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    この世は自分を鍛える場所

    2015.05.19 14:22|インスピレーション
    八人岩

    この世に身を置いている以上、様々な悩み事から逃れることは出来ません。この世の人生は重荷を背負って歩くように出来ているのです。この世で生き抜くためにはその重荷に負けない強い意志を必要とします。地上世界は自分を鍛える場所であり、自分自身を強くする為にあなたは地上の生活を選んだのです。

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    No title

    大空さん
    いつもありがとうございます。

    私は以前はくよくよ悩むタイプでした。

    しかし 妻が亡くなって2年経った今、前に比べると悩むことが少なくなりました。

    妻が亡くなって2年経ったので、亡くなった当初の私のブログや動画を見ると、藁をも掴む感じでシルバーバーチの言葉にしがみついているのがよくわかります。

    当時はまだ、霊的真理をよくわかっていなかったのでシルバーバーチの言葉を「藁」と思っていたのかもしれませんね(笑)

    あの頃、霊的真理は私を救うためだけにあるのだと勘違いしていました。

    2年前よりすこし 鍛えられた今、この霊的真理を他の時期の来た方に手渡ししていきたい。

    私が救われたように霊的真理で1人でも多くの方が救われて欲しいと思います。

    No title

    希望さん

    メールを拝見しました。昔から弟さんに対して優しくしてあげられなかったという理由からご自分を責めておられるようですね。

    しかしその頃は出来なかったという訳は家庭の環境その他諸々の事情があったからでしょう。誰しも後で振り返ったらどうしてあの時にもっと.....、と考えることがあると思います。

    出来なかった訳はその時にその人間自身と周囲の環境の両面で摂理が働いていたからと考えるべきだと思います。私自身を振り返っても今なら出来るけど若いころは出来なかったということが一杯あります。つまりその時その時で人のやれることには限界があるのです。限界という言葉を摂理の働きと言い換えてもいいかもしれません。

    それから人生は自己責任の法則が働いています。

    自分のまいた種は自分で刈り取る。

    この単純な原理が今生だけでなく永遠に続きます。兄弟とは言え希望さんが弟さんの人生に対して責任を負うことは出来ません。もし弟さんが今回の人生で何かの業を重ねていたとしたらそれは弟さんが責任を持たねばなりません。

    とにかくご自分を責めてみても何にもなりません。それよりもこれからの人生を充実させて生きることを一番に考えられてはどうでしょうか。それが他界された弟さんへの一番の供養ではないでしょうか。

    それから弟さんに対しては祈ってあげればいいでしょう。愛の念は必ず届きますから。
    内容はご自分の考えた言葉でもいいでしょうし、子供の頃を振り返って一緒に過ごした思い出に浸ってみるのもいいでしょう。その情感が弟さんに届いて癒しとなることでしょう。

    No title

    コバチャン本舗さん

    2年でそういう状態に到達できる人は少数でしょう。
    やはりそれは信仰の力でしょう。

    シルバーバーチの本を熟読して霊的真理という道を進むことは信仰と言ってもいいでしょう。

    信仰と言っても根拠があり確かな知識に裏付けられたものですから揺らぐことはありません。そこがその他の宗教と一線を画しているところですね。

    霊的真理は真理へのハイウェイということを私は常々実感しています。

    No title

    ご無沙汰しております。

    私がこの人間関係のもつれから、いろんな本を見てきました。
    早いもので、もうすぐ1年が経とうとしています。
    私にとって、恐らく、これも自分の「課題」なのかなと思っています。


    自分で蒔いた種は自分で刈り取る。
    私が読んだ、数冊の本にも同じような事が描かれていました。

    自分でこうしたいと神様と相談して「それで頑張る!」と心に誓い、神様の許しを得て地上に産まれ出てくる・・

    大空さんが仰るように重荷を背負って生きていく。
    自分では理解しています。

    産まれつきの先天性両耳難聴で補聴器を装着してたものの、進行性もないし、身障者のレベルからはほど遠いと言われていたのにも関わらず、うつになったあたりから、聴力が著しく落ちてしまい、病院へ行くと6級の聴覚障害者の認定がおりました。。

    しかし、心療内科の先生は感覚器官まで悪くなるということは、相当体にダメージ与えてるということだから。。休職しただどう?と言われました。
    主人は「休んだところで、お前がこんな状態と知った上での嫌がらせが続いているのに、身体が楽になったからとまた戻っても、更にお前の居場所がなくなるんじゃないか?それならいっそ転職したほうがええんちゃう?」と言われました。

    私自身は霊的真理を踏まえて、この問題をなんとかして解決したい。
    これも結局は自分が蒔いた種になりますよね。
    そう思うのですが、頭と心と体がバラバラになったみたいで、濃霧のなか、どっち向いて歩んでいったらいいのかすらも分からなくなってきている状態です。

    生きるって・・本当に本当にしんどいですね。
    重荷の意味がズシリと身体に乗っかっています。

    まずは心を強くしないと。。本当につぶれてしまいそうです。

    それでも生きなきゃ。
    生かされている感謝をしなきゃと、神様・ご先祖様に毎日手を合わせています。


    No title

    Sakura さん

    生まれてくる前は霊的な意識の上で決めてきたものが肉体に宿るとそれが思い出せなくなっている。それがこの世の人間の姿ではないかと思います。

    つまり地上の人間は二重構造になっているので常に霊と肉体の間のギャップに悩むのではないかと感じています。それが地上生活の特徴かもしれません。肉体に別れを告げれば霊だけになってシンプルな状態になれるのでしょう。かといって勝手に寿命を短縮したりすれば契約違反となって責任を取らされます。

    人が苦しみを感じるのは進歩のための試練であり神の定めたハードルなのでしょう。sakura さんの現在の悩みもカルマの解消のためかもしれません。耐えていれば少しずつそれは消えていくことでしょう。

    唯、心身ともに疲れた時には気分転換が必要です。自分を解放できるようなものを見つけてリフレッシュされたらどうでしょうか。
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