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    何故余計な事を考えてしまうのか

    2016.03.01 10:21|インスピレーション
    善光寺地蔵

    それはその人が発展途上にあるから。未熟だからということになります。人間は様々なものを取捨選択する能力を磨かなくてはいけません。不要なものを捨て、意味のあるものを取り入れる過程において起きる混乱です。

     

    人は皆真理を学ぶ過程にあります。その途中に様々なものが纏わりついてきます。不要なものに惑わされ不安や怖れが湧いてくるのはまだ未熟だからということになります。真理を知ることによって不要なものは離れていきます。遠心分離機のようなものです


    コメント

    No title

    大空さん いつもありがとうございます。

    霊的真理に覚醒されてからプライベートな友人が大きく 変わりました。

    今の友人は私の霊的成長に欠かせない人たちです。

    それから、いろいろなことの取捨選択の判断が早くなりました。

    昔のぐずぐずしていたのがウソのようです。

    これは霊的真理を基準にして取捨選択の判断をするようになったからだと思います。

    また すぐに判断できないこともしばらく置いておくとある朝、答えが出てきたりします。

    最近、この判断に絶対的な自信を持つようになりました。

    いつもありがとうございます。

    過去、保身のあまり不安や恐れをいだいていました。
    こうでなくては…って気持ちが強すぎたと思います。
    まだ未熟ですが、真理を学ぶにつれ少しづつそれは和らいでいます。

    なのである程度の事が起きても、それを受け入れる様になってきました。
    変な言い方かも知れませんが人生、生板の鯉状態でしょうか。
    その人その人で違うと思いますが、神様は乗り越えられる試練を与えている
    ような気がします。
    ただ、取捨選択の上でのポイントとして…ワタシは利他にウェイトを置いています。

    もしもそれが人から観て惨めって思われてもそこに必ず学びがあると信じています。。

    No title

    小林さん

    そうですか、素晴らしいです。
    霊的真理を価値判断の基準にするということは極めてシンプルなことですよね。
    シンプルに考えたらいいのについ余計な事を考えて勝手に悩んでいる人が多いのではないでしょうか。一人相撲を取っている人が多いように思います。小林さんは一つの境地に到達されたのですね。

    No title

    ヒデおじさん

    物質的視点から霊的視点へと視野の転換が行われたのですね。

    利他の精神を維持して行って損をすることは決してないでしょう。

    今後のご精進を祈っております。

    大空さん、いつもコメントのご返答ありがとうございます。

    コバチャン本舗さん、コメントでのお言葉ありがとうございます。


    今回の記事は、まさに私のために言われたようです。
    いつもどうでもいいような些末なことに振り回されて、情けないほど右往左往しておりますので。


    裁判の判決期日が決まりましたが、覚悟を決めてからは、裁判のことはあまり気にならなくなりました。

    そしてどうしてだかわからないのですが、加害者に対する怒りの感情も薄れてきました。

    そもそも、なんで怒ってたんだっけ?と思ってしまいます。

    裁判は長引きましたが、そんな風に感じるようになるまでに、この年月は必要だったのかな、と思います。

    No title

    ゆきこさん

    そうですか。それを聞いて嬉しくなりました。

    何事も人生の一つのエピソードの一つであり永久に続くものではありません。

    その渦中にある時は出口が無いように感じますが気が付けばそこから抜け出ているものです。

    車窓の風景のようなものと言えるでしょう。自分の心にも周囲の環境にも最後は神の摂理が働くのだと思います。神とは神社や寺のご神体ではなく宇宙に瀰漫する摂理であることをもっと多くの人に知ってもらいたいと思っています。
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