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    仮の姿

    2015.07.17 10:19|親族、友人の霊界便り
    台風通過後

    竹馬の友より
    死ぬ時には身体を患わせて長い間苦しむ人が多いけど、僕の場合それがあっという間だった。それはありがたかった。
    今はもうそちらの世界に戻りたいとは思わない。色々な事に悩まされるのはもう沢山だ。

    皆はそちらの世が全てと思っているようだけどそれは全く違う。人間は人生の一時期をそちらで過ごすのだ。
    それは仮の姿なのだ。それがずっと続くと思っていたら大間違いなのだ。

    そっちにいる時は変に宗教に染まらないほうがいいと思う。こちらに来た時にそういう型にはまっていると順応に苦労することになるから。素直な人間ほどこちらでの順応は早いようだ。

    宗教は事実と違うことを教えている。それなら知らない方がいい。
    事実を知ることが一番大切だと思う。


    追伸
    朝、台風の通過後風も収まり窓を開けると写真の景色が見える。画像は少し暗いがその向こうには竹馬の友の家がある。私は時々そちらに向かって友に呼びかける。すると返ってきたのが今回のメッセージでありオンタイムのものである。

    最近よくあちらの人が現れる。この間は久しく音沙汰のなかった親戚のおばさんがサマーベッドに横になっていたら
    フワーッと現れてきた。エプロンのようなものをして(多分エプロンだろう)忙しそうにしている。とても溌剌としていて
    生活を楽しんでいるようである。

    この人にまつわる出来事は夏の夜の出来事という題でという題で2012年の6月19日に載せたことがある。
    http://susanoo1948.blog.fc2.com/blog-category-6.html

    あの時はびっくりさせられたけど、おばさんは必死だったのかもしれない。あまり余計なことを書くと後で叱られるかもしれないのでこの辺にしておきたい。

    実の父母、養父母、友人、そしてこのおばさんなどがよく現れるところを見ると、普通の人なら私があちらに行く時期が近づいているからと思うかもしれない。

    私の体調に大きな変化はないが、病気のおかげ(変なことをいう人と思われるかもしれない)で肉体的な活動が抑えられていて霊的な活動をするのには丁度いいコンディションになっているのかもしれない。肉体の活動が盛んだとどうしてもそっちの方にエネルギーが行ってしまう。自分が勝手に思っているだけかもしれないがそこにも摂理が働いているように感じるのである。


    コメント

    No title

    大空さん いつもありがとうございます。

    「病に苦しむ人を見て気の毒に思い胸に同情心が湧いてくるのは無理もないことであり、私もそれを咎めるつもりは毛頭ありません。

    しかし、その時のあなたは苦しみの一面のみを見ておられ、その人が苦しみの中で過ごす時間は、その代償として得られる喜びに較べれば実に些細なものであるということまでは理解が及びません。」

    このシルバーバーチの言葉を私は何回も読んでいます。

    妻が痛みで苦しんでいたことを思い出すたびにこの言葉を読んでいました。

    2年間 この言葉を読んでいます。

    何回も読んでいるこの言葉がこの前 急に腑に落ちてきました。

    妻が痛みで苦しんでいることを悲しむ必要が無いことが魂で納得することができました。

    その日から全然悲しくなくなりました。

    2年間 あんなに悲しんでいたのが嘘のように悲しく無くなりました。

    不思議です。

    全く記事に関係ないことをコメントしまして申し訳ありません。

    どうしても大空さんにご報告したかったのでコメントさせていただきました。

    それから またまた 妻の話題でスミマセン(笑)




    No title

    コバチャン本舗さん

    視野の問題ですね。
    病の苦しみもそれ以外のものも狭い視野から観察すると一面しか見えません。
    視野が広がると全体像が見えてきて受け止め方が違ってきます。

    真理は本当に奥深いですね。
    今生のうちに少しでも理解度を深めて行けたらと思っています。

    はい、結構ですよ(笑)

    No title

    大空さま、いつもありがとうございます。今回は旧ホームページの続編のようですね。20数年前にサマーランドに行かれた親戚のおばさんが溌剌として活動されている姿が、なんとほほえましく感じます。同時に、安らぎや癒しも感じます。

     この世のネット社会は霊界の映しなのですね。各階層に分かれてそれぞれの道を歩いている霊界人がどうして新しく幽界入りした縁故者がわかるのだろうか? とこれまで不思議でなりませんでした。こちらで言えばネットで通じ、縁故者はリンクされているから瞬時に連絡がつく、と解釈していいのでしょうか。

     お盆が近づいてまいりました。施餓鬼供養の案内が寺からありました。これまでとは違う解釈が私には多々あります。同時に「納骨堂の見直しもしています」とありました。先年従弟の葬儀で、それは名の知れた寺でしたが、人口減などで仏壇にも「空き」があるのを目撃しました。納骨堂も真からの見直しなら歓迎ですけど、経済的理由からだと、いよいよ宗教界も堕ちた、といわざるを得ません。

     お導きありがとうございます。

    No title

    Kuny さん

    霊界には当然ネットワークがあるようです。
    旧ページ”いのちの波動”の死後の世界で「見えないネットワーク」という題でコラムを載せています。
    第27番で2008年5月19日です。http://ww81.tiki.ne.jp/~okwhiro/C9_27.htm#15

    リンクが出来ないようで申し訳ありませんが。

    物質世界のものは何でも金が絡んできます。
    宗教界も同様でしょう。

    ご友人がおっしゃるように、『変に宗教に染まらないほうがいい』というのは、今生でよくよく実感しました。


    霊的視野でもっと物事を観ることができたら、息子の事故のことなども、違う捉え方ができて、楽になるのにな、と思いますが、なかなか思うようにいきません。

    肉体の拘束力は、強いものだな、と思います。


    公平でないようにみえて、とてつもない大きい視野で見れば、やはり公平ということになるのでしょうか。

    No title

    ゆきこさん

    霊的視野で物事を見るためには祈りと瞑想を重ねて自分の霊的意識を引き出すことです。
    それとシルバーバーチの霊訓など優れた霊訓を繰り返し読んでしっかりと霊的真理を心に根付かせることでしょう。またその知識が邪霊の影響から守ってくれます。

    それが出来れば一時的に霊の目で物事を観察出来るようになります。
    しかし雑事に追われている時は霊的意識から遠い位置にいて、肉体に拘束されていると言えるでしょう。


    一日の内でも意識が上に行ったり下に行ったりしていますがこの世で生きている以上、それは避けられないと思います。この世にいるうちに実感できる絶対公正の神の法則を実感出来る場は少ないと思います。死後にわかると思います。肉体を通して見る私達の視野は限られていますから。

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