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    霊界から地上世界を見ると

    2015.08.14 06:45|真理を求めて
    風鈴

    霊界の人から我々を見るとどのように見えるのであろうか。彼らは人間の肉体を見ているのではなくそのオーラを見ているのである。つまり霊体を見ていることになる。霊体は肉体と重なり合っているので人間は死後霊体だけになってもその容姿は生前と何ら変わらない。

    死後は肉体が無くなるので五感で地上世界のものを認識することが出来なくなる。すると地上世界のものは何も見えなくなるのかというとそうではない。見えるけどその感触が違ってくるはずである。

    物質を認識できるけど固さがない、掴めない、動かせないということになるのではないだろうか。

    私はこの間、面白い夢を見た。いくつかの食器や家具類を掴もうとするけど掴めない。明らかに見えているのにフワフワでまるで気体のような感触がした。もちろん動かしたり持ち上げたりも出来ない。これはどう考えてもあちらに行った時のこの物質世界の感触を体験しているに違いないと感じた。

    オーラは人間や動物だけではなく昆虫などあらゆる生き物にある。それだけではなく鉱物など自然のものにもある。我々の身の回りのもの、ボールペンや携帯電話などにも全部オーラがある。オーラが見える人ならわかると思うが遠くの山を見ても山が薄ぼんやりとした色彩のものに囲まれている。木や葉も独特の色をしたオーラに包まれている。人の作った建築物にももちろんある。

    このように物質も二重構造になっているので地上世界の人間は物質の波長をキャッチし、霊的世界の人間は霊的な波長をキャッチしているということだろう。サイキックな能力があれば霊的な波長であるオーラが少し見えるということになる。ちなみにオーラは磁気的エネルギーであり人間が感知できるのはその一部に過ぎないようである。

    シルバーバーチの言葉の中に自分は地上世界の建物の壁を自由に通り抜けることが出来るというものがあるがそれは正に波長の違いによって物質は意味を成さなくなるということであろう。他界した人達は物質に影響されないのだから壁があろうがドアを閉めていようが自由に家の中に出入りすることが出来る。夜も昼も関係がない。

    地上の人間は物質しか認識できないので物質の世界以外は無の世界であり、死後の世界も認識できないから存在しないと思っている人間も多いがそれは実相の片面だけしか見ていないことになる。

    霊界からはその人間のオーラを見ているわけだからその人間の本質が見えることになる。オーラの色彩がその人間の進化の程度を現すので、霊界からはものを言わなくてもその人間の程度がわかるということになる。高級霊の目からはその人物が今までにどういうことをしてきたか一目瞭然ということになるだろう。我々は霊界の審判を待たずとも本当はこの世にいるうちから丸裸にされているのである。

    追伸
    盆にちなんでこの記事を載せてみました。盆には先祖が家に帰ってくるという風習や思想が残っていますが実際には盆に関係なく彼らは戻りたければ何時でも戻ることが出来ます。盆に先祖が帰ってくると思っているとその思念があちらに伝わり、ああそうか、ではかつての家に行ってみるかと思う人もいるでしょう。

    コメント

    No title

    大空様

    私たちはいつでもあちらからの愛と援助、見守りなどの多くの
    深い無償の愛をいただいているんですね。

    あちらからは丸裸同然に自分の心のさまがみえると知ったことで、
    おぉ!これはえらいこっちゃ!
    我儘な自分の背筋を伸ばさねば!(笑)

    大空様に
    大事なあちらの世界の方々に
    Something Greatに 
    心からの感謝を申し上げます。

    大空様
    少し暑さは和らいだように感じますが、
    本当はまだまだなんでしょうね。
    どうか御身ご自愛なさってお過ごしください。

    No title

    大空澄人様 お盆にふさわしい更新を、ありがとうございます。このところカテゴリ「日々の暮らしの中で」の2014年8月15日の「盆に寄せて」を読み返したりして、あちらから物質世界はどう見えるのだろうか、と考え続けていました。

     年老いた母親を息子さんが叱責するシーンで、それを心配した20数年前に他界した母親の夫が現場に現れた――との内容でした。ということは霊界(幽界)からこちらはお見通しであることが分かります。でも、肉体を脱ぎ捨てて他界した人からこちらはどう見えているだろう? が引き続いて感じた疑問でした。そしてその回答が今回の内容と感得いたしまして大きな胸のつかえが下りた感じです。

     でも、もう一点、疑問があります。他界したら人間は霊の本体である若いころの姿に戻り、老いることがない、と言われます。あちらからこちらを見るときはオーラを見ていいて判断している、というのなら霊の本体はまだ見えていないのでしょうか? それとも霊本体とオーラが重なって見えるのでしょうか。

     霊界からこちらはいつでも見える、とは武本昌三先生のご長男・潔典様もおっしゃっています。「だからちっとも寂しくない」と。

     むしろ多くの知人や先祖から見守られていることが、こちにからは見えないからインターネットで「老後問題はお金より孤独」などとあおるような文字がネット社会を跋扈しています。本日の大空様のこのような記事が世界に拡散し、平和でおだやかな生活をおくられたらいいのに、と願っています。
     
     お導き、ありがとうございます。 

    えらいこっちゃ!

    ともちゃん

    この世の人たちは物質だけを眺めてそれが実体のあるものと思っていますが霊界から眺めると物質世界は限定された世界と見ているでしょう。

    あちらからは我々の心の中は丸見えなのに皆、良い気なものですね。

    知らないということは悲しいことです。知ったらえらいこっちゃ!となりますね。

    この世にいるうちから視野を広げておくことが大切だと思います。

    今年の夏の暑さは厳しいです。私も持病がありことのほかスローな毎日を送っています。ともちゃんもご自愛下さい。

    No title

    kuny さん

    「霊体」と「霊」の違い

    霊体は、無形のタマシイや単なる霊的エネルギーではありません。明確な一定の形態・外形を持っています。霊と霊体は全く別の存在です。この後で述べますが、「霊」は私たちの自我の最も高次で本質的な部分であり、スピリチュアリズムではそれを「神の分霊」と定義しています。霊は無形で外形をともなっていないため、霊的視力の優れた霊能者であっても直接認識することはできません。それに対し「霊体」は、霊視能力さえあれば誰でも見ることができます。

    霊は無形で外形はありませんが、霊体は外形がある(*すなわち有形である)という違いを、はっきりと理解しておく必要があります。

    上記の解説を普及会のページから引用させて頂きました。


    常識的に考えて霊界人は地上人の霊体を見ていると思います。我々は個霊であり霊体で自我を表現しているわけですから一人ひとりの霊体が意味を持ってくるはずです。

    地上人のオーラは霊体と肉体両方から出ていて両方を合わせたものがオーラとして見えるということです。私もオーラは見えますが肉体と重なっているためにその一部しか見えません。死後は肉体が無くなるので霊体のオーラだけになるということです。

    No title

    大空さん いつもありがとうございます。

    私は霊的真理を知って、救われました。

    そして 「スピリチュアリズムは霊界主導の人類救済計画」であることを知りました。

    今、この時点でこのことを知っているということは私は霊界にいる時にスピリチュアリズムの計画に協力するためにこの地上世界に降りることを決めたという事ですね。

    守護霊は霊界から地上世界にいる私に霊的真理の普及の為のいろいろな導きを送ってくれていることでしょう。

    霊界から地上世界を見ている守護霊は私の様子を見て、歯がゆい思いをしていることでしょう。

    No title

    コバチャン本舗さん

    守護霊は付いている人間のことは全部わかっていて地上に生活している故の様々な制限も考慮の上で導いているでしょう。その人間が次に遭遇することも承知しているので、それにどう対応するか見ているでしょう。長所も短所も知り尽くしていると思います。

    我々はつい目先のことが気になりますが霊界からはもっと大きな視野で観察しているでしょう。そこが最も違う点かなと思います。

    霊的真理の普及においては守護霊はじめ背後の霊団との協調なくしては前に進みません。

    焦ることなくゆったりとした気持ちで進むことが大切と自分に言い聞かせています。



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