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    瞑想と自分の居場所

    2015.10.26 14:05|インスピレーション
    IMG_0013.jpg  

    瞑想をすることによって自分の本来の居場所がわかるでしょうか。今あなたがいる場所は仮の棲家であることが実感出来ればかなりのものです。あたかも雑踏のような環境も比較検証の対象に過ぎないと思えるようになります。自分の意識の波長を調節することによって高い所にも低い所にも自由に行けるようになります。


    追伸
    高い所とは自分の霊的成長に応じたところで、霊的自我が収まっている界層のことであり、もし今死んだとしたら落ち着く場所です。本当の自分の居場所と言っていいでしょうか。人間はそれより上には行けません。

    低い所とは今自分の住んでいる地上界です。現在の環境に不快感を覚えているのであればそこは本来の棲家ではないかも知れず死後はもっと高い界層に進めるでしょう。但し人は自分をひいき目に見るので過大評価しがちです。

    コメント

    No title

    ネットを開けば某国のプロガバンダ、専門紙はカネ、カネ、カネ‥。家庭内では老醜に伴う苦情。「あんたの人生はええころ加減。てげてげ(鹿児島弁)の人生だったね」と総括されています。ナニを言われようと、ナニがあろうとすべては霊的成長のため。自我を抑え、隣人に対する慈愛よりも、さらに厳しい「義務」を果たしているなぁ~と思うこともあります。
     酒、たばこはたしなまず、肉食のしません。だからと言って幽界のどの層に行くのか、想像もつきません。思ったところにサッと行けて、お金も要らない、念じたものがすぐ現れる――とは言え、努力をすれば、応えてくれるような階層に行きたい。これが希望です。ですので、今、ナニがあろうと、ナンと言われようと、「学び、学び」と自分で自分に納得させています。
     
     大空様、いつも気づかせてもらい、ありがとうございます。

    No title

    大空さん いつもありがとうございます。

    大空さんのおっしゃることが瞑想で目指していることです。

    私ではその境地になかなかたどり着けません。

    当然ですよね そう簡単にたどり着けるはずありません。

    でも ぜひ その境地にたどり着きたいので瞑想の努力を続けます。

    迷走にならないように(笑)

    No title

    kuny さん

    肉体は老化しても霊としての自分は衰えるどころか成長しているわけですから少しも気にする必要はありません。生死を正しく理解することは晩年になると一層大切になると思います。方向性を把握しておけば良い事で、どの界層に行くのだろうと案じてみてもそこは神の摂理が決める事、すべてをお任せする以外にありません。

    神に身を委ねましょう。

    No title

    小林さん

    1年や2年でそういう境地にたどり着くことは難しいと思います。
    でも毎日努力を積み重ねていけばいつの日か目標に到達できるでしょう。

    こればかりは急ぐと駄目です。ゆっくり進みましょう。
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