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    この世にいる間に

    2013.10.06 10:34|インスピレーション
     

    この世にいる間に霊的な自分に目覚めることが大切です。本当の自分とは何かを知らないままこの世を去る人が多すぎます。そうなるとまたもう一度この世に生まれ変わって苦しみの多い人生をやり直すことになります。霊的に無知のままだと何回も繰り返さなければなりません。

     

    本当の自分は自分の奥底に潜在しています。一旦目覚めると不動の信念として自らの心に根付きます。何事にも挫けることはなくなります。恐れもなくなります。目覚めるチャンスは人生のどこかで用意されています。その機会を逃さないようにしましょう。



    追伸
    本当にこの世は学びの材料は豊富にあると思います。ピンからキリまでのものが同じところにひしめき合っているので時にはうんざりします。周囲が分かり合える人ばかりであったらどんなにいいだろうと思います。でもうんざりさせられることが無かったとしたら本当の喜びや満足感を知る事は出来ないでしょう。

    対比の中から真理を知るということが私たち地上に生きている人間の課題なのでしょう。あちらに行ってしまうとそういう対比の中から学ぶということが出来にくくなるのかもしれません。

    そういう意味で極限の悲しみや絶望感というものは霊性の発芽を促すものでしょう。その渦中にある人は容易にそんな心境にはなれないでしょうが、霊的にみればそれは目覚めるための糧ということになると思います。

    この間横浜で40歳の女性が踏切で酔っている70歳すぎの老人を助けようとして自分が犠牲になりました。その行為が立派であるとして総理大臣から感謝状を受けました。テレビで彼女のお父さんがインタビューを受けていましたが取り乱すこともなく立派な態度で感心させられました。

    霊的に見ると彼女の人生はそれで全うされたことになるのだろうと思います。おそらくその年齢でこの世を去る事になっていたのでしょう。政情の不安な国に行き世界にその状況を訴えようとして犠牲になる若い人もいますがそれも同じことが言えるのではないかと思います。

    何で酔っ払い老人を助けるために前途ある人が死ななければならないのかと感じるのが普通でしょう。
    肉の目で見ると理解しがたいかもしれませんが霊の目でみれば必ずそれなりの理由があると思います。

    コメント

    おはようございます。霊的に目覚める…。簡単なことではありませんね。でもいつも意識していくうちに身に付けていこうと思います。人は、つい目先のことを優先したり…。 でもいつも娘に語りかけ、あの世とこの世、少しでも娘に近づく生き方!! 霊的視野を広くする努力をします。いつも娘がそばにいてくれてると信じ生きていきます。ありがとうございます。

    No title

    静さん

    今は霊的に目覚める絶好のチャンスだと思います。苦しくてとてもそうは感じられないでしょうけど。目覚めることなくこの世を終わってしまったほうが後の苦しみが大きなものになるのです。お互いに再びこの穢れた世の中をウロウロするのはもうたくさんですね。耐えていれば必ず光が見えてきます。

    怒りや恨みなどの気持ちを宿して読経をするのは大変危険な事です。低級霊の格好の餌食にされてしまうのです。最後には身も心もボロボロにされてしまいます。

    呪詛などをすると低級霊に侵されて自分の身の破滅になります。相手が倒れるより自分がやられてしまうのです。直接関係のない話かもしれませんが祈りの時は清らかな気持ちでやらないなら祈らないほうがいいのです。
    静さんご本人のことではありませんが念のために。

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    No title

    さあやさん

    今までに多くの方から若くして世を去った子供さんの話を聞いて来ましたが例外なく誰からも認められるいい子です。早くこの世を去る子は必ずそれなりの理由があり霊的に見るとそれで人生を成就していることになるのだと思います。

    オーム真理教や連続通り魔事件、どちらも憑依現象が強く疑われると思います。
    オームの方は超能力を得たいがために瞑想の修行を続けていくうちに低級霊に憑依されてしまったのではないかと思います。それはそもそもの動機に不純なものがあったからでしょう。

    通り魔事件は何時だったかはっきり思い出せませんが大阪の小学校での児童殺人事件がありました。犯人は確か逮捕後2年ほどで死刑になりました。その後また関西のどこかで似たような児童殺人事件が繰り返されたと記憶しています。私はそれを聞いた時ハッと閃くものがありました。

    恨みを抱いたままの人間を死刑にすると死後は地上をうろつき自分と似たような感情を宿している者に取り憑いて復讐を企てます。

    地上から追放してやれやれと思っていても実際はさらに凶悪化して復讐しようとするわけです。この種のことは実際には少なくないと思います。ですから安易に死刑にしないほうがいいのです。時間がかかっても改心させるようにしたほうがいいと思います。

    憑依はされる方の心のあり方に問題があります。自分がそういう低級霊を呼び寄せるようなことをしているわけです。人を恨む、陥れる、悪いことを企てる、こういうことをしていると同じ思いの低級霊が寄ってきます。そして彼らの影響を受けて一層悪知恵が働くようになります。

    結局は自分が呼び寄せているのです。

    オームや通り魔事件の犯人は初めからそういう素因を宿していたと考えられますが、それは自分の努力によって克服できたかもしれません。霊界通信によれば初めからこの世で悪事を働いてやろうと考えて来る者もいないことはないそうです。でもそうであって欲しくないですね。あまり楽しくない話です。

    大空澄人さま、ご丁寧に返信下さりありがとうございました。

    私はみんな良い意味での課題を決め何か役割を持ってこの世に生まれてくるのだと思っていたので、いろいろな事件が起こる度にどうして?どこでどう間違えて?という気持ちになりましたが、最初からそうでない魂もあるのですね。

    憑依とか低級霊などかなり怖く感じましたがどういうことなのかはっきりと教えていただけてよかったと思います。

    娘と再会できた時「お母さんよく頑張って生きたね」と言われる生き方をしたいと改めて思いました。
    ありがとうございました。
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