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    自分が置かれている環境

    2014.05.05 09:28|インスピレーション
    IMG_0004.jpg
    今の環境は自分にとってふさわしいものです。生まれ持った宿命と各自の自由意志の絡み合いによって現在の環境が生まれているのです。ですからそれに対して不満を抱くことは間違っています。

    宿命はどうにもなりませんが、各々の意志はその置かれた環境を切り開き、改善することが出来ます。澄んだ目で物事をよく観察し自己の向上を目指して努力を続けることが必要です。

    コメント

    No title

    大空さん いつもありがとうございます。

    妻と別れるのは宿命だったのでしょうか?
    地上界に来る前に自分で計画していたことなのでしょうか?

    きっと 霊的世界に行ったときに全てがわかるんですよね。

    何を学ぶ為に妻と別れる計画を立てたのでしょうか?
    それも霊的世界に行ったときにわかるんですね。

    今の妻なら私が何を学ぶ為か知っていますよね。

    これから 私が気づくように妻が少しずつ導いてくれるんですよね。

    大空さん 質問ばかりですみません。

    No title

    コバチャン本舗さん

    それは後の楽しみにとっておかれたらいいのではないでしょうか。

    生まれる時期、この世を去る時期は宿命として決まっているというのは霊的真理の世界では常識になっています。奥様も霊としてはこの世を去る時期を知っていたはずです。それならば霊としてのコバチャン本舗さんもそれを察知していたと考えても不自然ではないでしょう。でも私としてはそれ以上の事は言わないほうがいいと思います。後の楽しみにとっておいてください。

    それにしても霊と肉体という次元の違うもの同士がくっついてこの世で生活しているというのはある意味特殊な状況なのかもしれません。霊としてはいつまでも肉体に縛られるのはもう勘弁してほしいと感じているかもしれません。肉体が滅びたら喜び勇んで霊界に帰るというケースもあるかもしれませんね。

    ところで昨夜とその前の夜、連夜のようにあちらに旅立った人と夢で逢いました。いずれも明け方で眠りの浅くなっている時です。一人はここでも紹介している竹馬の友で私は彼に色々と質問をしました。残念ながらその一部しか思い出せませんが近いうちにその内容をこのページに載せたいと思っています。

    No title

    私も、息子を亡くして間もないころは、コバチャン本舗さんのような疑問をずっと考えていたように思います。

    でも、いつしかそれは、あまり追わなくなりました。


    わかる、わからないは、魂レベルの話かな、と思います。
    もっと話し合えば、時間をかければ、という問題でもないのかな、と遅まきながら、やっと気付いてきたように思います。

    でも、年をとれば、少々波長の違う人でも、おばさんのずうずうしさで、うまくやっていけるようになるのだろうと思っていましたが、私の場合そうでもなくて、かえって繊細になってきてるようで、困りものだと思っています。

    No title

    ゆきこさん

    やはり理解には時間がかかるのでしょう。ちょっと話を聞いたくらいではわからないということでしょうか。夢のことを例にとっても大きな自分が小さな肉体に閉じ込められているので本来の何割かくらいしかその能力を発揮できていないということでしょう。

    霊としての自分から見れば大した事でなくても肉体を通してこの物質の世界を見ると一大事のように感じるのかもしれません。重大に思える事も霊の視点から見ればエピソードの一つに過ぎないのでしょう。

    年齢を重ねると洞察力が増してくるので人のあらが見えやすくなると思います。その時期を過ぎるとまた違った視点から観察出来るようになって寛容さが表現されるようになるのでしょうか?私もそうであればいいと思っています。
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