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    入学と卒業

    2014.09.21 10:09|インスピレーション
    残雪の火口湖  
    人は定められた時期が来れば肉体を捨てて次のステージに進みます。これには誰も干渉することは出来ません。そこには大自然の摂理が働いているからです。大げさな葬儀や追悼の儀式はあくまでもこの世の人々がこの世の価値観からしていることです。

    この世に生まれてくる時と去る時は永遠の人生の中の一区切りです。生まれてくる時は地球学園という修業の場への入学、去る時は卒業です。生まれて来た時は本人は何もわかりませんが卒業の時はやれやれという安堵感に包まれているものです。

    もしあなたが自分の脱ぎ捨てた肉体を見て残された人たちが嘆き悲しんでいるのを見ると、その無理解さに対してどう感じるでしょうか。未だにそのギャップは大きなものです。


    追伸
    近頃私は思うのですが人が死んだ時は葬儀という大掛かりなことをしますが生まれて来た時には親族や友人がおめでとう、良かったねと祝福し合います。唯、生まれて来た時は形式的な儀式はしません。この世の人間が霊的に進化していくと大げさな葬儀などをすることは無くなるでしょう。生も死も永遠の人生と言う視野から眺めると進化の為の一つのステップであることを理解することが出来るならば。

    コメント

    こんばんは^^

    大空さん、ずいぶん秋めいてきましたね。
    お元気そうで、なによりです。
    いつも、ありがたいお話を読ませていただくこと、
    ほんとうに楽しみにしています。
    ありがとうございます^^


    葬儀の件ですが、
    大がかりなことは必要ないのかもしれませんが、
    亡くなった方が、自分が亡くなったことを理解したり、
    懐かしい人たちに会えたりすることなど、
    こんなふうに、大勢来てくれることも、よいことかなーとも思います^^

    でも、葬儀屋さんの話に乗せられて、
    すごい大金が必要なのは、困った話です。


    定められた時期が来て、卒業すること、
    大自然の摂理には抵抗できませんが、
    心から受け入れるようになれるまで、時間がかかります。
    自分自身が、還るころになってやっと・・、なのかもしれません。
    (私の場合・・・です)


    この世的な考えから抜け出せず、後悔ばかりです。
    ゆっくりですが、進んでいきたいと思っています。
    ありがとうございます^^

    No title

    ねこうさぎさん

    お元気そうで何よりです。
    ところで最近長野県に出張されて長野駅前のホテルに宿泊されたとか。
    私も去年そこに泊まりました。一階にコンビニ(ローソン?)があり、確か3階に居酒屋風の割烹がありました。そこで街の景色を眺めながら鍋をつついた事を覚えています。

    ソウルでもそうでしたが、どうも私達は同じホテルを利用することになっているようですね。

    最近はこちらも朝夕はめっきり秋の気配が漂い始めました。今は台風接近中で生暖かい空気が入ってきています。

    葬儀でもその他のことでも現時点で自分がこうあるべきと考えるようにすればいいと思います。
    あちらに行った人とこの世に残った家族は当初は大体似たような考えを持っていると思います。もちろん時間とともにあちらの進歩の速度は速くなるでしょう。
    気候の変わり目です。お互いに体調に気をつけましょう。

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