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    神の大愛の表現

    2015.07.21 09:24|インスピレーション
    MOA彫刻

    人間は現在悩みや苦しみがあるほうが幸せなのです。あなたはそれによって自分の課題を消化していることになるからです。

    もしそれをやらなくても課題は将来に先送りされるだけです。自分の課題は一人ひとり違いますが、それらは人間が成長するために必要であり、神からのプレゼントなのです。それは神の大愛の表現であり、摂理の働きです。




    追伸
    人には大きなカルマ(霊的な負債)の苦しみがあり、それからは逃げられません。
    しかしそれとは別に自分が未熟な故に作り出した苦しみが多いと思います。むしろこちらのほうが多いような気がします。例えばやってはいけないと薄々感じているのについ誘惑に負けてやってしまうことがあると思います。それをやってしまった結果、後始末をしなければならなくなることがあります。私はこれまで散々そういう目に合ってきました。

    我々の人生は撒いた種を刈り取ることが延々と繰り返されるというわけで未熟な魂ほど何回もつまずきます。そして痛い目にあって懲りる、そして二度同じ過ちは繰り返さないと決心します。それでも尚懲りずに同じ過ちを繰り返す人間もいます。

    人間はあちこちで頭をぶつけてようやく思い知るようになっています。それが神の大愛の表現ということです。

    「これでお前も性根に入ったか」という父や母の言葉をこの年齢になってかみしめています。

    コメント

    No title

    『親族、友人の霊界便り」の「仮の姿」で大空様から「ゆきこ様」へ「霊的視野で物事を見るためには祈りと瞑想を重ね‥」とメッセージを送られていました。ゆきこ様ばかりでなく、私へのアドバイスでは、と心に響きました。

     ですが、肝心の「祈り」について、これまでずっと悩み続けてまいりました。祈りは神(大霊)との一体感に感謝し叡智と愛と生命に満たされていることをじ~っと眉間と眉間の間の第三の目でイメージする。それを引き継いだまま瞑想に入る――と自己判断していました。
     
     ところが瞑想ベテランのブロガーさんは「とにかく頭空っぽに‥」とおっしゃる。「やがて守護霊様の声も聞けるし、親族の声も聞ける」とお書きになっておられます。

     私はひっくり返るくらいの衝撃を受けています。キリストでさえサタンの甘い誘惑に遭っているし、そんなに簡単に頭空っぽの瞑想で霊界との交信ができるのだろうか? と考え込んでいるところです。

     霊訓を繰り返し読んでの「武装」も必要でしょう。ですが、それより前の「祈り」についてのノウハウとは? 

     「イメージを描かぬ瞑想とは、とんでもない」と言うブログもあります。瞑想に定型があるものでしょうか。

     大空様のお導きに感謝を捧げながら‥。

    No title

    Kuny さん

    瞑想に決まった型はなく各自が自分に合ったものを取り入れるべきと思っています。サードアイに相当するところに神経を集中するのも悪くないと思います。

    そこはヨガではアジーナチャクラとも呼ばれ、霊体と肉体を結ぶ主要なシルバーコードのある場所のようです。瞑想の時にはそこや頭頂部にもあるもう一つの大きなシルバーコードを通じて霊的エネルギーが肉体に流入するようです。事実私もそれを体感しています。そうなれば霊的な自我の片鱗を感じ取ることが出来ると思います。

    要するに霊的エネルギーが流入する状態になればいいわけで個性に合ったものがあるでしょう。

    私は以前は必ず読経をしていました。今ではやりませんがもしやるなら短い真言のほうがいいでしょう。マントラ、真言は宇宙に通じ無明の闇を払うという弘法大師の言葉がありますがその実体は軽い催眠誘導作用にあると私は思っています。それに限らず音響効果によって瞑想に導くことができます。寄せては返す波の音はとてもいいです。海のエネルギーに浄化の力があり一石二鳥です。

    ご自分に合う方法があるのでこれがいいとは一概には言えません。

    感情が波打っているような時はどんなにしても瞑想状態に移ることは出来ません。

    誰にも邪魔されない時間を見つけて自分に合ったものを取り入れることが大切ではないでしょうか。

    ごめんなさい

     本項目の「コメント1」で紹介しましたブログベテランさんの「瞑想は頭空っぽに‥」の表現は、舌足らずの表現では? と感じ直しました。三次元世界の「空=無」ではなく「絶対空」つまり色即是空の空と感得いたしました。であるなら霊界にも神界にも通じるでしょう。補足したいと思います。

     ただし守護霊さんとお話ができて、こちらの執着に捕らわれた願いを都合よくお導きくださるとは考えられません。

     あるべき姿とは、私は次の詩(うた)の通りだと思います。すべて平等です。

          天照すみ親の神の大調和の
         アマテラスミオヤのカミのミスマルの
          生命照射し宇宙静かなり
         イノチイテラシ クニ シズカナリ

      ありがとうございます。

    No title

    大空さま

    こんにちは。
    ブログの更新、ありがとうございます。
    梅雨が明けたというのに大雨が降っています。

    自分の課題から逃げたところで、結局は先送りされるだけ。
    いつか必ず消化しなければならない日がやってきますよね。
    それに、真正面から向き合わなかったことが新たな因となり
    さらに課題が加算されていくような…。そんな感じがするのは私だけでしょうか。

    「シルバーバーチのスピリチュアルな生き方 Q&A」のなかに
    「あなた方が嫌な体験と思っているものが、最高の薬となっていることが
    あるのです。本当の自分を見出すのは日向の生活のなかではなく、嵐のような
    生活のなかなのです。雷鳴が鳴り響き、稲光がひらめいているときです」という
    言葉があります。とても好きです。
    お陽様の温もりの中でのほほんとしていては本当の自分には出会えないのですね。
    次のステップに行くためには嵐を避けていては進めない。

    今夜は雷雨かもしれないとの天気予報に自分の人生を重ね合わせながら
    少し明るくなった灰色の空を見上げています。

    No title

    ルナさん

    本当によく降りますね。

    逃げると追いかけてくる、正面から立ち向かうとそれまでのモヤモヤしたものは何だったのかと感じるものですね。

    また相手の正体がよくわからないことから恐れや不安が生まれてきて相手を過大に評価しがちです。

    きちんと相手を分析してみれば幽霊の正体見たり枯れ尾花ということになります。結局過ぎてみれば取り越し苦労だったということが多いものです。

    あなたにとって嫌な体験は本当は為になっているというシルバーバーチの言葉は重みがあります。

    嫌なことに遭遇したり苦しい時には自分に言い聞かせなくてはいけませんね。
    つくづくそう思います。

    No title

    昨年の10月に、ある人物に歪曲されたことを信じ込まされ亡くなった
    大叔母が死後真実を知ることができるのでしようか?
    と質問をさせていただいた蝋梅です。
    その節は本当にありがとうございました。

    大空様がお答えくださったように
    大叔母に対しては「そちらの世界で精進してください」と念じながら日々過ごしております。
    おかげさまで大叔母に対し、いたわりの念を持つことができ、私も精神的に救われました。
    ただ、私は未熟な人間ですので、これらのことを仕組んだある人物のことを許せないという気持ちが、心の大半を占めており、涙しない日は無いような状況です。

    「神の大愛の表現」で大空様が書かれているように
    「苦しみがあるほうが幸せであり、それにより自分の課題を消化している」
    そのような、お考えに接すると、
    私の「ある人物を許せない」という安っぽい感情を克服できるような気がします。
    一日のうちでも、克服できると希望を持ったり、暗い気持ちに引き戻されたり一進一退ですが、「私の人生の課題を消化中であり、それは魂が成長するために必要なこと」であると
    自分に言い聞かせ、過ごしていきたいと思っています。
    大空様が様々な書物を読み勉強され、また瞑想され会得されたことを、
    私にも理解できる言葉で、こちらに書き綴ってくださり感謝しています。

    No title

    蝋梅さん

    仕組んだその人物は可愛そうな人です。哀れんであげてください。

    その理由を書きます。

    人間は自分が蒔いた種を刈り取らなくてはいけません。その人物が人生の後半であればおそらく死後にその作業をしなければなりません。人間は肉体を離れるとそれまであった煩悩が次第に消滅していきます。その時が来ると自分がかつてしたことがどういう意味を持っていたか分かってきます。つまり霊の目で自分がしたことを判断するようになるのです。


    その時耐えがたい後悔の念に襲われることになります。あちらではこの世と違い気がまぎれることがないので苦しみは一層辛いものとなります。この世では眠っている時は忘れられますがあちらではまず寝ることがないので忘れる時がありません。それは地獄といっていい状態です。

    蝋梅さんの言われる通りの人物であればそういう運命が待っているということになるでしょう。ですからその人物を憎むのではなくて哀れむべき(そうなる運命を知らないのですから)ということになります。

    人間もミニチュアの神であるという言葉を聞かれたことはありますか?
    つまり人も神なので自分がもし神の摂理を犯したら自分で自分を裁くのです。人間にはそういうメカニズムが仕組まれていて自動的に事後の精算をするようになっているのです。これは生死を超えた視野で見なければ分からないことかもしれません。

    被害者の方は前にも申し上げたかもしれませんがこの世で蒙った害はあちらでは保障されるようになっています。償いと補填がこの世とあの世を通じて正確に働くようになっています。ですから何の心配もいらないということになります。あちらではちゃんとその世話をしてくれる人たちがいます。

    前のコメントと重複するところがあるかもしれませんがご了承ください。

    怒りや恨みの念は自分自身を傷つけ、健康を害する元になります。
    適度な気分転換も必要と思います。




    No title

    大空さま

    いつもありがとうございます。

    私はカルマよりも、自分が未熟な故に作り出した苦しみの方が多いように思います。

    どうしたら負のスパイラルから逃れられるのだろう。。

    自分の蒔いた種であろうものを刈り取ろうとして、さらに痛い目に遭っているような気がします。

    毎日が自己反省です。
    そして翌日、気を取り直していくとまた心にグサッと棘がささります。


    それでも・・それでも・・もうどうにもならない窮地に陥ると、これは神様のお助け??と思うようなミラクルな出来事もあったりもします。

    とてもとても苦しくて悲しい毎日ですが、これが「生きる」なんですね。
    自己改善。。。本当に本当に難しいです。

    No title

    さくらさん

    今日更新した記事のように大きな目標を持つことです。
    しっかり目標を定めて信念を持って進むことです。

    この世に生活する上であなたをそれほど脅かすようなものがあるのでしょうか?
    これを機会にしっかり霊的真理を学んで下さい。

    何時までも同じ状態は続きません。必ずトンネルを抜け出る時が来ます。





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