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    悟り

    2014.02.04 12:33|インスピレーション
     

    悟れないから、悟っていないから苦しいのです。それは視野が肉体の範囲に限局された状態です。自分に内在する最も大切なもの、それが目覚めてくれば肉体を超えて大きく視野が開けてきます。それまでより広い視野から人生を眺めることが出来るようになります。

     

    苦しみの体験は悟りを得るまでに何度も来ます。それは悟りを開かせる為の触媒なのです。悟りは次の世で活躍するための資格となります。



    補足
    親鸞聖人の話はよく知られていますが、自分の人生の苦しみを通じて自分なりの真理を体得したようです。やはり苦しみ(嫌な言葉ですが)は成長のための神の配剤なのでしょう。何の悩みも苦しみもなく毎日をのんべんだらりと過ごしていたら人は堕落してしまうでしょう。この話はよく母に聞かされたものです。

    コメント

    No title

    大空さん


    妻と知り合う前 私は自己中心的で自分のことしか考えないいやな男でした。

    妻と知り合って、妻の幸せを一番に考えるようになりました。

    妻の喜ぶ顔や笑顔を見るのが一番大事なことになりました。

    妻が病気になった時 霊的真理に目覚めていませんでしたので、神様に全てをお任せするという考えはなく 勝手なお願いを神様にしておりました。

    「神様 千秋を助けてください。元気な体にしてください。」

    妻が他界して 私の人生の中で最大の悲しみと苦しみを体験することになりました。

    妻のいない人生に意味はないと思ったりして 号泣していました。

    霊的真理を学び出して、「死は悲劇ではない」ことを知りました。

    もしかすると 妻は霊的世界で幸せなのかも知れないと思うようになりました。


    妻が他界したのは神の摂理だったのだと思えるようになりました。

    妻にとってカルマの解消の為に必要だったのです。

    病気で苦しんだ分 今は霊的世界で幸せにしているはずです。

    私にとっても かけがえのない妻とこの世で別れるという苦しみが必要だったのですね。

    悲しくなりそうになった時は大空さんの

    「離別は一時の悲しみ 魂の旅は永遠」という言葉を思い出しています。


    二つのシルバーバーチの読書会に参加していますが、私と同じような体験をした方がいらっしゃいます。

    一緒に霊的成長をしていきたいと思っています。


    大空さんのブログを見ていらっしゃる方とも 一緒に霊的成長をしていきたいです。

    No title

    大空さま

    こんばんは

    今の私は、目に見えるものしか見えていないのです。

    『永遠の別れではない』という真理に、生きる希望をいただきながら、

    ひと時の別れ、逢えない哀しみにおぼれています。

    自分の哀しみ苦しみばかりを見つめていては、

    『真理』を心底理解することも広い視野を持つことも出来ませんね・・・。


    哀しみを『悲しむ』という、今生の自分の心のみにとらわれず

    永遠の『魂』での、このひと時の別れを受け止めることができたなら・・・。


    『真理』を学び、この哀しみを穏やかに受け止め、

    広い視野で人生を眺められるようになりたいです。

    大空さま、いつもありがとうございます。

    No title

    うりさんへ

    かけがえのない人を亡くした悲しみは体験した人しかわかりませんよね。
    人生最大の悲しみです。

    だからこそ 私は他界した妻が霊的世界で幸せに暮らしているのを知った時、うれしくて叫び、走りまわりました。

    今 妻はがんの苦しみの顔ではなく、幸せな笑顔で霊的成長をしながら暮らしているはずです。

    最近は寝るときに妻の最高の笑顔を思い出して、妻からの言葉をイメージしています。

    「良夫ちゃん  心配しないで。私は今 とっても幸せ。

    だから いつまでも メソメソしないで 良夫ちゃんらしく明るくしてね。

    良夫ちゃんが最後まで私にやさしくしてくれたように、ほかの人にもやさしくしてね。

    大切な人を亡くして 悲しんでいる人を癒してあげてね。」

    私がイメージしているという事はきっと妻からの導きに違いありません。

    No title

    コバチャン本舗さま

    こんばんは

    ありがとうございます。

    コバチャン本舗さんのコメント、いつも拝見しておりました。

    どの言葉からも、奥様への愛をひしひしと感じられ、

    と同時に、奥様の他界はコバチャン本舗さんにとって、

    言葉では言い表せない、深い深い深い悲しみだったことでしょう・・・。

    でも、奥様が霊的世界で幸せに穏やかに過ごしていらっしゃることがわかったのですね。

    たとえ、この目に見えなくても、愛する人が幸せにいてくれたら、本当にうれしいです。


    うつむいて、悲しくなってばかりですが、

    霊的世界で、穏やかににっこり笑っていてくれることを信じて、

    いずれ逢えるその日が必ずくると信じて、

    大空さまの言葉を胸に刻み、『真理』を学んでいきたいと思います。


    大切な人といっしょに、自身の生きる希望をも失いました。

    ですが、こうして『真理』について考え、学ぼうと思うことが

    やはり自分にとって意味のあることなのだと思います。

    焦らず、ゆっくり、一歩一歩ですね。

    大空さま
    こんにちは

    「人生を広い視野から眺めることができる。」

    自分を中心に考えていては、それはできないと、いつも思っています。

    霊的真理を学び、人様を救うべく、役に立つ事に繋げると言うことは、自分を己自身を消し去ること。

    妥当な言葉が見つかりませんが、
    これに近いことだと思っております。

    自分が中心にいては、それは成し遂げられません。
    真理を学び、理解し、伝達する。
    この素晴らしい善なる行為も、自己満足で終わらせてはならぬ。と、思っています。

    また、シルバーバーチは、悲しみの救済が中心にあるのではなく、それも真理の一部だと。

    大空さまの言われる、広い視野とは、慈悲の愛と、シルバーバーチを自分の核心に置き、悲しみや苦しみに立ち向かい、また救うべく、そこから初めて踏み出せる一歩だと、
    私は理解しております。

    未熟な自分ゆえ、大空さまや、皆様のお言葉を胸に刻み、一歩ずつ進んていきたいと
    思います。


    ありがとうございました。



    No title

    コバチャン本舗さん、うりさん、ローズさん

    数日の間、家を留守にしていてコメント返信が出来ず、申し訳ありませんでした。

    皆さんのおっしゃられる通り、離別の体験は真理の学びの一つの側面なのでしょう。

    いずれは悲しみの感情を脱して一段と大きな視点からこの世の様々な出来事を観察できる時がくるでしょう。それは今生の間か、それとも次のステージに進んだ時なのでしょうか。
    それは人それぞれでしょう。

    いずれにしても私達は日常小さな視野から物事を観察しているようです。些細なことで気持ちが動揺したり落ち込んだりするものです。これはやはり肉体に宿って生活している以上、宿命的なものかなと思っています。この世の事象に適合するためには物的な視点も無いとやっていけません。でもそれは長い魂の旅を考えると一時的なものに過ぎないということになります。

    その辺の道理がわかっていればいいのだと思います。日に一度は物的視野を脱して物事を霊の目で見ることが必要でしょう。そのために祈りと瞑想があります。

    一言で言ってこの世は物事を見る目を養う場ではないかと思います。
    ありとあらゆるものが比較の対象として現れてくるので毎日がトレーニングなのでしょう。
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