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    生命の進化と迷信、宗教

    2013.08.24 08:17|真理を求めて


    昔から狐や蛇が人間に祟るという話があり、また蛇や狐を祀っている寺社もある。蛇を祀っているところは病気回復のご利益があるということで参拝する人達もいる。それら動物の霊は人間に影響力を持っているのだろうか?霊的事実から考慮すると、それらが人間に影響を及ぼすことは考えにくい。動物は死後その類魂のなかに帰還してしまうので個別意識を持ち続けることは殆どないはずである。地球上の生き物の中で死後も変わらず個別意識を持っているのは人間だけらしい。

    例外として飼い主との強い愛情で結ばれている場合、飼い主が他界するまで個別意識を持ち続け、主人が霊界(幽界)に帰ってくると一緒に暮らすという。私は前に父とかつての愛犬があちらで一緒にいる夢を見たこともある。そうやって人間に愛情を注がれた動物もいずれは類魂の中に帰っていくらしい。そうして一つの個体がその類魂全体の進化に寄与するというわけである。進化した類魂の中から人間として地上世界に現れてくる個体がいるということである。

    以下はシルバーバーチの霊訓から抜粋したものである。
    「私達もかつては人間ではない媒体に宿っていた。様々な媒体に宿りながら自分を進化させつつ媒体も進化させてきた。私たちはかつては犬をやっていたかもしれない。霊にとっては自身を進化させるのみならず、媒体(それぞれの肉体)も進化させてきたのである。そして人類の肉体はほぼ完成の域に近づいている。これからはその霊性を進化させなければならないが今の人類のレベルはこの宇宙生命系の中でビリに近い。すべての天体に生命体がいるが地球人類とはバイブレーションが違うので人類にはそれが認識できない。あの世の存在が認識できないのと同じである」。

    私達がこの世に来る理由は自分を磨く為であるが、もう一つの目的はそれぞれの種族の物的個体(肉体)を進化させるためでもあるのだろう。それは意外と忘れられていると思う。肉体を進化させることも人類の命題であったのだろう。そしてそれはほぼ完成の域に近づいているという。

    人間が動物に愛情を注ぐということは類魂全体の進化に寄与するので神の御心に叶うというわけである。逆に動物を虐待するようなことをすれば類魂の進化を妨害し、神の御心に反することになるので罰を受けなければならないのである。

    蛇などの爬虫類や野生の狐などは直接人間の愛情を受ける機会はなく、死後はすぐにその類魂の中に帰っていくらしい。狐や蛇などの霊が人間に影響を及ぼすようなことは霊的事実からしてあり得ない話であろう。人と動物は波長が違うので憑依現象が生じたりすることは無いと思う。憑依は同じ心の周波数のもの同士が共鳴することであり、人の霊と爬虫類の霊とでは次元が違いすぎる。
    この世でも同質のものは引き合い、異質なものは離れて行くが霊の世界でもそれは同じであろう。

    先にも説明したように、もしある人が動物を虐待していたとすれば神の摂理によってその人は自らの行為に対して償いをしなければならなくなるのである。あの世に行った動物の復讐心が働いて自分の身に歓迎せざることが起きるのではなく、自分の行為が摂理に反するものであったからそういう結果を招くのである。時々蛇や狐など動物霊に祟られると言う話を聞くが、もし祟られている(憑依されている)としたらそれは蛇や狐ではない。本当に祟られているとするならば相手は人間の地縛霊であろう。

    何かを信仰するなら自分の理性と良心の声が納得出来るものでなければならないと思う。一番確かなものはそれなのだから。人は一人残らず自分の中に神を宿しており、それを見出し磨きをかけ、少しでも我々を創造した神に近づくことがこの世に生まれてきた目的であり、それが真の宗教であろう。 そしてその妨げとなるような迷信を解き明かし、すべてのことは神の摂理の範疇にあることを理解することが大切ではないだろうか。

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    Re: 安心感

    ローズさん
    コメントありがとうございます。
    人間は直感でわかっていてもそれを言葉で表現できないことがあります。
    雄大な自然に接する時は言葉を失います。
    また芸術を言葉で表現することは無理があります。

    私達一人ひとりを生かし、惑星の軌道をコントロールし、四季の移り変わりを調節している力は
    共通のものであり、そこには厳然としたルールがあり、それは私たちの個人的願望を超えたものが
    あるようです。昔から人はそれを感じてそこから宗教が生まれたのでしょう。
    このページはその大自然の摂理をささやかながら表現しているつもりです。

    各人各様、無意識のうちにその大自然の摂理(神)を感じて生きていることでしょう。
    安心感を感じて頂けるとのこと、私にとっては喜びです。
    またコメントいただけると嬉しいです。

    大空

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    Re: ありがとうございます

    ローズさん

    ローズさんが日々感じておられることは自分の深いところにあるもの、つまり魂の衝動といっていいかもしれませんね。人生ではいつかはそういう時が来るように計画されているようです。本当の自我に目覚める為のエネルギーが動き始めたということでしょうか。内なる自分と言い換えてもいいかもしれません。

    これからは尽きることのない冒険と探求の旅が始まることでしょう。
    下手に既製宗教の概念に染まっていないほうがいいと思います。
    そういうもので心が一杯になっていると新しい知識の吸収を拒んでしまう傾向があるからです。
    大いに探求の旅を楽しんでください。

    大空

    大空さん、おはようございます。

    これまで、振り返ると、無知とはいえ、いろいろやってきたな、と自分でもあきれます。
    その時は、迷信とも思わず、大真面目で・・・。

    私は、物分かりがよほど悪いのか、いちいち、体験しないとわからないようで、時間もかかります。

    いろんな段階を経て、少しずつでも成長していくことも、この世の意味なのかな、と思います。


    そして、この地上には、霊格の高い人から低い人まで、いろいろな人がいて、その中でいろんな人と係わりながら、肉体を養っていかなくてはいけないことも、この世の意味あることなのかな、と思います。

    No title

    ゆきこさん
    私も同じようなものでした。大真面目で迷信を信じ込んでいた時代がありました。
    竜神を祀っているところも多いですね。日本人は何でも祀ってきたのでしょう。

    そういうものに実態はないことがわかったので少しは進歩したのでしょうか。
    体験なしには本当にわかったことにならないので一応体験することも必要なのでしょう。

    本当に肉体を養うことは大変なことですね。しかし人体の進化に少しばかり寄与してきたと思えば意味があることになりますね。

    死後あちらに行くと自分と波長の合わない人達と付き合わなくていいでしょうからあと少し
    我慢ですね。忍耐の修行をしていると思うことにしています。

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    Re: ありがとうございます

    ローズさん
    私の書いたものを読んで頂いてありがとうございます。
    遍路の話も読まれたのですか?その当時は四国遍路や西国巡礼をしていました。
    でもそれは苦行などではなく楽しいからやっていたのです。私は苦行は好きではありません。
    あちこち旅するという旅行の要素もあります。四国遍路では肉親を亡くしてその供養のために
    遍路をしている人も多くいました。写真や位牌を持っている人もいたと思います。

    当時は札所で熱心に読経をしていました。他の遍路さんが感心して自分の読経を聞いている様子も
    わかりました。しかしそのうちに霊的真理に出会い、そういうものから心は離れてしまいました。

    人間の素朴な疑問である死後の世界やその他この宇宙はどういう構造になっているのか、既製宗教は
    それに答えることができません。この素朴な実際はどうなっているのという疑問に答えられるものでなければ
    これからの人の悩みを救済することは出来ないでしょう。根拠のないものを人は信じることはできません。

    今の霊的真理の知識にしても完全なものではありません。自分の意識の成長に応じて理解度が深まってくると
    思います。娘さんとの離別は大きな悲しみを生むことに疑いはありません。

    しかしそれはご自身の霊的成長の為の又とない機会でもあると思います。
    どうか今後もご精進されますように祈っています。

    今回はローズさんの了承を得ることなくコメントの一部を掲載させて頂きました。
    その内容が素晴らしく他の同様の悲しみを味わっている人達の為になると判断しました。
    また今回「トモクライム 逢いたい」というリンク先を追加しました。
    子に先立たれたお母様の自分の心と向き合う日々が表現されています。
    同じ思いの方々の意見交換の場にもなっています。ご参考になればと思います。

    大空




    > 実際、読むだけで何がわかる?と思われるかもしれませんが、今まで読み続けて、
    > わかった事が1つだけあります。
    >
    > 私が、この世に生まれてきた本当の目的と、娘が亡くなった理由が。
    >
    > 私の魂の成長だったのかなと?
    >
    > 娘は私にそれを教えたくて、親より先に亡くなり、また、それも娘の魂の成長でもありなその為に私を選んで、私の娘としつ
    > 生まれてきてくれたのですね。
    > 勿論、それだけではないでしょうが、
    > 私に気づかせてくれた。
    > 私もその成長過程で、他の誰かを救うことができたら。
    > 自分も成長できてないのに、おこがましい
    > ことですが、そうなれるよう努力しなさい。と、言うことだと思っています。
    >
    > 気がつかなければ、
    > このまま、一生、亡くなったことだけに
    > しがみつき、どうして? 今どこで何してる? 会いたい、声が聞きたい、悲しい、寂しい。だけで、終わってしまう。
    >
    > そんなことは、亡くなった娘に対して
    > それこそ申し訳けがなく、私が亡くなり
    > 天国で娘に会ったときに、お母さん、今まで何してたの?
    > 結局、お母さんの人生、私に固執して終わっただけじゃない。
    >
    > と。娘の死を無駄にしたくもありませんし、娘が頑張ってるのに、私が怠けていては、会うこともできない気がして。
    >
    > 解釈、間違ってるかも知れません。
    > でも、これも、教えて頂いたからこそ
    > 気がついた訳で、自分だけだったら、きっと一生わからないままだったでしょう。
    >
    > まだ、これからですが、なんとか、生きる望みや力が湧いてきた気がします。
    >
    > ありがとうございました。
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