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    母を送って

    2013.11.14 16:03|体験集
    IMG_0048.jpg 

    晩秋の雨の夜に母は旅立った。99歳と7か月、あと少しで100歳になるところであった。
    私がカナダにいた8月の終わり頃、母は夢に現われたり昼間もフワーッとイメージが現われたりしていた。
    これは少し予定を早めて帰ったほうがいいのかなと思ったが私は予定通り9月に帰国した。

    私が帰国した翌日、母は介護施設で転んで大腿骨を骨折した。そのままにしておくと寝たきりになってしまう可能性が高いので高齢ではあるけど後の事を考えて手術を受けさせることにした。母はそれまでは施設の中を自力で歩いていたし大正琴を弾いて老人たちの歌の伴奏をしたりしていたのである。

    手術自体の経過は順調であったが食欲が無くなり目に見えて衰弱が進んできた。病院ではそれ以上治療をすることが無くなってきたので介護施設に戻り2週間待たずに母は静かに旅立った。

    通夜や葬儀の内容は予め考えていたのでその通りに行う事が出来た。家族葬にして参列者は親族のみ、儀式を執り行ったのは私と妻の二人で寺など宗教関係者の介入はない。通夜は二人で読経(母が読経が必要と思っていた場合を考えて)と妻のご詠歌を奉納した。

    翌日の告別式は妻の詠歌で始まった。詠歌の中には故人を送り出すにふさわしい内容のものがあり、意味のよくわからない読経より旅立とうとしている人と残った人双方に対してはるかに心に訴えるものがある。

    次に孫や私の姉からのメッセージをナレーターに朗読してもらった。メッセージの内容がとても感動的で参列の人たちの涙を誘う。最後に私が自分でメッセージを朗読した。当事者が自分で読み上げるというのはどうしても感情がこみ上げてきてサラッとはいかない。一度練習していればよかったかもしれないと後で思った。しかしこういうものは自分をありのままに出したほうがいいだろう。後で子供たちは、お父さんはよく泣かずにあんなのが読めるねと言っていたらしい。
    棺を皆で生花で一杯にして最後に全員で「ふるさと」を斉唱して告別式を終えた。葬儀に「ふるさと」を斉唱するのもなかなか良いものである。母は小学校教師をしていたので自分も子供たちと一緒に「ふるさと」を歌ったことだろう。

    母を送るにあたって私たちは世間でやっていることに左右されず自分のやり方を通した。都会では形式にとらわれない葬儀も増えているらしいが田舎では自分流のやり方は少しばかり勇気が必要かもしれない。葬儀は何より遺族の愛を表現できるものでないと意味がないと私は訴えてきたがそれを実行することが出来た。

    中陰の供養も特にやっていない。毎日のように家族が母の祭壇の前に行って心の交流をしているのであえてそういうものをやる必要はない。白木の位牌を一応作っているがそこには俗名が書かれている。生前戒名もあるけどあえて俗名にした。そのほうが個人を偲ぶ時に親しみがこもりイメージしやすくこちらの思念が伝わりやすい。そして何よりこちらの思念を個人に送るには遺影を見るのが良いと思う。

    他界した人に対して遺影を見て呼びかけるのが最も効果的であろう。必ず何らかの反応を感じるはずである。

    今私は母がこれまでになく身近になってきた。朝の犬の散歩、祭壇のある部屋、それ以外のどこにおいても母がすぐそばにいることを感じる。母の懐に抱かれているように感じられるのである。それはまるで自分の幼少時代に戻ったような感じがする。その安心感と心地よさは言葉で表現するのが難しい。

    すでにここ数十年の老いた母の姿はどこにもない。それは仮の姿だったのである。認知症などで老いた姿の裏には霊としての本体がちゃんと控えていて死後肉体を離れると本来の姿に戻るのである。
    母はここしばらくの間は私の傍にいたいようである。母が年老いてからは長い間心の交流が疎かになっていたことを私は反省している。それが今出来るようになった。生前よりもはるかに深い所で触れ合うことが出来るようになったのである。

    最後に母からのメッセージを載せたい。

    「ヒロシ、ヒロシがいたから私はここまで頑張る事が出来た。ありがとう」

    私は若いころさんざん母を悩ませた。私が何をやっても許してくれた母、いつも味方になってくれた母。
    母は偉大なり。私は今になってそう思う。

    以下は葬儀の時に朗読したものです。

    母を送る言葉
    お母さん、今まで私たちを愛し、見守ってくれてありがとう。長い間苦労をかけてしまいましたね。私は小さなときにこの家に来てからというものずっとお母さんに守られて成長することが出来ました。これまでお母さんを一杯心配させ、一杯悩ませて来ました。

    お母さんは50歳の頃大きな病気をして教職を退きその後は健康に過ごせました。夫婦で海外旅行もして人生を楽しむことができましたね。90歳を過ぎてからは心身の老化の為に介護施設で9年近く過ごしました。そこでの暮らしは最初は戸惑いがあったかもしれません。でも職員の皆さんの至れり尽くせりのお世話によって快適な余生を過ごす事ができましたね。

    9月に転んで骨折し、その後の手術など入院生活はちょっと辛かったかもしれません。そして退院後は体力の衰弱が進み今の結果となってしまいました。もう少しで100歳になるところでした。でも数えで言えば100歳ですから実際は100歳到達です。

    100年といえば1世紀ですね。1世紀を生き抜くというのは大変な事です。戦前戦後の激動の時代を乗り越えその後の高度経済成長と大きな変動の時期を体験して来られましたね。その時代を通じて天寿を全うされました。本当にご苦労様でした。

    もうおじいさんとは逢いましたね。迎えに来てくれていたでしょう?
    昨夜はその他にも何人かの先祖の人たちも来てくれていたようですね。
    これからはもう体の事を一切気にしなくていいのです。もう肉体的な束縛はありません。怪我も関係ありません。ここに寝ている老いた体はすでに自分のものではありません。今のおばあさんの体は若い頃の様に軽やかになっていると思います。これからはどこにでも行きたいところに行けるようになります。

    これからはまた新たな世界が広がってきます。人は今までの人生で蓄えた知識と体験をもとに新たな世界に旅立っていくのです。死は終わりではなく実はそこから一段と高度な世界での体験の旅が始まるのです。人生は永遠の旅です。この世での人生はその中の一つのステージだったのです。
    これから楽しい事も一杯あるでしょう。別れたと思っていた人にも再会できるでしょう。

    この世のことは案じる必要はありません。それは残ったものが引き継いで行きます。
    これまでの人生の重荷をおろして暫しの休息で羽を休めてください。もうすでにおばあさんのいるところはこの世ではありません。そちらからは私たちが見えてもこちらの人にはおばあさんの姿は見えないのです。ですから環境の変化に多少戸惑いがあるかもしれませんがそちらではおじいさんを始め良き指導者が付いていてくれますから何の心配も要りません。素直にその人たちの導きに従ってください。

    何かこちらに伝えたいことがあれば最初はおじいさんに頼んでください。そのうち自分でも出来るようになりますよ。私たちは実際にはいつでも会う事が出来るのです。むしろ生きていた頃よりも距離が近くなっているのです。メッセージを待っていますよ。

    長いこの世の人生お疲れ様でした。今まで本当にありがとう、ありがとう おばあさん!


    補足
    最初は息子として“お母さん”と呼び、途中から家族全体として“おばあさん”と呼びかけました。

    コメント

    安らかに・・

    大空さん、こんばんは。
    お母さま、安らかに旅立たれたのですね。
    お寂しいでしょうが、大空さんは、いっそう繋がりが強くなられると思います。

    99歳という素晴らしい人生、激動の昭和を生きた女性です。
    天に還られて、いままでの体験が生かされることと思います。

    みなさんの思いがいっぱいのおくり方、とても素敵です。
    形式にとらわれずに供養されることは、勇気が必要だったでしょうね・・。

    ふるさとを合唱されたことも、とてもすてきでした。
    お母さん、喜ばれていますね。

    .おはようございます。 形に拘るだけの式より、皆様の温かい気持ちに見守られ旅立って逝かれたお母様は、幸せでしたね…。 またより近い存在になられ、ご満足されていることに違いないですね。 そちらでの風習も段々変わってくるといいですね!! 訳のわからないお経あげるより、馴染みのある歌で送って上げられたこと、奥様のメッセージを詠まれたこと どれをとっても お母様は、うれしい涙を流されたことでしょうね…。 お母様のご冥福をお祈りいたします。合掌

    No title

    ねこうさぎさん、 静さん
    コメントありがとうございます。そのとおり母は他界してからより身近になり繋がりが強くなっています。この世に生きている者同士だと肉体をはじめ物質的なもの影響を強く受けます。

    あちらに旅立った人とのコミュニケーションはもちろんこの世の者同士のようにクリアーには認識することは出来ませんが、言葉を通じて意志交換するよりも深い所で分かりあえるものがあると思います。

    ですから別れはほんの一時的なものに過ぎず、それは肉体を中心とした意識が別れというものを強く意識しているのではないでしょうか。自分の本体(霊としての自分)はまた違う捉え方をしていると思います。

    今回は前もって用意していたので思い通りの葬儀が出来ましたが、不意に来たらとてもそういうことは出来ないでしょう。実際にはそのほうが多いと思います。

    私の場合、母の旅立ちはカナダにいた時から予知を受けていたので心の準備は出来ていました。それは私の背後霊の誰かが知らせてくれたのでしょう。霊界では人の旅立ちはかなり前からわかっているので準備態勢を整えているのでしょう。

    今は常に母の存在を実感することができます。その優しい愛を肌で感じますがそれは生きていた時よりも心の深い所で受けています。私は自分でも何と幸せな事かと思っています。本当に母とはありがたい存在です。お二人もその「母」なのですから私もえらそうなことは言えませんが、他界された子供さんとのつながりは絶対に切れることはないのでご安心ください。

    母の葬儀にと自分で音楽のCDを作成していました。その中で時間の関係で流すことのできなかったものがあります。それは「二十四の瞳」の歌です。
    母は以前に地域の人に大正琴を教えていて芸能大会で「二十四の瞳」の演劇をするためにこの曲をよく練習していたのです。私の母の名は久子、この小説の主人公も久子でどちらも小学校の教師で母は大石先生の家の近くで生まれています。

    以下かなり古い歌ですが。

    http://www.youtube.com/watch?v=gGOtg2Oa3M8

    二十四の瞳は今年、松下奈緒さん主演でテレビ放映されました。犬の散歩中にロケの現場を通りかかりました。何度見ても二十四の瞳は不朽の名作だと思います。
    こんなにやさしい自然の中にいるのにこの島の人たちはそれに気づかず自分達で作った小さな世界でうろうろしている人も多いです。二十四の瞳や自然を見習っておおらかに純粋に生きてほしいと願っています。

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    今日は娘の祥月命日です
    先日の法要以来、心を込めて祈り、穏やかに今日の日を迎えたいと考えていました
    ブログを拝見してお母様の訃報に接し、改めて考えさせられています
    「母は偉大なり」
    私は娘に助けられてばかりでした
    愚かな母と役割を持って生まれて来てくれた娘
    そんな娘の存在を大空様がお母様を感じる様に感じる事ができたらと思いました
    いつも一緒に居てくれる感覚、さらに深く娘を感じる様になりたいと…
    私にもお母様のご冥福をお祈りさせて下さいね

    大空さん、おはようございます。

    お母さまが、長い地上生活を終えられ、本当の魂のふるさとへと還っていかれたのですね。
    心尽くしの葬儀で、お母さまもお喜びでしょう。

    息子の時は、あまりのことに、何も考えられない状態で、警察に行ったり、司法解剖のため大学病院で長く待たされたりで、葬儀のことは、葬儀屋におまかせでした。

    葬儀当日、葬儀屋の紹介で来られた僧侶に、息子は交通事故で即死だったことを告げると、「憑依されないよう、元気よくお経を詠みます」と言われ、終わるや否や一目散に帰られたのには驚きましたが、葬儀が終わって葬儀屋からの請求書をみて、またびっくりでした。

    葬儀屋が取り仕切る葬儀は、息子のように、若くして亡くなった者には、そぐわない気がしました。
    形式にとらわれることの無意味さに気付き、葬儀の形も変わってくるといいのかな、と思います。

    No title

    ゴロゴロさん
    母のために祈ってくださるとのことありがとうございます。
    私は毎朝犬の散歩に行く前に神の間と仏間に入ります。犬が母の葬儀以来よく母の祭壇の前に行くようになりました。挨拶に行っているようです。
    犬にはよくわかるのです。人間も犬のように純粋に素朴になれたらもっと多くの人が他界した人からの通信を感じ取れるようになるでしょう。

    ところが特に主婦の人は朝から家事に追われてあちらからの通信を受信できるような心の状態にはなりにくいでしょう。私の場合も妻が家事を取り仕切ってくれるお蔭でそういうことが出来るのです。妻に感謝しないといけません。

    出来るだけ静寂な環境を作って精神統一する時間を持たれるようにしてみてはどうでしょうか。娘さんは懸命に自分の健在を知らせようとしているかもしれません。

    No title

    ゆきこさん
    考えてみると100年を生きるのはいかに大変なことかと思います。私はそんなに長くこの世に居続けることは出来ないでしょう。今も母からの思いを感じることが出来ます。母は他界しても尚私の事をサポートしようとしてくれています。親不孝な事ばかりしてきたのに母親とは何と有難いことでしょう。

    葬儀は殆どの場合家族はパニックになっているのであれこれ考える間もなく葬儀社や寺の言いなりになってしまいます。また葬儀に対する正しい知識もありません。葬儀社が最初に見積もりを取りに来るはずですが実際に払う額は大体決められたパターンの二倍くらいになるようです。送迎の費用、霊柩車、料理、その他諸々のものがついて来ます。

    普段からもし我が家で葬儀をすることになったらどうするかを考えておくべきだと思います。私は今回不要なものはすべてカットしました。これ要らない、あれも要らないと言うと葬儀社の営業の人が苦笑いしていました。20年前の父の時は一番高価な祭壇にして参列者300人以上と派手にやりました。コストは忘れましたが。

    母の時は対照的にシンプルなものにしました。でも父の時の灯篭やその他飾り物を妻がしっかり保存していてそれを飾ると家の祭壇はそれなりのものになりました。大がかりな葬儀をやると後も大変です。家族はそれだけで神経をすり減らしてしまいます。

    あちらから見て葬儀をどういう風に考えているのでしょうか。昨夜仏間で母と対面していると父が現われてその答えがありました。後日このページ上でご紹介したいと思います。

    No title

    大空さん、1世紀を生きてこられたお母様、天寿を全うされ、ご苦労もされたと思いますが素晴らしい人生でしたね。

    まだ一週間にもなりませんが、ヒロが大好きなヒロパパの母、ばあちゃんがガンの末期と知らせがありました。そのことでもヒロはあちらからたくさんメッセージや導きをくれました。ヒロが旅立って3年ほどたった時、ばあちゃんの前に姿を現しました。

    http://onelove1128.blog91.fc2.com/blog-entry-58.html


    ホントに大好きでばあちゃんっ子でした。でももう長くはありません。
    私はただ、その時が来るまで、少しでも・・・少しでも穏やかな日が多いことを
    祈るだけです。残酷だな・・・って思います。

    話がそれてしまってすみません。

    大空さんのお母様のご冥福と光の世界での幸せを
    心よりお祈り致します。

    No title

    もっちゃん

    母は幸せな一生だったと思います。たった今、自分でそう言っていました。
    そして家族は助け合うことが大切だとも。

    母には一切の延命治療は必要ありませんと最初からドクターに告げ、介護施設のほうには自然死の形を望むことを知らせていました。実際にその通りになりました。

    末期ガンですか、抗がん剤などをやり過ぎると必要以上に本人は苦しみます。
    ばあちゃん、自然に、あたかも引っ越しするように逝けるといいですね。
    ヒロさんもそばで見守っていることでしょう。

    大空様 初めまして

    大空様

    初めてコメントさせていただきます。

    今年の4月28日に妻が他界しました。


    数えで48歳でした。子宮剄癌が発見されて、1年半で旅立ってしまいました。

    子供なしの夫婦で22年間の夫婦生活でした。病気になるまで妻はいつも私の隣にいて、
    二人で年を重ねていくことを楽しみにしておりました。

    病気で苦しんで亡くなった妻のこと思いだすと胸が掻き毟られるような日々を1~2か月過ごしてまいりました。

    ある日 本棚を見ると数年前に古本屋で105円で買った、「シルバーバーチの霊訓」という本が目に入りました。

    妻がいた時に何回か読みかけましたが、あまり面白いと思わなかったので途中でやめて、そのままに本棚に置いたままにしていた本です。

    その本には今妻は霊的な世界で痛みも苦しみもなく、幸せにしていると書いてありました。

    えっ 千秋(妻の名)は今 幸せなの?

    私はその本を何回も何回も読みました。

    死後の世界を信じるとか信じないとかで悩むことはありませんでした。

    なぜなら 千秋は今 幸せだと言ってくれているのになぜ、それを疑う必要があるでしょうか。

    私の望んでいることを言ってくれている言葉が本にあったんですから。。

    「シルバーバーチの読書会」に参加した時に知り合った方に大空さんのホームページを教えていただきました。

    「旧」のホームページも含めて 今 少しずつゆっくり読ませていただいています。

    大空さんがどこかでおっしゃっているように千秋のこの世の時間が最初から約束されていたのなら、千秋との早めの別れも約束されていたのでしょう。

    担当医に余命3か月と言われた時に私は千秋にそのことを言う事ができませんでした。

    当時 私たちは霊的世界について考えも及びませんでした。

    ですから、千秋は霊的世界の知識がほとんどなく他界しました。

    千秋はあの世で今勉強を始めていることでしょう。

    私のこの世での妻との別れがなければ、シルバーバーチも読んでいませんでしたし、大空さんのホームページに出会うこともなかったでしょう。

     
    妻とのこの世での早めの別れが約束されていたなら、この世に残された私がやらねばならない役割があるのではないかと思うようになってきました。

    守護霊様と千秋に見守られながらの役割があって、それを果たしてから妻との再会を楽しみにしたいと思います。
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