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    自然界の営み

    2014.10.07 15:28|真理を求めて

    IMG_0021.jpg 

    予知現象は確かにあるし私の体験でもこれまでに当たっていたものもあるが何時、何処でそれが起きるということを予知できなければ意味が無く、いたずらに混乱を招くだけであろう。

    そういうことよりも自然災害を起こす原理を理解する事のほうがはるかに大切だと思う。昔から人は何か自然災害が起きると人間の行いが悪いから神の怒りを買ったという解釈をしてきた。さすがに現代人の知性はそういう話をまともに受け入れなくなっているとは思うが、今だにそういう解釈をする人もいる。

    ところが自然を動かしている機構は人間界のものとは別のものである。人がどう考えようが、望もうが望むまいが自然は自然界のルールで動いていくのである。もちろん排ガスによる温室効果など人間の活動が自然界に影響を与えている面があり、自然界がそれに反応して様々な現象を起こすことは事実である。

    しかし火山活動や地震などは人間の力の及ぶものではなく、それは地球の胎動なのである。地球は今までも、そしてこれからも人間の事情にはお構いなく活動を続けていくであろう。自然界は上から下まで一糸乱れぬ機構が働いていてそこに人間が介入することは出来ないのである。

    昔から天変地異が起きると様々な祈祷が行われてきた。しかし人間がいくら祈祷しても自然の営みには何の効果もないのである。密教が日本に渡来した頃、平安貴族はその威力を信じて色々な祈祷をしたようだ。雨乞いの祈祷をしてもし雨が降ればそれが効いたと感じたかもしれない。あるいは今でもそういうことを信じている人もいるかも知れずこんなことを言えばお叱りを受けるかもしれない。例えばある高僧が噴火している火山を止める祈祷をしたら噴火が止んだということを書いている本があった。何事も理性で判断して正しいと感じることが真理への道だと思う。

    コメント

    大空さん、いつもありがとうございます。

    『何事も理性で判断』ということは、前世とか過去世の話しにも当てはまるのかな、と思います。

    前世でこうだったから、今こうなのだといった話しを信じていらっしゃる人もいて、私にはわからないことなので、否定も肯定もできないのですが…。

    私自身は、今回の人生も、愚かなことばかりして嫌になるほどなのに、前の人生では、どんな馬鹿なことしているのか、と考えると、到底、前世を知りたいとは、思えないのです。

    No title

    ゆきこさん

    理性は神性の一部で誰にも備わっていると思います。ものの道理といってもいいかもしれません。誰しも何かを判断しなければならない時は理性が働くはずです。価値判断の基準として理性で納得出来ないことは受け入れられないと思います。
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