の家の金庫の前で金庫の見張りをしたり死んでも金のことが頭から抜けないのです。

    一方殺人や凶悪犯罪に手を染め、死んでも反省することを知らない人間は地上をうろつき同じような思いを抱いた人間に憑依します。取り憑くという言葉のほうが分かり易いでしょうか。通り魔連続殺人事件やこの間の尼崎殺人事件、そして世に知られたオーム真理教事件などはこの種の地縛霊が事件の犯人に憑依し、その人間の精神を支配して様々な事件を起こさせたのではないかと思います。ですから日ごろから人を恨んだり悪知恵を働かせているような人間はこの種の地縛霊のえじきにされてしまうのです。それは自分がそういう邪悪な霊を呼び寄せているのです。彼らはそういう人間を探して取り憑き犯罪をそそのかし、その結果取り憑かれた人間は心身ともボロボロになってしまうのです。

    日頃から清く正しく生きているような人にはそういう悪霊は寄り付くことができません。日頃の心がけがいかに大切かということです。そういう悪霊の住んでいる領域は幽界の一番下の層でありこの世の人間社会よりレベルが低いところです。地獄というところがあるとしたら正にそこが地獄でしょう。そこの住民達は愛に乏しく常に争い、傷つけ合い、だまし合い、一時として平和な時はありません。仏教の世界で言われているような地獄は実際にはありません。閻魔大王も実際にはいません。あまり良いこともしなかったけど悪い事もしなかったという、平凡に人生を過ごしたような人はそういうところには行きません。

    コメント

    大空さん、おはようございます。

    社会生活を営んでいると、不平不満の多い人とか、自分の儲けのことばかり考えてる人とか、すぐ陰口を言う人などとも、関わっていかないといけないことも、多々あるように思います。

    『人のふり見て我がふり直せ』という諺もありますが・・・。


    息子は交通事故で亡くなったので、交通事故関係の話を見聞きすることもあるのですが、事故の犠牲になるお子さんは、「優しくてユーモアのある子だった」とか「いつもニコニコと天使のような子だった」ということが多いのに対し、事故の加害者のほうは、やったことに反省もなく、自己中心的な、良心のカケラもないような人間が多いように思います。(息子の事故の二番目の加害者もそうですが。)

    なぜそうなのか、今の私には、わかりません。


    加害者のことを考えると、怒りを覚えずにはいられなかったのですが、最近は、そんな加害者に怒ったり、許せないと思ったりするのは、何の益もない、心を大きく乱すだけ自分が損と感じるようになってきました。

    なるべくなら、そういう人間とは関わりあいたくないな、という感じです。

    でも実際には、まだ裁判も終わってないし、加害者と対峙しないわけいかないのですが・・・。

    No title

    ゆきこさん
    息子さんのこと、そうだったのですか。
    事故の被害者、加害者にも摂理が働いているのでしょうね。

    この世的な価値観からは本当の意味は理解できないのかもしれません。
    事故に限らず若くしてこの世を去る子は総じて誰からも好かれる好人物だった
    ということが多いですから。

    でもよく悟られましたね。怒りの感情は自他共によくないです。
    私もそうと知りながら知らず知らず怒りの感情に飲み込まれている自分に気づかされます。
    怒りは人間として自然のものですから、それをいいほうに転換していけばいいのですが中々難しいものです。何の怒りも感じなくなったらもはやこの世に生きている人間ではなくなるような気がします。

    イエスキリストも神殿で商売をしている商人たちに対して怒りを爆発させ、彼らを追い出したというエピソードが残っているようです。これはシルバーバーチの言葉の中にありました。イエスは絶対に怒ったりしないような人間ではなかったということでした。

    本当にこの世は付き合いを敬遠したくなるような人がいますね。
    両極端を学ぶためにこの世はあるということですからそれも私たちにとって学びなのでしょう。この世を終わってあちらへ行けばもうそういう経験をしなくていいでしょうから後少しの辛抱と私は思うことにしています。


    No title

    書き込みさせていただきます。
    娘は亡くなって6年半が経ちました。
    身近に魂と交信できる方がいて、今までもいろんな事を伝えてもらってきました。

    娘は、とっても努力をしてて、自分の生きる道(あちらで)を一生懸命見つけて頑張ってると。
    今は本当に上の方にいて綺麗な光になっている、何も心配はないと言われます。
    やりたいことをし、行きたいところに行き、あちらでの人生を一生懸命生きていると。

    親としては、してほしいことや望んでいることを聞かされた方が本当は嬉しかったりします。
    そして、本当は喜ばなくてはならないのでしょうが、娘が遠くにいってしまったような気がして寂しささえ感じます。

    上の方のいいところに行ってるから・・と言われた頃から、
    家の中で感じてた娘の気配とか感じなくなりました。主人は成仏したと言うことだから・・と言いますが
    それはそれで寂しい事です。

    何よりも我が子は仏様とか、成仏とか・・そう言うことをまだ受け入れられない私がいます。

    娘は・・交通事故でしたが相手の言うがままの言い分が通り、娘の不注意の事故とされ、相手は不起訴となりました。

    悔みの言葉どころか、顔を見ることも、声を交わすこともなく今日に至ります。
    悔しくて、事故の真相が知りたいと裁判も考えましたが、
    事故のことも相手の事も封印して娘の幸せだけを祈って生きる道を選びました。

    時々・・相手の男に対する恨みが湧いてきます。
    でも、知り合いに、
    法が裁かなくても、世間が裁かなくても、自分のしたことは自分に帰る、因果応報は必ずあると。
    あなたが手を下さなくても、神様はちゃんと見てますと言われました。

    今は、娘の幸せだけを願って手を合わせます。

    娘も、なんでこんなにも何に対しても一生懸命頑張れるんだろうと親が驚くほどの頑張り屋さんでした。
    19歳と7日。短い人生とわかっていたから一生懸命生きたのでしょうか。
    凝縮した人生のように思います。


    No title

    まいこママさん
    私の知り合いに似た境遇の方がおられます。娘さんは頑張り屋さんで何でも手抜きをすることなく一生懸命に生きてこられたそうです。やはりそういうお子さんは霊性が高く、この世での長い人生が必要がないので学ぶべきことを学べばあちらに帰ってしまうということなのでしょう。当人はそれで人生を全うしていてもそれは親御さんにとっては悲しく辛いことであり、そういう経験のない私にはとやかく言う資格はありません。

    霊的真理に照らせば何事も偶然に起きることはないので、娘さんの事故による他界もお母様の離別の悲しみ、苦しみも偶然ではなく起こるべくして起きたと解釈する以外にないということになるでしょう。私自身のこれまでの人生を例にとってみても何でこんな理不尽な目に逢わなければならないのかということが一杯ありました。しかしそれはすべてそういう体験をする必要があるから体験しているということになります。

    自分に思い当たることがないのに何で?ということがありますがそれは今生の人生だけを見てもわかりません。どこかにその原因があるのでしょう。神の摂理がすべてにわたって働いているわけですから、今の苦しみは必ず将来の喜びにつながることでしょう。

    裁判など目先の利害を追う事をせず娘さんの幸せを祈るという、まいこママさんの心がけは天に通じるものがあります。なかなか出来ることではありません。

    娘さんは他界して6年半ですか?まだそんなに手の届かないところに行ってしまったと考えられる必要もないと思います。私の父は20年になりますがいつもすぐそばにいるように感じられます。私は何か問題があったときはよく父に問いかけています。するとなんらかの反応があります。しかし何でもいちいちあちらからヒントを与えていたら本人の為にならないので大体は静かに見守っているようです。

    そんなわけで愛があるかぎり繋がりは決して切れることはありませんので、日頃から生前のように娘さんに話しかけてあげるといいと思います。

    おはようございます。 バタバタしていました。 泳いでませんよ…。(笑) 娘の世界を想像しながら、読み返していました…。 一時期よりは、元気になってきました!! 娘の死後の世界が、どのような階層に別れ、その時その時の想いがそのまま実現されたり…。まだ地上に近い幽界での学びに、娘が必死でやり遂げようとする姿を想像しながら、私ができることは、何かを考え、できることからやるしかなく、主婦の大変さが身にしみてわかりました!! こんな細やかなことですが、娘の励みになれたらと~ 。 親バカですが、娘の生前の性格は、口数少なく、謙虚で、思いやりのある優しい子でした。私には、無いものばかりでした!! そんないい子が何故?と泣き叫ぶ毎日でしたが…。大空様に救われ、切り替えました。やっと最近 これが、娘へ愛を送ることなんだと…。細やかですが、私なりに無理することなく、自分自信と向き合いながら、やっています。娘の生前の性格も、見習わなければ…。と反省する毎日です。 親切心が多いほど、慈愛も深いほど、高い界層に上がれるということですね!! あの世には、愛しか通じないですね!! 亡くなった人は、大それたことを望んでいませんね!! 人として当たり前のことですね!! 生きてる人間の方が、怖いです。 あ~でもない、こ~でもない。成仏しないだの!! 見たのか!?って(笑) ホットケ~♪て にこやかにかわします!! 正しいことも持ち合わせないといけませんが、楽しもうとする才能もあると、良いことが転がり込みそうだと思いました。 気持ちをこれ以上落とさないように、上を向いて歩くですね!! 家事を真剣にやり、全身筋肉痛です。(笑) でも動かし続けます。(笑) 思い付くまま、打ちました!! すみません~♪ 大空様 ブログアップ楽しみにしてます。

    No title

    静さん
    コメントありがとうございます。他人の思惑に惑わされることなく上を向いて歩き、家事を真剣にやり、また人生を楽しむ、それが静さんの生き方でしょう。その姿を見て娘さんも元気づけられることでしょう。そういう姿を見てもらうことが一番の供養だと思います。

    あちらからの力がほんの一時的に私を通じて静さんに伝わったのでしょう。私自身は何もしていません。静さんの自力でそこまで立ち直ることが出来たのです。一か月前とはもはや別人のようですよ。

    No title

    大空さん、いつもありがとうございます。
    まいこママさんへのお返事の文頭に書かれている似た境遇の人…は私の事でよろしいですよね。

    ゆきこさん、まいこママさん…大空さんに何度か通信して頂いているみなみも交通事故でした。

    夢に向かって毎日が充実し、楽しくてたまらない大学2回生、19歳の秋でした。
    今で1年半です。
    どうしてあの子が、私の子が…と思う反面、あの子だからこそこうなったのかな…という思いもあります。
    大空さんに初めてメールをさせてもらった時も、「決まっていた事なのでしょうか、偶然ではないのでしょうか」というような内容をしつこく教えを乞いました。

    手前味噌に聞こえるかもしれませんが、みなみもとにかく一生懸命で何をするにも一切手を抜かない、純粋すぎるほど純粋で、いつも自分の気持より人の気持ちを優先させるような子です。(←過去形にする気がしないので、です…と書きますね)

    そして他でもない私と私の家族だからこそ、このような大きな試練を受けることになったのかな…とも思うことがあります。
    いつかこの苦しみが来ることを私自身の一番奥のところで以前から知っていたような気もします。

    この試練の先にはどれほどの飛躍が待ち受けているのでしょうね。

    私自身は乗り越えることができるにはまだまだですが、それぞれ一生懸命頑張っている主人と長女と、そしてもちろんみなみのことを誇りに思います。

    今は家族と周りの人たちと大空さんのこのブログに支えてもらって毎日を過ごしています。
    こうしてこちらのブログで思いを共有したりすると、子どもたちもつながっているのかもしれないですね。
    皆さん素敵な方ばかりのようで良かったなと思います。

    大空さん、お体に気をつけてこれからもよろしくお願いします。

    No title

    mm mama さん
    その通りです。こうしてみると若くしてあちらに旅立つ人は霊性が初めから高く、この世でそれ以上いる必要がなかったということが実証されつつあるように思います。mm mamaさんも当時に比べて随分落ち着き、視野も広がってこられたように感じます。

    このささやかなブログで同じような境遇の人たちが触れ合う事が出来、そこから何か救いや支えになるものを見出して頂けたら私としても大きな喜びです。それもあちらからの計らいがあるのでしょう。

    あちらの子供さんたちもお互いにつながっていて色々と情報を共有していることでしょう。
    皆様の苦難が少しでも軽くなりますように神に祈っております。

    私は最近ようやく歯科医院の片づけが出来るようになりました。去年はそこに行って色んな器具を見ているだけで目まいが起きていましたが最近はそんなことはなくなりました。そこでこの間自力で診療ユニットを2台解体しました。すると広いスペースが出来て、ちょっとここを別荘にしてみようかなどと考えるようになりました。今、台風接近中で目まいが強まってはいるのですが。

    こんばんは。私は、大空様、ねこうさぎさんから、とても救われました。 ありがとうございます。 医療機器の片付けされておられるとのこと。お身体第一になさってくださいね!! 私は、脛椎ヘルニア放置していました。昨夜がピークに達し、痛さのあまり、本日発熱していました。休業日になってしまいました。 少し気づき、知恵熱かもです。(笑) こうして、笑いに変えた人生に戻します!! 掃除は、自分の心も洗われますね!! フラットにシンプルに過ごしたいですね!! 台風接近とのことですが、お気をつけてくださいね。 ありがとうございます。

    大空さん、こんばんは。
    いつも、ありがとうございます。


    まいこママさん、mm mamaさん
    私も、亡くして1年半です。

    交通事故遺族になって、初めて、『加害者天国』という言葉を知りました。
    まいこママさんのような思いをされている方も、多いと思います。

    息子の事故は、加害者が二人いて、現在、2番目の加害者の刑事裁判が行われています。

    最初の加害者の裁判は終わり、執行猶予がつき、事実上、お咎めなしでした。

    当初、「彼女の不注意で起きた事故なのに」と、納得がいきませんでした。
    でも、今は、わだかまりを持っても、仕方ないかな、と思うようになりました。
    2番目の加害者、全否定しており、謝罪もなく、顔もみてません。

    初めは、謝罪させてやる、という意気込みでしたが、そういう気持ちは、体調によくないなと、この頃は、思います。


    息子本人は、どこ吹く風でしょうか。

    生前から、人を恨むこととか、思いつかない、という感じの子でしたから・・・。

    No title

    ゆきこさん
    息子さん本人は刑事裁判の結果にはさほどこだわっていないのではないでしょうか。
    直感的にそう感じます。おそらくお母さんの精神状態や健康のことを最も気にかけていて背後から支えてくれていると思いますよ。あちらからゆきこさんやご家族の幸せを願っていると思います。その意味で心配はないと思います。

    非公開コメント