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    将来は今やっていることの結果

    2016.10.08 11:11|インスピレーション


    これまでに正しく生きてきた者は将来の事を案じる必要はない。何故なら将来は現在していることの結果であるから。あなたは人としての道を外すことなく生きて来たであろうか? 先の事を心配するのはまだ自分に自信が持てないからである。

     

    人は一人で生きているのではなく守護霊と共に人生を歩んでいる。自分の中には守護霊の思想が折り込まれている。我の強く出ない人間ほど守護霊の思いを反映しやすい。我の強い人間はまだ未熟で真理に疎いということ。真理を知る程、自分の我は制御され出て来なくなる。




    追記
    我が強いということの意味は未だ肉体的本能に支配されていて霊的自我(霊的意識)が出てこられないということです。悟りの度合いは霊的自我がどれくらい表現されているかということでしょう。霊的自我が十分に表現されるようになってから霊界に進むのが理想だと思いますがそれは必ずしも年齢に比例しないようです。若くして他界しても悟っているケースがあるし(事実そういう例が多い)この世で長く生きているにも関わらず煩悩丸出しという例も多いです。

    このメッセージには二つのテーマが含まれています。摂理と霊的自我(霊的意識)です。

    コメント

    No title

    大空さま

    自我はまだまだ制御できていませんが、何かあって自我が出ている時に、この感情は良くないんじゃないかと思えるときがあります。
    そんな時は、心を静めるようにしていると、客観的に見る余裕が生まれてきます。

    うんと若いときからこんな風な見方ができていたら、どんなにか沢山の失敗を免れられたかと思います。
    失敗も良い学習とは言いますが、思い出すと心が痛むようなことが沢山あります。
    特に晩年の母に対する気持ちや行動には、後悔しかなく、あの世では真っ先に謝りたいと思っています。

    今、10年ほど前に読んだ「迷える霊との対話」を読み返しています。
    この世をさ迷える霊の、いわゆる憑依霊の恐ろしさを改めて認識し直しています。
    憑依霊の影響とはこれほどまでに大きいのかと、自我のコントロールの大切さを思います。



    No title

    質問です。

    二つのテーマ(摂理と霊的自我)とありますが、よくわかりません。
    私の中では、摂理は自然の法則という認識です。
    霊的自我もそこに含まれていると思うので、これは同じものだと思えます。
    相対するものとしては、単なる『自我』だと思えます。

    単なる自我から一歩退いて、霊的自我の境地から物事を見たり考えたりしたいと思っていますが、ついつい自我から反応してしまいます。
    今日までの人生を振り返り、霊的真理を知るまでは、道徳や法律を指針にして来ました。
    だから人間的にはたぶん大きな過ちは犯してないかと思います。
    だけども無我の境地から行動した事はありません。
    愛した方がいいから愛した、嫌われたくないから愛した、というフリばっかりです。
    まぁこれが私の進化のレベルだと思えば、それなりに満足もできておりますが、今後はどうしたらいいのか迷いがあるのも事実です。

    自我を意識しつつも大我?で行動してみる、みたいな事でいいのでしょうか?
    真の霊的自我(この言い方も変ですが。。。)とは、きっとこんな理屈など知らなくても、自然体で愛を表現できることだと思うのですが。。。
    考え過ぎですね。
    今生でこんな境地に行き着きたいです。

    で、今日一日をどう過ごそうかと、毎朝考えてから一日を始めております。
    日曜ですが、今日も楽しく♬ お仕事で〜〜す。

    No title

    ラピスさん

    私も若い頃の事を思い出すとあまりの未熟さに恥ずかしくなります。
    そして今でも失敗を繰り返しています。それでも低級な感情に襲われる時間は短くなり心の中で自動的に軌道修正が行われているように感じます。

    少しは進歩したのだろうと勝手に思っています。

    今のお気持ちは他界したお母様に通じていると思いますから案じる必要はないと思います。再会の時にはあえて謝らなくてもすぐに分かり合えるでしょう。

    あの本は今も断片的に読んでいます。厚い本なので全部には目を通していません。
    CA ウイックランド夫妻は背後のマーシーバンドの地上のエージェントとして務めを果たしたのですね。背後の霊団がいなければとてもあそこまでのことは出来なかったでしょう。霊界の人類救済の大きな力が働いたのですね。憑依は一般の人が考えるよりはるかに多いと思います。そしてその一歩手前の人はさらに多いでしょう。


    No title

    guremi さん

    人の一生にも原因と結果の法則(摂理)が働いています。人間は自由意思があるので何でも自由に出来ると思っても実際には摂理の範囲内のことしか出来ません。人に働く摂理も自然の法則の中の一部です。神は摂理を通して全宇宙のものを支配しています。
    また神は摂理そのものではなく摂理を作った無限の叡智です。

    つまるところ心とは何かという問題だと思います。人の心は物質ではないのでいくら科学のメスを入れても解明されません。私のブログにリンクしているスピリチュアリズム普及会のページにその問題について解説しているものがありますので参考になさってください。この普及会の出しているホームページにはguremi さんの今の疑問やその他様々な疑問に対する答えを見つけることが出来ると思います。

    人間の構造と霊魂観(スピリチャリズム普及会)
    http://www5e.biglobe.ne.jp/~spbook/sp-introduction1/sp-introduction1-2_01.htm

    有り難うございます。

    人間の構造と霊魂観(スピリチャリズム普及会)のご紹介有り難うございます。
    ザックリと読みましたが、5章辺りに答えが見つかった思いです。
    読みながら、進む道がクリアになったーー!!という思いになれました。

    まずは今日会う人々に笑顔で接っすることにします。

    いつもありがとうございます。

    大空さんこんにちは。

    私は今までを振り返り、本当に人の道を外さずやってこれたか…『はい!』と
    答える自信がありません。数々の過ち(犯罪とかてはなく)とそれによって人に迷惑を
    掛けたと思います。例えばその時は家族を守る為、なりふり構わず選択してしまった事
    とか…今思い出すと後悔し、自分を責めてしまう事も多々あります。
    本当にこれで良かったのか?やっぱり客観的には違うよな~なんて感じです。

    ただ今までの失敗から50を過ぎたら『その時その時を仕事もプライベートも人に愛を
    もって接していこう!』と実践しています。これも今までの事からの学びなのでしょうか。

    これからのその行いによって今までの過ちが許されるとは到底思えませんが、彼方に逝く
    時…少しでも楽でありたいです。。

    No title

    ひでおじさん

    後にならないとわからないものですね。その渦中にある時は目一杯なので視野が狭くなっているものです。誰でもそういうものではないでしょうか。

    自分を責めても済んだことは変えられません。
    現在実践されていることは一段ステップアップした状態なのでしょう。
    過去の過ちはよほど大きなものでない限りは次の世に持ち越すことはないでしょう。
    殆どがこの世にいるうちに精算されていくのではないでしょうか。

    楽天的に生きることだと思います。
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