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    心の平安

    2015.05.27 14:15|インスピレーション
    初夏の海

    物的なものを追いかけている限り心の平安は得られません。それらは泡のようなものであり永続性のあるものは何一つありません。あなたという存在は物質ではなく霊であり不滅の存在なのです。あなたは本来は現れては消えていくものに付き合ってはいられないのです。

     

    あなたが物質に関わっている時期は僅かの間です。やがては捨てて行かねばならないものに執着している時間はありません。それを心の底から納得できた時にあちらに旅立つ資格が得られたことになります。





    追伸
    最近、終活という言葉をよく目にするようになりました。遺産相続などこの世でかかわってきた物質の後始末をしてからこの世を去りたいと考える人が増えてきたのでしょうか。墓なども子孫が維持管理できなくなりそうなので、できるだけシンプルで手のかからないものにしたいと考えるようになってきているのでしょう。

    その点では少しづつ霊的真理が浸透してきているのかもしれません。でも本当にこの世のものは重たいです。重いものを一杯体にくっつけて毎日生きていくのは楽ではありません。

    祈りや瞑想の時には霊界の片りんを感じ、清浄で愛にあふれたエネルギーを感じることができます。
    実際のこの世の有様とのギャップは大きく、日常意識に戻るのがいやになります。

    そこから現実に戻りテレビをつけると暗く悲惨なニュースがこれでもかといわんばかりに飛び込んできます。
    これが霊的に未熟な者の作っている世界なのです。地球より遅れた天体が一つだけあるとはシルバーバーチの言葉です。

    でも暗いこの地上にあえて来たのは何らかの目的があるからです。その務めを果たさないと後で後悔することになることがわかっているので、気分を入れ替え前に進むように心がけています。



    コメント

    大空さんはじめまして、いつもこのブログを読ませていただき心救われてます。僕は21歳の学生です。僕は幼少期からの親からの虐待をずっと耐えて生きてきました。なぜこんな酷い思いをしなければならないのか、どうして世の中はこんなにも理不尽なのだろう、そう考えていた2年前に霊的真理に出会いました。ずっと自分は哀れで不幸な人間だと考えてきました、ですが本当に不幸な人間は霊的真理を知らずに物質主義にどっぷり浸かっている周りの人たちなのだと考えれるようになりました。世の中の人がもがき苦しんでいる問題を霊的視野でみることのできる自分は実は幸せな人間だと思えるようになりました。周りの方々にも物質は永続性のないものだとはやく気づいて欲しいです。。最近困っていることですが霊的真理を知らない人と物の考えかたが違いすぎて、どう対応していいか分からない時があります。どうすればよろしいでしょうか、ご回答いただけたら嬉しいです。

    No title

    花色の飛沫さん

    21歳で霊的真理に出会うということはそれなりに使命を持ってこの世に来ている人でしょう。それまでの環境は真理に目覚めるための触媒であったと言えるかもしれません。試練が霊的視野を開かせるのですね。私の21歳の頃など、今思えば恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいです。

    この世の表面は物的な波動で埋め尽くされています。人生をこの世だけと考えている人が殆どでありそういう人には霊的真理は到底理解できません。あくまでも受け入れる時期が来なければ受け入れることは出来ません。私の若い頃を考えればよくわかります。

    そういう人たちの中にいると孤独感を感じる一方で、彼らは物事の一部しか見ていない、見通す能力を持っていないということがわかると思います。そして哀れみを持ってそういう人たちに接することが出来るようになるでしょう。

    そういうことも修業だと思います。霊的に目覚めた後の道はこれまた平坦ではありません。私にとってもそういう霊的事実を何一つ知らない人との間のギャップが一番のジレンマになっています。どう説明すればいいのだろう等と頭を抱えてしまうことがあります。

    親戚で法要があり、そのあとで故人のメッセージ(前から感得していたもの)を遺族に見せたことがあります。考えた末に故人が夢に現われてその中で私に伝言をくれたことにしました。インスピレーションでそういうものを受け取ったなどと言ったら、あいつ頭がおかしくなったんじゃないの?と思われるかもしれません。

    そういうわけでわかる時期が来ていない人にわかってもらうにはひと工夫が必要です。それでも少しでも、ああ、そんなことがあるのかと思ってもらえたら成功だと思う事にしています。

    シルバーバーチの本によく出てくるフレーズがあります。

    「真理に足を踏み入れるにつれて周囲の景色が変わってきます。進むほどに孤独感を味わうようになります」。






    No title

    大空さん いつもありがとうございます。

    56歳で霊的真理に目覚めたコバヤシです。(遅っ)

    最近 会社の人が聞いてきます。

    「小林さん 家で何をしているの?」
    「小林さん 休みの日はどうしているんですか?」

    妻が亡くなって1人暮らしの私がどうしているか不思議なんでしょうね。

    自分だったらあの年で1人暮らしだったら寂しいだろうなあ、などと思っているんでしょうね。

    しかし 皆さんの期待を裏切ってしまうのですが、全然 寂しくないんです。

    1人だからこそ 自由に霊的世界に入っていけるんです。

    でも まともに答えません。
    霊的真理に目覚める時期にまだ来ていない方に話すのは無駄ですから。。

    霊訓を読み 祈りを捧げ、早めに寝て 霊界に行く。
    最高です。

    この生活が寂しいと思った時は霊的エネルギーが枯渇している時です。

    なるべく 早く チャージするようにしています。



    No title

    コバチャン本舗さん

    霊的に見れば小林さんの今の生き方は本当は幸せなことなんですね。

    でも霊的真理がわからない人から見ると寂しいとか悲しいということになります。

    このギャップは小さくありません。

    わからない人はその時が来るまでわからないのです。

    この頃、世間一般の物差しでは図れないものがあるなあ、とつくづく感じます。

    でも、いつもは世間一般に合わせて、ついまわりに同調して生活してしまいます。

    違うんだけどな、と思っても。


    だから、一人で過ごせる時間が、ホッとする時間だったりします。

    No title

    ゆきこさん

    世間一般と自分の中にあるもっと高い意識の自分を使いわけることが必要ですね。
    無意識の内にそうしていると思います。

    一人になれる時間は自分を見失わないためにも必要ですね。

    この世の人生が終わればそちらの方の意識で生活するようになるわけですから。
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