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    人生は神に近づく過程

    2015.05.03 09:05|インスピレーション
    チョコ_convert_20150503093928   

    欠点のない人間は一人もいません。自分の欠点に気づくのは向上しつつある証拠です。人は永遠の人生を経て少しづつ神に近づいていきます。そこでは純粋さとひたむきさが重要であり一歩一歩が精進の道です。

    コメント

    No title

    大空さん いつもありがとうございます。

    自分に甘かった昔を思い出すと一人で赤面してしまいます。

    霊的真理を手渡していくためには 自分の霊主肉従への精進をしていかなければなりませんね。

    私は過ちとj間違い ばかり‥

     宇宙根源の神様が人間のような姿でないなら「摂理=神様」ではないのか? とつい先日まで思っていました。草や木、自然が生命力にあふれ、そよ吹く風に――あぁ~これが神様の一つの姿か、と思っていました。ところが、摂理は神様が宇宙(霊界を含む)運行の法則として設けられたもので、直接的な神様の姿ではないことが学習で分かり、摂理を通じて永遠に神様に近づくよう霊的成長のための修行を積まねばならないのだな、と分かりました。

     「愛の摂理」と言うのだそうですが、私には摂理が何だか「冷たく」感じてなりません。それより差し当たって今取り組むべきなのは自分の内在神(守護神)とともにある喜びと感謝の生活がより身近ではないのか、と思うようになりました。

     シルバーバーチと同様、守護神の霊格はもう輪廻転生の必要のない、心霊界の方だとか。
     
     産土の神様にしろ、地域御守護の氏神様にしろ、この地球という波動の粗い世界に降りて活動なさっています。感謝以外にはありません。神と心を合わせて自分以外の人のお役に立つ。逆に神様の立場に立ったら、神様は何も求めておられません。空気も水も、エネルギーも与えっぱなしです。神の子としての生き様は「無私の行」にあるのではないのか、と思うようになっています。
     
     欠陥だらけの自分、ちょっと体調が悪かったら、すぐ肉主霊従に陥ってしまいます。
    情けない、反省の日々です。
     
     ありがとうございます。

    No title

    コバチャン本舗さん

    学びは牛歩の如くでしょうか。
    急いでも身に付いたものにはなりません。

    我々は一生かけてこの地球に学びに来ているのですから。
    ゆっくり確実に進みましょう。

    No title

    Kuny さん

    摂理イコール神ではなくて摂理を作ったのが神であるということになるかと思います。
    神は摂理で全宇宙を統制管理しているということが言えるでしょう。つまり絶対的な存在があるということです。摂理は人が好もうが好むまいがお構いなしに働きます。

    人は摂理の働きを無慈悲に感じる時があるかもしれません。人の希望的観測は一切通用しません。その働きはある意味機械的と言えるかもしれません。神を人間が完全に理解するのは不可能だと思います。「完全無欠な無限の叡智」という言葉くらいしか表現のしようがありません。

    神に叶う生き方は単純明快で「自分以外の誰かの為に自分を役立てること」。
    それに尽きると思います。自分は出来ていないのに偉そうなことを言ってすみません。
    非公開コメント