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    先祖供養

    2013.06.11 09:05|人間は永遠に生きる
    P1030623.jpg 

    先祖に対してずっと供養を続けて祀らなければ、祟ったり家の中に悪い事が起きるなどと考える人もいるようですがそんなことはありません。彼らは法要をするしないに関係なく帰りたければいつでも帰ることが出来ます。時々帰ってきているはずですが家族は誰も気が付かないだけなのです。それも家族との間に愛が無ければ帰ってくることはないでしょう。家や土地にもすでに興味はありません。

    私の家を例にとってみると私の祖父は今までに一度も現れたことがありません。私は子供の頃よく祖父にたてついて叱られたものです。死んだらお前に取り憑いてやる(今思えば認知症になっていた)とまで言われました。子供心に取り憑かれたら恐ろしいなと思っていましたが、全くそういうことはありませんでした。一方祖母はたまに現れますが、無言で唯そこにいるだけという雰囲気です。前に私の娘はドアのところからこちらを見ていた祖母を目撃しています。これらの事を考えてみるとその家の先祖がいつまでも家や家族のことにこだわっているということは極めて稀なことではないかと思います。今そこで生活しているあなた達(私達)が良いと思うようにすればよろしいという雰囲気です。

    私のこれまでの人生を振り返ってみるとかつての小学校が廃校になり、そこは現在、公民館になって有効に活用されています。それを見てああ、昔は小学校があったな、懐かしかったなと思いますが、こんな事をして許せないなどとは思いません。むしろ思い出は思い出として取っておいて小学校の後が現在は有効に利用されていることに満足感を覚えます。50年少し前の事でもそうなのですから何百年も前にこの世を去った先祖が家や土地の事で不満を持ったりすることは考えられないことです。旧ページの死後の世界愛の心という題で義父の通信を載せたものがありますのでご紹介します。

    さらに遠い先祖はすでに違う世界にいてこの世の事は記憶も薄れ、関心がなくなっているのです。先祖も私達も一時期を地上の世界で暮らしますがその地上生活が同じ場所であったということで、それは永遠の人生という視点から眺めると極めて短い期間です。肉体的な家系というものは遺伝していきますが、各個人に宿っている霊は親子といえども実際は別のところから来ているのです。

    ですから先祖に対していつまでも法要をしたり供養を続けないと罰が当たるなどと考える必要はないのです。あちらはあちらで忙しくしているのですからそういう暇があったら自分自身の向上を考えるべきでしょう。それが本当の先祖供養というものでしょう。他界した人達は霊界主導であちらのルールで進歩成長していきますから私たちに出来ることは殆どないのです。考えてみればわかるように霊界に行った人達は我々よりはるかに進歩しているのです。地上世界は一番低いところです。高い所にいる世界の人たちに対してこちらの世界から指導や導きのようなものが出来るわけはないのです。 小学生が大人を指導することは出来ません。

    良く考えてみればそれはおかしなことだと思うのが自然でしょう。実際は私の父のケースのように地上の親族はあちらから指導されているのです。あまりこういうことを言えば熱心に先祖供養を勤めている人達からお叱りを受けるかもしれませんが霊的事実、生命の進化向上という観点から見ればそういうことになるのです。仏壇がある家庭が多いと思いますが、そこで手を合わせる場合は先祖に対して感謝の気持ちを表すことで十分だと思います。読経をするならばその中に感謝の念を込めることでしょう。

    我々がもし先祖の誰かを救済出来るとしたら自分の死を自覚できない人がいる場合です(それは先祖というより最近他界した人)。そういう人に愛の念を送ったり、霊的真理を語って聞かせることくらいでしょう。彼らは一時的にさまよっていたとしても時期が来れば指導霊に導かれていくようになります。結局あちらの事がわかっていない私達が出る幕は殆どないのです。

    死後かなり時間が経過すると地上の血縁よりも霊的な縁のほうが強いつながりとして現れてきます。霊的な縁はこの世にいる間はわからないようになっているのです。近代の心霊科学で類魂という魂のファミリーがあることがわかっています。私たちは地上で生活しながらもそこから支援を受けていますが気が付きません。一番私たちを親身になって支援してくれているのが守護霊ということになりますが、それは類魂のメンバーの一人です。あくまでも地上の血縁は長続きしないのです。夫婦といえどもお互いに愛がなければ霊界ではバラバラになってしまいます。

    日本では仏教と言えば先祖供養ということになっています。本来の釈迦の仏教は人の生きる道を教えるものでしたが中国や韓国を渡って日本に伝来する間に儒教の影響を受けて独特なものになりました。日本に古来からあった祖霊信仰とも結びついて奇形的な仏教になってしまったのです。大半の人は仏教について深く考える事もなく、昔から続いてきた因襲を守り続け、それが仏教だと思っているようです。

    コメント

    こんにちは。 実家の地域の方にも見せてあげたくなりますね…。きっと目からウロコです。 こちら小雨で、予定していたことができず、足踏み状態です。 ご先祖供養は、50回忌までやるのが習わしのようです…。目眩します…。 ロウソクは、赤いのー 仏壇の敷物は、夏冬違うもの。 へ~ って感じです。物質に拘る…。 石頭の集団!! すみません!! ストレス解消させて頂きました。 私は、極端な考えですが…。仏壇も要らない、出窓かキャビネットに、写真と水、花、ご飯があれば十分だと思います。我が家の場合は、阿弥陀如来ですね。忘れちゃいけません。 仏飯の器にご飯を入れるのも、毎朝憂鬱なのです。なんか遠くへいった感じでして。 今は、一個の仏飯だけ、お供えしていますが…。帰省すると、五ヶ所に供えるのです。はぁ~ 仏壇と称して住宅事情ですが、リビングのキャビネットに祭壇を設けています。が私は、それでいいと思っています。いつも側にいると実感しますからね!! 下の娘も、そこを通らなきゃ、食事もできない…。目ぼしいものが、あると、 [くださいね 頂きます]と手を合わせていますから…。 犬もそうです、お気に入りのボールを座布団にのせて、ケーキやその時々の物と 交換してと訴えます。はじめのころ笑えました。 最近では、犬も学習し、貰えないと よだれをたれてますが…。 ご先祖供養 あなた方のお陰で、こうして幸せな暮らしができます。また 娘には、こんな母さんの子どもに生まれてきてくれてありがとう。全ては、あなた方がおられたお陰です。心から感謝します。感謝できることにも、今の私は幸せだと思えるようになってきました。 ご先祖様に心配かけまいとして、空元気を出しても、見抜かれてしまいます。心の隅々お見通しですからね!! あの世の方は、身体は不自由 でも、心は健康?ちょっと表現できません。 なんて言うのでしょうか? 心が自由? すみません!! 逆に私達は、身体は自由ですが、心は不自由です。 前置きが長くなりましたが、大空様の言われるように、あちらの方には、あちらの生活があり、忙しいのですね。 今の現社会 色々な困難があります。惑わされない、右往左往されない、強さを求められます。その強さは、攻撃等ではなく、静かな、美しい心、澄んだ心、愛 無償の愛が、ご先祖様々に届くと思っています。 実家のしきたり どうにかできませんかね…。全くお客のために、家もあるようで、母屋には、私の居場所がないです。 お客のための間取り!! ナンセンス~ 家を建てる時は、リビングを通らなきゃ、仏間に行けない間取りにしたいものです。 それ以前に 田舎に住むことに、回避したいです。 物は、必要ないです。老後の目標は、スーツケース一個と決めています。(笑) 子どもたちに、負担かけたくありませんからね!! あの世へ持っていきたいものは、愛です。 なので、先ずは家族に愛、今の私のできることは、ささやかですが、こんなことしかできません。 まだまだ 自分でも意地悪だな…。と思います(笑) 主人の帰宅が遅いと、狸寝入りしたり(笑) まっ数々あります。(笑) すみません!!大空様のブログに、好き勝手に気ままに思いをコメントしちゃいました!! メマイオコシマセンヨウニ願います。

    No title

    静さん
    50回忌までやるのですか? それは大変ですね! お家は岐阜県で、宗派は浄土真宗でしたか?浄土真宗は特に先祖供養に重きを置いているのでしょうか。

    いずれにせよ静さんは現在、物質世界と霊的世界(非物質の世界)を交互に体験して
    いる最中なのでしょう。物質世界の空しさを身を以て体験しているのでしょう。

    しきたりなどは極めて物質的発想のものですが、旧来の風習にがんじがらめになっている人達にはそういうことには考えが及ばないのです。そんなことを続けるのは意味がありませんよと言っても理解出来ない人にはどうしても分からないのです。

    でもそういうことが理解できるということは恵まれているということです。この世にいるうちに悟ることが大切だと思います。分からないままあの世に行くと苦労するでしょう。

    目まいは起こりませんでしたのでご安心を!  台風は西日本をそれていきそうですね。
    一雨欲しいのですが。



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    No title

    娘を亡くすまでご先祖供養などおざなりでした。
    田舎の本家ですので仏間に大きなお仏壇が鎮座していますが、仏間は開かずの間でした。
    我が家も浄土真宗で(岐阜在住です)49日、1周忌、3回忌、7回忌、その後は13回忌、17回忌、
    23、27、33、37、43、47、50回忌で取り上げとなります。
    法要だけはつとめるものの、ご先祖様の人数からいうとどれだけの法要をつとめて来たかしれません。
    お墓だって、お盆お彼岸にお参りするくらいで、、
    娘が亡くなった時、ご先祖様をぞんざいに扱ってきたばちが当たったのかと真剣に悩みました。
    でも、ある方に、いくらおざなりにされても、ご先祖様が自分の子孫が苦しむような事をわざとするわけがないでしょうと・・

    娘を亡くして初めて供養というものについて真剣考えるようになったわけで(それこそご先祖様には申しわけないですね)

    開かずの間だった仏間は今は建具も取り払リビングや和室とフルオープンにしました。
    本当は仏壇をリビングに置きたいくらいです。
    お仏壇に娘がいるわけでもないのにおかしいですよね。

    朝晩お経を唱えなければ気が済まなかった時、明けても暮れても写経をしていた時、
    毎日お墓に通った時、
    いろんな時を経て、今、娘は私の中に一体化して娘と共に生きてると思えるようになった。
    今ではお経をあげるのは年に何回か、写経をするのも月命日くらい、お墓も、こんなところに娘がいるわけがないと
    気が向いた時しか行かなくなりました。
    今ではお墓に参るというよりお花の手入れをするために行くようなものです。

    仏間には、自分で手を掛けて育てたお花だけは十分に手向けてやろうとそれだけを心がけて生きています。
    お花を手向けながら、お供えを手向けながら
    ご先祖様に今までごめんなさいねと心の中で呟きます。

    どの宗派にもしきたりはあるようですね。
    長男の友人がお寺の息子さんで、、娘が亡くなった時にお経をあげに来て下さった時に、
    『しきたりどおりにしようと思ったら大変なこと。
    おばさんが、やりたいように、まいこちゃんにしてあげたいようにしてあげればいい。
    それがまいこちゃんが一番喜ぶ事だよ』と、そう言ってくれて・・
    多分、専門家の方が知ったら驚くようなことでも我が家ではありです。
    娘が一番喜ぶこと・・
    それは私が以前の自分を取り戻すこと・・
    それだけがまだ娘のためにしてやれないことです。
    もう少し待っててね・・と娘に言っています。






    No title

    まいこママさん
    先祖の人が子孫に悪意を持ったり、苦しめたりするなどということが今でも一部で信じられているようですね。そしてそれを防ぐために墓や仏壇を改装しなければいけないと言われたとか、それが商売のネタになっていることもあるようです。迷信の深い霧に覆われて真実が見えないのは悲しいことです。

    その僧侶は良心的ですね。もっとそういう人が増えればいいのですが。
    本当は遺族と他界した人との間に第三者は必要はないのです。
    それでなくても娘さんとは夢で会ったり、すぐそばに来たりしていると思います。



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    Re: No title


    ゴロゴロさん

    まず最初に霊的真理に照らしてあなたの置かれている立場を考察してみることにしましょう。
    ずっと家族に悪いことが続いているとのことですがそれはあなたの責任でしょうか?
    人間は自分のしたことに対して責任を負わされます。しかし自分以外の人の人生に対して責任を負わされることはありません。それは例え家族であろうと同じです。人生は自己責任、これが神の定めた原理原則です。

    嫁ぎ先の先祖の因縁をあなたが背負わされることはありません。先祖の因縁は先祖その人自身がが関わることで子孫が関わることはありません。土地とか家など物質的なことは子孫に引き継がれるでしょうが霊的なことが引き継がれることはありません。先祖が何か良くないことをしていたとしたら先祖その人が責任を取ります。先祖の因縁は子孫にまで続くというのは迷信です。

    今日のところはこれだけご説明させて頂きました。
    続きは後ほどに。

    大空







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    Re: No title

    ゴロゴロさん

    文面から感じられることは他の人の意見によって、より混乱が増しておられるように思われます。霊能者、新興宗教、伝統宗教の人間等それぞれが自分の見方で意見を言うでしょうがどうも聞いていると旧来の画一的なパターンを繰り返しているだけのように私には感じます。

    仏壇の前で娘さんのメッセージを聞いて前向きに生きようとなされたのですからその通りにすればいいのではないでしょうか。霊能者にしろ宗教人にしろあなたの事情をどの程度理解しているでしょう。また霊的事実をどの程度理解しているでしょうか?

    狐など動物の霊が人間に乗り移って何かを語るようなことはありません。これは次のブログで取り上げたいと思っていたところです。娘さんが亡くなられた場所を通ると具合が悪くなるなどという風評を気になさる必要はありません。人はここがある事件のあった所だと考えただけで気が重くなったりしますがそれは自分の心が作っているに過ぎません。過剰反応をしている場合が殆どです。

    またあなたが先祖供養をきちんとしないから先祖が怒ったり祟ったりするでしょうか。立場を変えてあなたがもし先祖であれば自分の子孫に対して愛情を感じるはずです。愛の心で見守ってあげたいとは思いませんか?

    娘さんが他界されてから2年近くになるのでしょうか。あちらでは様々な救済施設があり心にトラウマを持って死んだ人のケアーをしてくれます。地上時代に医療に従事していたり教育関係の仕事をしていた人達がそういう仕事につきます。あちらにはその道の専門家がいて放って置かれることはありません。あなたが出来る事は娘さんに愛の念を送ってあげることでしょう。特に仏壇の前でなくても自分の気の向くところで話しかけてあげたらいいと思います。構える必要はありません。

    般若心経を何回唱えても自分が心からそれを信心していなければ意味はありません。このブログでも何度も言及してきましたが届くのは自分の意念ですから自分がこれが最良であると信じるものを実践すればいいのだと思います。

    他人の意見を聞くよりご自分の内なる心を聞くことです。それが一番確かです。

    大空







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    No title

    はじめまして。
    初めて訪れさせていただきました。
    ご先祖供養について少し語らせていただけたらと思います。
    私たちがこの世に人として生まれた意味は、前世で作った因縁の解消と、
    今生で自分の魂を磨くことにあります。

    人は亡くなると、この世での因果応報(自業自得)によってあの世の行き先が決まり、
    そのほとんどのご先祖様は成仏ができずにこの世に留まって子孫に救助願いの波動をだされています。

    実家や私のしていた先祖供養は、皆さんと同じくお盆やお彼岸にお寺にお参りしたり、お墓や仏壇でお坊さんにお経を上げていただいたり、お花やお供えもしていました。
    でも、それは間違いでした。
    本来は、お墓も仏壇も要らず、お供えも要らないのです。
    毎朝、そしていつの時でも ただただご先祖様の幸せを日々心から祈ってあげる事でご先祖様の魂の汚れが取れてゆき天界へ上っていかれると知りました。

    また、せっかく天界へ上ろうとしているご先祖様に 子孫がお願い事をすると イカが墨を吐いたときのようにすぐに真っ黒になり下霊界などに落ちていかれるそうです。
    思いを引きづっていたり、なぜ先に逝ってしまったのかと嘆いたり、家族を見守ってね、病気を治してやってね・・・等のお願いはご先祖様を苦しめます。

    葬儀でお坊さんにお経を唱えていただき成仏していただけた。
    それもまた大きな間違いで、お経はこの世の者がどのように生きてゆけば良いかという説法の様なもので、成仏していただくものではなかったのです。
    まして、ほとんどのお坊さんにそのような力はないとのことでした。

    ご先祖様が成仏されるには、子孫のご先祖様への感謝や幸せを祈ること、そしてご先祖様自身があの世で、前世と今世の因縁を解消する為の修行をしつつ魂を磨くことで成仏されます。

    お医者様も、治療をし 治しはしても、原因がわからないとおっしゃる意味は、目に見えないものが影響している・・・、ではないでしょうか。
    あの世の方の幸せも、この世の方の幸せも祈ってあげることで、自分にも、その周りにも陽の波動(心)を送ることが出来ます。
    どうぞ、お盆や彼岸という日だけではなく、日々ご先祖様の幸せを、または ありがとうの言葉を伝えてあげてください。

    大空さんのおっしゃる、私たちに出来ることは何もないのです・・・、ではなく、沢山あるということに気づいていただけたらと書き込みさせていただきました。
    良いブログに出会わせていただき感謝いたします。



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