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    2015.02.18 10:10|インスピレーション
    樹氷

    人生は一枚一枚そのページがめくられていきます。その1ページだけを見ると、さも大変なことが起きているように感じられるかもしれません。でもその出来事もいずれは収束して後で振り返ってみれば魂の記憶の引き出しに収まっていることに気が付くでしょう。その一枚だけを見るのではなく、常に全体の中での一つのエピソードとして捉えるべきです。

     

    霊の目で見れば大したことはなくても肉体を通して見ると一大事のように感じられるのです。そこに人間がこの世に生れ出てくる意味があります。それらの出来事に何の痛痒も感じないようでは学びになりません。心が揺さぶられるから学びになるのです。

    コメント

    縁あればこそ‥

    本当ですね。神様は自分に似せた人間をつくり、魂を分け与え、言葉と文字を与えられるのに数十億年かかっているのに、この人生など一呼吸する間、一二年など一瞬でしょう。私は、ときには家系のカルマを背負っているのではないか、と気が重くなるときもありますが、大空様がおっしゃる通り、霊の目で見たら、そう大袈裟なものではないと言えるでしょう。
     私は魏志倭人伝にある伊都国の近くに住んでいます。そのかつての伊都国に細石(さざれいし)神社という古い神社があります。神話にある盤長姫(いわながひめ)と妹の木花咲耶姫様をお祭りする神社です。いかにも日本の国歌の起源になったような神社で今、境内にはヤブツバキが咲き、落ちた花が地面を染めていました。歴史のあるヤシロに咲くヤブツバキですので、原種に近いのでしょう。花の素朴さに見入ってしまいました。
     世の中、便利になりすぎ、花も改良に次ぐ改良で、ソメイヨシノの華やかさより、ヤマザクラの素朴さに引かれたりします。一呼吸する間のこの世ですが、悩みも苦しみも、カルマも、まともに受けて卒業したいと思います。
     縁あって出会った人ですもの、気に食わないことがあろうとも、許す度量も身に付けねば‥。そこで毎夜の祈りのなかで名前を上げて「霊界での修業が進みますように」と祈っています
    。この世だからいろんな体験ができることに感謝しなければ、とも思います。
     とりとめもないこと、ありがとうございます。

    No title

    大空さん いつもありがとうございます。

    私たちは地上界で幸福、不幸を繰り返し体験しながら生きています。

    地上界的には幸福だと思われたことが一時の儚いものであったり、

    絶望的な不幸が霊的にみると魂の覚醒ができたととても大切な出来事だったりします。

    絶望的だと思われた心揺さぶられる不幸から霊的真理を授かった今、何も求めず、無私に他者への救いを思えるようになることが私のこれからの霊的成長の課題のような気がします。

    No title

    kunyさん

    コメント返信が遅くなって申し訳ありません。退職の身とはいえ一応申告をする必要があり近頃それに時間を取られていました。

    確かにあちらに引っ越ししてしまえば今味わっているような苦しみは無くなるでしょう。殆どが物質世界に暮らす故の苦しみだと思います。この世の私たちは肉体の世話をすることに大半のエネルギーを使っている状態でしょう。

    それを覚悟の上でこの世に生まれてきているのですからその目的を疎かにするようなことがあってはならないと考えています。これは私自身にも言い聞かせています。

    何かうんざりするような事があると、いい加減にそういうものと縁が切れないかな、早くあっちに行きたい等という考えがチラッと脳裏をかすめてしまいます。あちらの世界の人たちが快適な環境で暮らしていることを知っているが故にそういうものが出てきてしまうのです。

    でも考え直してそんな事では人生全う出来ないよ、しっかりしなければと自分に言い聞かせています。この世でしか出来ない修行をさせて頂いているのですから。

    No title

    コバチャン本舗さん

    霊界と地上世界は価値観が反対になっているものも多いと思います。
    その差はかなりのもので、この世にいる間にそれを知っておけばあちらでの順応も早いでしょう。

    この世で不幸なことはあちらでは幸せなことであったりします。

    この世で幸せなことはあちらの目で見たらそうではないこともあります。

    そういうことを少しでも多くの人に知ってもらいたいですね。
    お互いに共通の目標に向かって精進しましょう。

    不動心

    このコラムを読んで、「不動心」という言葉が心に浮かびました。

    二年ほど前に大空さんから、「不動心を持つことですよ」と教えていただきましたね。

    どんなに辛いと思われる出来事も、霊的な目で見れば向上するための糧となるということ、二年前のあの頃から思えば心の奥底までわかってきたように思います。

    わたしの人生、この先まだどんなエピソードが待っているのかわかりませんが、先にこの世を卒業していった次女が、家族みんななかなか頑張っているな…と安心して、更なる向上進歩に邁進できるように、わたしも生き生きと笑って頑張りたいと思います。

    ところで、今日の武本先生の「ともしび」に、大空さんが初めて武本先生に送られたメールとその返信とがアップされていました。

    その中に【いのちの波動】の「若くして世を去ることの意味」と「供養とは何か」を取り上げておられます。
    これらはわたしも次女のことがあった当初、泣きながら何度も何度も読み返した文章でした。
    今日あらためて読んで、更に「よし、頑張ろ」と思えて、嬉しくなりました。

    日常の出来事も、魂が震えるほどの出来事も不動心を持って、自分の人生を達観して暮らせるようにしたいと思います。

    No title

    mm mama さん

    嬉しいコメントをありがとうございます。
    何か私が改めて教えを受けているような感じがします。様々な出来事に遭遇し、それに対応している自分の姿を見て近頃は反省ばかりしています。

    自分は本当に分かったような事を言える人間なのか?自分が出来ていないのに人に偉そうに言えるのかなどと思い知らされる事も多いです。

    「不動心」この言葉を聞くと懐かしさで一杯になります。
    あれは今から9年ほど前のことでした。当時私はよく神社に行っていました。それまでは寺に行くことが多かったのですが神社のシンプルさが気に入るようになりました。当時は行く度に何かを感得していました。

    そして地元の神社で感得したのがこの「不動心」でした。その後この言葉はあちこちで聞かれるようになっています。

    「若くしてこの世を去ることの意味」は確かその翌年に我が家の神棚の前で感得したものでした。

    父は最近よく現れます。私の人生の一つの節目が近づいているのかもしれません。

    一連のインスピレーションが私を通過して実際に他の人の気づきの為の力になってくれることは私にとって無上の喜びです。ありがとうございました。

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