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    物的発想

    2013.10.09 09:20|インスピレーション
     

    位牌を先祖と勘違いしている人はいないでしょうか?

    先祖をそんな所に閉じ込めないでください。先祖は皆あなた方と同じ人間、唯肉体を持っていないというだけです。


    彼らはあなた方よりはるかに多くの事を学び、悟っています。

     

    位牌や墓などを祀り、それらを見る時、多くの人は物的発想で他界した人を見ています。そういうフィルターを通して見ているのです。


    もしあなたが先祖を霊的実在として肌で感じ取れるようになれば位牌などは物質に過ぎない事を理解できるでしょう。


    追伸
    この世に何回か再生している人も多いでしょう。もし同じ日本で前に人生を過ごしていたとすると自分の墓や位牌を持っているかもしれません。中には2個以上持っている人もいるかもしれません。
    もちろん名前も違うしそれが同一人物だとしてももし会ったとしたら別人のように感じるに違いありません。

    以下は単なる想像に過ぎませんが。
    もしかしたら私たちは自分の墓参りをしたことがあるかもしれません。それが昔の自分の墓であるなど夢にも思わないでしょう。再生するまでの年月は個人差があり、稀には一年以内ということもあるでしょう。200年とか300年などと言われていますが中には1000年という場合もあるそうです。

    過去の生を外国で過ごしていれば外国に墓があるかもしれません。
    人間に死はなく永遠に生きることを知っていれば墓とか位牌などの意味や価値感は180度変わってくることでしょう。 自分とは何者か?それは墓や位牌の中に収まるようなちっぽけな存在ではないのです。

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    おはようございます。 いつもためになる記事ありがたいです。我が家の先祖代々の宗派は、位牌ま塔婆もありません…。国民的行事のようになっている、お盆やお彼岸すらありません。毎日の感謝、毎月の命日を重視しているようです。 娘を亡くし、涙が枯れる日はありませんが、全て気持ちだと思います。私は、娘に何もしてあげられませんが、あの世での娘に心配かけない生き方をしなくては…。と思います中々ですが!! 全ては、愛ですね。霊的真理を学ぶために努力することが課題ですね。

    No title

    ゴロゴロさん

    携帯電話そのものによる原因もあるかもしれませんが、もしそうでないとするなら次のようなことが考えられると思います。

    携帯電話に他界した人からのメールが届くという話は時々耳にします。スピリット(私たちもスピリットですが)の思念のバイブレーションは電波など電気関係のものに親和性があるようです。親和性といってもほかの物質に比べてということですが。時々家族が無くなって日が浅い頃、家の中が停電になったりする話も聞きます。

    娘さんのホルダーを通してメールが入るようになり娘さん自身の存在が改めて感じられるようになったということですね。

    娘さんは反省の時期も終了してお母さんに対して自分の健在ぶりを知らせたいということかもしれません。お母さんと同時に伯母さんにもそれを知らせたいのかもしれません。丁度伯父さんが他界したという機会でもありそういう条件が整っていたのかもしれません。突然死の場合は死の自覚が遅いので娘さんがそれを手助けしたことも考えられると思います。それは奉仕活動になるので自分のしたことの償いにもなるでしょう。

    あちらからの通信は送信、受信の双方の体制が整わないと難しいです。こちらの人に何かを伝えたいという強い思いがあると携帯電話の電波に思念が混入することがあるのかもしれません。

    以上、携帯電話自体に問題がないと仮定した場合に考えうる霊的考察です。

    No title

    静さん

    お家の宗派は浄土宗でしたか?
    そのように宗派によって慣習に違いがあるということは位牌や塔婆は絶対的なものではないという一つの証明でしょう。

    本当に意味のあるものは心です。形はその次のことです。
    この世では形が表面に出ますがその根底にあるものはやはり心です。
    心に思ったことが形として現われるのがこの世の特徴でしょう。

    しかし形だけ見ていては真実の半分も見ていないことになります。
    その裏にある心を見ていくことがこの世の修業でしょう。

    環境は落ち着きましたか?

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    No title

    大空様、お返事いただきありがとうございます
    とても参考になりました
    このタイミングで姉のメールが娘のホルダーに入るのは義兄に関係するのかしらと
    漠然と考えたりしましたがそれ以上の思考も無く困惑するばかりでした
    あまりに突然の義兄の死に何故?どうして?がぐるぐると頭の中を回ります
    明日で二七日になり少しは落ち着いてきた気もしますが
    死は不幸ではないと思っているはずなのに
    何故また1年も経たないうちに大切な人が亡くなってしまうのかと考え
    まだ続くのかとおびえてしまいます
    過去ログの49日に関する記事などなど拝見しながら日々を過ごしています

    No title

    ゴロゴロさん

    人は死ぬ時が来れば死にます。その時期は殆どの場合、自分で計画してきたものです。
    今はその悲報(この世の人にとっては)に接している真っ最中で自分の心のなかでまだ
    十分に理解が進んでいないのです。時期が来れば受け入れられるようになります。

    取り越し苦労は最も自分の心を蝕むものです。怯えて暮らす必要などありません。
    神の摂理に身を預けて生きていけばいいのです。
    私たちはそうするより他はないのです。
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