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    地上の悩みは車窓の景色

    2016.02.14 11:03|インスピレーション
    IMG_0003.jpg

    地上生活の悩みは色々あるが殆どがこの世限りのもので永続性はありません。現れては消える幻のようなものです。そこに気を捉われているうちに自然に消えていきます。それらは次々に車窓に現れる景色のようなものです。

    コメント

    No title

    大空様 いつもありがとうございます。

     地上生活の諸事全般が、次々と現れては去っていく「車窓の景色」と譬えられるのは納得できますが、それをどうとらえるかも大切ではないでしょうか。「車窓の景色」を拝読して、すぐ、禅語の「行雲流水」が浮かびました。どんな苦楽も嫌悪、取捨せず、雲のごとく無心で淡々と受け止めるべき、と禅僧ならそう言われるでしょうが、スピリチュアリズムでは対処の仕方というか、心構えというかが違うのではないでしょうか。

     霊主肉従、霊的成長が地上生活の最大のテーマなら「車窓の景色」の意義を真正面から受け止めるべきであって禅語よりも深いと理解すべきではないでしょうか。

     既成宗教とスピリチュアリズムの違いがあるように感じられてなりません。

    No title

    大空さん いつもありがとうございます。

    地上人生を列車の旅に例えるならば、次々と私に起こる出来事は車窓の景色のように流れていきます。

     冗談じゃない車窓などではなく 現実的に自分の身体にも降りかかってきているんだと思っても、通り過ぎてしまえばやっぱり車窓の景色。

     倒産も家族との死別も通り過ぎてしまえばやっぱり車窓の景色です。

    この地上界での列車の旅が終わったとき、たくさん見てきた車窓の景色は魂に刻み込まれ、自分では気づかないまま 次の旅に持っていくことになるのでしょうね。

    No title

    kuny さん

    このテーマは要するに霊の目で觀察しましょうということです。宗教とかスピリチュアリズムというラベルに関係なく霊的視野で見れば地上生活特有の悩み事は永続性はなく一過性のものですよということです。どれくらい霊的視野から物事を観察できるかが大切であり、ある人には取るに足りないことであってもある人には重大なことになってしまうでしょう。

    No title

    小林さん

    人生は毎日新たなページがめくられていきますがこのテーマはそれを移り変わる車窓の景色と言い換えたものです。最近私はそういうことを実感しています。そしていつまでも同じことは続かないですね。

    自分の体験したものは全部オーラに刻み込まれているようですが霊的に意味のあるもの以外はふるい落としていくのでしょう。肉体を持っていた頃の名残はいずれは消滅していくのでしょう。

    大空さま、いつもありがとうございます。
    こちらにコメントするのは久しぶりですが、いつもブログ更新を楽しみに待ちながら読ませていただいてます。

    今回のメッセージを読んで、私の脳裏には ゆったりとした気分で汽車に揺られている自分自身が浮かんできました。
    自分にとっては見たくない風景(経験したくなかったこと)もきっと意味のあること。
    でも常にそこに留まるのではなく大切なことだけを刻み、さらに新たな景色へと汽車は進むのですね。
    すごくホッとしました。安心しました。
    過ぎたことを悔やんだり、起きてもないことを心配したりの癖が出てきた時には、この汽車に乗りゆったりとした気分で車窓に現れる景色を眺めている自分の姿を思い出すようにいたします。
    ありがとうございました。

    No title

    紫さん

    コメントありがとうございます。

    私達の人生はとにかく一箇所に留まっていることが出来ないようになっていますね。
    魂は常に新たな体験を求めて止まないようです。汽車は肉体かもしれません。
    私達は肉体という乗り物に乗ってこの世を旅し、喜びや悲しみを味わっているのでしょう。

    喜びも悲しみも意味のあることですね。そしてやがては過ぎ去った景色になっていきます。

    ゆったりした気分で景色を眺めてください。

    No title

    こんにちは、いつもありがとうございます。

    車窓から見る景色の様に過ぎさって行く毎日。そしてその時その時で、
    一喜一憂してしまっている過去でした。今は少し考え方を変えて自分を
    客観的な目で最近は出来事を見る様にしています。

    この世は仮の世界。その時その時をただ余計なことを考えず取り組み、1日が
    終わる時…人に対して、自分に対して今日もやりきったという幸せを感じ
    眠りにつく毎日であります。
    全てを受け入れるってなかなか難しい事ですが慣れてくると楽になれますね。

    その時その時の一生懸命は人には解ってもらえなくても神様は解って頂けてる
    と信じて日々過ごしています。。

    No title

    大空さん

    このテーマと皆様のコメントを何度も読んで、
    母が「過去のことを振り返りなさんな。」「先のことばかり考えなさんな。」と
    言っていた意味がやっと理解できました。
    せっかくの忠告を深く捉えることができなかったことも多々ある親不孝の一つでした。

    喜びも悲しみも車窓の景色のように流れていくものなのですね。
    今の私は「悲しみの駅」に停車しているのかもしれません。
    母の一周忌も過ぎました。大空さんのブログを通じて
    そろそろ発車する時期がきたことを知らせてくれたのだと思います。

    『人生で次々に起こることは、車窓の景色のようなもので現れては消えていく』
    これをしっかり心に刻んで、次の景色を楽しみに発車しますね。

    ありがとうございました。

    No title

    ヒデおじさん

    一生懸命やることはとても大切なことだと思います。

    この間他界している幼馴染から次のようなメッセージがありました。

    「自分のこの世での人生を振り返ってみれば何でも一生懸命にやることが大切だということがわかる。人間はそうしないと満足感を味わえないようになっているのだ。満足感を味わうことが幸せなのだ」。

    その通りだと思います。もちろん他の誰にもわからなくても神はわかってくれています。

    No title

    MEOさん

    お母様は悟った方だったのですね。なかなかそういうことは言えるものではありません。

    あちらからはこの世の遺族の心の中はよく見えるので今頃は喜んでおられるでしょう。

    人生はある意味冒険の旅でもあると思います。過去を振り返ることなく新たな体験を楽んでください。
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