07 | 2017/08 | 09
    - - 1 2 3 4 5
    6 7 8 9 10 11 12
    13 14 15 16 17 18 19
    20 21 22 23 24 25 26
    27 28 29 30 31 - -
    最新記事

    カテゴリ

    プロフィール

    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

    リンク

    最新コメント

    メール宛先

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    検索フォーム

    カウンター

    神と法則を理解すること

    2014.02.27 10:20|インスピレーション
     

    人間には現象の一部しか見えていません。自分が置かれた環境の負の部分ばかりが見えてプラスの部分が見えないのです。今、身の回りに起きている出来事は必要があって起きているものであり、無意味に起きているものは一つもありません。

    何でもネガティブに取らないようにしましょう。物事はバランスが取れていて、今苦しみを味わっているなら必ずいつかは喜びを味わう時が来ます。ネガティブな事を考えて不安になるのは神と法則に対する理解が十分ではないことを意味します。


    補足

    私たちの身の回りに次々と起きる事は全て必然であることを頭で理解していても実際に何かが起きるとついうろたえてしまうものです。一瞬視界が閉ざされてしまったように感じるかもしれません。

    瞬時にその事象の裏にあるものを見抜くことが出来ればいたずらに悩むことはなくなるでしょう。でもそんなことが出来るならこの地球上に生まれてくる必要はないはずです。出来ないからここに修業に来ているということでしょう。

    私たちの意識は一度に一つの事にしか焦点を当てられないようです。その為に何か嫌な事や辛い事があるとそこばかりにスポットを当ててしまいます。もっと広く周囲を見渡せば光明が見える事もあるはずです。すべて真っ暗という状況はあり得ないと思います。広い視野から自分の人生を眺めてみると自分はいかに恵まれていたのかと感じることもあるでしょう。

    陰の極のように感じられる環境において一方では同時進行の形で将来の喜びに向けてエネルギーが蓄積されていても私たちは少しも気づかないのです。

    コメント

    No title

    大空さん いつもありがとうございます。

    妻の他界で霊的真理に目覚めても 悲しい事 辛いことは起こります。

    そんな時 妻がこの世にいないことの悲しみが襲ってきます。

    この時にやはり 私の妻のいない悲しみは自分のこの世の悲しみにつながっていて、本当に妻の為の悲しみでないことがよくわかります。

    妻のことを思う悲しみにごまかしていますが、本当は自分のこの地上界での悲しみなんですね。


    前回のテーマの瞑想はまだ 上手くできませんが、ネガティブな時は部屋を暗くして、ユーチューブで癒しの曲を聞きながら、無心になるようにしています。まだ 上手くいきませんが。

    そして そのまま早めに寝てしまいます。

    とにかく 早めに寝るようにします。

    早く 寝ることを4~5日続けると 少しずつ 元気が出て、ネガティブな思いが薄くなってくるのがわかります。


    霊的真理に目ざめる前は ネガティブな時期がもっと長かったような気がします。

    少しだけ ネガティブな期間が減ったのも妻のおかげかもしれません。

    No title

    コバチャン本舗さん

    遅くなりました。

    離別の悲しみもその他の人生の苦難も全ては神の摂理を理解する為の触媒ではないかと思います。真理の探求も悟りを得ることも結局は神の摂理を理解することに集約されるのではないでしょうか。

    地球上にあるすべての宗教の根本も神の摂理の一部を表現したものでしょう。

    そういうことを考えると原理は単純にしてその奥行きはとても人智の及ぶものではありません。摂理は全てのものに及ぶのですからわかったようなことを言ったところで我々はその中をウロウロしているに過ぎないのです。

    都会では見えないかもしれませんが、ここ小豆島では夜空を眺めると無数の星が見えます。星の運行もきちんと秩序が保たれていて間違えて軌道を外れたりすることはありません。そしてそれぞれの天体には生命体が宿っているようですが地球人類にはそれが認識できません。このような全宇宙を統制している大霊の息吹が我々一人ひとりにも宿っているのですから一人ひとりが神の子なのです。

    今の苦難は本当は一時の事に過ぎないのです。
    私にも悩みはあります。
    将来、あちらからこの世を振り返ってみて充実していたなと満足感に浸ることが出来たら幸せでしょうね。

    なぜ、こんなことが起きてしまうのか、起こってしまったのか。
    その真の理由が知りたいと思うことがあります。

    それが、そう簡単にわからないからこその修行ですね。


    あれほど時間と持てるエネルギーのほとんどを注いだのに、なぜ、こんな結果に?と空しく思ってしまうこともあります。

    これだけのことをしたのだから、それだけの見返りは返ってくるはずだと、ギブアンドテイクの考えしかないから、そう思ってしまうのでしょうね。見返りがないことに不満を感じてしまうのでしょうね。


    『I never accept thanks.』
    シルバーバーチの言葉ですが、こんな境地に少しでも近づけるときがくるのだろうか、遠い道のりのように思ってしまいます。

    No title

    ゆきこさん

    それは遠い道のりでしょうね。でもそういうようなことを考えるという事自体がすでに真理探究の道を歩まれていることを証明しているのではないでしょうか。

    この世の事は目に見える現象の背後には必ずその裏付けとなるものがあります。
    人の心とそれに対して神の摂理が働き様々な現象が現われますがそれらは整合性が取れています。人の目には理不尽に見えるのも無理はないことでしょう。私たちには一部しか見えていないのですから。お互いにこの世の事は修業ですね。

    非公開コメント