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    個性に応じた役割

    2015.05.23 13:58|インスピレーション
    南風台

    自分で意識しなくても役割を担い、霊界の道具になっている者もいます。道具に求められる条件としては真理への探究心があることを必須として霊感のある者、文章を書くのが得意な者、素直に自分を表現できる者など純粋でひた向きな事が求められます。また出過ぎることなく自然体で謙虚であることなど受け身の姿勢が大切です。

     

    総合的に見るとそれぞれが補い合って霊界からの使節の役割をしています。それは崇高な使命であり、彼らには霊界の期待に応えられるように日頃の精進が求められています。

    コメント

    No title

    大空さん いつもありがとうございます。

    私にどんな能力があるのか、わかりませんが、霊界の道具になるためにこの地上界に降りてきたのには間違いないと確信しています。

    それでないと 妻と死別した理由の一つが無くなってしまいます。

    私は妻の他界で霊界の道具だったのを思い出したんです。

    妻が思い出させてくれたんです。

    それが私と妻との今の絆です。





    No title

    コバチャン本舗さん

    何よりもそのひたむきさが小林さんの道具としての条件を満たしているのではないでしょうか。これからの道も平坦ではないでしょう。霊界の道具としての道は平坦ではないでしょう。視界不良の時もあるでしょうが針路は指し示されているのですからその道を邁進してください。私たちは同行者です。

    No title

     大空様 ブログ更新、ありがとうございます。今回のテーマはほとんど私の生き様そっくりな内容ですが、私には「霊界の道具」といった自覚はありません。過ちや罪の自責もあり、スピリチュアリズムと出合わなかったら自責の念は背負わないまま地球学校を終え、引き続き霊界で厳しい試練に耐えていかねばならなかったことでしょう。

     さらに心得ねばならないことは、霊訓や神示を単なる「情報」としてとらえていることです。ただ「読書」をした、と言うに過ぎないとも言えます。モノを書く仕事を生業としてきた人間の陥りやすい欠陥です。

     短兵急に霊的成長がはたせるとは思っていませんが、魂の行を永遠に極める覚悟こそ私に言えることではないかと反省しています。

    No title

    罪、過ちへの対処について、24日のコメントでは舌足らずで悲壮なコメントをお示ししてしまいました。スピリチュアリズムと出合ったことによって、過去に犯した罪、過ちの真の意味が分かり、そのような道筋に至ったことを反省し、感謝をしながら解消し、ひいては向上しなければならない、という意味を込めてコメントしたものです。あらためて補足のコメントを致します。

     心のありようとしては大変大切なことですが、私はもっと明るい麺への興味や好奇心も多多あります。たとえば列島を渡り鳥のように渡りをするチョウのアサギマダラ。あの美しい姿や渡りをするエネルギーはどこからきたのでしょう? 動植物も神界で分担しながら創られたものと空想していますが、そのテクニックや意図に迫りたい。かなわないのですけど、夢として挑戦したい。もう肉体年齢は老いのまっただ仲ですが、心の年齢は少年そのものです。森羅万象、尽きない興味の対象があることに幸せと感謝を捧げたいと思います。ありがとうございます。

     

    No title

    kuny さん

    真理の探求は神とは何かを知ることに帰結してくると思います。

    丁度このブログのリンク先でもある「ともしび」の今日アップされた記事がkuny さんが求めているものに対する回答になっているのではないかと思います。

    霊的成長は何もこの世だけではなく永遠に続いていくものですから少しも急ぐ必要はないと思います。そしてそれは何処まで行ってもこれで終わりということにはならないでしょう。
    お体を労りながらゆったりと日々を過ごされたらと願っております。
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