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    神の裁き

    2015.07.29 09:28|インスピレーション
    重荷

    あなたが良心の声に従い、自分が正しいと信じる道を進んでいる時、誰かから妨害を受けたり攻撃されることがあるかもしれません。そういう時は反撃したり復讐をしてやろう等と考えてはなりません。

    あなたが何もしなくてもそれを企て、仕掛けた相手は後で神によって裁かれます。全ては神の絶対公正の法則によって処理されます。


    追伸
    自分の良心の声に従い、信念を持って事を行っている時に妨害者が現れることがあります。しかし相手にしないで放っておくと彼らの出したエネルギーはやがては彼ら自身に返って行きます。そして彼らはその後始末をしなければならなくなります。自分で撒いた種を刈り取ることになるのです。

    争うと彼らのレベルに自分が引きずり降ろされてしまいます。 我々は性急なのでつい目先のことだけを見てしまいますが、何事も長期で見れば神の摂理の働きを理解できるようになります。

    コメント

    この頃『赦す』ということについて考えます。

    並大抵のことではないな、と。

    ましてや相手が反省もなければ謝罪もなく、自分の保身のために嘘を重ねるような悪質な人間の場合、赦すことは可能なのかどうか。


    息子の事故の加害者が最高裁まで控訴したため、今も刑事裁判が終わっていません。

    自分がやってしまったことは何より加害者たち自身が一番よくわかっており、自分自身を誤魔化すことはいつかはできなくなると思いますが、彼らがそれに気付くのはまだ相当かかるのでしょう。


    この世的な目でみれば、どこまでいっても理不尽で赦すなんてとんでもない、ということになるでしょう。

    それが可能になるのは、霊的視野というとてつもなく大きな視野でみることができる時だと思います。

    憎むより、ああお気の毒に、と思える時だと思います。


    と言いながら、一日のうちでも、気持ちがいったり来たりです。

    少しでも、大きな視野のほうで観るためには、不断の努力が必要だな、と思います。

    これも今生での私の課題でしょうか。

    No title

    ゆきこさん

    裁判が続く限り心穏やかに毎日を過ごすことは容易でないと思います。
    ひいてはそのストレスから心身の不調を来すような事にならないよう、適度な
    気分転換をお勧めします。

    自分がしたことの後始末からは例え裁判の眼をかいくぐったとしても逃れることは出来ません。

    物質の眼で見る限りどこまで行っても不安や疑いの気持ちが湧いてくるでしょう。
    霊の目で見ればその状態から脱して空から眺めているような感じがすると思います。

    気持ちが行ったり来たりするのは無理もないでしょう。

    神にすべてをお任せという心境になれれば一番いいと思います。

    そのうちに現在の状況も終焉の時を迎えることでしょう。

    何事もいつまでも続くものはありません。

    No title

    大空さま

    今日のメッセージのとおり、どんな事をされようと、自分にやましいことがないならば堂々としていればいいんですよね。

    復讐なんてそんな大きな野望なんてありませんが、ただ・・ただ・・平凡に暮らしたい。それだけです。

    1年前のように、休み時間には冗談を言い合ったり、気持ちの通ったお仕事をしたい。
    ワンマンでするお仕事ではないので、意思の疎通が途切れた今、本当にやりにくいです。

    人って・・こんなに変わるものなのだと身をもって知りました。

    いい方に変わるのはとても難しいのに・・
    落ちるのは一瞬ですね。


    No title

    大空さん いつも ありがとうございます。

    苦しみを受けることで霊性の通路が開きました。

    そして、その通路からの霊界の導きによって、以前に比べると自分の良心が大きく顕現されたような気がします。

    良心から湧き出た行動を妨害されたり、攻撃された時には、これに打ち勝つ強い心を持てるようにしていきます。



    No title

    さくらさん

    常に堂々としていなくてはなりません。そうすれば他の人たちはそういう嫌がらせをしている自分を情けない人間だと気付くでしょう。逆におどおどした態度はいじめを誘うことがあります。人間の心には情けない事にそういうものが潜んでいるのです。
    いわゆる弱い者いじめで強い者に対しては何もできません。

    さくらさんのブログを拝見しました。あなたはとても暖かい家族の皆さんに囲まれているではありませんか。それで十分ではありませんか?それ以上何を望むことがあるでしょうか。

    世の中には一人ぽっちで他に誰も頼れない人が一杯います。さくらさんは恵まれていると思いませんか?人間は普段身の回りにあるものは気が付かないのです。自分の意識の外に置かれているのです。

    今はそれを見直す絶好の機会ではないでしょうか。
    そして今という時を大切に、胸を張って力強く生き抜いてください。

    No title

    コバチャン本舗さん

    結局は自分との戦いということになりますね。

    真理伝導の地上のエージェントとして試される場面が幾度となく来るでしょう。

    一旦霊力の通路になるとそれなりの責任が生じてきます。
    でも栄誉あることです。

    お互いやり抜きましょう。
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