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    母からのメッセージ 9

    2014.02.15 10:00|親族、友人の霊界便り
     
    IMG_0008.jpg

    お前ももう歳だから毎日を心静かに穏やかな気持ちで過ごすことだね。自分があれこれしなければならないと思うよりもこちらからの力に身を任せるようにしたらいい。

    もうこれからは誰かと衝突したりするような事はしないほうがいいよ。穏やかな気持ちでいれば誰もお前を敵対視するような事はないからね。晩年は心穏やかに過ごすことが何よりの薬になるから。

    マーちゃんにはお前は色々してあげたから感謝していると思うよ。竹馬の友だったね。今は彼のことはわからないけど先に逝っている家族や先祖の人に迎えられてちゃんと教えてもらうから大丈夫だよ。あの子はいい子だったから妙なことにはならないよ。

    人を困らせたり迷惑をかけたりしてきた人はこっちに来ると大変だよ。非常に反省させられることになるから。自分が迷惑をかけた人(この世の人)に泣いて謝っている人もいるよ。でも本人には通じない。少しもわからないからね。

    この世にいる間はとにかく人に迷惑をかけないこと。後で必ずバチが当たるから。




    補足

    マーちゃんというのは私の幼なじみで、先月急死しました。同級生で子供の頃からよく遊び、成人してからも私が大阪に住んでいる頃には彼はよくアパートに泊まりに来て一緒に酒を飲んだりしていました。また故郷に帰ってからは一緒にヨットに乗っていました。私は彼からヨットを教わったのでした。

    彼はその後私が散歩をしているとよく付いてきました。一緒に遊んだことがとても印象に残っているようです。
    人が死後この世のことを思い出す時、楽しかった思い出は貴重で深く心に残っているようです。

    コメント

    お散歩

    竹馬の友さんと御一緒のお散歩って、想像するとたのしそうで素敵ですね。
    大切な人とならいいけれど、そうでないたましいだったら、怖いです。

    この世の中、そういうたましいが混ざっていて、見える人にとってはとんでもない風景になるのでしょうね。

    心の中は恥ずかしく善と悪とが混ざっていて、この世の修行はまだまだです。

    頑張ろう。

    お母様の言葉は、心にしみ込んできます。

    ありがとうございます。

    No title

    ぴょいぐるみさん

    自分と波長の合う者しか近づいてくることはないと思います。

    嫌な奴だなと思っているとこの世でも近づいては来ないし、ましてや自分から近づこうとはしないでしょう。あちらの世にいる人もこの世の人もそれは同じでしょう。結局、自分が引き寄せていることになると思います。

    本当にこの世は修業です。ここで過ごした時間を後で振り返ってみて満足できるようになりたいものですね。

    No title

    今日は関西シルバー読書会に参加してきました。    

    今日のテーマは『地球浄化の大事業』でした。

     霊的真理に目覚めさせていただいた今 大霊の道具として この地上界でできることをしていくのが私の修行だと思います。

    幸せにしているので妻のことは大空さんのおっしゃるとおり もう心配していません。

    逆に妻の力を借りて 利他的な日常の中で焦らずに霊的真理の普及をしていきたいです。

    No title

    コバチャン本舗さん

    大霊の道具として生きることですね!

    一人でもそういう人が増えてくればこの世も少しづつ向上していくことでしょう。

    そのうち理解のない人たちの抵抗に遭うでしょう。でもそれも計算の上です。

    無理解の人たちに対して哀れみの気持ちになれたら本物でしょう。

    それも修行です。奥様のことを心配するのは真理の追求者としてはまだ理解が十分ではないことを意味します。

    何だか今日はわかったようなことを言ってしまいました。

    でもそれが本当です。

    No title

    大空さん

    また コメントしてしまってすみません。

    今日 当たり前のことに気がついてしまいました。

    霊的真理に目覚めていない人からでも、

    「奥様はきっと あの世からご主人を見守っていますよ。」

    と やさしいお気持ちで言っていただくこともあります。

    とても ありがたいことです。

    しかし それは比喩的なことだったり、たとえ話であったり、気休めの言葉であったりします。

    本当に霊的真理に目覚めた私たちは そのことを実感のある現実としてとらえなければいけないんですよね。


    たとえ目に見えなくても 声が聞こえなくても、妻は現実に霊界(今はまだ幽界だと思いますが)いることを感じなくてはいけないんですよね。

    妻が今 この世にいなくなった悲しみの気休めに思うのでは絶対いけないのですよね。

    現実であることを感じていないのに他の人に気休めで言ってはいけないだなあと今日つくづく思いました。

    時期のきた人にお話するにしても、自分が実感を持って、自信を持って言わなければいけないのですね。

    今日 妻がそれを教えてくれたので大空さんに報告したくなりました。


    No title

    コバチャン本舗さん

    実際にわかって物を言うのとその場を取り繕うための言葉の違いは相手にわかるはずです。重みが違います。

    言葉は本心を忠実に伝えるものではありません。人間は言葉を交わしながらも相手の本心を探っています。それは本能的に言葉は万能ではないことを知っているからです。

    あちらに行けば言葉は必要がありません。その代わりに自分の本性が誰の目にも透けて見えてしまうのですから一切のごまかしはききません。

    そこに行っても恥ずかしくないように今から自分の心を浄化させておかなくてはなりませんね。私は自分の年齢を考えると最近そういうことを考えています。特に若い頃に自分がした事を振り返って見ると、穴があったら入りたくなってしまいます。

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