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    指導を仰ぐための条件

    2014.01.23 15:14|インスピレーション


    真理を学びたい、真実を知りたいという強い願望は自動的に霊界からの指導を引き寄せることになります。日常生活の様々な場面で指導霊の指導や教育が行われるようになります。

    そこで出来るだけ自分の我を減らすことが必要になります。その度合が指導霊の霊力の働きを左右します。つまり受容性を高めることが大切になります。

    それから世間の常識やしきたり、儀礼的なことの真価を見抜き少しでも真実に迫ろうとする勇気と探究心も必要です。

    そして現状に満足することなくあくなき向上心を持つことです。



    コメント

    妻との別れを無駄にしたくないです

    妻と二人で呑気に気楽に楽しく暮らしていました。

    妻とは本当に相性がよく、生活自体が本当に楽しかったです。

    もちろん この幸せな生活がいつかは終わることはわかっていましたが、まだまだ先のことだと思っていました。

    それが妻の病気が発覚してから1年半であっという間に二人の幸せな生活は終わってしまいました。

    あまりに早く終わってしまいました。

    妻とこの世で別れて悲しいです。

    本当に悲しいです。

    でも 悲しいだけで終わりたくありません。

    妻がいなくなって一人で暮らしていく今、呑気で気楽に暮らす事はできません。

    今まで気にもしなかった、真理が知りたいです。

    霊的真理が知りたいです。

    妻とのこの地上界での別れを無意味なものにしたくありません。

    妻との別れによって私が得なければいけない真理を知りたいです。

    妻との別れによって、利己をできるだけ小さくして、利他をできるだけ大きくしていきたいです。

    そして 大空さんのおっしゃるように必ず 妻と再会できるので、それを楽しみにして魂を成長させていきたいです。



    魂の旅は永遠

    離別の苦難は魂を目覚めさせるためにあるのです。

    目先の悲しみよりも永遠の魂の旅においては

    魂の成長の方が意味があるのです。

    別れたと思っている人とは必ず再会します。

    離別は一時の悲しみ、魂の旅は永遠です。

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    No title

    コバチャン本舗さん

    遅くなりました。
    昨夜コメントの返事をもう少しで書き上げるところでキーボードの迂闊な操作で内容が飛んでしまいました。これも意味があるのでしょう。

    誰しも幸せの最中にあるときはその有難味がわからないものです。
    失ってみて初めてわかるのですね。これは私も常々経験しています。

    悲しいことに人の意識は現時点での狭い範囲の事しか認識できないようです。
    もっと大きな視野から見れば何でもない事が、さも重大なことのように思えてしまう
    ものです。あとで振り返ってみてあの時は見えていなかったなと気付かされます。

    肉体に宿って生きている間はそれは宿命的なものかなと感じています。
    そこで少しでも意識を広げて霊的な自分に近づくために祈りや瞑想があるわけですが
    これも一朝一夕に為せるわけではありません。

    確かに実際にあちらに行った人の何らかのサインが読み取れれば離別の悲しみは
    うんと和らぐことでしょう。あちらに行った人はそれぞれで皆が同じ行程を辿る
    わけではありません。母はこのところ以前に比べて距離が出来てきました。
    それはそうでしょう。いつまでも地上の家族に接しているよりももっと大切なことが
    あるでしょう。広くて束縛の少ないあちらで存分に羽を伸ばしていることでしょう。

    この間親友が急死しました。通夜の前に私が散歩していると彼がずっと付き添ってきました。まだ自分の状況を正しく認識出来ていないようでしたので私は念を送り続けました。
    「君はもうこの世の勤めが終わったんだよ。本当にご苦労様だったね。今後はこちらに執着してはいけないよ。おじいちゃん達が指導してくれるから付いて行けばいいよ」。

    私は心のなかで何度も繰り返しました。

    後の通夜や告別式は形式をなぞったものでした。田舎ですから無理もないでしょう。
    親友だったのでもし弔辞を頼まれたらやってもいいと思っていましたが受付を頼まれました。少しばかり霊の世界を感じる人間にとっては虚しく感じることですがこればかりはわからない人にはわかりません。

    私は葬儀に行く度にその種のフラストレーションを感じていますがこれも修行だと思っています。

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