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    時間とは

    2015.03.12 14:20|インスピレーション
    大麻山から夕日3

    時間には主観的な要素が入っていて人によって感じ方が異なってきます。環境によっても変わってきます。人類は地球の自転をもとに時間というものを考えるようになったので、ある意味人間が作ったものと言えるでしょう。

    地球の影響を離れたら地球人類が考えている時間というものは存在しなくなります。人が時間と思っているものは地球時間のことであり、地球を離れたら朝も昼も夜もなく四季の移り変わりもなくなります。従って人々が考える時間というものは死後に肉体を離れて地球の影響を受けなくなれば認識出来なくなってきます。故に霊界に行った人は自分の命日とか誕生日などは次第に忘れてしまうのです。

    時間には過去もなく未来もなく、あるのは永遠の現在だけということになります。そこでは成長や衰退による変化というものがあり、事象の移り変わりが意味を持ってくるでしょう。


    追伸
    私たちは常に時間に追われた生活をしています。朝が来たら朝食をとって仕事に行き、終業時間になれば帰宅し夕食、風呂、就寝という毎日が規則的に時計の針と共に繰り返されます。それは地球という天体の上に乗って生活しているからであって肉体の寿命が尽きれば霊としての生活が始まります。霊に戻れば(我々は本来は霊)地球の磁力という物理的な力を受けなくなるのでその機械的なサイクルから脱出することになります。

    そこでは時間の束縛がないので好きなだけ自分のやりたいことに打ち込めるでしょう。食事、排泄、睡眠など肉体の世話に追われることもありません。お金の問題や病気になる心配もありません。それまでの束縛から解放された人の事を悲しむのはお止めなさいとシルバーバーチも言っているように、一部の例外を除いてあちらに移り住んだ人達は地上特有の重荷から解放され、地上の我々よりも幸せな環境で暮らしているのです。

    こちらでは他界した人の命日とか何回忌が来る、あるいは何周年記念などということを考えていますが霊界に進んだ人達は時間の観念がまるで違うので地上の人が集まってそういうことを考えているのを感じてやっと気が付くのではないでしょうか。

    ともあれ宇宙時間と地球時間の違いとでも表現すればいいでしょうか。時間とはどういうものかを正しく理解するのは私たちにとっては難しいことです。

    コメント

    過去の時間が見れるなら‥

    大空澄人様、いつもありがとうございます。今回の「時間とは」に関連するように3月9日付の武本昌三先生のブログ「ともしび」にご愛息新樹様の一周忌について、新樹様が「ここしばらくは僕の方に非情に強く感じることがきて、しきりに僕のことを思ってくれている。これはきっと僕の命日が巡ってきたのに相違ない」と紹介されていた通り、あちらでの時間が、もはや地球時間ではないことを物語っています。
     ところで時間は直線でしょうか、循環でしょうか。「神仕組み」である時間の中で霊界に入ったら過去の自分を見ることができるのでしょうか。自分史を含めて、歴史の書き替えは絶対にできないことですが、地球学校での日常が最大漏らさず記録されているなら、過去の懐かしい場面をビデオを見るように見れないものか、と夢見たりしています。そうすると、死んでからも地球学校の「この生」がきっと懐かしくなると思います。
     

    No title

    kuny さん

    我々は子供のころから時間は直線的に進んで行くと感じてきていると思います。その意味で時間の経過は歴史年表のようなものであり決して後戻りはできません。これは地球時間のことです。

    霊界においても時間はないわけではなく、その物差しが地球時間とは違うのではないかと私は今のところ解釈しています。しかし霊界においても時間を後戻りすることは出来ないのだろうと思います。時間も自然法則(神の摂理)の一つですから逆らうことは出来ないでしょう。

    過去を知りたい場合は人類の全ての記憶が貯蔵されているというアカシックレコードがありそこにアクセスすることが出来ればこれまでの事は全部わかるようです。

    また各個人の地上生活での記憶は全部自分のオーラの中にしまわれていて、消すことが出来ないようです。私も突然過去の忌まわしいことが思い出されて後悔の念に駆られることがあります。霊界の生活においてもそういう思いがよみがえることはあるでしょう。それが自分の進歩の足かせになり、地上生活をもう一度体験することによってしか精算できないと悟ってこの世に再生してくることがあるでしょう。現在の人類の中で半分近くはそのケースかもしれないと思っていますがこれはあくまでも私の想像です。

    霊界に行って地上時代のことを懐かしがることもあるかもしれませんが、その頃は見る視点が違ってきているでしょう。地上時代にはなかった様々な個性や才能が開花して同人物とは思えないようになっているかもしれません。また同窓生の集いや懐メロと同じで一時は郷愁に浸り、時間が戻ったかのように感じますが長続きしません。やはり人生は毎日新たなページを開いて新たな体験をすることに意味がありそれは霊界に行っても同じだろうと思います。


    No title

    大空さん いつもありがとうございます。

    妻が亡くなってから夜8時から9時に寝て、夜中の3時から4時に起きる生活を続けています。

    最初はとにかく早く寝て、悲しい1日を終わらせたかったから。

    次に長い時間寝れば、夢の中で妻に逢えるのではないかとおもったから。

    今は眠くなったら眠り、起きたくなったら起きることを自由にしているだけという感じです。

    仕事をしている時は地球上の時間を常に意識して仕事をしているので、仕事をしていないときは時間を意識せずに生きていきたい思いが最近強くなってきました。

    夜中に起きて 本を読んだり ブログを書いたりしています。

    朝 7時には家を出るのですが、3時に起きてからのこの4時間があっという間に過ぎてしまいます。

    時間を過ごしているというより 体験しているという感じになってきています。

    地上では、大体の人が時間に追われてあくせくしているように思えます。

    会社ではOA化が進み、本当ならゆとりが生み出されるはずなのに、実際にはサービス残業はなくならず、ケータイやPCの普及で休みの日も仕事から離れられない人もいます。

    想像以上に物質至上主義なんだな、と思います。

    ともすれば、人命より経済が 優先されるほどです。

    なぜそうなってしまったのかは、私ごときでは見当もつきませんが、『欲』もその原因でしょうか。

    あちらの世界の時間はどんな感じなのでしょう。

    そもそも時間の束縛がないのは、ゆったりとしているイメージです。

    No title

    コバチャン本舗さん

    自分の好きな事に没頭したり瞑想したりしている時は時間の感じ方が違いますね。一時地球時間から脱出したかのような感じがするものです。

    瞑想で霊的自我が活動し始めると別の次元に移動したような感覚が生じてきて地上の時間が気にならなくなってきます。そんな時、地球の時間は絶対的なものではないと感じます。この世での時間はあくまでもこの世だけのものだと思います。

    No title

    ゆきこさん

    本当にこの世はあわただしくて時間に追われて毎日を過ごしているなと自分を含めて感じています。人が発明した機器が一層生活を忙しく、休む間もないほどにしているようです。

    経済至上主義は言い方を変えれば物質至上主義ですから物欲や名誉欲が裏に潜んでいると思います。そういう環境で生活していれば健康も損なわれやすいでしょう。

    あちらに引っ越してしまえばそういう物的欲望が消失していくので(一部に消えない者もいる)自然にゆったり生活するようになるでしょう。その上、時間を気にする必要が無いので自然に平穏な気持ちになれると思います。あちらに行った折にはその有難さがわかると思います。

    時間の感じ方は浦島太郎のように竜宮城で夢のような生活を送った後で地上に帰ってみれば何百年?か経っていてあたりは誰も知らない人ばかりだった。それは単にお伽話の世界と片づけられるものではないと感じます。実に示唆に富んだストーリーだと思います。竜宮城は霊界、太郎が住んでいたところはかつての地上界という位置づけをしてみると楽しいです。私は以前に丹後半島の浦島太郎ゆかりの神社や記念館を訪ねたことがあります。

    その時の写真を私の旧ページに載せています。
    「遊びの話」のセクションで(晩秋のツーリングその3)の最後のほうにその時の写真があります。初めのほうの文章は長くてこのテーマとは何の関係もありませが興味ありましたら写真をご覧ください。
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