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    再び瞑想の話

    2014.02.22 11:47|真理を求めて
    IMG_0072.jpg 

    俗世間との回路を一旦オフにしましょう。それがつながっていると次の段階には進めません。

    意識をシフトさせるためにはその人に合った方法があるでしょう。静かなクラシック音楽を流すのもいいでしょう。ショパンのワルツやノクターンなどはとてもいいと思います。私は去年の母の告別式にはBGMとして自分の音楽CDを持っていって葬儀社にそれを流すように頼みました。告別式の間はずっとそれが場内に流れました。

    それから私は読経をしていた頃がありましたが長すぎると知らないうちに他のことを考えている自分に気づくようになりました。その点真言は短くて瞑想状態の前段階を作るにはいいと思います。あくまでも自分の意識をシフトさせるための道具として意味があるでしょう。数秒、長くて数十秒で十分であり長くやっているとお経と同様になります。

    慣れてくればそういう道具も必要がなくなるでしょう。静寂で清らかな場所を確保できるならその場にいて何の道具もなくても数秒で意識をシフトできるようになります。

    自分は静寂の中にいると感じることが出来たら自分の身をその場のエネルギーに没入させて一体化します。自分とそのエネルギーとの区別がつかなくなってきます。それは言い方を変えれば主に肉体を起源とするエネルギーをシャットアウトしてしまうという事です。つまり肉体を持ちながら肉体を一時的に脱ぎ捨てるということです。

    その時とても爽やかな気分になれたら成功でしょう。霊的エネルギーが自分の体内に溢れ日常の雑事や人間関係等は細やかな事に過ぎないと感じられるでしょう。その状態になったときに本当の自分つまり霊的自我が目を覚まします。その事が最も大切なことでメッセージを受けたりするのは二次的なことです。

    人によっては上からや他界した家族のメッセージを感得しますがあまりそれを期待しないことです。それを求めすぎると禅定の状態を作る妨げになります。全てを神にお任せするという心境が何より大切です。

    頭頂部にはヨガでいうサハスラーラというポイントがあります。これは自分の霊体の霊的エネルギーが出入りするところで額や喉などにもそのポイントがあります。私の場合は頭のてっぺんがジーンとしてくることによって霊的エネルギーが入ってきていることを感じますがそれも人それぞれでしょう。

    最後に瞑想とともに祈りは欠かせません。むしろ祈りのほうが大切でしょう。

    「自分は神の子であり神の御心に沿って生きられますようにお導きください」

    という意味のことを自分の背後の霊団に祈念するのです。
    背後の霊団は必ず聞き届けてくれます。そしてそれは全宇宙の創造主、つまり神に届くのです。



    補足

    時間が十分ある時は最初に祈り、続いて瞑想に移るのがいいでしょう。どちらにしてもあまり長い時間は必要がありませんし、逆にダラけたものになってしまっては意味がありません。長時間精神をその状態に保ち続けることは難しいからです。

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