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    この世は不完全な所

    2014.04.20 09:26|インスピレーション

    IMG_0002.jpg 

    この世は不完全な人間の集まりであり、完全な人間は一人もいません。不完全な場所ですから起きることもそれなりです。そういう環境の中で過去の出来事を思い出して悔んでみても仕方がありません。要は物事の核心を見抜いていくことが大切です。ネガティブな事を蘇らせて自分を落ち込ませないようにしましょう。それよりも未来に向けて希望を持ち自分の向上を願いましょう。


    コメント

    No title

    春は、まわりが華やかになるので、かえって落ち込んだり、こんなときに膝を痛めて情けなくなったりしてました。

    シルバーバーチの言葉に、
     You will not achieveing without travail, without sorrow.
    とありますが、苦しみや悲しみも、中には、自分の自己中心性や愚かさが招いたものもあり、それらは自分がもっと賢かったら、経験する必要はなかったし、周りに迷惑かける必要もなっかたのではないかと思います。

    息子にも、そのせいで迷惑かけた気がします。

    でも、不完全だからこの世にいるのであって、いくら悔やんでみたところで、しかたないことですね。

    その時は、自分のやっていることが自己中な愚かしいこととも思わず、やっていたわけですから・・・

    あきらめず、向上をめざすようしていきたいものです。




     

    No title

    大空さん いつもありがとうございます。

    霊的真理を知り 妻が霊的世界で幸せにしているのも知りました。

    しかし それを理解しながらも、他界するまでの3ヶ月間のガンの痛みによる妻の苦しみの時を思い出してしまいます。


    これはゆきこさんのおっしゃるように私の自己中心性や愚かさが招いた悲しみです。

    すでに過去になってしまったことにいつまでもネガティブな思いを蘇らせて落ち込んでいるわけです。


    そんな 私を見て、竹を割ったようなさっぱりとした性格だった妻の声が聞こえてきそうです。

    「良夫ちゃん 私はいま全然痛くないし、可哀想でもない。私が病気だったのはたったの2年よ。いつまでもその2年を引きずらないで。

    病気だった時の私といつまでも付き合っていないで、今の私と再会する時の私と付き合ってよ。」

    たった3か月の妻を思い出して いつまでも悲しんでいる私は本当に情けない。

    あの時の妻が妻のすべてではないに決まっている。

    いつも 明るくでにこにこしていた妻を思い出せばいいんですよね。

    これからの妻に思いを巡らせばいいんですよね。

    そうしなければ シルバーバーチを知って、霊的真理を目指していく一歩にならないですね。

     

    No title

    ゆきこさん

    人生で遭遇する事は本当に一つ一つが修業だと思います。それぞれが自分の霊性のレベルに相応したものを体験しているのでしょう。そして進歩のスピードは各自の人生をトータルしてみると極めてゆっくりしたものかもしれません。

    あの時分かっていたつもりだったのに後であれは一体何だったのかと思い知らされることがあります。それでもこの地上人生を終える時には満足感を味わえたらいいですね。

    泣きっ面にハチという言葉がありますが一つの事で悩んでいる時に何か新たな問題が起きるとそれまでの悩みがどこかに行っていることがあります。人の意識は同時にいくつもの事に焦点を当てることは難しいようです。

    一つの事だけに意識を集中させるとそれが一層重大な事に思えてきます。忙しくしていてあれこれやっている時は気持ちが分散されているので忘れています。
    やはり我々は適当に忙しいほうが心の健康にもいいようです。私も退職した身ですが常に何かの課題を追いかけていることが大切だと感じています。

    No title

    コバチャン本舗さん

    いつもコメントをありがとうございます。
    刻み込まれた記憶は薄れたり濃くなったりしながら長い目で見るといつの間にか意識の外に置かれていくことになるのでしょう。もちろん小林さんが他界後に奥様と再会した時には今の苦しみや悲しみとしての記憶(メモリー)もその役割を終えることでしょう。

    人の記憶というものはなかなか思い通りにはなりません。忘れたいのに突然蘇ってくる事はよくありますね。

    でも次々とめくられていく人生の新たなページの中でいつの間にか過去のものは消えていくでしょう。我々が感じる時間は長いようですが霊的人生の中ではほんの一瞬の間に違いありません。

    一方において直接あちらの人とのコミュニケーションが出来たらそれは離別の悲哀を随分和らげてくれるでしょう。それは容易な事ではありませんが少しでも片りんを感じることが出来れば強力な援護になることでしょう。

    昔の人は霊的知識に乏しく死後の世界を知識として知ることも出来ませんでした。それに比べて今はその気になれば豊富な知識を得ることができます。その分我々は恵まれた時代にいると思います。

    ちなみに私は母や親友の他界を前にして全く悲しみの感情は湧きませんでした。母は100歳近くでしたから当然と言えば当然かもしれません。親友の時にも少しも悲しくありませんでした。彼らが実際に前よりも身近なところにいて愛の気持ちを送ってくれていることがわかるからです。そして彼らは地上特有の悩みから解放されているので少しも不幸ではないことがわかるからです。時々彼らがうらやましくなることがあります。

    世間一般の常識からして私のようなのはなかなか理解しがたいことかもしれませんね。でも霊的真理に基づいて生きようとするとこうなります。

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