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    霊として見れば

    2015.12.11 09:29|インスピレーション
    カエル岩  

    今、あなたが対面していることはさぞ大変なことのように感じているかもしれません。しかしそれも地上人生の一つのエピソードとして処理されていきます。霊のレベルで考えると今あなたが感じているほど重大なことではありません。肉体を脱ぎ捨てて霊としての自分に帰ると見方や感じ方が違ったものになるのです。

     

    人は地上人生の数々のエピソードを携えて新しい環境に入ります。そこで振り返って見るとどれもこれも懐かしい思い出の一ページとなっていることがわかるでしょう。




    追記
    おそらく感情というものの影響を受けずに物事を見られる人間はこの世に一人としていないでしょう。他界してからは肉体が無くなっているので地上時代に比べて感情の影響を受けなくなっているでしょう。でも感情は残り、質の違うものになっていくのかもしれません。

    感情があるから煩悩が生まれるわけで人は煩悩に翻弄され続けます。しかし感情の一切無い人間がいたとしたらロボットと同じでもはやそれは人間ではないことになります。豊かな感情が無ければ芸術も生まれないし人生は無味乾燥なものになってしまいます。感情をコントロールしながら生きることが魂の成長のための必要条件なのでしょう。

    コメント

    No title

    大空さん いつもありがとうございます。

    妻が亡くなって1年間は 悲しくて悲しくて毎日泣いていました。

    妻が痛みもなくなり 霊界で幸せにしているということを信じながらも、妻の病の痛みで苦しんでいる姿を思い出しては泣いていました。

    妻をなかなか霊的視野で見ることができず、知識としては霊的真理を知っていながら、妻を地上的視野で見ていました。

    やっと 最近少しずつ 妻を霊的視野で見ることができるようになってきました。

    1年間、遠慮なく 泣き続けたおかげで 1年過ぎて泣きやむことができました。

    私は泣いたり 笑ったりと感情豊かな方だと思いますが、感情豊かなのが決してわるいことではありませんよね。

    ただ いつまでもその感情に引っ張られてしまうのがいけないのであって 車窓の景色のようにどんどん流れて その感情に執着しないようにしていきたいです。

    とても 難しい目標ですが。。。


    No title

    小林さん

    感情豊かな人は気分の浮き沈みが激しいと思います。その感情を制御するものが知識であり、さらに高い所にある霊的自我(自分の本体)であると思っています。

    私も感情の起伏が激しい頃がありました。ようやくこの年になってそれが収まってきたのかなと思います(単なる歳のせい?)。しかし自分の感情は思うようになりませんね。それが出来るようになった時、少しは悟ったと言えるのかもしれません。

    確かに瞑想で霊的な自分を感じている時は感情を超えて物事を見られます。
    そういう観点から肉体の影響から離れたら感情の働きは抑制される、または今のような感情は消えてしまうと言ってもいいかもしれません。

    感情は肉体を伴うが故の獣性の名残りなのかもしれません。この世ではエゴに染まった感情が蔓延っているのに比べて死後はもっと質の高い情(無償の愛)を表現できるようになるのでしょう。チアキさんは現在そういう状態なのではないでしょうか。





    ありがとうございます!

    こんにちは^^
    いつも大空さんの記事に励まされてがんばれております。ありがとうございます。
    いつも家族や考え方の違う人との付き合い方に行き詰まって、自己嫌悪に苛まれ、こちらで、大空さんから胸に沁みるお言葉を頂き、またがんばろうと気を取り直しては前を向いてもがいていましたが、前回コメントで頂いた「霊的な」支援や導きが解決の糸口になるかもしれない、というお話、ずっと自分の真ん中に置きながらも、どういうことだろうと思っておりましたが。しかし、先月、そのきっかけとなることがありまして大空さんのおっしゃっていたことを体感しました。詳細を話すと長いのですが、
    ちょっと前の迷いのなかで自己嫌悪と戦っていた自分から脱出できたような気がします。完全にこれが自分のものとなっているかというと、まだまだではありますが、自分の感覚がすでに前とは違うところにありますので、もう、以前のような迷いに戻ることはないとおもいます。言葉で言うのはとても難しいですが……
    やはり、大空さんがおっしゃったように、自分の頑張りや意志を越えたところにある感覚でした。視点が変わると言うか……
    大空さんからヒントを頂いたことで、先月、導かれたきっかけに我知らず気づくことができたのだと思っています。
    次は自分に何が待ち構えているのかまだわかりませんが一歩ずつがんばりたいです。
    本当に本当にありがとうございました。これからもよろしくお願い致します。

    気付き

    そらさん

    ここに書いてあることが何らかのお役に立てているなら嬉しいことです。

    霊的な自分は発現の機会を待っていて人生のどこかで気付きとして現れて来ます。
    それを言葉で表現するのは難しいことです。言葉は精神活動の全てを表現することは
    出来ません。悟りの心境を言葉で現すには無理があります。

    その感覚を大切にしてください。それまでの自分は小さな自分であり、本当は自分というものはもっと大きなものであったという気付きでしょう。

    今後揺り戻しがあるかもしれませんがその感覚を忘れないようにしておけば回復も早いでしょう。
    非公開コメント