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    悲しみのエネルギー

    2012.08.22 17:25|体験集
     

    去年の春、私の遠縁にあたる女性の夫が他界した。彼女の生家は家の近くにあり、子供の頃はよく連れて遊んだものである。彼女の夫は私の高校時代の同級生であったが顔は知っていたけどあまり親しい間柄でもなかった。私がその知らせを聞いたのは彼の死後一月くらい後であった。前から病気がちなのは知っていたがその知らせを聞いた時はやはりという気がした。

     

    親戚なので知らぬ顔をしていることも出来ないので私は知らせを聞いた翌日お悔やみの為に彼女の家を訪問することにした。その前の晩に神棚のある祈りの部屋でちょっと瞑想してみた。私は何か大切な事がある時は瞑想して日常的自我から一時退避して自分の深い所にある自我を再確認することにしている。重大な判断をしなければいけない時にはそれによって自分が決めたことは果たして正しいのかどうか再確認してきた。

     

    心がそういう状態になった時には亡くなった人の心境なども把握しやすくなる。しかしそれは何時でもというわけではなく何の繋がりもなかった人の場合はまず難しい。その時、他界した彼の心境というものが少し伝わってきた。彼は長い闘病生活から解放されて喜んでいるようであった。自由になれて嬉々としている状態のように私には思えた。今まで大変だったね。解放されてよかったね。と私は彼に念を送ったのである。

     

    翌日私は彼女の家を訪れ、祭壇のある部屋に通された。しかし彼女は悲しみで押しつぶされそうになっていた。彼女はずっと泣きながら私と応対したのである。まだ一か月、無理もないなと思いながらも私は少しずつ霊的真理について話をした。死んだと思っている人は実際にはそれまでの肉体を捨てて波長の違う世界に行っただけであり実際には死んでいないこと、その後もずっと家族を見守ってくれること、家族がいつまでも悲しむことは彼のその後の進歩の妨げになること等を話した。そして彼は今は苦しみから解放されてほっとしているであろうことも付け加えた。

     

    しかし彼女はそういう話は今までに聞いたことがなく、「ウソー! 本当にそんなことがあるの?」と信じようとはしない。また私が時々父と交信する話をしても信用しない。そして死後も尚彼は苦しみ続けているに違いないと思い込んでいてそんな彼が可哀そうでたまらないとまた涙を流すのである。坊さんが来ても唯、拝むだけでそういう話はしないと言う。

     

    「彼はもう自由になっていて行きたいところにも自由にいけるんだよ」と私が言うと彼女は「それ本当? 私は死んだ人は49日の間は家の屋根の上にいるものと思っているよ。そう聞いているから」と言う。子供の頃からそういうふうに教えられ、信じ込んでいるのである

     

    「そんなことはないよ。死ねばそれまでよりはるかに自由になれるんだよ。だから家族が足を引っ張ってはいけないんだ」。

     

    彼女はとにかく毎日墓に行きそこで時間を過ごしているようで家と墓を往復するのが日課になっているらしい。「そんなに墓ばかり行かなくても彼はいつもお前の近くにいるんだから。私のお墓の前で泣かないでください、そこに私はいませんと歌でも言っているじゃないか」。 気心が知れているので何でも言える間柄である。

     

    などなどそういうやりとりをしながら我々はその部屋で時間を過ごしたがとにかく彼女の悲しみの念がその場を支配していて部屋が真っ暗に感じられる。悲しみのエネルギーがあまりにも強いので死者が何かを伝えようにも寄り付けないだろう。強い悲しみの念は霊的世界との間にバリアーを築いてしまうのである。そこで私は「この部屋は暗すぎるぞ。彼でなくお前の気持ちが暗くしているんだよ。もっとカーテンもあけて明るくしたほうがいいと思う」とアドバイスした。

     

    彼女は生真面目な性格なので昔教えられたことを信じ込んでいてそれが迷信だとは疑わない。とにかく霊的真理に対する知識が全くない人の場合は極めて難しく下手をするとこちらがデタラメを言っているかのような雰囲気になってしまうのである。そんな彼女も一年経った今では少しずつ元気になってきているようである。

     

    このケースでは霊界からの手配のようなものは感じられなかった。もし配慮があったならもう少しスムースに行ったかも知れないがそれでも自分の出来ることをしたのでそれで良しとしなければならない。



    前述の”私を支えてくれた人”の場合は長年一緒に仕事をしてきたので仕事が暇な時など折に触れて私は彼女にそういう話をしてきた。家族が次々にあちらに旅立つごとに他界者の心境などを伝えてあげた。この世に残された家族は故人に対してきつい事を言って悪かったなどと悔やんでいることもある。でも他界者の心境を感得してあげて相手はそんな事は気にしていませんよと言ってあげられたら大きな救いになるだろう。

    皆が皆そうではないが旅立った人は残された人々が思うほど苦しんではいないし、私の今までの経験からむしろ人生の重荷から解放されてほっとしているようである。人生は死んだら終わりと考えるのと、死後も人生が続いていると考えるのとでは天と地ほどの差がある。天動説を信じてきた者が地動説を理解するのは非常に困難なことかもしれないが今は少しずつ理解されるようになってきている。私はささやかながら離別の悲しみに暮れる人に例え一人でも光明を見せてあげることが出来たら幸せである。

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