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    力強く、前向きに

    2013.09.21 09:53|インスピレーション
    IMG_0332.jpg 

    自分の人生を自らの手で短縮してしまった者は一人残らず後悔しています。それはその時点では限られていた視野が死後に開けてきて自分のしたことが正しく理解できるようになるからです。

    その後悔という自責の念に苦しむことが神の摂理に反したことに対する懲罰なのです。誰かに罰されるのではなく自分で自分を罰するのです。人間は一人残らず自分自身に神が宿っているので自分で自分を裁くのです。

    残された家族は無駄に悲しみの時間を過ごすのではなく、それを機に前向きに力強く生きなければなりません。その生き方が当人に影響を与え彼らの自責の念を軽くするのです。親しい人との離別は自身の霊的視野を広げ一段の向上のための神の配慮であったと後になって得心することでしょう。




    追伸
    ここ2.3日朝目が覚めて完全に覚醒していない時間に問答形式で私が質問をするとそれに対する答えが返ってくるようになりました。相手はおそらく私の守護霊や指導霊の方々でしょう。7年くらい前に旧ページで「お釈迦様のメッセージ」などを編集していた当時、数々の啓示は問答形式によるものでした。仏壇、神社、神棚その他清浄な場所で感得してきたものでした。

    このところその方式が復活してきたように思います。それはいつまで続くかわかりません。今日の朝、他にも感得したものがありますので次回にご紹介したいと思います。

    大空

    コメント

    自責の念を軽くしてあげたいです

    大空さん、こんばんは。
    毎回、広大な大地の美しい写真、ありがとうございます^^

    自責の念を軽くしてあげること、それが親の務めであると考えています。

    愛しいわが子を先に逝かせてしまうことは、この上ない悲しみです。
    でも、もう、どうしようもないこと・・。

    だったら、私たちができることは限られていますね・・。
    大空さんのおっしゃるとおり、ただ悲しんでいるだけでは、
    子どもたちの自責の念は重くなるばかりですね。

    最近、あとを追うとか、生きていたくないとか、
    世の中が悪い、政府が悪い、周りばかり攻撃する、
    そんなブログを見つけると、なにか言葉をかけたくなりますが、
    「悲しくない人はすごい。悲しくない人は愛が違う。私は悲しい」と、
    誤解をうけましたので、なかなかできずにいます・・。

    愛してやまない子どもたちを、これ以上苦しめたくないと、
    そう思って、この世にいるうちにしてあげられることを見つけています。

    大空さんのお話で、勇気をいただけます。
    いつもありがとうございます^^

    No title

    大空さん、おはようございます。

    何か疑問がある時や、どうしようかと悩んでいる時など、読んでいる本や、何気にみたサイトや、人との会話の中で、あれっと思うような、ちょっとヒントになるような言葉に出会うとことが、あります。
    こういったことも、守護霊や指導霊の方々からの、メッセージなのでしょうか。


    お写真、本当にきれいです。空のブルーが、こころに染み透るようです。
    天界では、肉眼では見えないスペクトラムの色があると、読んだことがあります。
    どんな美しい色なのだろうか、と思います。

    No title

    ねこうさぎさん

    ロッキーの雄大な景色は素晴らしいものです。日本は島国で美しい国ですがロッキーのような壮大さはありません。そこにたたずんでみると神の造りたもうた大地というものを実感できます。是非一度行ってみてください。

    一人一人真理の理解度が違うので分かってもらえないことも多いです。シルバーバーチの言葉に次のようなものがありました。「ドアをそっと押してみて少し開くようなら受け入れる要素がある。開かないドアを叩いても時間の無駄、せっかくの真理を得るチャンスを逃した人たちを哀れと思ってあげなさい」というものがあったと思います。この通りの言葉ではなかったかもしれませんが。

    私の周囲を見渡すと悲しいことにそういう人が大半です。そういう話を聞こうという気持ちも関心もないのです。そのくせ身内の者が亡くなると大げさに嘆き悲しみます。

    人は分かる時が来るまでは分かりません。ねこうさぎさんも自分の体験を通じて学んだことを啓蒙していく役割が与えられていると思いますが、今は分からない人に対するジレンマを体験されているのでしょう。時に孤独感を感じることもあるでしょう。真理を探究していくと進むほどに孤独感を味わうようになります。でもそれが自然なのだと思います。見慣れた景色は過ぎ去った過去のものになっていきます。離れていく人は離れていきます。

    でもお互いに同じ価値観を持った人たちとの繋がりが自然に出来てきます。そういう人たちとのつながりを大切にしたいものですね。

    ブログなども玉石混交ですから注意が必要です。悲しい、悲しいといつまでもお互いが慰め合っていると前には進めません。そこにはそういうエネルギーが充満していますから見る人がそれに飲み込まれてしまうのです。何度か交信しているうちに無意識のうちに互いの思念を受けるようになります。生きた人の思念も霊界からの思念と同じように飛び交っていますから知らない間に受信、送信が繰り返されてしまうのです。マイナスの相乗効果が働く恐れがあると思います

    前向きに生きていきましょうというエネルギーが入ってこないと立ち直るきっかけが掴みにくいと思います。時間が必要でしょう。

    人生は常に新しいページが開かれていきます。止まっていることはできません。
    常に新たな体験があなたを待っています。

    という言葉を娘の誕生日に贈りました。カナダにいた時ですが一緒に住んでいたら
    照れくさくて言えません。離れているから言える言葉がありますね。

    ここのところ朝、インスピレーションを受けるようになりいくつか感得して書き留めています。これから少しずつ載せて行こうと思っています。

    大空






    No title

    ゆきこさん

    そういう場合は殆どが背後の霊からのインスピレーションだと思います。
    私たちはそれと気づかずに毎日を過ごしていますが実際は色々と指示を
    受けていると思います。明らかに霊示であると分かるほうが少ないでしょう。
    私の場合も何か知りたいことがあってシルバーバーチの本を開くと大抵そこに答えやヒントが書いてあります。

    あちらの方々の気苦労も大変でしょうね。あいつが道を誤らないようにするにはどうしたらいいだろうか?と思案しているのでしょうね。

    私の若い時を思い出すと恥じ入るばかりです。どれほど心配をかけてきたことかと。

    よくさじを投げずにここまで導いて頂きました。あちらに帰った時は言われる
    でしょうね。「お前、あの時はこちらでどれほど心配したか知っているか?」と。

    あの写真は安物のデジカメで車窓から撮ったものです。きれいと言われると嬉しいです。私は写真は全くの素人です。それでもきれいに感じて頂けるのでしたらそれは素材がいいからでしょう。ロッキーの山々は本当に素晴らしいです。
    行かれたことはありますか?

    大空



    こんにちは。 美しい景色です。何だか吸い込まれそうです。 一度は行ってみたいです…。 さて自責ですね!! 課題です。娘を悲しませない生き方をし、生きてる姿を見せることが、少しでも娘への供養だと思っていますが、どうしてもあの時!!って 助けられなかった自責が未だにあります。が 後悔してもあとの祭り!! 悲しみだけでは、何もうまれませんし…そのマイナスエネルギーを跳ね返すだけのパワーも今は持ち合わせていないのがわかるので、近づかないようにしたり… 悲しい場面に触れても客観的に見るようにしたりと…。 自分なりに前を向いていけるようになりました。 少々無理したのか?また腱鞘炎になったようです…。(笑)手抜きしながらやってるつもりでも…つい何事も力が入ってしまい…。(笑) ずるく生きられないところが、私ですね!!(笑) こんな生き方でも娘は光の中へ邁進できるのですか?

    御無沙汰しております

    大空さん、こんにちは(^^)
    いつも拝見し、勉強させて頂いています。
    ねこうさぎさんのコメントを見て書きたくなりました(^^;
    悲しくない人はすごい、悲しくない人は愛が違うって…
    以前何かで読みました。
    悲しいは、自分が悲しいのだと。その時思いました。確かにそうかもしれない、あちらに逝ってしまった息子は、今もなお私達を心配しこんなにもたくさん愛をくれているのに自分のことばかり考えていてはいけないと。

    泣かないから、愛してないわけじゃない。まったく泣かないわけじゃない。
    愛する子供を見送って悲しくないわけないですよね。むしろ悲しみを、今あちらで頑張ってる子供への愛に変えて精一杯頑張っているねこうさぎさんは、すごい!と私は思っています。

    No title

    静さん

    娘さん、必ずトンネルを抜けて光の中に行けるようになりますからその点はご心配なく。今の生き方を続けることが必ず良い結果を生むでしょう。方向性さえ間違えなければ必ず報われますよ。

    自責や後悔なしに人生を過ごすことが出来れば理想でしょうが現実はそうは運びません。そういう思いをバネにして少しずつ階段を上っていけばいいのではないでしょうか。

    私もそういうことの連続です。お互いに最善を尽くしましょう。

    大空

    No title

    もっちゃん

    お久しぶりです。悲しみのエネルギーを前向きに生きる力に変えるということですね。それを積み重ねていけばいつの日か悟ったご自分の姿を見るようになれるのでしょう。一生の命題でしょうから容易ではないかもしれませんが、それは神の教育、神の教えを受けているという事なのでしょう。ちょっと忘れかかっていましたが私は去年の6月2日に「神の教育」というテーマを載せました。

    自分がそういう体験をしていないのにおこがましい気がしますが、そういう体験をされている方々にエールを送りたいと思います。

    大空

    とんでもないです!

    大空さん、おこがましいなんて・・・
    とんでもないです(>_<)
    私は大空さんの書いて下さっているHPでどれだけ救われたか知れません。
    本当に感謝しています。

    私だけではなく、コメントされていない多くの方々がきっと同じ思いで
    HPを見ていらっしゃると思います。

    私もコメントするには恐れ多くて中々できず、勇気を振り絞ってした時の
    必然的な出来事は、私の不思議な話のベスト3には入ります(^^)

    エールをありがとうございますm(__)m

    たまには泣いたり後悔したりすることもありますが、何よりも子供の向こうでの幸せを願い、祈り、再び会えたその時は笑って会えるよう、歩いて行きたいと思います。
    これからもどうか、色々教えて下さい。
    よろしくお願い致します。

    大空さま
    おはようごさまいます。

    いつも勉強になります。
    私は、自分の修行とは何か?何が必要なのか?と、いつも考えていますが、正直よくわかりません。
    ですが、信念を持って自分を信じ、突き進んでいく気持ちに変わりはありません。

    私は亡くなった子供が喜ぶことを、してあげたい、と言う気持ちはあまりありません。
    好きな物をお供えしり、語りかけたりはあります。
    亡くなった子供が喜ぶことより、自分が何をするべきか、どう考えていくべきかを、私は優先します。
    私は自分の修行と思う事を、一生懸命やれば、それが子供の喜びになると思うからです。

    子供はあちらの世界で、それなりに成長してることでしょう。
    こちらの世界で親がどう思おうが、何かをしてあげたいと思ったところで、親のすることなんて、しれてると思っています。
    それは、親の気休めであり、自分に対する安心感に過ぎないと思っています。

    子供を思う気持ちを、無くすと言うことではありません。
    私が子供に対してすることは、今日もありがとう。という気持ちだけです。

    私は自分がやらねばならない事が、あるから、やれるとこまでしなけれは、と、その気持ちの方が強く、正直子供のことは、その次です。
    子供の為にするのではないからです。
    自分の為にしなければいけないから、そうでないと意味がないからです。

    私は、強い信念があれば、自分が信じるものがあれば、世間からどう言われようが、
    傷つくことはないと思っています。

    今まで亡くなった子供の事で、辛い言葉を世間からたくさん、言われてきました。
    始めはつらかったし、悲しかったです。
    ですが、今はそんな気持ちはありません。
    精神的に強い弱いでは、ありません。

    自分が、強い信念を持てるか、持てないか
    それだけだと思っています。

    子供を亡くし、悲しみは人それぞれです。
    生き方を変えるのは難しいかも知れませんですが、考え方を変えれば、生き方も変化し、それが自分の生きる希望にもなり、成長にもなり、それが最終的に子供の喜びや成長に繋がる、と私はそう思っています。

    読んで頂き
    ありがとうございました。

    こんにちは。 大空様 お借りします。ローズ様 共感しました。考え方が変われば生き方がかわる!!とても心に響きました。私は、もう娘の選んだこと 深く考えないようにしました。いや深く考えないよう努力するしかないかな?逝ってしまった人、追いかけられないですし。前向きに生きてる姿を見せることが、娘への愛情にも繋がると思い、今しかできないことをやる!! 七転び八起ですがね!! まだまだ涙なしでは、無理ですが…。悲しみだけに浸る生き方は、したくなくて趣味も再開し、限られた人とも会える気持ちにもなれました!! 私は、こちらの大空様のブログ、ねこうさぎさんのブログで、とても救われています。何もお二人にお返しができないことが歯がゆく…。 転びながらでも、人として誠実に、霊的視野を広げて生きていくことができるよう日々心がけて行こうと思いました。 大空様ありがとうございます。

    No title

    ローズさん
    コメントありがとうございます。
    何事も信念を持って臨むことが欠かせないと思います。不動の信念というものがなければすぐに自分の基軸がぶれてしまい、他人の言動に揺さぶられてしまいます。信念を持つ為にはその根拠となるものが必要です。それを言葉でうまく表現できないことがあります。言葉で言い表せないけど確信が持てるということがあります。

    自分の深い所で分かっているもの、魂の年輪と言えばいいでしょうか、私たちは過去の生において既に実体験していたことがあるでしょう。そうであれば既に対応方法を知っている事になります。問題への対処方法には魂の年輪がものをいうでしょう。ローズさんの文面からはそういうものが感じ取れます。

    私は以前、行きつけの神社で「不動心」という啓示を頂き床の間に飾っていたことがあります。今でも座右の銘にして何かある時には思い出すことにしています。

    大空

    No title

    静さん
    その意気ですよ。
    自分らしく、人生を楽しむ時には大いに楽しめばいいのです。
    私たちは七転び八起き!前を向いて進んで行くしかありません。
    そうすれば必ず道は開けてくるでしょう。

    恩返しなどとんでもありません。ご自分を大切に!
    お互いに今日という日を精一杯生きていきましょう。

    大空

    2013年9月24日は、今しかないですからね!! 人生の半ば以上 平均年齢まで、まだ30年もあると以前は思っていましたが、今はたったそれだけ?の思いに変わってきています…。よく人生なんて儚いと言われますが…その通りだと思いました。 自分らしく生きる!!それにつきますね!! 難しいことは神様にお任せし、今を楽しく生きないと…自分の魂がかわいそうで(笑) 大空さんとねこうさぎさん、生きる勇気を頂きました。おやすみなさい。

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    ゴロゴロさん

    私ならその自転車は引き取りません。それはあなたにネガティブな感情を
    呼び起こすだけでしょう。娘さんも喜ばないと思います。

    もし娘さんが今も迷いの世界にいたと仮定するとそれを自宅に持って帰ること
    はマイナスになるでしょう。一方すでに状況を悟っておられるとしたらかつての遺品への執着は無くなっているでしょう。

    肉体を捨ててスピリットになると意味のあるのは思念であり物質ではありません。
    そういう意味からも私は個人の遺品にこだわるのはこの世に残された人の自己満足であると思っています。

    どうしても他界した人とのつながりが必要と思うのであればできるだけ自分の心を明るくしてくれるものを持つべきでしょう。そしてあなたのポジティブな気持ちは娘さんにも伝わります。
    それを見て涙を誘ったり気持ちが落ち込んだりするなら持たないほうがいいでしょう。

    大空


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